結婚したまえ、君は後悔するだろう。
結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。







幾許回目のプロポーズ





 イヴァリースは梅雨の時期真っただ中であった。
 気温差のために端々が曇ってしまって、少々高級を気取るにはお粗末なショーウインドゥを、店外ごしからじっと覗く男がいる。そのありふれた褐色の瞳は純白のドレスを一点に見上げていた。正確には、その頂点の、虹色のスパンコール煌めくヘッドドレスを。

「……たしかに似合わねえだろうね」

 雨の音に紛れたその独り言は、語尾のはかなさとも相まってよけいに悲愴感を増した。

 彼は彼自身の頭の中のあの、女性らしからぬ精悍な横顔をむりやり正面に向かせてそのままそのヘッドドレスにあてはめて考えてみた。みるみるうちに想像上の彼女の顔は紅潮して、自分に向かって声を荒げた。『私にこんなものが似合うはずがないだろう!!』彼女はおそらくそれを引き剥がして投げつけもするに違いない。

「結婚でもする?」

 冗談とも本気ともとれないくらいの微妙に低い声音でわざとそう告げたとき、最初に返ってきたのはただの沈黙であった。それはもう、つとに長い長い沈黙であった。耐えきれずにちらりと見た彼女の横顔は、それまでに見たこともないくらいの濃度の憮然さを伴っていた――固く結ばれた唇の下方が前に突き出ていて――つまりこれっぽっちの照れも、「そうしちゃってもいいかもね」といった軽さの片鱗も、そこにはなく、ただ彼女は彼の求婚に対して単純に憤慨しただけだったのであった。
 誰がどう見ても、返事はノー。彼はそのあとしこたま酒に溺れて暴れて、そのせいで滅多なことで怒らないラムザに説教された。
 二度目は面と向かって「お前は阿呆なのか」と言われ、三度目は呆れを通り越したらしい彼女に笑われさえした。その笑みには少しの侮蔑さえ混じっていた。四度目はどうだっただろう。彼は覚えていない。五度目は…それも、覚えていない。というか、いったい何回自分が求婚したのかなどもう彼は覚えていない。

「何の役に立つと言うのだ」

 ただ一度だけ彼女は彼にそう言ったことがあった。

「好きな人とずっと一緒にいたいと思うのは悪いことなのか?」
「それなら黙って一緒にいたらいいだけではないか。結婚する理由は何処にある」
「一緒にいるっていう約束、を二人で確認するんだって」
「言葉の上の約束なら素面ででも出来る。信用できん」
「だぁから、信用し合うために結婚するんだって。式を挙げるのだってその証人を作るためさ」
「証人?」
「そう。他のやつらにも見ててもらうわけ」
「いちいち儀礼じみているな。好きになれない」

 どうして彼女が結婚に対してそこまで頑なになるのかが彼にはよくわからなかったのだが、子供を産んで料理洗濯掃除買い出しをいっきょに引き受け奔走する彼女を想像するのが困難なのと同じで、自分が結婚する、なんてことは、彼女にとってみればあまりに現実とかけ離れた異世界を覗き込むような心境なのであろうことは察しがついた。女が結婚を決めるというのはかくも重大で深刻な悩みか。彼は目から鱗が落ちたような気になった。それまでと同じように仕事をしてそれが終われば帰ればいいだけの自分とは随分違う。

「……、まあ、」

 ウィンドゥに張り付けていた手を離し、彼は苦笑とともにもう一度改めてその花嫁衣装を眺めた。これを着た彼女の赤らんだ顔も一度くらいは見てみたいが、自分が好きなのは鎧をがっちり着込んで口より剣が先に飛ぶ戦士すぎるほど戦士な彼女、そのものである。
 もしかしてどれだけ求婚が却下されようと、それを何年も何年も続けてそのうちじじいとばばあになったとしたら、それもそれで一種の結婚なのかもしれない。

(一緒にいたらいいだけではないか、…か。確かにその通りかもな)

 もう酒盛りの場の恒例行事と化した求婚の言葉に加えて、今日は彼女のために買った戦闘時に多大な貢献をするような装飾品だってしっかり奇麗に梱包されて手元にある。下手な鉄砲もなんとやら。それでなくとも、少なくとも、彼女は傍にいるのだから。
 なんとなく彼女の呆れ顔さえも楽しみで、彼は宿への帰路を急いだ。































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