BACK

『不動』


こんな夜でもこの無限城は変わらない。

外の世界では街角に華やかなイルミネーションが溢れ、教会では厳かなミサでも開かれていることであろう。

しかし、今まさに不動の視界の先に広がるのは、普段と何も変わらない寂れた風景だけだった。

廃墟同然の通りには、幸せそうな人々どころか人間の姿すらない。

辛気臭いのは嫌いだが、お祭騒ぎも気に入らない不動にとっては、それなりに納得できる光景だ。

外の世界の浮かれた気分を全く持ち込まない、徹底的に渇いた空気が気に入っている。

どうしようもなく堕落しきった世界には、神に救いの手を求める人間を蔑むような、そうした夜が相応しい。

棘のような冷気を含んだ風に、背を押されながら通りを行くと、静寂の中に微かな響きが伝わった。

高くて細い女の声――歌声だ。

視線を歌声の方へ向けると、瓦礫が幾層にも重なったその上に、一人の女が腰掛けていた。

「野暮な歌だな、この街では」

世の中の醜悪な部分を全て掻き集めたような場所で、聖母を謳うとは。

どこの誰とも知れぬ女の背中に向けて、嘲るような言葉を投げつける。

不動の声は低く、女の耳まで届くとも思えなかったが、意外にも歌声は途切れ答えが返ってきた。

「野暮なことを言うわね、この夜に」

振り向いた顔は、肌がひび割れたように荒れ、頬がこけるくらいに酷く痩せていた。

目じりに皺が刻まれ、瞳は腐った魚のように虚ろな色を浮かべている。

もはや春をひさぐことすらできない、世の中の底辺を這いずっている類の女だ。

不動の存在を無視して、枯葉のような唇はまた歌を紡ぎ始める。

はっきりとしない発音と、奇妙に狂った音程で。

堕ちた女の狂気に誘うような歌声は、聖母を謳いながらも却って冒涜しているかのようで、この街には相応しいのかもしれなかった。



暫く聞いて、不動は身を翻した。

聖母もその女も、不動の欲を満たす対象としてはあまりに遠すぎる。

か細い歌声は尚も続いていたが、もう何の興味も持てなかった。

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル