2008年4月10日 午後0時15分 NERV本部 ターミナルドグマ近辺
機能一点張りの医療器具と医療用ベッドが並ぶ、殺風景な実験施設。
その奥の部屋にはNERV本部‥いや、世界で最も貴重な実験動物が住んでいる。
NERVが擁する俊英科学者、赤木リツコ博士が実験動物の部屋に入ったとき 実験動物は14インチのTV画面から流れる教育番組‥『よい子のさんすう』‥を聞きながらコピー用紙を束ねたドリル帳をひらき、解答欄を一つ一つ埋めている最中だった。
戸口へ振り向く実験動物に、赤木博士は 続けなさい と命ずる。
実験動物は水色の頭部を回転させて、算数のドリル帳に向き直った。
赤木博士は白衣のポケットに手を入れて、中に入れてあるインターフェスを操り本部全体を統括するMAGIシステムに指令を送る。
予め用意していた秘密の指令を。
待つこと数分。実験動物‥いや、綾波レイの勉強が終わる。
「博士、終わりました」
「ご苦労様。昼食にしましょう」
二人で手を洗ってから、食器を並べる。
リツコはキャスター付きのドラム缶型容器を部屋に引き込み、昼食が入った籠を取り出す。
手渡されたナプキンを襟首に折り入れるレイ。
彼女が見上げるリツコの横顔は、部屋に入ったときとは打って変わって優しげな表情を浮かべていた。
赤木リツコが先ほどMAGIに送った指令は、この部屋を監視しているカメラやマイク、そしてこの部屋の付近に存在する あらゆるセンサーに誤情報を与える とゆうものである。
MAGIのレコーダー(記憶装置)に実際の映像や音声と異なる記録を残させる、言わば隠蔽プログラムだ。
全ては SEELE上層部を欺く為だ。
隠蔽プログラムにより偽造された記録の中では リツコはレイに対し冷淡に接し続けている。
レイが来るべきサードインパクトでSEELEが望む役割を果たすには疎外感が‥内面の虚無性が必要なのだ。
『世界への無関心』と言い換えても良い。
運命の瞬間、御子(依代)が穢れ多き現世を否定し清浄なる来世を望むときに‥ 女神リリスの代役であるレイが、御子を現世に引き止めることがないように。
むしろレイ自身が『人類の正統な進化』を達成するべく、御子が悩みも苦しみもない『真の人類』へ生まれ変わるよう誘導できるように。
レイの心は砂漠の如く貧しく、氷原の如く冷たくなければならぬ。
それがSEELEの意向。
冗談ではない。
何が悲しくて、妹を適合障害児に仕立て上げなくてはならないのだ。
生きながらの死を望む干物どもめ。
そんなに現世が嫌なら、首でも縊れば良いのだ。
‥とリツコは胸をたぎらせてしまう。
毎日毎日、欺瞞プログラムを走らせる度に、彼女の心の中にある貯金箱に憎悪のコインが投入されている。
いつかやって来る、貯金箱の封を開ける日が楽しみだ。
今はまだその時ではない、リツコは未だにNERV本部すら掌握していない。
医療部や広報部に知人や恩人、あるいは弱みを握った人物を送り込み一歩一歩地盤を広げているが‥充分と言うには程遠い。
司令と副司令への意識誘導(マインドコントロール)も、まだまだ浅い。
より慎重に、より深く、リツコは勢力を広げていかねばならないのだ。
さて、レイとリツコが食べている昼食は一見簡単だが、実はそれなりに手の込んだものである。
献立は 御飯に味噌汁 和風ハンバーグと温野菜のサラダ 沢庵漬とお茶 温州ミカン二分の一個。
味噌汁の出汁はインスタントではなく昆布と椎茸から取ったものだし、具の油揚げや小松菜やモヤシもきちんと湯引や根取りなどの下拵えを施してある。味噌も良い品を使っている。
和風ハンバーグはリツコの手作りだ。出汁を取った後の干し椎茸をみじん切りにして混ぜ込んである。
掛けられた大根おろしソースと付け合せの粉吹き芋も、ハンバーグと同じくリツコが親友から貰ったレシピと睨めっこの末に作り上げたものだ。
少々自惚れが入っているかもしれないが、この和風ハンバーグは上出来だ とリツコは思う。
一度に大量に作り冷凍保存しているのだが、それでも充分美味しい。
一度手作りの味を憶えてしまうと、市販品には満足できなくなってしまう。
「‥‥ごちそうさま」
最後のミカンまで残さず平らげたレイは けぷ と可愛らしいおくびを洩らした。リツコはレイの頬に付いた飯粒を取り、口の端に付いたソースをお絞りで拭ってやる。
一緒に食事を取るようにしてからは、レイが料理を残すこともなくなった。
まあ、レイの部屋がある区画はお世辞にも良い環境とは言えない。こんな所で一人で食べていては食欲も湧くまい。
リツコとしてはもっと妹を構ってやりたいのだが、生憎と時間がない。
かといって、レイを長時間任せられる程信頼できる人材はあまりにも少ないのだ。
・・・・・
それから約一時間後。
綾波レイはセントラル・ドグマ領域の通路を一人で歩いていた。
本部の地下は迷宮にも等しい。
複数の多層構造物と、それらを結ぶトンネルとパイプそして竪坑。
これだけでも充分複雑だが、内部は更に様々な施設や機械類で分断され、あるいは繋げられている。
慣れている筈の施設整備員ですら、迷子騒ぎが年に何度も起きるほどだ。
子供が一人で歩くには危険すぎる空間なのだが‥
人間離れした方向感覚と位置感覚を持つレイにとっては、迷路も一本道も変わらない。
念のために発信機も持たせてあるので、迷子になってもそれほど問題にはならないが。
今日もレイは一人暗く寂しい迷路を散歩道として歩く。
毎日毎日少しずつ、散歩の度にレイの世界は広がっているのだった。
新世紀エヴァンゲリオン パワーアップキット 第一部
鋼鉄都市 第七章 中編
2015年7月30日 午前6時40分
NERV本部 第二発令所
薄暗い発令所の中に、微かな電子音と人の声が響いていく。
「コンタクト完了、初号機a起動します」
「シンクロ率39.03パーセント」
「初号機a、発進準備完了まで130秒」
発令所のメインモニタに映し出される戦術地図上を、使徒を表す標識がゆっくりと動いている。
「使徒、強羅最終防衛線を突破!」
「各砲台、射撃中止。電磁スクリーンの展開急げ」
指揮官代理である青葉二尉の命を受け、使徒に牽制攻撃を行っていた砲台群が沈黙する。
牽制と言えば聞こえは良いが、使徒には全く効いていない。まだ海亀にジョウロで水をかけた方が目に見える効果があるだろう。
ATフィールドを持つ相手に、通常兵器は通用しない。
ただ、全くの無意味でもない。ATフィールドに刺激を与えれば、強度や性質がある程度まで分析できるからだ。
「推定ATF強度、15.1。領域可変型と思われます」
オペレーターの報告に、作戦主任は唸り声をあげる。
「標準タイプか‥ かえって判断し辛いな」
「レイちゃんを下がらせろ。市街地に引き込んでから2対1で行く」
常識的な判断を下す指揮官代理に従い、レイが操る初号機bは、第四使徒そっくりな敵に目掛けて120ミリ徹甲弾を散発的に撃ちこみつつ、後退する。
いくら訓練とはいえ動いている使徒に発砲して、一発必中。決して外さない。
一見なんでもないように見えるが、これには凄まじい技量が必要なのだ。
仮に、毎秒2000メートルの弾速を持つ火器で1000メートル先の使徒なりエヴァンゲリオンなりを狙い、撃ったとしよう。
砲弾は0.5秒後に目標の地点まで到達するわけだが‥その時には既に目標がその空間にいない可能性が高いのだ。
分かりやすくするために、縮尺を変えて説明しよう。
EVAのサイズは、パイロットであるEVA乗りの約25倍。
つまり、初号機に秒速2000メートルで砲弾が飛んできた場合、2000÷25で秒速80メートルの弾が生身のシンジ目掛けて飛んでくる計算となる。
シンクロ率40%の初号機は、生身シンジの4倍以上の運動能力と反射能力を持つ。
これは生身シンジの速力が最大でも時速40キロ程度であるのに対し、シンジの乗った初号機は瞬間的に音速の3倍以上の速力で移動できることからも、納得していただけるだろう。
つまり、初号機に乗ったシンジから見れば、秒速2000メートルの砲弾も精々秒速20メートル、時速にして70キロ程度にしか感じないことになる。
対使徒戦闘における通常火器の限界が、ここにある。
何もせず突っ立っている固定目標や、あるいは推力と空力のバランスの中でどうしても動きが限定される航空機なら‥早い話ジェット戦闘機は真後ろに音速で後退などできない‥まだ良い。
しかし、SFアクション映画の決闘シーンじみた立体戦闘を行っている中学生サイズの物体に、40メートル離れた位置から時速70キロで投げたボールが当たるだろうか?
