『赤屍さん』
| 人の姿も見えない薄暗い路地を、影のような姿がゆっくりと歩んでいく。 光をも吸い込むかのようなその影は、人の形をしていた。 黒い鍔広の帽子の下から、人形のように白い貌がのぞく。 どこか浮世離れした空気をまとうその人物は、身なりだけでなく立居振舞にも品を感じさせ、一見してこんな路地には相応しくない。 しかし、裏社会にのさばる連中にとっては、認識が違うことだろう。 そうした輩から見れば、その人物とその場所は必ずしも不似合いなものではない。 死神はどこにでも現れるものだからだ。 足音すら響かせず、しばらく歩み続けた赤屍は、とある場所でふと足を止めた。 氷の眼差しが見下ろす先には、ゴミの山がある。 衛生管理の行き届かないような場所だ、近所の人間が適当に打ち捨てていったものだろう。 赤屍が興味を示すようなものではないはずだが、止まった足は何故か動き出そうとしなかった。 「呼んだのは貴女ですか?」 そう言って屈んだ赤屍の手は、ゴミの中から薄汚れた物体を拾い上げた。 ほつれた黒髪、泥のこびり付いた肌、色褪せた錦の衣。 どれだけ長い間このゴミの山に埋もれていたのか、昔の面影は少しも残っていなかったが、辛うじてそれが雛人形であることが分かる。 動かぬ瞳は、ただじっと赤屍を見つめているかのように見えた。 「貴女一人ですか? 持ち主に捨てられた挙句、連れ合いと離れてしまったのですね」 赤屍の言葉に、応える声はもちろんない。 だが、物言わぬ人形の顔から何を読み取ったのか、赤屍は淡々と告げた。 「よろしいですよ、運んで差し上げましょう。この日に免じて依頼料は結構です」 3月3日、とある年の雛祭りの日。 裏新宿の片隅に、か細い炎が燃え上がり、憐れな魂は煙とともに空へと運ばれて行った。 |