鬼畜魔王ランス伝

   第2話 「ピンクの魔剣」

「ん。何で城内にうしがいる? しかも、よりによって俺様の部屋に。」
 リアを脇にかかえたランスが自分の寝室に入ると、そこに居たモノがとことこと寄って来る。ピンク色のうし……である。
「ピンク色なんて珍しいな……おい、なつくな。ん?」
 ランスはうしの首に下がっている袋が気になり取り上げた。うしは抵抗せず、妙に人懐っこい目で、ランスを見つめる。
「にゃ〜〜……」
 ランスはその袋の中身を見た。
「これは…シィルに大事に保管しろと言っていた、きるきる貝…」
「にゃ!!」
「まさか…。おい、うし……シィルがどこか知ってるか?」
「にゃ〜〜にゃ〜〜!!」
「話にならんか。おい、リアは何か知ってるか?」
「知らない。秘薬な……」
 あわてて口を押えるが、時すでに遅し。
「ほ〜、秘薬か。それは面白そうだ。」
 リアは瞬く間に縛り上げられ、床に転がされた。
「さあ、たっぷりと吐いてもらおうか。夜は長いしな。」

 ……小1時間後。
「ふう、やはり普通の拷問(SM)では吐かんか。」
「ああ……いい……」
 なにやら恍惚としているリア。その全身には鞭や蝋燭の跡が残っている。
「まあ、いい。」
 ランスはリアを床に転がすと魔笛を吹いてサテラのガーディアン部隊を呼び出した。このアイテムは美樹を襲う準備としてサテラに用意させたモノのひとつである。
「マオウサマ、ナンノヨウデスカ。」
「ここを守れ。あと、こいつらから目を離すな。」
 そう言って指した視線の先にはピンクのうしと縛られたリアがいる。
「ハイ、マオウサマ。」
「さて、どうしてやろうか……」

 ランスの前には5人の全裸の女の子がしどけなく横たわっている。ランスが身の回りの世話をする娘を寄越せと要求したさいに、それに志願した娘たち……すずめ、メリム、レベッカ、シャリエラ、エレナといった面々である。そして、ランスが5人相手にハイパー兵器を縦横無尽に駆使して大暴れしている最中、リアは離れた場所に転がされていた。当然縛られたままだ。
「おい、いい加減吐かないと触ってやらんぞ。」
「や……やなの……触って…お願い……」 
 5人相手の情事を見せ付けられていたリアは、じらされて限界近くまできていた。
「じゃあ、しゃべろ。」
「あ、あのね。……怒らない?」
「ああ、怒らん。」
「シィルにね……秘薬を使ったの、うしになる。」
「なんだと〜!」
「ひん、やっぱり怒った……」
「どこで手に入れた、それ。言わなきゃ怒るぞ。」
 ランスの剣幕に涙を貯めながら、それでもやっと答えた。
「……呪いの通販」
「…………」
「にゃ〜〜。」
「と言う事は……シィルか、お前?」
「にゃ〜〜 にゃ〜〜。」
「そうか……。おい、リア。戻し方知ってるか?」
「知らない。通販カタログは呪う方のグッズ専門だもん。」
 無言で鞭を振るうと、リアは気持ちよさそうに絶叫を上げ、気絶した。
 ランスは面白くなさそうにリアを見やると、頭を捻ってシィルを戻す方法を考えた。だが、何も思いつかないのでリーザス1の知恵者を呼ぶ事にした。マリスである。
「マリス! マーーーリス!!」
「どうしました? 大声で…」
 さすがはマリス。すかさず登場する。
「実はな…」
 ランスはこのピンクうしがシィルであることと、その根拠を説明した。説明しているうちに、マリスは彼女にしては珍しく驚愕の表情を浮かべていた。
「お前でもびっくりする事があるのか。」
「それは…人間ですから。でも…まさか、そんな事が…」
「では、このうしは?」
「にゃ〜〜…」
「信じ…ざるをえないですね……リア様の話ですし…」
「で、何か元に戻す方法を知らないか?」
「…残念ながら…」
「じゃあ、シィルはずっとこのままなのか?」
「それは、お嫌でしょう?」
「当たり前だ。俺様の奴隷が、うしのままだなんて…格好がつかん。」
「あっ…!」
「どうした?」
「ホ・ラガの塔の賢者に聞くのはどうでしょう? すべての知識はホ・ラガにあると言われています。ですから…」
「ホ・ラガの塔の賢者か……そうだな……」
「にゃ にゃにゃ……」
「無理だと思うぞい。奴が魔王なんぞに手を貸すとは思えんぞい。」
 突然、ベッドの横にマントでぐるぐる巻きにされて転がされていたカオスが発言した。まぁ、かつての仲間のことについての事なので、比較的正確な判断だろう。
「ぬぅ。……そうだ、解呪の泉だ。解呪の迷宮に行くぞ。」