無理ではないが、難しいだろう。
何しろ、向こうはボールの半分以上の速度で動いている上に、ボールを捕ることも打ち落とすこともできるのだ。
もっとも 命中したとしても人体に対するボール以上に、使徒に対する砲弾は柔らかくて軽い。
たとえATフィールドを中和している状況でも、たとえ厚さ8メートルの鋼鉄帯を打ち抜く徹甲弾であっても、使徒には全くと言って良いほど通用しないのだ。
市街地中央の交差点に開けられた射出坑に、シンジの乗る初号機aが射出された。
最終安全装置が解除され、初号機aはEVA用ソードを手に前進する。
「シンジ君、敵の能力がもう一つ分からない。砲台から撃ってみるから、中和距離ぎりぎりまで接近してみてくれ」
「了解」
シンジが操る初号機aは、ビルを遮蔽物として隠れながら慎重に動いていく。
その手に携えられた両刃の剣は、刃渡り16メートルに達する高振動ブレードだ。NERVアメリカ第一支部から送られてきたばかりの新兵器である。
約7分後。第四使徒そっくりな標的は、初号機2機の連携攻撃を受けて殲滅された。
「目標、沈黙。PHサウンド停止しました」
オペレータの報告を受けて、長髪の指揮官代理‥青葉シゲル二尉は作戦主任へ
「もう一回、いくか?」
と訓練を続けるべきかどうか訊いてきた。
時間的には、あと一回できるかどうかとゆうところだが‥
「いや、今回はここまでにしておこう。ここのところチルドレンもオーバーワーク気味だからね」
眼鏡の作戦主任‥日向マコト二尉は中止を提案(実質的には決定だが)する。
「了解。状況終了。パイロットたちを上がらせろ」
第二発令所の巨大パネルスクリーンに浮んでいた使徒の死骸と2機のEVA初号機が溶けるように消えていく。
戦闘の余波で崩れ破壊された市街地は、トラックや工事車両が忙しそうに往復するリアルタイム映像に変わった。
言うまでもないが、先程までの戦闘は実戦ではなくMAGIによるシミュレーション訓練である。
パイロット達のチームワーク適正を測ることが主目的なので、現実には有り得ない『初号機が2機存在する』とゆう設定が取り入れられている。
仮想訓練なのだから改装中の零号機を『既に改装済み』の設定にしても良さそうなものだが、まずはパイロット両名が初号機の操縦に慣れることが必要とされた為に 二人とも初号機を使って訓練しているのだ。
サブモニタに、今回の戦闘の詳細がリストとなって大作映画のスタッフロールのように流れ始めた。
MAGIが算出した各種データの概要に、作戦部の幹部たち(といっても最高階級は二尉だが)は肩を落とし、あるいはため息をつく。
「こりゃ酷いな‥ 支援砲撃のシステム、根本から考え直した方が良くないか?」
「命中率が悪すぎだな。無人砲台の戦術プログラムが使徒の動きに対応しきれてないんだ」
「攻撃ヘリや戦闘攻撃機に対する迎撃システムからの流用では、ここらが限界です」
「飛行機と違て、使徒には直撃させんといかんからなぁ‥」
「やはりレーザー砲の増産を急ぐしかありませんね」
「いや、火器の種類が限られるのは危険だ。ベトナム戦争ではあるまいし『誘導ミサイル万能説』の愚を繰り返すわけにはいかん」
いつもながらの喧喧諤諤の議論とゆうか意見交換が始まる。とにかく言いたいことは全部言わせるのが作戦主任である日向二尉の流儀だ。
その上で、少しでも役に立ちそうな提案は全部実行する。作戦部だけでは手が足りないなら予算配分と引き換えに他の部署から人手を借りるか、その部署に丸投げする。
資金を湯水のように使い、後々問題を残す方法だが とりあえず今のところは機能している。
日向は『拙速は巧遅に優る』とゆう兵理を、過剰なまでに徹底して実践しているのだ。
間に合わなくては、意味がない。
それが彼の行動指針になっている。そしてその見解は、これまでの所は一応成功している。
第四使徒戦で活躍したレーザー砲台は、彼が中心になって進めていた計画なのだから。
「郊外の流れ弾対策にも、予算を回して貰いたいですね‥」
ちらりと長髪の指揮官代行を見る部下の提言に、作戦主任は
「そうだな。今度、青葉から大上一尉に言っておいてくれよ」
と 言った。青葉は
「了解。ま、大丈夫だろ。レイちゃんやシンジ君の健康のため と言えば幾らでも出すさ」
と軽く予算交渉を請合う。
一度対使徒戦闘が始まれば、第三新東京市内及び郊外に膨大な量の流れ弾が撒き散らされる。
その流れ弾の半分は、炭化タングステンなどの重金属を使った徹甲弾だ。
放射能を帯びた粉塵が広範囲に撒き散らされる劣化ウランに比べれば、まだ幾らかはマシであるがタングステンも重金属には違いない。
環境や人体に与える影響は決して小さくない。
今のペースで弾薬を消費していては、使徒戦役が終わるころには第三新東京の表土はそのまま鉱床として採掘できるほどに、タングステンによって重金属汚染されてしまうだろう。
・・・・・
第三新東京市 付近 箱根山中
峻険なる箱根山の一郭に、第三新東京が要塞として機能する遥か前から、登山客も入らなかった窪地がある。
その中を、枯れ木の枝を杖代わりにして這いずるように歩き回る 一人の男。
無精髭の生えた頬はこけ、充血した目は落ち窪み、薮蚊や葉ダニに刺されている顔は蒼白い。
時折、首から吊るしたデジタルカメラのシャッターを切り、ぶつぶつと呟いている。
独り言ではなく、カメラに付いた録音装置に吹きこんでいるようだ。
革ジャンパーにジーンズのパンツ、登山靴と服装はまずまずだが‥ 水筒もなしに山を歩くのは誉められたことではない。
道を見失い、迷いでもしたら命に関わる。
いや、もう既に迷っているのだが。
迷い始めてから既に三日目。食料が切れてから一日半。
男は現在進行形で遭難していた。
疲れているが、捻った足の痛みと空腹で殆ど寝ていない。そのうえ生水を飲んだのが拙かったのか、腹を下している。
山で迷ったことがない者には、山の恐ろしさは分からない。
汗に濡れた服は恐ろしい勢いで体温を奪う。絶食状態で動き回れば尚更だ。
常夏だろうが昼間だろうが、人間は体温が25度以下になれば死ぬのだ。
実を言えば、この男の現在位置は 最寄りの人家から1000メートルも離れていない。
南西の方角に、僅か300メートル程も動けば農道に出る。そこからなら街も見える。
だが、そこまで行くこと自体が難しい。
密林の1キロは平地の10キロに匹敵する。山ならば更にその倍は歩みが遅くなる。
足を捻挫している今は、文字通り到達不能の距離と言える。
そして 人間は目印のない場所では、長距離を真っ直ぐに歩くことができない。
利き足や障害物を回り込む動作の誤差で、どうしても進路がずれてくる。
最終的には、大きな弧を描きながら同じ所をいつまでも歩き続けることになる。所謂ループワンダリングだ。
「‥2015年7月30日午前7時50分。多分晴れ。 ‥そろそろヤバイかもしれない」
うわ言のように呟きながら、男はのろのろと歩いている。
貨物に紛れて第三新へ潜入したまでは良かったが、人目を避けて山に入ったのが運の尽き。
荷物は落すわ方角は見失うわで、二時間もしないうちに遭難してしまったのだ。
この遭難者は フリーの事件カメラマンである。
名は寺沢とゆう。下の名(パーソナルネーム)も有るが、物語上特筆すべき人物ではないので特に書かないことにする。
マスコミ関係者は、第三新東京への出入りを制限されている。いや、制限されているのは記者やカメラマンだけではない。
観光客は、もちろん入れない。
NERVの関係者ですら予め許可を受け、検問で厳重な確認を受けた後に初めて通行できるのだ。
NERVの防諜態勢は、かくも厳しいのである。
しかし、隠されれば暴きたくなるのが人情とゆうもの。
謎の敵性体、『使徒』とは何か?
『使徒』を迎え撃つエヴァンゲリオンとは何か?
