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『馬車さん×赤屍さん』


かかりつけの歯医者の前で偶然出会った男は、口元に薄く微笑を乗せてこう言った。

「ミスター・ノーブレーキともあろう者が、虫歯ですか?」

「虫歯じゃのうて、定期検診だ」

簡潔にそう答えると、赤屍の微笑はなりを潜め、何ともいえない意外そうな表情を浮かべた。

赤屍が自分に対してどんなイメージを持っているのか知らないが、そんな顔をするほどおかしいことだろうか。

馬車が歯科定期検診に赴くのは、マメだからでは決してない。

仕事に関わることだから、いかに面倒くさくても気を使っているのだ。

タクシー運転業務はともかく、運び屋として大型のトラックを猛スピードで駆っていると、意外に歯に負担がかかる。

際どいハンドル操作を必要とされる瞬間に、思い切り歯を食いしばることができないと、全身に力が入らない。

そうしたことを説明してやると、赤屍が納得したように頷いた。

「なるほど、そういうことですか」

「じゃあ、俺は行くぜよ」

さして人通りの多い場所ではなかったが、こんな天下の往来で、見るからに一般人ではない雰囲気を醸し出す赤屍と長話はしたくない。

赤屍に背を向けて目的地である歯医者を目指す。

一歩踏み出しかけた時、肩に伸びてきた赤屍の手が馬車の足を止めさせた。

振り返った先には、珍しく帽子を外している赤屍の顔がある。

「何じゃ」

「どこも悪くないといいですね。仕事の都合もさることながら、その他にも色々と不都合が出そうです」

赤屍にとって何の不都合があるのかと、問いただす前に黒衣の体が距離を詰めてくる。

不揃いだがしなやかな黒髪がさらりと流れ、それとは対照的な白い顔が近づいて、馬車の唇に柔らかいものが触れた。

「……」

思わず言葉を失った馬車に、己のしたことがいかに大胆なことかも知らぬげに赤屍が笑う。

「歯の治療中では、こういうこともしにくいですから…ね」



このおかげで馴染みの歯医者に行けなくなったばかりか、この近辺を歩けなくなった馬車だった。

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