『ちょっと前の七頭目』
| ある日、賽蝶は自分を除く七頭目が廊下で楽しく談笑している場面にいきあった。 対立することが多い頭目たちが、そうして仲良くしていることなど珍しい。 よからぬことを企てている気配ではないが、一応声を掛けておくべきかと近づいてみる。 そんな賽蝶の耳に、『クリスマス』という単語が飛び込んできた。 「俺んとこは、部下どもや女たちにばんばん酒を振舞って大パーティーだ」 鎌多が得意げに言っている。 「私は家族だけでパーティーするわ。部下たちだってそれぞれ予定があるでしょうし。その代わりクリスマスケーキを配ろうかと思ってるのよ」 女郎蜘蛛の計画には、女らしい気配りが見える。 「うちでは大宴会ですよ。藻たちに手伝わせて会場も御馳走も準備させます」 水爬のように、藻を使役できるというのは便利なものだ。 人間の形に固定して使えば、労働力は無限大だろう。 「うちはオールナイトで琵琶の野外ライブでやんす」 蝉のくせに、この寒い中で野外ライブとは面妖な。 勇敢な試みだが、朝までに凍死者の一人や二人は出そうである。 「私のところは、大掛かりなことはしないが、七面鳥くらいは用意しようかと思っている」 堅物という表現がぴったりな深山がそうしたことをやると、大したことでなくとも部下たちへの思いやりを感じさせる。 気に入らないと鼻を鳴らしたところに、毒蜂がこちらへ視線を向けた。 「おや、そんなところで何をしているんだい、賽蝶?」 毒蜂が嫌味に声を掛けてくる。 やな奴だ。 さも今気づいたように言っているが、もっと前から賽蝶の存在には気付いていたくせに。 咳払いを一つして、輪の中に入る。 「頭目たちが顔を揃えて何の相談かと思えば、毛唐の祭りか?」 賽蝶の言葉に、女郎蜘蛛が僅かに眉を吊り上げた。 「あんたのとこは何もしないわけ?」 「当然だ。あのような伴天連の聖なる日なんぞ!」 「せっかくのクリスマスを孤独に過ごすなんてお気の毒ねぇ」 馬鹿にしたような顔で女郎蜘蛛が笑う。 気に入らん。 確かに、大勢で騒ぐのは楽しいだろうし、御馳走を嫌う者はいないし、クリスマスケーキも魅力的だし、プレゼントを贈られたら気分を害するわけもないし、恋人や家族との特別な日というフレーズは何だか心が揺れる。 しかし、自分は僧侶だ。 断じてそのようなものに誘惑されるわけにはいかない。 とりあえず、虚勢を張ってみる。 「下らん」 そんな賽蝶を見つめる頭目たちの視線は生暖かい。 何なのだ、その目は。 よもや、羨ましいのを隠してわざとクリスマスを貶める発言をしているなどと、そう思っているのではあるまいな。 「賽蝶」 何かを悟ったような瞳をして、毒蜂が賽蝶の肩を叩いた。 「そう意地を張ることはない。見てるこちらが切なくなるじゃないか」 「なっ!! ちっ……違うぞ、毒蜂!!」 「混ぜて欲しいなら、素直にそう言いたまえ」 「違うと言っているだろうが!!」 慌てて否定して、ふと気が付く。 同族がいない毒蜂だって、一人きりのクリスマスのはずではないか。 「そういう気様は何か計画しているのか、毒蜂?」 「いや、特に何も。必要ないからね」 やはりそうか、淋しい奴め。 心の中でせせら笑いながら、どう毒蜂を憐れんでやろうかと言葉を探す。 しかし、賽蝶が言葉を発する前に、女郎蜘蛛がこう言った。 「それなら、うちに来なさいよ。霧人に手配させておくわ」 「あ、私の方でも歓迎しますよ。黄泉ヶ池で船上パーティーです」 「こっちなら、ライブの得等席を用意するでやんすよ」 「うちに来りゃ、綺麗どころを侍らせるぜ」 「ローストチキンを酒の肴に、じっくりと語り合う機会でも持たないか」 次々にお誘いがかかっている。 この扱いの差は何だ。 ついに賽蝶には一つの声も掛からなかった。 |