暴いてやる‥とまではいかずとも、その画像を生で撮ってみたいと思わないカメラマンはまずいない。
とゆうのも、NERVによって公開された情報はあまりに断片的で、信憑性に乏しいのだ。
使徒と呼ばれる怪獣にしても、エヴァンゲリオンにしても、発表されたデータに無理があり過ぎる。
自重1000トン近い人型兵器が立って歩くだけでも信じ難いのに、飛んだり跳ねたりされてはたまったものではない。
何が目的なのかは解らないが、何か隠したいことがあるから怪しげなデータを出して誤魔化そうとしているのだろう。
市内に入って調べれば、必ず何か掴める筈だ。
せめて実際に動いているエヴァンゲリオンを、ファインダー越しに見てみたい。
だから、こんな山の中で朽ち果てるわけにはいかないのだ。
遭難したカメラマンの亡者のように頼りない歩みは、朝露に濡れた斜面を降りようとした所で途切れた。
杖代わりの枯れ枝が折れ、斜面を転がり落ちる。
幸い岩や樹に身体をぶつけることもなく、蔓草の茂みに引っかかって止まったが‥ もう立ち上がる気力が湧かない。
寺沢は最後の気力を振り絞り、抱えているカメラのカバーを降ろす。これである程度は防水効果が望める。
自分の死体が獣に食われても、何年か何十年か後にはカメラが発見されるだろう。
カメラに入っている記録が、自分が此処にいた証だ。
スクープと言えるような画像が何一つ入っていないのが悔しいが‥
カメラを抱きしめるように丸まり目を閉じた寺沢は、目を瞑ったままにも関わらず柔らかく温かい光に照らされていることに気付いた。体中から痛みや疲労が消えていく。
森の草葉の影を、一つ一つくっきりと映し出すほど明るいのに、少しも眩しくない。目に痛みを感じさせない光だ。
寺沢は何時の間にか起き上がり、梢の上にいる何かを見上げていた。
それは人のように見えた。
白い鎧のようなものを着ていた。
光に包まれたそれは、肩から生えた光の翼を羽ばたかせて浮いていた。
柔らかくも力強い羽ばたきが 辺りの空気を震わせている。
「‥‥天使‥?」
無意識のうちに口から零れ出た言葉。
我にかえった寺沢が首から下げたままのカメラを掴むと同時に、翼の生えたものは飛んでいってしまった。
カメラのファインダーを覗く目が、数瞬前まで被写体がいたはずの空間を睨む。
しばらく呆然としていた寺沢だったが、とりあえず宙を空しく覗くことを止めて、身体の具合を確認する。
捻挫も打ち身も切り傷も虫刺されもなし。腹は減っているが耐え切れないとゆう程ではない。
「 夢 ‥だったのかな」
夢か現実か幻か
極限状態の遭難者は往々にして幻覚を見るとゆうが‥ いや、それにしては今の自分は健康体に過ぎる。
ああ、このカメラにカバーなんぞ掛けなければ、思う存分撮れていたものを‥
これではオカルト映画に出てくる三流カメラマンではないか と臍を噛む寺沢は未練がましく愛用のカメラを眺める。
と、そこでようやく 血糖不足気味の脳味噌が気付いた。
彼のカメラは、録音スイッチが入ったままだったのだ。
ごくり と喉を鳴らして、カメラマンは数分前の音声を再生する。
森の中を彷徨う遭難者のうわ言
掻き分けられ、踏み折られる枝葉の音
鳥の声
斜面を転がり落ちる騒音
自分の呻き声
そして ゆったりとした、大型鳥類のそれを連想させる羽ばたきの音
寺沢は声にもならぬ歓喜の叫びを挙げていた。
爆発するような昂揚感が全身を駆け巡る。
無駄ではなかった。此処には、第三新東京には何かがあるのだ。特ダネが、スクープの元があるのだ。
昂揚感に後押しされたフリーカメラマンの足は、翼が生えたかのように軽くなり‥2時間余りで人里に辿りつくことに成功する。
転がり込むように入った蕎麦屋で、泣きながら蕎麦を啜っていた寺沢が 挙動不審から警察に通報されるのは‥それから更に半時間ほど後のことである。
・・・・・
第三新東京市 市街地のはずれ
衰弱死寸前の遭難者を救った光の翼持つ天使は、朝のパトロールを終えて廃棄予定のビルの屋上に降り立った。
天使‥擬似コア使いである彼女は、遭難者にATフィールド照射による治療を施した時以外はステルス効果を持つ特殊力場を纏っているので、目撃される可能性はまず無い。
余程霊感の強い人間なら、光る流線型の物体として彼女の姿を見たかもしれないが‥写真にも写らないのではUFO騒ぎにもなるまい。
このビルは、彼女たちが用意した拠点の一つだ。ジオフロント地下のセーフハウスとは異なり、必要最低限の宿泊施設と生活設備が用意されているだけの、使い捨ての拠点である。
擬似コア使いである彼女や使徒能力者である彼女の相棒には、予備の武器や弾薬は必要ない。休める場所として安ホテル並の設備があれば充分なのだ。
屋内に入った偽物の天使‥『シンちゃん親衛隊』の一員である天条ヒナコはステルス力場を切り、両肩のメイン・コアを待機状態に設定した。
周囲を照らしていた赤い輝きが弱まり、非常灯程度の明るさになる。
同時に両肩のコアから生えていた光の翼も、コアに溶け込むように引き寄せられ、消えていく。
「どうだ? 事象レーダーの具合は」
と 問う半使徒の超戦士、紅堂サキに
「使えます。精度を出すには、かなり慣れが要りそうですけど」
偽天使‥いや擬天使とでも呼ぶべきか‥コア使いは正直に答える。
擬似コアはコアを模したものであり、似てはいるが根本的には使徒やエヴァのコアとは異なる。
故に擬似コアには、出力不足や安定性に欠けるとゆう短所があるものの、機能の後付けが容易だとゆう利点もある。
今朝、ほんの数時間前に搭載されたばかりの新機能を即座に使いこなすあたり、コア使いとして彼女の適性はかなり高い。
いや、非凡なるものを持っているからこそ、サキの相棒が勤まる訳だが。
事象レーダーとは、ATフィールドを応用した探知システムである。
使徒が本能的に使いこなしている感覚機能の一部を、人間にも使えるように作り変えた代物だ。
その絶大なる効果については、何れ詳しく述べることにしたい。
あまり遠い話ではない。ヒナが実戦に出る時には、必ずや事象レーダーの機能について語ることになるからだ。
ヒナの出番はそう遠くない。それこそ今日のうちに始まるかもしれない。
SEELE、いやキール・ローレンツの息がかかった者どもが‥ 異形の刺客どもが日本に、第三新東京に大挙して集まりつつある。
箱根近辺上空を軽く一巡りしただけではあるが、ヒナの完調とは言い難い事象レーダーにもはっきりと捉えられる程に『敵』の密度が高まっている。
ヒナの出番‥初陣はもう直ぐだ。
・・・・・
第三新東京市 郊外 集合住宅コンフォート17
葛城邸のリビングでは 床に広げられた唐草模様の風呂敷に、モ○プチの缶詰1個とジュースの缶2個が置かれていた。
缶詰を置いた葛城邸の住人もとい住鳥は、翼とゆうか前足とゆうか‥人間で言えば手にあたる部分に生えた爪で、器用に缶詰類を包み首の後ろに巻きつける。
これで準備完了。羽毛の繕いも完璧だ。
旅支度を整えた鳥類は、ぺったぺったと玄関まで歩き、自動ドアの開閉スイッチを押して廊下に出た。
そのまま階段へ向かい、跳ねながら下りていく。昼間のコンフォートは人口密度が極端に低い為、エレベータに便乗するのは難しいのだ。
温泉ペンギンのペンペンは、ついにコンフォートの正面玄関から外へ出た。
ここから先は、彼にとって未知の領域だ。だが温泉ペンギンは勇を鼓して歩き出す。
ぺったりぺったり と人を和ませる足音を立てつつ歩いていた温泉ペンギンが歩道のアスファルト路上で転倒し‥
彼が背負っていた缶詰類が車道に転がり出て、たまたま通りかかった大型トラックに全部踏み潰されてしまうのは、それから1分ほど後のことである。
・・・・・
NERV本部 副司令公務室
これまで作中には出てこなかったが、副司令である冬月にも独立した執務室が割り当てられている。
その執務室に、訓練が終わったばかりのパイロット二名が呼びつけられていた。
「碇、綾波両名 只今参りました」
「うむ。早速だが君達に新しい仲間を紹介しよう。来たまえ」
冬月は、副司令室の隅に立っている女子中学生‥一中の女子用制服を着た少女を呼び寄せた。
「エヴァパイロット候補生、霧島マナであります!」
敬礼はいらない と聞かされている少年兵は上げかけた右手を止め、直立不動の姿勢を取る。
「聞いての通り、この子はフォースチャイルド 君達の四番目の仲間だ。同僚として先輩として、仲良くしてやってくれたまえ」
「はい。勿論です」
「‥了解」
「マナ君は訓練生ではあるが、エヴァとシンクロできることは既に証明済みだ。
エヴァチャイルドとしても、本日午前6時付で正式に登録済だ。
おそらくは初号機か零号機の予備パイロットとして、本部に配置されることになるだろうな」
「霧島さんは、初号機と零号機の両方ともにシンクロできるんですか?」
「うむ。理論的には出来る筈だ。それも君と同じように、訓練なしの状態でね」
「‥‥同じ?」
「えと‥ 同じって、どうゆうことですか?」
「マナ君は、シンジ君と個体固有のパターンが似ているのだよ。なにしろシンジ君とは姉弟に当たるわけだからな」
冬月によれば、学生時代の碇ユイは 生涯を学術に捧げるつもりであったらしい。
