『毒蜂(&霧人)』
| 長引いた族長会議を終えて、毒蜂は帰路についていた。 七頭目の一人として、蟲宮城の中にも部屋を持ってはいるが、どうにもあそこは落ち着かない。 常に監視されているような感覚が拭えないのだ。 自分の所有する館への道を進みながら、星空を見上げて軽く溜息をつく。 いつもの会議はさして長くないのだが、今回に限ってはこんな夜中までかかってしまった。 魔里人が見つかってもいないのに、これだけ長引くのは異例だろう。 会議を躍らせたのは、蜘蛛一族から突然出された意見だった。 繁栄を求めて外の世界へ出たいという。 中国人でひしめくチャイナストリートに目をつけ、そこに入り込んで権力を握るのだと。 そうした女郎蜘蛛の発案には賛否両論あったが、あの分ではすぐ実行に移されることになるかもしれない。 館に戻っても誰が待っているわけでもなく、適当に寄り道をしていくのが常だ。 この日も例に漏れず、毒蜂は館へ続く道を途中で外れ、気ままに歩を進めていた。 今の時期なら、蛍が舞っているだろうか。 そう思いついて、小川の方へ足を向ける。 水の流れる清らかな音が聞こえてくる頃には、ぽつぽつと淡い光が見え始めた。 「おや?」 「あ…っ?」 ぼんやりと小さな影が見えて、それは人の言葉を発した。 特有の甲高い声、子供だ。 「こんな所でどうしたんだい? 迷子かな?」 そう声を掛けると、警戒している素振りは見せるものの、素直に頷く。 身なりもしっかりしているし、どことなく見覚えがあるようにも思うが、どこの子供だろう。 「名前は?」 「…霧人」 その名には聞き覚えがある、蜘蛛一族の総領息子か。 どうりで見覚えがあるわけだ。 当代一の美女との誉れ高い、女郎蜘蛛の血を濃く受け継いだのか、綺麗な子だ。 「帰る先は蜘蛛一族の館だね?」 「うん…」 「連れて行ってあげよう。…おいで、霧人」 明かりが漏れる窓を指差して、毒蜂は幼い手を離した。 「後は自分で帰れるね?」 「うん…。あのっ、名前…教えて」 あどけない顔が見上げてくる。 視線が合わないということは、暗闇の中、この子には毒蜂の姿がはっきり見えていないのだろう。 それなら、その方が都合が良い。 「本当の名前はもう忘れてしまってね」 「えっ?」 「早く帰りなさい」 「…ありがとう」 それから暫くして、大いなる野望のために蜘蛛一族はチャイナストリートを目指して地獄谷を後にしていった。 |