「シェゾ」
栗色の髪を高く結い上げた少女が、漆黒のマントに包まれた背中に呼びかけた。
風もなく、穏やかな日だった。雑草を刈り、石を取り除いて舗装された道に障害物はなく、少女の声はよく響いた。明らかに聞こえているはずの呼びかけに、だが彼は振り向かない。
「シェゾったら、」
先程より幾分腹に力を込めて叫ぶと、彼はようやく少女のほうへ目線を向けた。疲れた顔をしていた。眩しいものでも見るようにしかめた瞼の線が、いつもより濃く影を作って、少女を見る。そんないらついた視線を全身に受けながら、少女は数歩先を行く彼に追い付くように速足で駆け寄った。
少女が彼の横に立つと、彼はふいと目を逸らしてまた歩き始めた。
「…何か用か?」
「用がなきゃ一緒にいちゃだめ?」
らしからぬ台詞だ。この少女がこういう媚びたような声を使うときは、大抵何か企んでいる時と相場が決まっていた。シェゾは心持ち警戒を強め、真っ直ぐ前に視線を向けた。
そんな彼の疑念をからかうようにアルルは小さく笑い、肩をすくめた。
「うそうそ。用はちゃんとあるよ。聞きたいことがあるの、シェゾに」
「…どうせまた下らん質問だろう?」
「下らんかは知らないけど。お前が欲しいー、なんて台詞よりは、生産性がある質問だと思うよ」
自分より高い位置にある彼の顔を見上げながら置いていかれないようにと多少大股で歩く。その唇から漏れる息が自然と弾んだ。
「きみとルルーのことなんだ」
張り詰めた鋼線が、びぃんと音を立てて揺れるように。
心の中で暗い炎が燈ったのを感じながら、アルルはその横顔を見つめる。シェゾはただまっすぐの一点を見つめたまま、こちらを見ようともしない。それが逆効果なんだよ、とアルルは口の中で呟いて目を細める。いま彼に「空はいま何色をしている?」と聞いても、答えはすぐには返ってこないだろう。彼が見ているのは真っ直ぐの視界のなかにある風景じゃないのだから。
「…俺とあの女が、どうかしたか」
「それはきみが一番よく知ってるんじゃない?」
迂闊にもそこで押し黙ってしまうシェゾを見据え、アルルはなんでもないことを尋ねるように言う。
「ルルーのこと、どう思ってるかを知りたいの」
黙り込むシェゾのかたくなに前を向く目をじっと見つめながら、アルルはただ一人、いつだって腹の中で何を考えているのか悟らせてくれない人物を頭の中で思い描いていた。笑顔に、真顔に、いつも一枚の見えないベールを覆っているような彼の、あのつやつやの緑の絹糸が瞼の裏になびき始める。「アルル」、ああ、あの声までが。
だがアルルはその面影をすぐに掻き消した。シェゾが立ち止まったのだ。
「…それを聞いて。それを聞いてお前は、どうするつもりなんだ」
それ見たことか。やはり曝け出してはくれない。
シェゾがゆっくりと、彼にだぶる。「おまえはなにもしらなくてよいのだ」―――。
「…君らはさ、人には色んなこと要求するくせして、自分には、全然努力を課さないんだよね」
シェゾがちらりとアルルを見やる。まさかそんな風に話題を逸らされると思わなかったのか、その眉が非難に歪んでいた。
「人に詮索されるのを嫌がるよね。けど、他人も同じことを嫌がるとかは考えないんだ。知りたいって思ったら相手のことなんかお構いなしに、どうにかして知ろうとするんだ」
何を尋ねてもおまえを自分のものにしたいとしか言わない。手に入れたそのあとはどうするのかも言わない―――知らない、わかっていないのだ、自分でもきっと。
「君らの一番だめなところはさ、シェゾ、自分がそんな人間だって解ってないところなんだよ」
「貴様は、いったい何が、言いたいんだ」
「…シェゾはルルーのことが好き?」
その名前を出すだけで、シェゾの空気は変化する。こんな彼は知らない。見たことはない。
自分はどうなのだろう。あの名前を聞くたびに、こんなふうに一種、狂気に似た恋情を纏えるものだろうか。全身が総毛立つような憎悪に、近いような気がした。
これを誰が愛なんて呼ぶのだろう。
馬鹿げていると、言い切る勇気がアルルには、それでも、ない。
そうして日々は鬱屈に沈む
PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store 無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル
|