結婚も家庭も不要と言い切る若き日のユイだったが、自分の遺伝子を後世に残す為と称して卵子バンクに数個の卵細胞を寄贈していた。
遺伝子は人工授精の素材として、模倣子は各種の論文と書籍で世界に散らすことで、自己情報を残そうとしていたのだ。
どちらかと言えば男嫌いだった彼女が、何故ゆえに信条を変えたかについては、冬月の知るところではない。
ただ、彼女‥碇ユイの卵子を使って生み出された子供がいる とゆうことだけは事実なのだ。
セカンドインパクトの混乱のなかで両親を失いつつ生き延びた子供は、その後に発足した戦略自衛隊系の養護施設で育てられた。
少年兵に志願した後に適性を認められ、幹部候補生として訓練され‥ そしてつい最近、碇ユイの遺伝子とエヴァパイロットとしての適性を持つことが確認され、第四の適格者として登録されたのだった。
霧島マナは軍事訓練を受けてはいるが、エヴァとのシンクロ適性については未知数だ。
いや、シンクロすることが分かっているだけ、第三新東京に来たばかりのシンジよりはマシではあるが。
「マナ君の訓練はアメリカ第二支部で行うことになる。丁度エヴァ四号機の組み立ても終わった所だからね」
現在、人類の最終防衛線であるNERV本部にある完全可動品のEVAはただ1機。
本来6機のEVAが配備される筈なのだが、予定と比べて余りにも寂しく頼りない状況だ。
この状況を解決すべく、予定を繰り上げてアメリカ第一支部で組み立て中だったEVA参号機が、パーツ段階で松代の予備施設に運ばれている。
第一支部で組み上げてから輸送船で旧北極海を運ぶよりも、パーツ段階で日本に空輸して現地で組み立て及び調製をした方が、6日ほど日程が縮まるのだ。
「わたくし、霧島マナは本日六時に起きて、碇シンジ君のためにこの制服を着てやって参りました。 ‥似合う?」
目の前でくるりと一回転してから直立不動の体勢を取り、踵を打ち鳴らして宣言して ‥不安げに小首を傾げる少女の言葉を
「うん。とっても良く似合うよ」
少年は にこやかに肯定する。
「ありがと〜。お世辞でも嬉しいな」
「お世辞じゃないよ、とっても可愛いよ」
不思議そうな顔をする半分だけ血の繋がった少年‥初対面の弟の率直な言葉に
「‥‥そんな風に言われると、照れちゃうな〜」
と マナは赤面してしまう。
容姿に恵まれている少女だが、面と向かって『可愛い』と言われたのは初めてだ。
戦自の施設では、互いを兄弟であると同時に戦友として意識するように育てられる為に、施設育ちの者同士は色恋はおろか浮いた話の一つも出ないものなのだ。
副司令室での一応の紹介が終わったあと、シンジは遺伝子上の異父姉に当たる後輩パイロット候補生を案内して、本部内を巡り歩いていた。
早くNERV本部の間取りに慣れるには、同じパイロットから見て重要な施設を案内して貰うのが良いだろう とゆう冬月の助言(命令?)を受けたからだ。
ちなみにもう一名の正規パイロットは登校した。色々あって、綾波レイの出席日数はかなり圧迫されている。
先程の宣言は、マナが戦自の上官に『やれ』と命令されていた行動である。
サードチャイルドと二人きりになったら、なるべく自然に口上を述べてポーズをとり、反応をうかがえと言われているのだ。
肯定的な反応が返ってくるよう努力すべきであるが、退かれたり呆れられたりしても構わない。最悪はチャンスを逃し実行できないことである。
事の成否に関わらず、必ず実行することを厳命されている。
何故かは知らないが、必要なことらしい。
まあ、マナにとっては理由は気にならない。
行けと命じられたら進み、待てと命じられたら止まる。兵隊とはそうゆうものだ。
「ここがチルドレン待機室。長丁場になりそうな時とかは、ここで休みながら待つんだ」
待機室は そこそこ高級なホテルのツイン部屋程度の内装が施された、六畳間程の空間だ。
ベッドは二つ用意されているが、今のところはシンジが独占している。
「ここが第三発令所。予備の第四発令所と合わせて二ヵ月後ぐらいに完成する予定なんだって」
第一発令所と第二発令所を覗き、ついでに工事中の第三発令所も入り口付近まで案内する。
更に上がって作戦部へ。日向始め作戦部の面々に挨拶を済ませた後で、チルドレン待機室を経由して第七ケイジへ向かう。
「うっひゃぁ〜 大きな顔〜」
冷却用LCLに浸かった初号機を見たマナの第一声に、シンジはくすくすと笑う。
「‥むぅ。なんで笑うかな〜」
「ゴメンゴメン。‥大抵の人は怖がるか驚くかするものだから、ちょっと意表突かれちゃってさ」
「そうなんだ。‥確かに凄いとは思うけど、別に怖い感じはしないぁ」
栗毛の少女は、LCLに浸かる人造の巨神を仰ぎ見る。
精神状態の不安定な者なら、近づくどころか数キロ先から見ただけでも人事不省になりかねないEVA初号機だが‥実際のところ開発段階から数えれば100名近い入院患者が出ている‥この少年兵には何とも無いらしい。
「きっと霧島さんは初号機と相性が良いんだね。エヴァを見て大丈夫なら、乗っても大丈夫だよ」
「そうゆうものなの?」
「うん。霧島さんは良いパイロットになれると思うよ」
「本当!? 本当にそう思うの?」
現在、唯一の実戦経験者に素質を認められた少女は、今にも踊り出しそうなほどに喜んでいる。
「保証する。霧島さんは僕よりもずっと良いパイロットになれるよ」
ゲンドウと冬月は、第七ケイジに隣接する司令室の窓から そんな二人の様子を覗き見していた。
「似ているな‥」
「うむ」
「ユイと同じ笑顔だ。やはり血は争えんな」
「私はレイに似ていると言ったのだが?」
「レイには似ていませんよ。老眼が進行でもしましたかな?」
「骨格一致率97.8%。これは並の双子より近いぞ」
「ATF波長、つまりは魂の有り様を言っているのですよ。失礼ながら冬月先生、霊視に関しては貴方の目は節穴同然ですな」
節穴だと? とか 節穴で悪ければ○○と言い直しましょう とか、司令室で始まった大人気ない言い争いなど聞こえる訳も無い二人は、髭親父と似非紳士の諍いが口喧嘩から胸倉の掴み合いに発展する頃には既に第七ケイジから離れ、整備班長に会うために第四ケイジに向かっていたりする。
広い整備ブロックは、全ての場所が照らされているわけではない。
眩しいほど照らされているアンビリカルブリッジから回廊に入ると、闇夜のような暗さに感じてしまう。
「こっちは暗いから、足元気をつけて」
「うん」
シンジはマナの手を取り、エスコートする。
実を言うと 少年兵としては最高レベルの実戦能力を持つマナの目は、とっくの昔に闇に慣れてしまっている。
が、ここは素直に先導を受けておく。
映画や漫画に出てくる『普通の女の子』のような扱いを受けるのは初めてだが、悪い気分はしない。
がさつで、大雑把で、少しの間でも停まると死んでしまう回遊魚の如く活動的。
男の子とは押しなべてそうゆうものだと思っていたが、この子は少し違うようだ。
胸が疼く。マナは胸の奥に、心地よい痛みとでもゆうべきものを感じている。
出会ったばかりではあるが、マナは少年に少なからずときめいていた。
一方シンジは、マナに対して全く『ときめき』とゆうようなものを感じていない。
(綾波に似てるけど‥違う。ドキドキしない)
むしろ、安心する。シンジはマナが傍に居ると落ち着くのだ。
それは今まで、他のどんな女の子と一緒にいても味わうことが無かった感覚だった。
榊班長始めとする整備班の主立った面々に挨拶を済ませた二人は一旦待機室に戻り、更衣室を覗いた後で休憩スペースで一服することにした。
シンジはクレジットカード兼用の身分証明証を自販機に読み取らせて、まずマナの分を購入した。
NERV本部内の自販機はMAGIと繋がっているので、ネルフのカードを使って清算できる。無論コインも使えるが。
マナは礼を述べつつ紙コップを受け取る。冷房を浴びすぎた身体に、熱いココアが嬉しい。
「ねえシンジ君。一つ気になることがあるんだけど、訊いてもいいかな?」
「良いよ」
「ネルフ本部って、警備緩すぎない?」
「そうでもないよ」
「そうかなぁ」
マナが言うには、本部は規模に比べて警備兵の数が少なすぎるらしい。装備も旧式だ。
本部施設の警備を主に担当している警備二課の戦闘要員は、僅か300名程度。
人員の警護を主に担当する黒服の保安要員が100名強。
その他の部署を合わせても、戦闘に耐えうる人員は精々500名とゆうところだ。
ジオフロント内に戦自の保安小隊が展開しているが、それを計算に入れても広大な本部施設を守るには人手が少なすぎる。
シンジが言うには、本部内の警備は極力無人化してあるから手薄に見えるのだそうだ。 NERV本部には、市街地を徘徊しているゴミ拾いロボットと同レベルのものから無人移動トーチカとでも呼ぶべきものまで、様々な種類の警備ロボットが警備兵代わりに本部施設の様々な場所に潜んでいる。
その数は実に1000体。ただしこれは公式発表されている数である。
実際にはその数倍の自律ロボットが配備されているとの、もっぱらの噂だ。
「本当にぃ? その割には、ちっとも見かけないけど」
「何言ってんだか。警備ロボットなら、現にそこにいるよ」
