その白い背は、彫刻の、どこか近寄りがたい冷たい印象をシェゾに与える。石膏を削って造られた、どこかの神話の女神のように。こうして大人しくしている時、ルルーの息遣いは耳を澄ましても聞こえないほど小さい。目を凝らさないとわからないほど頼りない。
 思い出すのは少年時代の修学旅行、見学に連れていかれた美術館のこと。白いベールだけを豊満な身体にまとわりつかせたその姿に、彼の同級生たちは一様に色めきたっていた。その中で恐らく自分一人だけだったろうと、シェゾは思う。胸に沸いた得体の知れないひやりとした感覚に、足がすくんだなんて生意気な子供は。

 唐突に、ルルーの身体がシーツの衣ずれの音と共に反転した。遠い目で懐古にふけっていたシェゾの思考は、真っすぐに覗き込んできているどこかまがい物のような緑の瞳を捕らえ、それをきっかけにゆっくりと現実に戻ってきた。

 ルルーのその目からは、欲望も怒りも悲しみも見えない。全ての感情をばっさりと捨てて本来の、見るという機能しか持たないただの目でルルーはじっとシェゾを見ていた。そうされることを一番嫌がられるのを知って、ルルーはシェゾをそういうふうに見るのだった。彼をおとしめるために彼女が使うのは何も、唇や乳房や性器だけではない。

 しかし、今日のシェゾはいつまで経っても反撃してはこず、代わりに覇気のない彼らしからぬ妙に落ち着き払った顔でじっとルルーを見返しているだけだ。あら、とルルーは肩透かしを食らった気持ちになる。いつもならそろそろ眉間に不愉快そうな皺を浮かべて押し倒すなり何なりしてきてもいいはずなのだが、今のシェゾからはそんな様子が微塵も感じられない。揚句の果てにゆっくりとルルーの髪を掬いあげて、砂遊びのようにさらさらと落とすのを繰り返しだす。
 そうされているうちにいよいよルルーは堪えきれなくなって、ついに盛大に笑い出した。シェゾの日焼けしない頬に軽く触れて、あんた気でも触れたの、と笑いながら尋ねる。余りにおかしそうに笑うルルーを見るうち、シェゾもつられたように小さく微笑んだ。

「…可愛かったガキの頃を、思い出してたよ」
「…へえ?」

 くすくすと笑い声の尾をひきながら、ルルーは寝台から立ち上がり出窓に向かう。淡い灰色の影が長くシーツに延びる。

「あんたがガキの頃って一体、何年前の話?」
「さあ……」

 出窓にもたれて肩越しに振り向くルルーの微笑を受け止めながら、シェゾは入れ代わるようにごろりとシーツの白い海に寝転んだ。高級なタルクの香りが鼻腔をくすぐる。
 反射的に目を細めながら、シェゾは言った。

「いつだったっけな」

 まとわり付くように甘いこの香りを、嫌いだったのはいつまでだっただろう。この香りの中に埋もれてしまいたいとまで、願うようになったのは。
 知らぬ間にこんなにも弱くなった自分をシェゾは笑う。その笑みに、彼らしいあざけりの色はなかった。





Killing me softly































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