『鬼里人の七頭目』
| 本日は3月3日、桃の節句、雛祭りの日である。 女の子が主役となる日であって、男にはあまり関係がない。 しかし、男であるにもかかわらず、賽蝶にとってこの日は全くの無関係ではなかった。 「くっくっく…」 族長会議へと向かう賽蝶の足取りは軽い。 本来、今日は会議が行なわれる予定ではなかったのだが、何だかんだと文句をつけてわざとこの日になるよう仕向けた。 それもこれも、とある計画を実行するためである。 手に持った風呂敷包みを大事そうに抱え直し、賽蝶は会場へと急いだ。 風呂敷の中身は、雛祭りにちなんだお菓子である。 七頭目の紅一点、女郎蜘蛛のためだけに精魂込めて作り上げた逸品なのだ。 「ふっ、これを食して地獄の三丁目を彷徨うがいい」 蝶一族と蜘蛛一族は、相変わらず仲が悪かった。 勇んで会場に入ってきた賽蝶を待っていたのは、6人の男だった。 賽蝶が加わって、男が7人。 計算が合わない。 正しくは男6人に女が1人となるはずだ。 計算外となる原因を、じろりと睨みつける。 「女郎蜘蛛はどうした?」 「母上の代理で私が来た。問題はないはずだが…賽蝶殿?」 女郎蜘蛛の息子が、さらっと答える。 おのれ女郎蜘蛛め、策士というだけあって、企みに勘付いていたのか。 手にした菓子を握り潰しそうになる賽蝶だった。 しかし、計画はまだ完全に失敗したわけではない。 女郎蜘蛛が欠席なら、息子のこいつに食わせればいいのだ。 ひょっとすると、本人が苦痛にのたうち回るより、可愛がってやまない愛息が倒れた方が苦しみは大きいかもしれない。 ふっふっふ、下手に知恵を回したのが逆に運のツキだ。 「実はな、今日は3月3日の雛祭りの日だ。女性のための日であるからして、女郎蜘蛛に菓子など…と思ったのだ。本人が来られないのは残念だが、代わりに食べてくれんか?」 「では、持ち帰って母上に…」 「いやいやいやいや。ぜひ、ここで食べていってほしいものだ」 「……」 女郎蜘蛛ならともかく、それより立場も弱く場数も踏んでいない息子の方なら、食べるのを強要することなど簡単だ。 賽蝶はいそいそと風呂敷をほどき、春らしい淡い色に彩られた菓子たちを、女郎蜘蛛の息子の前に並べた。 見え透いた企みをする賽蝶に、他の七頭目の面々が呆れ顔をしているように思うが、とりあえずそんなことはどうでもいい。 くくく、女郎蜘蛛の息子よ、さぁ食うがよい。 見た目は問題ないし味にも自信がある、何せこれの試作品を食した部下どもは、余りの美味しさに満面の笑みを浮かべていたほどである。 ただ夜になってからちょっと苦しむだけだ。 心の中で高笑いをしていた賽蝶の耳に、冷水を浴びせるが如き声が聞こえた。 「美味しそうだね、霧人。少しもらっても構わないかね?」 慌てて賽蝶が口を挟む。 「ちょ、ちょっと待つのだ、毒蜂」 「何か不都合でもあるのかな、賽蝶?」 「いや、それは…その」 毒蜂の何気ない台詞のおかげで、今度は賽蝶が窮地に立たされる。 七頭目筆頭の肩書きを持ち、しかも何となく薄気味の悪いこの毒蜂と、正面きって対立するだけの度胸が今の賽蝶にはない。 「や…やはりこれは女子に食してもらってこそだと思い直したのだ。すまんが持ち帰って女郎蜘蛛に渡してもらえるか」 苦しい言い訳をしつつ、完璧な計算がガラガラと崩れ落ちる音を聞く賽蝶だった。 ☆おまけ☆ 「これで恩を売ったと思わないでもらいたいものだ」 「別にそんなつもりはないがね」 会議も無事終了し、他の七頭目が皆帰ってしまった後の会議室、残った二人の間で不毛な会話が繰り返される。 「じゃあ、何の目的があって…」 「賽蝶自慢の菓子を食べた後、具合を悪くして私のところへ担ぎ込まれた挙句、色々悪戯された方が良かったというのかね? 君はつくづく面白い子だ、霧人」 毒蜂の言葉に霧人が固まる。 賽蝶の菓子よりも、その後の展開の方が恐ろしいかもしれない。 菓子は食べてもせいぜい腹を下す程度だろうが、毒蜂の治療というのが不穏だ。 しかも今、毒蜂は『色々悪戯する』と明言しているのである。 「…礼は言っておく」 それだけ言うのがやっとの霧人だった。 |