疑わしそうな声を上げる少女に、シンジは先程ココアを購入した自動販売機を指差した。
きょとんとするマナに、少年は立て板に水の口上を述べ始めた。
「これは自販機であると同時に警備ロボットなんだ。動力は有線100ボルト電源とバッテリーを併用、最大12ミリに及ぶ装甲を持ち、自力で移動可能、最高時速は舗装路で25キロ。有事の際は動くバリケードとして活用されるんだ。武装は60万ボルト電撃端子×2、ガス弾発射機×1、熱湯噴射装置×1。こいつは最新型だから更にコインを拳銃弾並の速度で打ち出す装置が付いてるよ」
「へぇ〜 ネルフって本当に凄いんだね」
ココアを飲みつつ感心する栗毛の少女に、シンジは真顔で
「嘘だよ。こんな法螺を簡単に信じないでよ」
と 言った。
・・・・・
第三新東京 第一中学校
碇シンジが、「どうしてそんなこと言うのかな〜」と異父姉に頬を抓くられているのとほぼ同時刻。
綾波レイは一中の校門をくぐって校内に入ろうとしていた。
玄関で上靴に履き替えようと靴箱を開けると、上靴の上に十通近い便箋が置かれていた。
全てレイ宛のようだ。念のために保安部の護衛部隊と連絡を取り、靴箱の便箋が全て『安全』であることを確認してから、レイは便箋を手に取っる。
差出人不明な何通かをゴミ箱へ投棄して、残りの名前が書いてあるものだけを持って教室へと向かい、レイは2年A組の教室に入るが、席に就く間もなく三時限目は終わり、休み時間になってしまった。
「なんや、碇は一緒やないんか」
「‥碇君は用事があるの」
トウジはレイが差し出す便箋の束を受け取り、開封した。
ケンスケと手分けして内容を検分。差出人の名前をメモに取りデータバンクと照らし合わせ、手紙の内容から危険度と緊急度を分類する。
四時限目の授業中にまで自主的に延長した分析と調査の結果、計五通の手紙のうち一通が 当て字や回文を駆使した婉曲な罵倒文 であると結論づけたケンスケはA組の情報通である女子生徒に手紙の現物を渡し、送り主について調べるよう依頼する。
秘密だが、この女子生徒もケンスケと同じく戦自諜報員(ダミー生徒)であり、一中生徒の調査に関しては誰よりも信頼できる逸材なのだ。
一通は毎度おなじみのファンレターだ。
自己陶酔気質な美術部の三年生から送られた手紙には、レイに対する賛美と憧憬と絵のモデルになって欲しいとゆう懇願が熱く綴られているが、これは無視しても構わない。
残る三通は、近頃絶えていた交際申し込みの予告状。世間一般で言う所の ラブレター だ。
昼休みにでも差出人と連絡を取り、他人の名前を使った悪戯でないことを確認しておく必要があるだろう。
何故ゆえにレイ宛の手紙が一中の番長コンビによって開封され、しかも差出人の確認までされているのかと言えば‥ ひとえにレイの安全の為だ。
綾波レイは掛け値なしの美少女だ。
人によっては守備範囲外‥好みではないと感じるかもしれないが、それでも大概の男からすれば充分魅力的に映る。
何よりも稀少だ。真紅の瞳も、陽を浴びて水色に光る髪も、他所では見ることもできない。
珍しいから 可愛いから 綺麗だから
『汚したい』と思うには、それだけで充分だ。
半年ほど前だが、レイは上級生の男子数名に騙されて体育倉庫に拉致されたことがある。そのときはヒカリやトウジの活躍もあって無事に済んだが、次はどうなるか分からない。
只でさえ、レイは無用心に過ぎる嫌いがある。過保護とゆうか、級友への過干渉かもしれないが‥
トウジもケンスケも、スタンガンやクロロホルムやロープ持参で恋文の返事を聞きに校舎裏へとやって来る輩を見逃すつもりはないのだった。
・・・・・
ジオフロント地表部 飲食店街建設現場
ジオフロントの一郭、本部からさして離れてない職員寮が立ち並ぶ区域では、NERV本部設営班の手によって建築工事が進められていた。
コンクリートの替わりに速乾性ベークライトを使い、最大級の速度で作業が続けられている。実戦顔負けの厳しさだ。
現場前で工事の進捗を見物していた葛城ミサトは、隣に立つ大上マサヤに訊ねる。
「で、今度は何を建てるわけ?」
「うん。今までにない要素を追求してみることになってな‥」
NERV本部は職員の生活水準を保つために、色々と対策を講じている。
例えば洗濯一つとってみても、本部内にクリーニング屋とコインランドリーを複数用意している上に、職員寮には洗濯機を標準装備してある。
これは出資者であるハート財団が、資金提供の条件に福利厚生の充実を挙げているからでもある。
「具体的には?」
「メイド喫茶だ」
「メイド喫茶ぁ!?」
「当然だが、全部メイド喫茶じゃないぞ。それ以外の喫茶店と、ラーメン屋とかの食堂を4〜5軒。あとはケーキ屋と甘味所を一軒ずつ出す予定だ」
NERV大食堂の料理や菓子は、種類の豊富さよりも量と味の安定を優先している。安くて美味い食品が大量に揃うのが目標であり、限られた需要しかない凝った料理は不得手なのだ。
大上が言うには 今回は飲食店だけだが、ゆくゆくは温泉を引いたスーパー銭湯とゲームセンターと針灸整体の施療施設も増設するのだそうだ。
その為に、既に冬月副司令のコネで針灸医たちが集められているらしい。
なお、ネルフ職員には漏れなく割引が付いてくる。
目の前に広げられた歓楽街の完成予想図、趣味の良い西欧風あるいは和風の建築物が並ぶ小規模村落のようなラフスケッチを見ながら、ミサトは偏頭痛を起こした頭に手を当てた。
「ここも一応戦闘想定区域なんだけど」
ジオフロント内は使徒迎撃戦の最終ステージだ。
EVA用の電源や武器掛や無人砲台などが、第三新東京要塞市街地ほどの密度ではないにしろ配備されている。
「壊れたら建て直せばいい。地上なら大して費用も掛からんしな」
傍若無人が身上の男はミサトの懸念に対し 多少の流れ弾は覚悟の上 と開き直る。
まあ、地表部にあえて保養施設を造る理由の一つは、地下には既にシンちゃん親衛隊のセーフハウスを始め、色々なものが造られているからなのだが。
「‥まあ、これなら使徒がいなくなった後も観光地としてやっていけるかもしれないわね」
本部に三年も勤めたら悟りがひらけるかも‥などと思いつつミサトは腕を組む。
その後ろでメモ帳に書き込みつつ、なにやら計算していた春日三尉が発言する。
「地代と入場料次第やないでしょか。箱根は元々観光地ですさかい、客の来るあては有ると思います」
実を言うと、『G』は使徒戦役が終わって世界が落ち着いたら、ジオフロントをテーマパークに改造する計画も練っていたりする。
この歓楽街造成計画も、今現在の職員に対する福利厚生だけではなく 将来の観光地化を見据えての行動なのだ。
「で、なんでまたこんな急に?」
「ん、いや今度国連から監察官来るだろ」
「ええ。聞いてるわよ」
「今のうちに余っている予算使っとかんとな。痛くない腹さぐられるのも嫌だし」
「へぇー 貴方でもそんなこと気にするのね?」
「まあな。今度来る人はちと苦手でなぁ‥」
近日中にNERV本部へ来る予定の監察官‥愛宕ノリコなる人物を、大上は苦手としているらしい。
そのこと自体は別に不思議ではない。誰でも苦手はある。
現に大上は赤木リツコが苦手である。嫌いだとか怖いとか、そういった理由ではなくリツコと相対していると何かが削がれていくような感覚を覚えるらしい。
無論、これらの態度や吐露する心情は欺瞞かもしれない。
なにしろ目の前に居るのは、SEELEの鼻面を引きずり回した怪物なのだ。ミサトの超人的な感覚すら、騙すことも不可能ではあるまい。
だが、ミサトは嘘の可能性を案じてはいない。どのみち監察官も『G』の息がかかった人物なのだ。向こう側が圧倒的に有利なのは最初から分かり切ったこと。
その上で、ゲームは続いている。
たった一つのチップを賭けた、儲かることも損することもなく、敗者となるときは全てのプレイヤーが同時に敗者となる 人類の補完とゆうゲームが。
・・・・・
第三新東京市 第一中学校 2年A組の教室
HRも終わり、掃除当番以外の生徒たちは教室を出ていく。
教室を出た生徒たちが、学校を出て帰宅したり部活動の為に各部室へ向かったりあるいは校内の何処かかで時間を潰した後で、掃除の終わった教室へ舞い戻ったりしていた頃。
校舎裏では レイに恋文を送りつけてきた、三人の男子生徒がトウジ&ケンスケと睨み合っていた。
同時刻 第一中学校 一号校舎裏
睨み合っているだけでは埒があかない。
トウジは呼びかけようとしたが、名前が思い出せない。
思い出そうと記憶の底を探ってみるが、しばらく考えるうちに忘れたのではなく最初から憶えていないことに気付いた。
とりあえず ホクロ 角刈り 前歯 と心の中で呼ぶことに決める。三人には他に特徴らしい特徴もない。
「綾波と付き合いたい‥ちゅうんなら、ワシを納得させて貰わんとな」
「横暴だ! 鈴原君、君は何の権利があって人の恋路の邪魔をするんだ!」
自分の許可なしにはレイの傍に寄らせない と断言する黒ジャージ番格に角刈り頭の野球部員が声を荒げるが‥
「権利? ‥ふん。権も利も、全部この拳が握っとるわい」
トウジは、固く握り締めた右拳を突き出して嘲笑する。
いきり立つ角刈り君の肩を優等生風のホクロ君が掴んだ。
