『馬車さん&赤屍さん』
| 雪が降り、尚且つ路面が凍結している時は、大概不安を抱えながらの運転となるものだ。 だいたい普通に歩いていても滑って転ぶ者がいるのだから、自分の足でないとなればその扱いはもっと難しい。 しかし、そんな困難な状況でのスリルを、楽しむ者がいるのもまた事実だ。 吹雪で視界が悪かろうが、路面が鏡のように凍結していようが、タチの悪い轍だろうが、そんなことくらいでこの男がブレーキを踏むことはない。 だからこその異名だ。 「後は任せますよ、ミスター・ノーブレーキ」 そう言って、夜の闇を映したような黒衣の長身が、走行中のトラックだということにも関わらず、助手席の窓から外へ出て行って約十秒。 今は屋根の上から、薄ら寒くなるような音がする。 雪の中を猛スピードで走行中という悪条件なのに、どうやら追っ手は何らかの手段を使ってトラックの屋根に乗り移ったらしい。 赤屍はその敵を迎え撃っているのだ。 だからといって気を使うこともなく、馬車はトラックを走らせる。 この程度で振り落とされるようなら、始めから組んだりはしない。 暫くそのままのスピードを維持していると、もう斬り刻む相手もいなくなってしまったのか、屋根も周囲も静かになった。 屋根の上の死神を回収するため、路肩にトラックを止めると、音もなく赤屍が降りてくる。 いつもの薄笑いを浮かべて、助手席に乗り込んできた。 「お土産です」 そう言って、赤屍は白くて丸い物体を差し出した。 一見、小振りなサイズの雪だるまである。 トラックの屋根に積もった雪でも使ったのだろうが、中々可愛いマネをする――などという感想は、残念ながらこれっぽっちも湧かなかった。 「…何じゃこれは」 「使える部品が転がっていたので、デザインに凝ってみました」 目玉・鼻・唇・耳・毛髪、白い雪の塊を飾っているのはそれらの部品だった。 ほんの少し前まで生きていたという、非常に鮮度の良いものである。 「気味の悪いもん作るな!!」 「冗談ですよ」 馬車の怒鳴り声に気を悪くしたふうもなく、赤屍は軽く笑うとその物体を窓から放り投げた。 |