『霧人(&毒蜂)』
| 蒸し暑い夜。 こんな山奥にはエアコンなどあろうはずもなく、少しでも風が入ってこないかと、霧人は窓を開けた。 しかし、大きく開け放たれた窓からは、風など全く入ってこず、暑さが増すばかりだ。 都会での便利な生活が懐かしい。 「やれやれ」 窓際で溜息をついた矢先、視界の隅に幽玄な光が踊った。 炎というには仄暗い光が、儚く明滅を繰り返す。 神秘的な光は、しばらく霧人の目を楽しませた後、どこかへと消えていった。 「蛍か…」 ふと昔のことを思い出した。 まだほんの子供だった頃、蛍の光に魅せられて、夜中に窓からこっそり外へ出たことがあったように思う。 蛍の光を追っていくと、小川のせせらぎが聞こえて、そこにはこの世のものとも思えぬ雅な世界が広がっていた。 空の星が落ちてきたのかと錯覚するような、蛍の光。 声もなく立ち尽くし、時を忘れてその光景に酔いしれたことを覚えている。 あれは地獄谷のどこの場所だったのだろうか。 「…ん?」 そういえば、あの時どうやって帰ってきたのか、あまり記憶にない。 蛍の群に感動したのはいいものの、はたと気付いた時、帰り道が分からなくてかなり焦ったような気がする。 「うーん?」 ゆっくり記憶を辿ってみると、少しだけ思い出せた。 偶然誰かに出会って、その誰かが部屋まで送ってくれたように思う。 すらりと背の高いその人は、幼い霧人の手を引いて、暗闇の中だというのに迷いもせず導いてくれた。 ひんやりと冷たくて、それでいて奇妙に安心感を与える手。 見知った誰かと印象が被るような気がするのだが、思い出せそうで思い出せない。 首を傾げる霧人へ微笑みかけるかのように、また蛍の光が灯った。 |