暴力沙汰を起こすと、野球部が試合に出られなくなるかもしれない と言われ角刈り君は怒りを押さえる。
ホクロ君に交代してみるが、話はちっとも纏まらない。むしろ勢いつけて明後日の方向へと飛んで行っている。
なにしろ、トウジにも三人の求愛者にも まともに会話する気がないのだ。
これは対話でも交渉ではない。言葉による駆け引きではなく、罵倒のぶつけ合いだ。
さて、暫く絶えていた求愛者が急に現れた理由は、既にダミー生徒らの調査により判明済みだ。
直接的な原因はシンジなのだ。
『綾波レイは番長の独占物』‥とゆう了解とゆうか諦めがあったからこそ、この数ヶ月はレイに恋文を送りつけてくるような命知らずはいなかった。
だがここ数日、転校生であるシンジがレイに接近している姿を見て一部生徒の間に『番長がレイに飽きた』とゆうデマゴーグが流れ‥
毎日毎日、指を咥えて水色の髪を遠目に眺めていた連中のなかでも 一際軽率な三人が先を争うようにして恋文を出した、とゆうわけだ。
違うと分かっても、今更後には引けなくなっている。
「まあ、言わんとするところは解ったよ。‥おーい、そろそろ出てきてくれ」
ケンスケが手招きすると、校舎の陰から 隠れていた数人の女子生徒たちが現れた。
レイにヒカリにアユム、それにレイたちと仲が良いB組の生徒二名‥滝野トモと水原コヨミの計五名だ。
「と言うわけや。綾波、こいつらの誰かと付き合う気なったか?」
トウジの問いかけに、レイは無言で首を振る。
「決まりやの。とっとと去ねや、お前ら」
しっしっ とトウジは野良犬でも追い払うかのように三人に手を振る。
が、当然ながら三人はそれで納得などしない。
「あ、綾波さんっ 君自身から聞きたい!」
「答えてくれ、綾波!」
「ほら、綾波さん。なにか言ってあげたら?」
返事をヒカリに促されて、レイは面倒くさげに呟く。
「‥‥弱い人、嫌い」
「綾波さんは騙されているんだよぅっ 人間の価値は暴力なんかじゃないっ」
「‥悪口言う人、もっと嫌い」
レイはいささか鈍感な三人にも分かるほど冷ややかな声で
「さよなら」
と呟くと、踵を返して去っていった。ヒカリたちもその後に続く。
「じゃ、私ら帰るから。番長、後は任せた」
少女達の最後尾で、眼鏡っ娘‥水原コヨミ‥が しゅたっ と手を挙げて挨拶した。小走りでレイたちを追いかけていく。
「ま、待ってくれ綾‥」
追いかけようとする振られ男三人の前にケンスケが立ちはだかり、足を止めさせた。
三人の背後から、ポキポキと指の関節を鳴らしながら、トウジがゆっくりとした歩調で迫る。
「ぼ、ぼぼっ暴力反対!」
「暴力か。確かにワシは腕っ節しか自慢になるモンがない、詰まらん男や‥」
足元に唾を吐き、自嘲するジャージ少年。
「そないな詰まらん男でものう‥友達(ダチ)馬鹿にされて黙っとることはできんのやっ!」
トウジの右フックがホクロ君の顎を横殴りに打ち抜く。殴られたホクロ君は、痛みと脳を揺さぶられた衝撃で尻餅をつき、只の一発で立てなくなる。
残る二人‥角刈り君と前歯君が『え?俺ら何か拙いこと言ったっけ?』とでも言いたそうな顔をしているのを見て、ケンスケは携帯端末を取り出して数分前の会話を再生する。
そう、『世間知らずな綾波さんをたぶらかして‥』とか『暴力で人の心を留めることはできないぞ』とか『道を誤った綾波を俺が正道に‥』とか そういった熱に浮かされた言葉を。
「おどれらには分からんやろうがのう‥ 綾波は大した女子(おなご)なんや」
「だ、だから何だよ」
「まだ分からないのかな? 君らは綾波を、幼稚な詐術や暴力で手玉に取れる馬鹿だ と言ったも同然だってことさ」
ケンスケは両手に皮手袋を嵌め、鉛の塊‥大きめの釣り用錘‥を釣り用ワイヤーの先に結びつけた得物をポケットから取り出した。中国武術で言う所の 流星錘 を法に背くことなく持ち歩けるよう改良した、特製の暗器(隠し武器)だ。
「ごめんな。俺達、もの凄く心が狭いんだ」
長いワイヤーの先についた鉛塊を、ケンスケは振り回し始めた。空気を抉る恐ろしげな音が、校舎裏に響き渡る。
その後の、喧嘩と呼ぶにはあまりにも一方的過ぎる暴力沙汰について仔細は語らない。
トウジとケンスケは、こうしてレイに近づく者を‥主に男をだが‥必要以上なまでの強硬さで排除している。
自分にすら勝てない男などにレイと付き合う資格はない、と黒ジャージ少年は本気で考えているのだ。
女生徒はと言えばヒカリを始めとする分厚い陣容が、近づく者全てに入念なチェックを入れている。
何故ゆえにここまで過激な手段を取るのかと問われても、首謀者格の二人は満足のいく答えは出せない。
ケンスケにしてみれば戦自諜報員の使命を明かせる訳がなく、トウジはこの過激な保護が代償好意‥早い話が八つ当たり‥の要素を含んでいることに気付いてもいない。
もっとも、気付けと言うほうが無理かもしれない。鈴原トウジの初恋は始まる前に終わってしまったのだから。
・・・・・
第三新東京市 旧住宅街
温泉ペンギンのペンペンは、ゴーストタウンと化した元住宅地の一郭で干乾びかけていた。
天高く輝いていた烈日は大分傾きはしたものの、強烈な日差しに照らされ続けたコンクリートの路上は目玉焼きが出来るほどに熱せられている。
灼熱の地面で温められた空気は熱風となって家屋の隙間を吹き抜け、日陰に隠れた黒い体を炙りたてる。
何故ゆえに葛城ミサトの同居者であるペンペンが空家の隙間で干乾びかけているかとゆうと‥
家主であり同居人である葛城ミサトが、この数日コンフォート17の自宅へ帰ってこないからなのだ。
毎日毎日モ○プチを一羽で寂しく食べてる生活に嫌気がさしたペンペンは、ミサトを探しにコンフォート17の外へ出たは良いが‥ あっとゆう間に道に迷って遭難したのだった。
ああ、無情なり第三新東京砂漠。
人口分布が歪な街だけに、一度迷うと人通りのある場所にたどり着くことすら難しい。
迷いに迷った末に、水と日陰を求めて建売り住宅に付いている水洗い場へと転がり込んだペンペンだが、生憎と水は一滴もなかった。
もう何年も前から使われていないのだろう。
彼が恨めしげに見上げる水道の蛇口はハンドル部分が取り外され、しかも所々に錆びが浮いている。
熱さに強い温泉ペンギンとはいえ、限界が近い。
日暮れまで待ってから水場を探すつもりだったが、体力が残っているうちに一か八かで動いたほうがよさそうだ。
死中に活を求めるべく、温泉ペンギンは悲壮な決意をもって立ち上がり、灼熱地獄と化した路上を歩み始めた。
ぺったりぺったりぺったりぺったり と、ペンペンは人を和ませる足音を立てつつ歩いていく。傍から見ていると暢気な光景だが、本鳥にとっては必死の行程だ。
そしてペンペンは 炎熱の路上を700メートル近く歩いて、力尽きて倒れた。
・・・・・
第三新東京市 郊外 遊技場『SAGA』
校舎裏でトウジたちと別れてから約20分後。
レイたち五人は、行き付けのアミューズメントパーク『SAGA』に来ていた。
アミューズメントパークとは、女子供が気軽に入れるように 明るい施設に小洒落た遊具を揃えたゲームセンター とでも言えば良いだろう。
第3新東京市のゲームセンターには、『SAGA』のような健全系の店舗からコアなゲームファンやアダルト系ゲーム愛好者向けの店舗、そして両者の中間的な性質を持つ店舗があり、客層の棲み分けがなされている。
親波レイは、新作の一人用体感シューティングゲームで遊んでいた。
物陰から現れて襲ってくる敵キャラを撃ち倒しつつ進む、ごくありきたりな射的ゲームだ。
廃工場で合成麻薬製造に勤しむギャング組織や海水浴場を襲う環境テロリストを、レイは一体も残さずに仕留めていく。
ノーミスでクリア。
レイの背後にできてる見物人の壁から、どよめきが上がる。
昨日入ったばかりの新作をワンコインで、被弾率0%命中率100%とゆう異様な成績でクリアしたのだから当然ではあるが。
しかしレイにとっては文字通り児戯にも等しい。
よく出来てはいるが、所詮は市販ゲームプログラム。訓練で使うシミュレーターに比べればなんとも容易い。
シューティングゲームのコーナーから離れたレイは、自販機でクリームソーダを買い、他の面子が何をしているのか見て回り始めた。
クレーンゲームのコーナーで普通の三倍は姦しい女子中学生‥滝野トモがはしゃいでいる。
どうやらクレーンゲームの景品に新しいシリーズが追加されたらしい。
「滝野さん、あのウサギ捕れる?」
トモはじっくりと縫いぐるみの山裾に半ば埋まったウサギを見やり
「んー。3‥いや200円だな」
と見積もる。
クレーンゲームは曲芸とゆうよりパズルに近い。技で捕るのではなく、計算で捕るのだ。
捕り難い景品はその周りの景品を取り去って捕り易いようにしてから捕る。強引に捕ろうとしては、何度試みても失敗を重ねるだけである。
ヒカリから渡された二枚のコインを使い、トモは慎重にクレーンを操り縫いぐるみを狙う。
そして見事コイン二枚で目当ての縫いぐるみを含む景品計三個を手に入れてみせた。
彼女‥滝野トモは一中屈指のクレーンゲームの名手であり、人に頼まれれば目当ての景品を捕ってやることにしている。
目当ての景品は出資者のもの。それ以外の景品はトモのものだ。もっとも大半は店に返してしまうのだが。