 2時間後。うしシィルを連れてとぼとぼと解呪の迷宮から出て来るランスがいた。
「くそっ! 解呪の泉も効果なしか。メルフェイスさんやカフェには効いたんだが…。」
「にゃ〜〜…」
 そこへ現れたのは、リーザス城から避難していたサテラである。
「ランス! そのもこもこは何だ。」
 うしシィルを指差して訊ねてきた。その質問には直接答えず、こう返した。
「サテラ。変身系の呪いの解除方法を知らないか?」
 サテラはしばらく頭をひねった後で答えた。
「そう…だな。解呪の泉で駄目なら、呪いの術式を完全に把握した上で、呪いがかかる経過の全部を正確に逆に辿る必要があるんじゃないか。元の姿形の情報に変身後の姿形を単純に上書きした訳じゃないみたいだし。」
「そうか…。聞くだけでめんどくさい方法だな。」
 それは、厳しい要求であった。最近に調合された薬なら調べようもあるが、この薬は恐らく迷宮内で発見された古代の遺物である。そうであれば、それは絶望的である。ホ・ラガが当てにできない以上、通常の方法での解呪は不可能だと言ってもいいだろう。
 だが、サテラが思い出したように続ける。
「あと、一つだけ方法がないでもない。」
「なんだ、サテラ。」
 二の腕を掴んで迫るランス。その迫力に怯えながらも、目の前にあるランスの顔があまりに真剣だったので、思わず息を止めた。
『うらやましいな……。その娘。』
 今までの話と状況から事態をだいたい掴み、そう思いながらも、さっき言いかけた言葉を続ける。ランスの役に立ちたいから。そうする事で、もっともっと自分の方を見てもらいたいから。
「変身させた呪いより、更に強い呪いで上書きする方法だ。危険で確実じゃないやり方だからサテラは勧められないし、サテラは変身系の魔法は得意じゃないから今回は協力できない。」
 言うべき事は言った。胸を突く軽い痛みを無視して。
「そうか……わかった。がはは、御褒美に俺様のハイパー兵器をくれてやろう。」
「ちょちょっとランス……ああああっ」
『うるうる……ランス様ぁ』
 ことが済み、ランスはサテラに服を着せてやりながら言った。
「お前、とりあえずホーネットの所に戻ってろ。」
「えっ、何でランス。」
「俺様は魔人界にいくまで、少々やることがある。俺様が行くまでホーネットが負けたら困るからな。」
「どうして……」
「ホーネットもハウゼルも聞いた話じゃ相当いいオンナだからな。ケイブリスの野郎が俺様が聞いた通りの下司だと心配だ。」
 一応、本当の事だ。ただ、ランスが思ってるのはリス如きにホーネットの処女をやるのは許せんという事であるが……。
「うん…わかった。」
「それに…リーザス城に連れてくと、健太郎が危なくてサテラが心配だしな…。」
 そっぽを向いて言う。
「では行け。がはははは。今度会ったら,たっぷり可愛がってやるぞ!」
「なに言ってるんだ! ランスの馬鹿!! 行くよ、シーザー!」
 顔を真っ赤にして答えるサテラであるが、どこか嬉しそうであった。
 結局、ランスはうしシィルを抱いたまま帰還している。リーザス城までの飛行時間は1時間ほどだったが、その間ずっとうしシィルは震えて縮こまっていた。


