『赤屍さん 11月23日』
| 「重大な発表があるのですが」 黒衣に身を包んだ死神が、真意の汲み取れない表情でそう言った。 この男がこんな顔をして佇んでいると、場末の酒場だというのに、漂う空気に荘厳さが加味されるような錯覚をもたらす。 話しかけられた男が赤屍を一瞥し――しかしその隻眼は何の反応も見せずに逸らされた。 「興味ねぇな」 傍らに立つ赤屍の存在など華麗に無視して、不動の右手がカウンターのグラスに伸ばされる。 だが、指がグラスに触れる瞬間、それは中の液体ごと真っ二つに切断され、澄んだ音を立てて転がった。 琥珀色の液体が、芳醇な香りを放ちながら、黒光りするカウンターの上に広がっていく。 赤屍の右手には、銀色のメスが輝いていた。 「そうおっしゃらず、聞くだけ聞いていただけませんか?」 「見返りでも用意してるなら、聞いてやらないこともねぇ」 「善処します」 「言ってみろ」 「実は、本日は私の誕生日だそうなのです」 微妙な言い回しだ。 まるで他人の情報でも喋っているような余所余所しさを感じさせる。 この男に誕生日があるなどと、強烈な違和感を覚えざるを得ないが、案外赤屍自身もそう感じているのかもしれない。 「祝ってほしいなら相手を間違ってるぜ」 不動が容赦なく切り捨てると、ガラスのように意思を感じさせない赤屍の瞳が、奇妙な色を帯びた。 「めでたいどころか、これ以上ない縁起の悪さじゃねぇか。お前の誕生日なんぞ、呪う奴こそ多いだろうが、祝う奴がいるとは思えねぇ。…命日だったら喜ぶ奴は多いだろうがな」 「期待通りの言葉で嬉しく思いますよ」 心無い言葉をぶつけられたというのに、赤屍はそう言って微笑んだ。 いつも薄笑いを浮かべている赤屍だが、そういえば今日に限っては笑っていなかったような気がする。 ひょっとすると、赤屍は今の今まで不機嫌だったのかもしれない。 「心地良いとさえ感じます。やはりそうでなくては…ね」 数時間前、赤屍に対して怯えながらもこう言った者がいた。 「今日が誕生日なんだってね。おめでとうございます、赤屍さん」 |