「やっぱ凄いわ、トモちゃん」
「ま、これだけが捕り得だからな」
「はっはっはっ もっと誉めたまえ」
どんなもんだい と胸をはるゲーマー少女を見詰めていたレイはスカートのポケットからがま口の小銭入れを取り出し、二枚のコインを取り出す。
ちなみにこの小銭入れも、三ヶ月程前にトモが釣り上げた景品だ。
綾波レイは『トレース能力』を持っている。
トレース能力とは 対象となる人間の行動を運動モーメントから霊子構造の変異に至るまでATフィールドを用いて読み取り、トレース能力者の脳裏に複写して我が物とする能力だ。
例えば、レイはその気になれば僅か数日の訓練でシンジの技‥達人に準ずる武術の技術をフルコピーできるわけだ。
格闘漫画のボスキャラではないが、レイは理論上「一度見た技は全部使える」ことになる。
ミサトには出来ない。これはATフィールドの精度ではなく、脳の情報処理機能の問題なのだ。
トモが釣り上げたウサギと同程度の獲物‥できるだけ条件が近い景品を選び、狙いをつける。
コインを投入。
レバーとボタンを操り、まずは一つ目の景品を狙う。
問題なく捕獲。
今のレイの体内定規は、1万分の1ミリ単位で運用できる。分子の手触りすら感じ取れるのだ。
これならいける。今度こそ完全に成功‥しなかった。
取り出し口の上まで運び、落としたのは良いが、縫いぐるみの紐が取り出し口のアクリル製の筒に引っ掛かっている。
よく見ると、筒の端にミリ単位の突起があり、その部分に引っ掛かっているらしい。
「どうしたのかな?」
「あー よく引っ掛かるんだよ、ココ」
先程から少し離れた位置でレイの様子を窺っていた男供がすかさず寄ってきた。
男供が筐体を揺すっても落ちないので、店員を呼んで縫いぐるみを取って貰う。
「‥ありがとう」
と小声ながらも美少女にお礼を言われて嬉しくない男が居る訳もなく、男供はとろけた笑顔を浮かべつつ元の位置に戻っていく。
彼らも本音としては これを機会にレイとお近づきになりたいのだが、あまり不用意に近づくと黒服に身を固めた強面の大男たちが出てくるので自重しているのだ。
彼らの間では、レイに関して一種の不可侵協定が結ばれているらしい。ある意味アイドル状態とも言える。
このように、レイが秘めた素質は余人の及ぶところではない。超人的と言ってもまだ足りない。
勿論トレース能力にも欠点はある。
最大の問題点はコピーする範囲を制限できないと『コピーする相手の全てを取り込んで同一化してしまう』ことである。
つまりミニマムなサードインパクトとなるわけだ。
滅多やたらに使える能力ではない。まだ実験段階だ。
だから、レイは隠れて少しずつ訓練している。リツコやミサトに知られたら説教では済まないからだ。
・・・・・
第三新東京市 郊外 遊技場『SAGA』
‥から約200メートル離れた路上
風呂上りのように熱くなっているぺンギンの黒い身体に、ミネラルウォーターとスポーツ飲料がぶちまけられる。その脇では、軽く濯いだ生ゴミ用ポリバケツに水道の蛇口から水が注がれ溜められていた。
灼熱の日差しに炙られた水道管は、内部を通る水道水を熱湯に変えているが、問題ない。ペンギンが浸かる程度まで溜めたところで水を止め、爆発物処理用の液体窒素を軽く散布して冷やすからだ。
表面に薄く氷が張る程度まで冷やしてから、拳で氷を叩き割り、砕いてかき混ぜると丁度良い水温になるのだ。
洞木ヒカリを始めとする女子中学生たちは、屈強な黒服の男達が熱中症を起こしたペンギンを手際よく治療する姿を 呆然と見守っていた。
一時間ほども遊んでからアミューズメントパーク『SAGA』を出たヒカリたち一行が、交差点で信号待ちしている最中に、路上に倒れている温泉ペンギンを見つけたのは単なる偶然である。
最初はぬいぐるみが落ちているのかと思ったのだが、拾いに行ってみると‥本物だったのだ。
息も絶え絶えなペンギンを拾った少女たちが、ペットショップか動物病院を探そう とする前に、なぜかNERV保安部の人員がやって来た。
レイの話によればこのペンギンはNERVの偉い人の飼い鳥らしいので、彼らはこの鳥を探していたのかもしれない。
「そーいや生のペンギン見るの初めてだな。チヨちゃんも誘えば良かった」
と太平楽な感想を述べるトモに、その幼馴染の眼鏡っ娘は面倒くさそうな声で応える。
「間が悪い。そんな日もあるさ」
路上の少女達とペンギンと黒服の公務員達の頭上では、太陽がまるで地上の生き物に嫌がらせでもしているかのように、眩しく輝いていた。
・・・・・
第三東京市 郊外 美浜邸
さて、ゲームセンター付近の路上で介抱されている温泉ペンギンが蘇生しようとしていた頃。
可愛いものが大好きな天才飛び級生徒、美浜チヨは自宅の応接室で訪問客と歓談中であった。
訪問客はエルザ・秦とダニエル・秦の親子。
母親のエルザは30代の中華系アメリカ人で個人貿易商を営んでいる、上品な物腰の寡婦だ。
チヨの父とは同業者であり、商売仲間で友人だ。
息子のダニエルは、通信教育だが10歳で名門大学に入り教育を受けている天才少年であり、チヨとは一年以上前からのメール仲間である。
生身で会うのは初めてだが、商売仲間の清潔で利発な息子は美浜家の一人娘だけでなく、その父親にも好印象を与えているようだ。
親子同士の歓談の終わりに、秦親子はチヨの父に再度の訪問について訊ねてきた。
「美浜さん。厚かましいようですが、これからも度々お邪魔して構わないでしょうか?」
「私は一向に構いませんが‥チヨはどうかな」
「はい。もちろん大歓迎ですよ」
同年代でありながら、自分の天才的頭脳のフル活動に付いて来れる生身の子供‥とゆう珍しい存在と心ゆくまで語り合い、最近頭を悩ませている古文書解読のヒントまで貰ったチヨは、秦親子の再訪問を上機嫌で承諾する。
再度の訪問ではぜひ我が家で夕食を と誘われた秦親子は、今日の夕餉を共に出来ぬ非礼を丁重に詫びて美浜邸を辞した。
妙にむさくるしい印象の運転手が操る高級乗用車に乗って、美浜邸を去る秦親子。
車内の雰囲気は、美浜邸が見えなくなったあたりで一変する。
「‥さとられた かな?」
「おそらくは」
後部座席に座る二人の態度は親子ではなく、主従のものだ。
「あれほどの者が護衛(Guardian)として居るとは‥計算外でございました」
「それだけの価値がある娘だ。『G』とやらには、大層な目利きが居るようだな」
子供の姿をした主人‥ エルダー(古参)の称号を持つ吸血鬼は、今度は運転席の髭男に尋ねる。
「屋敷の警備はどうだ」
「美浜邸の防御設備は塀と柵、それに警察・警備会社直通の監視カメラと警報装置だけでがんす。庭に護衛(Guardian)が一、外に傭兵が八。‥外のはたいしたことないでがんすよ。あっしの『子分』だけで充分でがんす」
「庭のアレについては、ライアーに任せるしかあるまい」
灰色服の男の名に、エルザは形の良い眉を顰める。
「若様‥ あの者を信用して宜しいのでしょうか?」
「今のところ利害は一致している。それ以上は望まないよ。‥サイラスはどうした」
エルダーの秦はここに居ない最後の下僕、神父服の大男について運転手に訊ねた。
「囮を作っているでがんす。今夜中に4台完成するでがんすよ」
「そうか」
吸血鬼はやっと会えた獲物の顔を思い出し、頬を緩める。
「美浜チヨ‥か。会ってますます気に入った。なんとしてでも手に入れたいな‥二百年ぶりに出会えた良い娘だ、我が第二夫人に相応しい」
数百年の刻を生きた吸血鬼は、冷え切った筈の血が久しぶりに熱くなる感覚に喜びを覚えていた。
「やはり狩りは良い‥ 長い旅をして日本に来た甲斐があった」
・・・・・
NERV本部 職員寮 青葉シゲルの部屋
「えー、では葛城一尉の昇進を祝いまして‥ 乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
家主‥ロンゲの作戦部員の音頭に合わせ、金 茶 白 透明 と色取り取りな飲み物で満たされた杯が、座卓の上でかち会わされる。
座卓の上には視覚嗅覚に訴えかける、食欲をそそること請け合いな料理が並んでいた。
各種前菜
生ハムで薄切りメロンを巻いたものや、トマトにチーズをあしらったものなど。
椎茸と昆布の吸い物
精進料理の定番とも言える、薄い塩と濃厚な旨味が利いた透明なスープだ。
茹でじゃが
皮ごと茹でた小粒新じゃが芋に荒塩をまぶしたもの。
豆腐の田楽。
豆腐を角切りにして串に刺し、山椒入り味噌を付けて炭火で焼いたものだ。
人工鰯のつみれ揚げあんかけ。
合成魚肉のすり身とネギを小さな団子状に丸めて揚げ、甘辛酸っぱくてトロりとしたあんをかけてある。
人工鯰の竜田揚げ。
同じく合成魚肉の切り身を酒・味醂・醤油・生姜汁などに漬け込んで片栗粉をまぶして揚げたもの。
南瓜と蓮根とエンドウ豆の炊き合わせ。
各種の野菜を別々の鍋で煮て下ごしらえしておいてから、一つの鍋に入れて炊き上げた煮物。
広東風蒸し餃子。
野菜餃子と海老餃子。米の粉を使った皮は、蒸し上げると半透明になって中の具が透けて見える。
茗荷の甘酢浸け
ザク切りした茗荷に梅栖と砂糖をふりかけ冷蔵庫で一晩寝かせたもの。
胡瓜のトルコ風サラダ。
