『その後の蜘蛛一族』
| 「暑いわね…」 ソファの上で、華麗な扇子を片手に女郎蜘蛛が呟いた。 その目の前に、息子から冷たいジャスミンティーが差し出される。 「地獄谷にはエアコンなんてないからね。我慢するしかないよ、母上」 「…霧人。その格好で暑くないの?」 露出の高い女郎蜘蛛のチャイナドレスに比べて、霧人の服はきっちりと体を覆っている。 襟もしっかりと締まって、見るからに暑そうだ。 「通気性が良いし、汗の吸収性も高いから、見た目ほど暑くないんだよ」 「見てる方が暑いのよ」 母と息子が見つめあい、暫しの沈黙が落ちる。 次に来る事態を予想して、霧人が後じさった。 女郎蜘蛛の目がゆっくりと細まり、何やら威圧的な空気を醸し出す。 「…霧人」 「ちょっと用事を思い出したよ…」 「待ちなさい、霧人っ!!」 適当に口実をつけて、その場から離れようと試みた霧人に、鋭い声が飛ぶ。 足が止まった霧人の前に女郎蜘蛛が立ち、がっしりと服を掴んだ。 「せめて上だけでも脱ぎなさい。暑苦しいのよっ!!」 「だから、私は暑くないって…っ」 「口答えすると、全部脱がすわよっ!!」 そう言っている間にも、女郎蜘蛛は霧人から無理やり服を剥ぎ取ろうとする。 「ちょっ…ちょっと、母上っ!!」 母と子の微笑ましい攻防だが、怒鳴り声と小競り合いの物音は、部屋の外にも漏れていたらしい。 「何事だっ!!」 「女郎蜘蛛様っ!!」 「どうしました、霧人様っ!!」 騒ぎを聞きつけて、鬼蜘蛛を先頭に、影蜘蛛と飛蜘蛛が飛び込んでくる。 彼らが目にしたのは、半裸の状態で女郎蜘蛛に押し倒された霧人、という光景だった。 一見、危険な場面に、三人が目を丸くする。 「まさか…」 「あら」 「まあ」 「誤解するな〜っ!!」 霧人の悲痛な叫びが木霊する。 今日も平和な地獄谷だった。 |