「城内にあった魔血魂3個をお渡しいたします。残りの1個も明日にはお渡しできるでしょう。」
 リーザス城に戻ったランスを出迎えたマリスは、ビロードに包まれた3個の赤い宝石を手渡した……魔血魂である。
「がはははは、ご苦労。」
 魔血魂を受け取ったランスは、自分の寝室に戻った。
 リアはベッドに寝かし直され、5人の少女達がパタパタと立ち働いている。人質自身が救出を望んでないため、その希望に沿って救出作戦も実行されなかった。元々が自国の国王が自分の王妃を人質に取るという、冗談のような事件なので、ただ1点の要素がなければ相手にすらされなかっただろう。そう“魔王”という要素が。
 ランスは、入手した魔血魂を3個いっぺんに飲み込んだ。体内で初期化するついでに彼等の能力と力を吸収する。
「ふう。ん……まあ、こんなもんか。めぼしいのはノスの格闘、アイゼルの魔法、ジークの変身能力ってとこか。」
 そう、魔王になったランスは魔血魂を初期化するさいに、それが保有していた知識や経験や特殊能力を吸収できるのだ。これは、レベル上限が無限であるランスが魔王の能力を得た事によって生まれた能力なのだ。とはいえ、魔人は24人までという原則は変わらないし、魔王の血を受け入れる気のない相手を魔人にすることもできないが……。
「さて……シィル。」
 今までの一部始終を見ていたうしシィルに向き直り、ランスは言葉を繋いだ。
「お前には、俺様が寛大にもどちらかを選ばせてやる。感激して泣け。」
「にゃ〜〜…」
 シィルの鳴き声は、不安そうだった。ランスが何を言い出すのか分らなかったからだ。
 いや、違う。後で自問した時には自明のことだったのだが、その時はうしのままの自分が見捨てられるのではないかと不安だったのだ。
「ひとつは、うしのままでいること。そして、もうひとつは、魔人になることで元の姿に戻るのを試みることだ。」
「…………にゃ〜〜。」
「ただ、サテラも言っていたが危険な方法だ。だから、お前にまかせる。うしのまま付いて来るなら右手を、魔人になって付いて来るなら左手を持て。」
 そう言って、うしシィルに両手を離して差し出した。シィルは、ちょっとだけ迷った後で、ランスの左手にしがみついた。どっちを選んでも、自分が付いていかないという選択肢が提示されなかったのが無性に嬉しかった。
「そうか。魔人化に必要な魔王の血は猛毒だからな。何とか耐えろよ。あと、ちょっとした術を施しとくから、お前がなりたい姿になれるぞ。」
「にゃ〜?」
「どういう風になりたいか、強く想うと成功率が高いらしいぞ(ジークの記憶だから信憑性がいまいち不安だが)。」
 ちょっとの不安とわずかの希望。シィルの前にはそれがある。軽く深呼吸して覚悟を決めた。ランス様についていくために、ランス様のおそばにいられるように……。考えるのはそれだけ。いつのまにか躰の震えも止まっていた。
 ランス様の妙に発達した犬歯が首筋に立てられ、何か熱いモノが流れこんで来る。躰が燃えるように熱くて、凍えるほど寒くなるが、シィルの頭にあったコトは、
『今の光景、はたから客観的に見るとまぬけかも……』
 であった。なんだかな。
 ランスが見守るなかで複雑に姿を変えるシィル。ピンク色の光を放ちながらブヨブヨとした不定形になり、不規則に波打って変形を繰り返す。
「シィル……」
 思わず漏れた言葉、激しい歯軋り、固く握られ血がにじんだてのひら。その目はベッドの上で苦しみ悶えているシィルから釘で打ち付けたかのように離さない。だが、突如起こった閃光と煙がランスの目を眩ませ、視界を塞いだ。
 そして、煙が晴れた後に残されたモノ。ベッドの上にひっそりと佇んでいるモノは…1本の剣だった。刀身がピンク色の。
「お前……シィルか…?」
 剣の柄を持って訊ねるランスに
「そうですランス様……。ええっ。私って剣に…はうっ。」
 答えながら、あまりの自分の変わりようにくてっと気絶するシィル。それに伴って刀身もくてっと曲がってふにゃふにゃになる。
「おいおいシィル……うしでもヤレなかったが、剣でもヤレんだろ…。馬鹿野郎。」
 心底落胆した声を出したが、その声に起こされたのか、はたまた自力で起きたのか、シィルが剣の形態から人の形をとった。
「おい、シィル。お前、日光さんのように人間の姿に戻れるのか?」
「えっ……。あっ、そうみたいです。短時間ですけど。」
「そうか、どれぐらいだ。」
 その質問に、シィルは新しい自分の躰の調子を確かめながら答えた。
「…………だいたい1日に3分ぐらいですね。満月の夜だと1時間ぐらいは維持できると思いますけど……」
「そうか……」
 ランスの腕の中に抱かれるシィル。だが、シィルはランスの腕の中で剣に戻った。
「おわっ、危ないじゃないか。この馬鹿。」
 抱き着いていたのはランスの方からだったので勝手な話だ。だが、まあ、そういう関係ではあるのだ。客観的に理不尽な言い草でも、本人たちが納得していれば問題はない。
「すみませんランス様。初めてなので、変身時間の限界がわからなかったんですぅ。」
 不思議と手に馴染む剣だ。慣れ親しんだカオスに勝るとも劣らない。
「ちょっと、試し斬りだ。修練場に行くぞ。」
 中庭に出ようとしたランスであるが、ガーディアンに呼び止められる。
「何だ!」
「マオウサマ、テキシュウデス。マジントオモワレマス。」
「そうか。ご苦労。」
 ランスは窓から飛び出し、リーザス城へ強襲をかけてきたモンスター軍へとまっしぐらに飛んだ。腰には2本の剣を下げて。


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 魔王エンド系SSでシィルを殺さないでおくには……という命題の一つの答えです。ま、邪道かもしれませんが。
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