『ホンキー・トンク』
| 3月3日、ホンキートンクにはささやかながら雛人形が飾られた。 カウンターの隅に、お雛様とお内裏様がちょこんと鎮座する。 豪華な雛壇に比べれば見劣りするかもしれないが、こんな家庭的なものもいいかもしれない。 「可愛いお雛様ですねっ、先輩」 「うちから持ってきたのだv」 喫茶店の看板娘たちが、早咲きの花のように元気良くはしゃぎまくる。 外の風はまだ冷たいが、ここだけ春真っ盛りといった雰囲気だ。 「マスター、飾るの許可してくれてありがとうございます」 「季節感があっていいじゃないか。俺だと中々こういうことは思いつかないから、ありがたいよ」 今日限りの限定メニューで、甘酒も用意することになっている。 店内には、いつものコーヒーの香りではなく、甘い匂いがたちこめて客の訪問を待っていた。 そこへタイミングを見計らったかのように、来客を告げる鈴の音が鳴り、常連客の2人が入ってくる。 店内の様子がいつもと違うことにすぐ気が付いて、2人の客はカウンターに寄ってきた。 「あれぇ、雛人形だよね、これ」 「そういや3月3日だな、この甘い匂いは甘酒か?」 銀次と蛮が物珍しそうに、雛人形と甘酒を見回す。 嬉しそうに微笑む夏実とレナに、蛮がふと問題発言を投下した。 「雛人形ってやつは、3月3日を過ぎたら早いとこ片付けないと、『行かず後家』になるっていうよな?」 「ふーん、そうなんだ。物知りだね蛮ちゃん。…で、『行かず後家』って何?」 蛮と銀次の会話に、少女2人の目が光った。 その日の深夜。 もうすぐ日付が変わるという時間に、喫茶店の中に小さな明かりが灯った。 「もうちょっとで明日になりますよ、先輩」 「うん。じゃあ、大急ぎで片付けちゃうのよ、レナちゃん」 まだまだ夢見る少女たちにとって、『行かず後家』という単語は重い。 蛮の言葉をすっかり真に受けた二人は、時計の針が12時を回った途端に雛人形へ飛び掛り、ものの10秒でそれを箱の中に仕舞ってしまった。 「これで『行かず後家』にならずに済むのだ」 「やりましたね、先輩v」 |