『その後の蜘蛛母子』
| 「…寒いわね」 赤々と燃える暖炉の前で、身を震わせながら女郎蜘蛛が呟いた。 いくら火の側とはいえ、そんな露出度の高い服を着ていれば寒くて当然だ。 母に対してそう思いつつ、霧人は薪をくべる。 「仕方がないよ、母上。地獄谷にはエアコンもファンヒーターも床暖房もないんだから」 地獄谷の全ての建造物にいえることだが、歴史があるだけ老朽化も激しく、あちこちから隙間風の攻撃を受けている。 しかし、これでもまだ蜘蛛一族の舘は好条件の方だろう。 水棲一族など水辺に居を構えているため、冬になると永久氷壁に閉ざされているかのような厳寒となる。 「せめてもっと着込むとか」 「着込むのには賛成だけど、そこにある古狸の毛皮は勘弁してほしいわ」 母が指差す先には、どこからどう見てもファッショナブルとは言いがたい物体がある。 確かに暖かそうではあるのだが、女性が好んで着るようなものではない。 野性味溢れる皮衣は、むろん霧人にも似合わないし、女郎蜘蛛のようなタイプは死んでも袖を通さないだろう。 強いて言えば、父たる鬼蜘蛛には似合うだろうか。 「注文した毛皮のコートはまだ届かないのかしら」 「この積雪じゃ無理なんじゃないかな」 麓の業者までは届いているのかもしれないが、おそらくそこから先が続かない。 鬼里人の拠点である地獄谷は人里離れた山奥で、雪が降り積もれば完全な孤立状態になってしまう。 こちらから取りに出向かない限り、女郎蜘蛛が所望する毛皮のコートが届くのは、おそらく春になってから。 その頃にはもうコートなど必要なくなっているだろう。 「こうなったら、人肌で温まるしかないわね」 すっかり諦めた顔をして、女郎蜘蛛が霧人に抱きつく。 「母上、それは相手が違うよ」 「分かってるわ。夜は正しい相手にくっつくから問題ないわよ」 「…どうせなら、母上に似た美人の妹を頼むよ」 「そうねぇ、頑張ってみようかしら」 春はまだ遠い。 |