『毒蜂 vs 賽蝶』
| その日、賽蝶は非常に機嫌が良かった。 以前、古美術商で見かけて以来、欲しくて欲しくて堪らなかった茶器が、ようやく手に入ったのである。 茶碗を収めた木箱を抱き、浮かれた気分で廊下を行く。 早く自室に篭もってじっくりと愛でたい。 そして、一人で鑑賞するのが物足りなくなったら、皆にも見せびらかしてやろう。 感嘆の溜息を漏らしながら、その茶器を眺める皆の姿を想像して、我知らず口元が緩んだ。 「ふっふっふっ」 「上機嫌だね、賽蝶」 途中で毒蜂に出くわした。 こんなムカつく奴の相手など後回しにして、さっさと自室に引きこもりたい。 だが、一方では早く見せびらかしたいという欲求もあった。 「馴染みの骨董商から逸品を手に入れたのだ」 「ほぅ…見ても構わないかい?」 ふふん、まあいい。 見せてやってもいいだろう。 得意になってその逸品を箱から出すと、見た途端に毒蜂の目が僅かに細められた。 箱書きと茶器とを見比べて、神妙な顔つきをする。 「少々気になることがあるのだが、言っても構わないかな?」 「何だ?」 ケチをつける気か、毒蜂め。 意外に心の狭い奴だ。 「その茶器に使われている土と釉薬と図柄。それと箱書きにある銘。それぞれの時代が一致しないような気がするのだがね?」 何だとぉ? 慌てて自室に戻った賽蝶は、ある限りの資料を掻き集めて調べに調べた。 「うむ…ぅ」 導き出された結果は無惨なものだった。 毒蜂の言う通り、この粘土と釉薬が使われ始めた頃、銘が示す作者はとうに死んでいる。 「くそう、毒蜂め!!」 偽者を掴まされたのは賽蝶の責任であるし、憎むべきは毒蜂ではなく、己の目の節穴さと騙した骨董商だ。 そんなことは棚に置いて、ひたすら毒蜂の悪口を言い始める賽蝶だった。 |