『毒蜂さん vs 賽蝶』
| 某日、賽蝶の呼び掛けによって鬼里人の若者が闘技場に集められた。 戦士として戦い始めて、まだ1年に満たない者たちばかりである。 彼らに魔里人との戦いの必要性を説き、若い心を鼓舞するため、賽蝶はこのような場を設けたのだった。 今後、魔里人との戦いは本格化し、数多の試練が若者たちの上にも降りかかるだろう。 そんな時でも尻込みせず、鬼里人のため命を投げ打つような、そんな若者を育成せねばならない。 鬼里人のために、そして何より賽蝶のためにも。 純粋で扱いやすい若者たちは、いざという時に賽蝶の命を守るための盾である。 集った若者たちに、賽蝶は熱弁をふるった。 「よいか、魔里人は我らとは相容れぬ愚かな種族。あやつらは根絶やしにせねばならぬ!!」 壇上で多くの若者たちに仰がれ、昼下がりの強い日差しの中に堂々と立つ自分は我ながら神々しい。 七頭目の中でこんな役割がこなせるのは自分だけだ。 鎌多は品が無いし、水爬は優男だし蝉丸は小さい。 深山は迫力があっても口が重いし、女郎蜘蛛は口が回るものの女では迫力がない。 毒蜂に到っては、そんなマネは面倒だと切り捨てた。 七頭目筆頭のくせに、こうしたことをとにかく面倒臭がる男で、まったくもってけしからん限りである。 そんなことを言っている賽蝶だったが、実の所こうした派手なことが好きなのだ。 他の頭目たちが邪魔をしてこないのは、好都合だったりする。 演説が終わり、盛大な拍手を送られながら賽蝶は壇上から降りた。 気持ち良いことこの上ない。 クセになる快感だ。 しかし、拍手が鳴り止むとほぼ同時に、賽蝶の耳に聞き覚えのある声が届いた。 上機嫌な賽蝶に冷水を浴びせ掛けるが如き声。 「見事な演説だね」 だが、賽蝶の予想に反して、その声は今しがたの演説を誉める内容だった。 いつからそこにいたのだろう、若者たちの輪から少し離れて毒蜂が立っている。 「神々しくさえ見えたよ、賽蝶」 「ふふん…」 他人を誉めることもできるのではないか、毒蜂め。 嘲ることばかり得意だと思っていたが、意外に素直なところもあるのだな。 いやいや、毒蜂にそうまで言わせるほど自分は名演説を行ったのだ。 見習うがよい、毒蜂!! 得意げな賽蝶に、毒蜂が薄い笑いを口元に刻んだ。 「まるで後光が差しているようだったよ」 その一言に、若者の間から噛み殺したような笑い声が漏れてくる。 わなわなと震える賽蝶にはもう目もくれず、光を弾く長い髪を嫌味なほど優雅に靡かせて、毒蜂は去っていった。 |