皮を剥き薄くスライスした胡瓜をヨーグルトとニンニクのソースで合えたもの。
玉子炒飯と鳥スープ
健康地鶏(天然もの)の玉子を使った炒飯と、同じ鳥の骨からとったスープのセット。
鶏肉の燻製
塩と香辛料で味付けした地鶏の肉を、スモーカーで燻して作った手作りの摘み。
セロリや人参の野菜スティック
棒状に切った生野菜もしくは軽く熱を通した温野菜を、カキ氷を入れたグラスに突き刺してある。
茶碗蒸し
だし汁で溶いた卵を湯飲み茶碗に入れて蒸し上げたもの。ミツバ 椎茸 銀杏 カマボコが入っている。
杏仁豆腐。
中華風アーモンドプティング。本来はアンズの種で作るものなのだが、これはこれで美味しい。
以下略‥
全てミサトの手料理である。一部レイも手伝っているが。
昇進祝いなのに本人に料理を作らせてどうする とゆう意見もあったが、本人が望んだのだから仕方がない。
青葉や日向は手伝いを申し出たのだが、かえって邪魔! ‥と断られてしまった。
付き合いの長い赤木博士は、最初からミサトの好きなようにさせている。
未成年と仕事の残っている者はアルコール抜き、そうでない者は軽い酒類。
料理が片されるのと同じぐらいの勢いで、杯が干されていく。
「‥ところで、シンジ君遅いですね」
飲みすぎるなよ〜 と心配げに見詰めるロンゲの同僚を無視して、ぐいぐいと杯を乾していく伊吹二尉の質問に
「ん〜 シンちゃんはちょっと事情があって来ないのよ〜」
ミサトはお気楽そうに答えるのだった。
・・・・・
第三新東京市 郊外 集合住宅コンフォート17
本来ならミサトの昇進祝いの席にいる筈の少年は、コンフォート17の自宅で一人寂しく夕食を取っていた。
シンジの夕食は軍用携帯糧食‥俗に言うCレーションである。
しかも、先進国の軍用レーション中で最も不味いと評判の米軍MREレーションだ。
まあ、MREの味もセカンドインパクト前に比べればかなり改善されている。
とゆうのも、MREを試食した某巨大企業連合体の総帥である娘さん(当時12歳)が『こんなものを食べさせられては兵隊さんが可愛そうです』と巨額を投じて改良計画を立てたのだ。
だが、それでも味や見た目より熱量(カロリー)・保存性・携帯性を重視するとゆうコンセプトゆえに、軍用糧食のなかでも特に不味いことに変わりはない。
何故ゆえに、シンジが昇進祝いに呼ばれていないのかとゆうと‥
昼間、マナと別れた後で学校に行かなかったからだ。
もしもあの後、登校して午後の授業を受けていたなら、教科書を取りにコンフォートへ一旦帰っていた筈であり、同居鳥の家出にも気付いていただろう。
昼過ぎの段階で失踪したことがが分かっていれば、同居鳥が路地裏で干しペンギンになりかけることもなく‥ペンペンの首輪には万一に備えて発信機が付いている‥ 当然ながら、ペンペンの世話をサボっていたシンジが罰として『夕飯が米軍レーションの刑』に処されることもなかった筈である。
リツコもマヤも可愛らしく人懐こい温泉ペンギンを気に入っている。
それを考えれば シンジへの罰はまだ軽い。
そもそもミサトがペットを可愛がるとゆう、飼い主‥とゆうか保護者‥の責務を果たしていないのが原因なのだが、世話を頼まれたからにはシンジには同居鳥の世話をする義務があるのだ。
だが、昨夜彼の身代わりとしてコンフォートに帰ってきた影武者人形は、戸棚から高級猫用缶詰を出すことしかしていない。
これでは義務を果たしているとは到底言えない。
むしろ今にして思えば、同居人そっくりな得体の知れぬ『何か』がやってきたからこそ、ペンペンは不安に駆られて外へ出たのかもしれない。
僅かな時間を惜しみ、影武者と入れ替わってコンフォートへ戻らなかった怠慢。
同居鳥との接触を最小限に押さえれば、偽者とは気付かれまいと高をくくった油断。
「不味いなあ‥」
しみじみと呟く。
自業自得としか言い様がない。いや、干乾びかけたペンペンこそいい迷惑だ。
コンフォートからジオフロントまで、秘密裏に移動する手段はいくらでもある。それこそ『悪魔』マルグリットの能力を使えばあっとゆう間なのだ。
妹分たちの頼みで外泊したことは、シンジの内面において一切不問に処されている。後悔も疑念も存在しない。
彼にとって、妹分たちの存在は何よりも正しく尊いのだから。
腐れ外道とでも呼ぶしかない自分を、愛してくれるからこそ愛しい。
愛しい者と幸せに暮すためなら、如何なる手立てでも使う。
ある意味で、少年はその父と同類であった。
同類であるが故に、少年は父の行為はともかく動機についてはある程度理解していた。
理解したからといって全面的に賛同できはしない。
だが理解したが故に、拒絶するには至らない。
悲しくはあるが納得している。父は息子より妻を選んだ。ただそれだけだ。
・・・・・
第三新東京市 某所地下 契約猟兵部隊詰所 ‥の一つ
さて、明暗くっきり分かれた夕食風景の舞台裏では‥
「保安部警備二課の課長補佐が怪しいぜよ」
「ゼーレの手の者ですか?」
「直接的に言えば違う。‥反赤木派ぜよ。兵站部あたりと組んどるんじゃろう」
シンちゃん親衛隊の面々のうち『悪魔』と『女司祭』、暗い方面に強い二人が事件の背景を探っていた。
コンフォート17は住み込みの保安要員や警備ロボットや保安システムに守られている。
ペンペンが外に出れば、玄関脇にいる管理人や監視カメラを見張っている保安要員が気付かない筈がないのだ。
たとえペンギン一羽といえど、監視の対象から外れることはない。
外に出た飼い鳥が、過激派にでも捕まって鳥質にされたら?
こっそりと、爆弾や細菌兵器の類を飼い鳥に付けられて帰されたら?
いや、今回の場合ただ単に事故で死んだだけでも、ミサトとシンジの間に深い溝が出来るだろう。
故に、ペンペンの外出を目撃した保安要員から報告が上がっている。
だが現場からの報告は 保安部の何処かで止められ、握り潰されていたのだ。
マルグリットの調べでは、NERV主流派(赤木派)に反抗心を抱く派閥‥反赤木派とでも呼ぶべき一波が、保安部の一部を使って仕掛けた陰謀であるらしい。
ペットの死をきっかけにミサトとシンジが不仲になれば、保護管理官としてのミサトの名声は大きく落ちる。
ミサトの発言力が落ちれば、赤木派の力も落ちる とゆうわけだ。
NERV本部の非主流派=反赤木派の根は、予想より深いようだ。
いや、これも軍団の敵対者からの嫌がらせである可能性も無いことも無い。
親衛隊メンバーの中にも、葛城ミサトに対して敵意‥とまではいかなくとも反発心を抱く者はいる。
ぶっちゃけた話、『悪魔』マルグリットはミサトの料理がシンジの胃袋を掴んでいる現状に強い不満を持っている。
サキとの違いは、勝ち目が無いから勝負を挑まなかった事だけだ。
しかし、料理勝負とペットの謀殺では次元が違う。同列になど並べられたくない。
並ばせられるのは、絶対に御免だ。
たかがペンギンされどペンギン。
温泉ペンギンのペンペンは只のペットではない。いや、『この世界』の葛城家に居るペンペンは只の鳥かもしれないが、他の次元界では超越者の同居鳥となったペンギンも存在するのだ。
その次元界のペンギンと、『この世界』のペンギンは所詮別鳥であり、いくら似ているといっても同一視するのは間違いなのだが‥
そんな理屈が通用する相手ではない。
彼らのような超越者にとっては、数多の次元界に存在するシンジやレイやアスカが身内であり保護すべき対象であるように、ペンペンもまた保護すべき存在なのだ。
ペンペンの死は、情緒過剰気味な超越者たちを刺激する怖れがある。
たかが鳥一羽と侮ってはならない。ペンペンを死なせた場合の危険性は、古代専制君主のペットを‥ファラオの目の前で猫を踏み潰すよりも大きいのだ。
このように 歴史監理機構のような敵対組織のエージェントが、軍団の足を引っ張るために仕掛けた陰謀の可能性もある。
鳥一羽の生き死にで、一つの組織が惑星一個巻き添えにして滅びかねない。
嘘ではない。『この世界』は複数の超越者により監視されている。
それら超越者たちの介入を招けば、全ては灰燼と化す。複数の超越者勢力と歴史監理機構の同時介入を受けて無事に済むわけがない。
「無知とは恐ろしいモンぜよ‥ さぁて、どうするぜよ?」
クラッカー娘の問いかけに、親衛隊のまとめ役である人外暴力メイドは
「‥とりあえず、泳がせておきましょう」
と、無難な選択肢を示す。
完全な敵なら、ひと思いに叩き潰せば良い。
しかし、一応は味方なのだ。暗殺や洗脳といった荒っぽい手段は避けたい。
処分はNERVの上層部に任せるが、厳罰を期待するためにもより確かな情報を集めておくべきだろう。
結論から言えば‥と言うか後知恵になってしまうのだが、『悪魔』と『女司祭』の両名は 拙速より巧遅を選んだ、このときの判断を後で悔やむことになる。
だが、今の両名には 未来における悔恨など知る由も無い。
人は未来を知り得ない。いや、人が知覚できるのは今現在の一瞬だけだ。
過去は記憶と記録に頼るしかなく、未来に至っては記憶することすら出来ない。
それがヒトの限界なのだ。それが嫌だとゆうのなら、ヒトを止めるしかない。
もっとも、ヒトを止めた者にも たとえ超越者といえども悩み事は尽きないのだが。
続く