鬼畜魔王ランス伝

   第6話 「様々なる死合」

 ランスは山脈を縦断して飛行する。単独行という事もあって、その速度はメガラスにも劣らない。なお、部下は後で合流する手筈になっている。
「まあ、この程度のペースなら見物に間に合うだろう。」
 あくまでも、彼は暢気だった。

 一方、暢気どころか殺気立っている人もいる。魔想志津香その人である。彼女は自分の魔法の道具や薬、呪文書のたぐいをまとめると、戦闘に役立つものだけ持って出発した。
 自分が預かったリーザスの魔術士部隊どころか、古馴染みのカスタムの街出身のみんなにも何も告げずに。その中でも特に仲が良いマリアは、既にあの馬鹿男にそそのかされて魔人……人類の敵に身を落としている。
『マリアの……馬鹿。何もそこまで、あの馬鹿の事……』
 ふぅ。と溜息をつく。
『いえ、……わかってた。マリアだったらこうするって。だけど……どうせ好きになるなら、もっといい男を好きになればいいのに……』
 さらに、溜息。
『まあ、人のこと言えないけど。私も男運って良い方じゃないし。』
 いつもの格好。青の三角帽子に青のローブ。使い慣れた魔法の杖に道具類。特別じゃないけど、利点も欠点も知り尽している装備。熟練の冒険者でもある彼女は、それが生死を分ける要素になり得る事を良く知っていた。
 パラパラ砦はまだ遠い。到着には、どうやらもう少しかかりそうだ。


