眠れない夜が続いていた。
瞼を閉じれば、そこに懐かしいあの方がいる。
あの色素の薄い瞳で彼女はこちらをただ、見ている。
私を置いていくつもりなのか、そう問うているようで胸が痛い。
事実そうだ。置いていった。だから、なおさらだ。
以前まではそうで当たり前と思って胸を張れた真実がこのごろ、ずっと痛い。
寝返りをうち、暗闇に沈む窓辺を見つめる。
ふだんが騒がしいせいで、毎晩訪れる寝入りの沈黙は不安だった。
弱くなったな、と思う。
私は、弱くなった。
壁の向こうで、ごほ、と誰かの咳。隣室は男部屋だ。
好奇心いっぱいといった感じのぼそぼそとした喋り声が微かに聞こえてくる。
それがあいつの声だと、考えなくてもすぐにわかる。
顔まで浮かんでくる。上がり気味の目じりを若干下げた人懐こい笑顔。
頭の中の笑顔に釣られたように微笑む。
自覚もないまま、呼吸は緩やかなものになった。
夜の記憶
「なんかあります?」
「うん?」
「欲しいものとか」
「欲しいもの…」
彼女は少し遠い目をして熟考したのち、少し寂しそうに言う。
「ないな」
どうしてそんなに切ない顔で言うんだろう。
言われもなく悪いことをしたような気になって彼は問いなおした。
「じゃあ、してほしいことは?」
「してほしいこと?」
「ええと。えーと。例えば、うーん」
「どうしてお前が無理に考える」
そこでまたしても寂しそうに、しかし顔だけは笑って言うものだから
彼はますます言われもなく辟易した。
「してほしいことも、ないよ。なにも」
「…それもなんか、虚しいような」
「さして特別とは考えていないから。いつもどおりでいい」
「まぁ、あんたらしいけどさ」
そういえば一年前のきょうも、彼女は、同じように、
この日が自分の特別な日であることを忘れていたのを、彼は思い出す。
「むかしは―――」
「うん」
過去のことを喋る彼女が珍しく、彼は全ての動きを止めて聞き入った。
「昔は、毎年楽しみにしていたものだけどな」
「ふぅん。パーティなんかしたりして?」
「そう。ドレスやら何やらで子供なりに着飾って、両親も」
そこで一瞬また遠い目。だが、すぐに戻った。
「両親も同じように浮足立っていたよ。たくさんの箱の中には、
子供だましのイミテーションの装飾品やら、奇麗な色の筆入れや…
父はいつも同じ言葉を寄越した。『素敵なレディになりなさい』」
「…レディ、ですか」
「笑うだろう」
「そりゃまあ…笑いますよ」
彼女は肩をすくめた。
「私にはな、ムスタディオ」
「はい」
「兄が一人いた」
「初耳っす」
「始めて話したからな。で、いつからだったか…
私は、そんな奇麗なプレゼントよりも、その兄が毎年貰う、」
彼女の手が腰に差した柄をふと掠めた。
「おもちゃの剣が欲しいと思っていた。ずっと」
「…剣ですか」
「そう」
「…いまは?」
「馬鹿にしているのか?」
時折見せてくれる柔らかい笑みが帰ってきて、彼はほっとして笑った。
同時に言われもなく、なぜだか少し、切なかった。
或る少女の死まで
「私が、一番なのだと言ったな」
「言いました」
「確かか」
「誓って、そうです」
「それは変わることは?」
「ないです」
「ムスタディオ」
「はい」
「ここだけの話だが」
「はい」
「お前は私にとっては、一番ではないのだが」
「…はい」
「それでもいいのか」
「………、はい」
「なら、いい」
うそです、いやです、とは、どうしても言えなかった。
たぶん彼女も、それを知っていたから。
虚偽
「苦手だ。甘すぎる」
「うまいじゃないですか」
「私の口には合わん」
「うまいのに」
「向き不向きというものがある」
そう言い捨てて、少し不機嫌そうに彼女はそれを彼に帰して寄越した。
何でもなさそうに、受け取ったそれを自分の口に入れた彼に彼女は眉をひそめる。
「…自分が食べるなら、一言断れ」
「捨てるよりかはマシでしょう?」
どこかからかうような目つきになった彼。
彼女は少ししおらしく顔をそらすのだった。
蜜のあわれ
俺にとってあんたは、いつだって同じ人なんだよ。
誓ってもいい。あんたはきっと、昨日も明日も、
普段と変わらない、意固地できれいないつものあんただ。
明日いらつしつて下さい
「歯車が回るさまが興味深い」、そう言って、
彼女は朝からずっと彼のかたわらに張り付いている。
そのせいで、赤くなったり青くなったり、
笑ったり照れたり少しむくれたりする彼のさまは
そこを行き来するメンバーのいい暇つぶしになっていた。
誰かが聞いた。
「彼のこと、正直にどう思っているの?」
すると、彼女は、
「鉄錆と油の匂いがするな」
なんて受け答えをする。
前途多難なような、順調にいっているような。
機械のなかの青春
第一印象は、肩肘を張った子供、だった。
ずいぶんと大人びたふりをしたがっていると感じた。
何を言ってもどこか不満そうだし、振舞いは深刻さに欠けていた。
第二印象は、思ったより冷静。
そもそも銃を扱うには、よほどの知識と集中力が必要で、
それは当たり前といえば、そうなのかもしれない。
それと、片親ということを聞いた。父親と二人で暮らしているのだということも。
それ自体は、いまどき珍しくもないけれど。
で、いま。
「お前についてわかったことがいくつかあるんだが」
「はい、はい!? 何、なんでしょうか!!」
「お前、私といるときは妙に落ち着かないというか」
「………。え、ええ」
「しおらしかったり、それでいて浮足立っているというか」
「…はあ」
「あぶなっかしいというか。認めるか?」
「……認めます」
「そうか。では今度から一緒の出撃はなしということでラムザに進言しておこう」
「えええええ!! そりゃないでしょうよ〜〜〜!!!」
われはうたへどやぶれかぶれ
室生犀星の作品名で7のお題
配布元: かっこかり。
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