『ミス・ヘラ 11月29日』
| 一人きりの部屋で、ワインを用意する。 一つのテーブルに椅子は二つ、グラスも二つ。 両のグラスにワインを注いで、片方の椅子に腰掛ける。 向かいに座るはずの恋人は、今はいない。 「カイト…」 呼んでも応える者がいるはずもなく、切ない声は闇に紛れて消えていった。 「どうしてここにいないの、カイト…?」 せっかく注いだワインに手もつけず、そのまま泣き崩れる。 美の女神に魂を奪われてしまった恋人は、年に一度きりの大事な日でさえ戻ってこない。 毎年、お互いの誕生日には二人きりで祝っていたというのに。 豪華な料理やケーキ、心を込めたプレゼントを用意して――それは幸せで胸がいっぱいになるほどの素敵な一日だった。 いつまでもこんな幸せが続けばいいと、毎年儀式のように同じことを願い続けた、まさに特別な日だったのに、今は何故一人きりでここにこうしているのだろう。 早く日付が変わってしまえばいいと、心の底からそう思った。 二人だけの部屋で、ワインを用意する。 一つのテーブルに椅子は二つ、グラスも二つ。 両のグラスにワインを注ぐと、向かいの恋人がうっすらと笑う。 言葉はないが、祝ってくれているのが彼の優しい瞳で分かる。 「ありがとう、カイト」 いつまでもこんな幸せを続けていこう、とカイトの瞳が物語る。 もう淋しいだけの誕生日はこない。 |