自分の息を呑み込む音とともに目が覚める。疲れているのだと皆は言う。休むことだ、と誰もが言う。疲れた? 何に疲れたというのだろう。思い当たるのはふたつ。眠ることに疲れた。忘れまいとすることに疲れた。目ざめより遙か遠い昔から頭がい骨に蔓延する傲慢な疲労。なにもかも虜にするあの唇に、蒼い血を注ぎ込まれたあの日から。わたしは叫んだだろうか。喘いだのだろうか。覚えていない。官能的な光景だった。でも思い出すたびにもう機能していないはずの心臓のあたりが凍る。あまりの恍惚に目がくらんだ。全身が甘く痺れるような悦楽だった。しかしもう二度と味わいたくない。
空に磔にされた鋭角な鏡。棺を監視するように咲き誇る枯れることのない蒼い薔薇の滴。この城は荊。この棺は私の帰るところ。死を、甘えることを、許しはしない。あの薄ら寒くなるような微笑に今日も平伏すのだ。そして戻りまた眠る毎日。眠りに就く前に思い浮かべる。消えないように願ってきた記憶を辿る。
…イルドゥン。
死人のような肌色があのひとにはひどく似合う。わたしを見るとき、あの他人を見下すような冷たい視線はすこし柔らかくなる。それでも治らない、あの怒っているような眉間の皺。それを伸ばしてみたいと思って躊躇せず触れてみたときの、あの顔。慌ててそれでも柔らかい手つきで払い除けられて、困った顔であのひとはいつも言う。「白薔薇姫様。おたわむれを」畏まった声で。
わたしは言いたかったのに。誰も見ていない、いえ誰が見ていてもいいのです、と。本当はいつだってそう思っていたのに。だけど実際に声に出して告げたことはない、きっとあのひとはそれを最後まで聞かずにわたしを遮るに決まっているのだ。そんな気がする。こんな考えは逃げ、だろうか。それでもいい。それしか選択肢がない。そのためにここにいる。あのひとは知りもしないのだろうと思う。思いつきもしないと思う。あの人はそういう人だわ。これは逃げではなくて、確信。だからわたしさえこの思いを知っていればいい。あなたが最後にわたしに触れてくれた日をこうして思い出す。それだけでいい、今は。
…あの日から、幾月が経った? 幾年が流れた? わからない。
わたしに会えない日々にあのひとはほっとしているのだろうか。是も否も、どうでもいい。どちらにしろ、いつだってあなたはわたしを見てはいなかった。わたしとおなじものに脅えて、わたしとおなじものへと膝まづいている。そのためにここにいた。そのために出会ったのだから。
あなたは手を差し伸べようとするわたしにいつか言ったことがあった。すべてを壊すおつもりですか、と。壊してほしくないのですか、とわたしは言った。言ったはず。壊すつもりなど最初からなかった。できるはずもなかった。それが今なら、とてもよくわかる。
冷たさも、温度も、ふるえる歓喜も、まじりあう息も、塗り替えるための記憶も、もうない。
だから死も甘えも許さない眠りを選んだ。待つために。何を? あのひとを? わからない。
この冷たい身体を横たえるための棺は、わたしの思いを埋める棺。
目覚めるたびに葬って、眠りにつくたびに掘り返す。
bury the nights
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