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『卑弥呼』


運び屋としての仕事に追われる中、たまたまぽっかりとスケジュールが空いてしまった。

家の中に引きこもるのも性に合わなくて、買い物にでも出かけることにする。

たまには年頃の女の子らしく、ショッピングで1日を費やしてもいいかもしれない。

そして今、卑弥呼はデパートの中にいた。

デパートの中で一番目立つ中央の吹き抜けには、目玉となる商品が所狭しと並べられている。

ほとんどは、女性をターゲットにした洋服やアクセサリーだ。

夏へ向かうこの季節に相応しい、明るく爽やかな色が氾濫している。

しかし、その中に奇妙なほど地味な色使いの一角があった。

「…そういえば、6月にはそんなイベントがあったわね」

忘れられがちなイベントであることを象徴するように、そこにはささやかに『父の日セール』という文字が掲げられていた。

「父の日かぁ」

卑弥呼には親の記憶が残っていない。

兄の邪馬人が親代わりのようなものだった。

そして、その兄も今はもうこの世にいない。

「私には関係ないイベントね」

踵を返そうとして、ふと卑弥呼の脳裏を何かが掠めた。

卑弥呼に父親はいないし、頭に浮かんだその人物は、他人でしかも人の親ではないはずだ。

だが、何となく『父親』というキーワードに引っかかる。

「日ごろお世話になってるし、いい機会かな」

ふわりと微笑して、卑弥呼は父の日関連の商品を振り返ると、毎日トラックやタクシーで各地を股にかけているその人物を思い浮かべつつ、あれやこれやと物色をし始めた。



父の日の翌日、表の仕事としてタクシーに乗る馬車は、真新しいネクタイを締めていた。

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