 その日の正午、リーザス国パラパラ砦の北にある平原。
 この人気の無い野原に、志津香とラガールが向かい合っている。
「あなたが……ラガール?」
 志津香は積年の怒りを滾らせ、父の仇を睨みつけた。ラガールは…薄く、目を細める。
『ほう……アスマーゼにそっくりだ。』
「ラガール……お父様とも、こうして向かいあったの?そして、騙し討ちにした……」
「ふ……仕方あるまい。私には、急ぎ手に入れねばならぬものがあったのだ。そう、奴を謀殺してでもな……」
「勝手な事を!! ファイヤーレーザー!!」
 志津香は最大級の魔法を放った。身構えるでもなく立ち尽くすラガールに向かって、熱線が飛んでゆく。だが、突然、二人の間に水蒸気の柱が立ち昇った。風が再び視界を開いた後……志津香とラガールの間には、一人の少女が立っていた。
「魔想の…娘……魔想、志津香。」
「何よ……あんた……」
「ご苦労、良い防御だった、ナギ。」
「はい、師匠。」
「ラガールの弟子…!? じゃ、邪魔しないで!! これは私とラガールの……!」
「ふ……そう急くな。これは私の娘だ。今日はまず、このナギと戦ってもらおう。」
「何ですって……」
 その様子をランスが隠れて眺めていた。
「ふーん、志津香の父親の仇の娘か。……いい女だ。じゅるじゅる。」
「ランス様、静かにしていないと、隠れているのがばれてしまいますよ。」
「おっと、そうだった。」
 脇でそんな会話がなされている事も知らず、ナギは志津香に対して向き直った。
「魔想志津香……拒否はさせない。私はお前と戦う為に、師匠に育てられたのだ。」
「育……どういう事、ラガール。」
「文字通り…ナギは、お前と戦う為だけに生きてきた。私の娘と魔想の娘、どちらが優秀か…私と魔想、真に秀でていたのはどちらか、時を隔てて、それを証明する為だけに!」
「このっ…狂人! 退きなさい、ナギッ、あなたには関係ないわ! 白色破壊光線!!」
<キィンッ…!>
「……断る。」
 ラガールに向かって放たれた志津香の魔法は、またナギによって防がれた。
「無駄だ、魔想の娘……ナギとの戦いを呑まねば、二人を相手にするだけだぞ。」
「くっ……次はお前だ、ラガール!! さっさと倒してやるッ……!」
 志津香はナギに向かっていった。白色破壊光線と黒色破壊光線、ファイヤーレーザーとライトニングレーザー。双方の強力魔法の応酬が続くが、ナギの方が押し気味に戦いを進めていく。
「ぐぅっ! ぐぅあああああああああああ。」
 ……だが、先に限界が来たのはナギだった。何度目かの白色破壊光線を弾こうとしたナギは、突如として悲鳴を上げて体勢を崩してしまった。その結果、光線の直撃を受けて倒れこんでしまう。
「……ちっ、強化薬の副作用か、それとも魔法装具の接合部の拒否反応か…こんな時に。やはり、ブースト率を上げすぎたのが拙かったのか…?」
 実際は、近くに隠れていた魔王の波動の影響を受けて魔法装具に微妙な動作誤差が生じたのが原因である。人間の認識力では普通は気付けない程度の影響だが、志津香との決戦に備えて余裕のない性能バランスに調整をしてたナギの調子を崩すには充分だったのだ。
「ちょ……ちょっと。やっぱり不自然な改造を!?」
「うるさい。魔法というのは強ければいいのだ。卑怯も不自然もない。まあ、仕方ない。使えなくなったナギの代わりに、私が相手してやろう。」
「い…え、ま……だ…た……たか…か…え……ま…す。」
「邪魔だ。」
「酷い親ね。仮にも娘でしょ?」
「役立たずにかける情けはない。行くぞ、魔想の娘!」
「望むところよ!! 白色破壊光線!!」
「ふっ、甘い!! 黒色破壊光線!!」
 二つの光線がぶつかった。そして、劣った力の光線が押し戻され、術者が吹き飛ばされる。魔想志津香が……だ。
「中々の魔力だ……。だが、あの頃の魔想はもっと強かったぞ。何せ、この私と互角だったんだからな。アスマーゼが望んで生んだ娘、アスマーゼにそっくりな娘……お前の存在を知った時、私がどんな思いでいたか!。」
「何故……そこでお母様の名前が……」
「ナギ……お前が魔想の娘の妹だからだ……アスマーゼを魔想から奪った後で生ませた娘だからだ。」
「ラガール……! 貴様!! くっ」
 志津香は何とか反撃をしようと試みるが、全身を襲う鈍い痛みが呪文の詠唱に必要な集
中を阻害する。
「だが、もういい。所詮似ていないナギでは代わりにならん。その点……お前はアスマーゼに生き写しだ。お前が私の娘であったなら……」
 にじり寄るラガール。じりじりと弱々しく後退しながらも、気丈な瞳でラガールを睨みつける志津香。
「そういう所は父親似だな……気に入らんな。だが、これからじっくりと躾てやろう。アスマーゼ……愛している。」
「ちっ、そろそろ助けないとやばいな。」
 ランスがシィルを携えて出て行こうとした時、ラガールが背中から剣で刺された。深々と刺さったそれは、明らかに致命傷だ。
「父様……私を捨てるの?」
「ナギ、……あなた」
「捨てないでしょう? 父様。魔想の娘に負けちゃいけないって教えたの父様でしょ? だから私負けない、どんな事でも。父様の愛だって……奪わせない。それでいいんでしょう、父様。」
「……ナ…ギ…」
 ラガールは絶命した。そこに、ランスが歩み寄る。
「ちっ、おいしい所には間に合わなかったか。まあ、いい。用も終わった様だし、特別に俺様の部下にしてやろう。」
 ランスは志津香に向かってそう誘うが、返答は当然のようにそっけなかった。
「お断りよ。」
「相変わらず素直じゃない奴だな。俺様に抱かれたいくせに。」
「誰があんたなんかに。」
「……まあいい。今回はもう一人掘り出し物がいる。」
 気を取り直したランスは、もう一人の美少女に向き直った。
「……ナギだったか。うん、お前も好い女だから俺様の部下にしてやる。」
「……ひとつ条件がある。」
「何だ?」
「そこの女を捨てろ。私がこの女の地位を……居場所を奪う。」
「両方ってのは?」
「だめだ。」
 即答だった。ランスはちょっとだけ思案顔になる。
『ふ……ん。まあ、もったいないが志津香は何回か抱いたし、ナギの方が素直そうだ。』
「いいだろう。あと、お前には力をやろう。志津香なんか問題にしないほどの……な。」
「ランス……あんた……まさか…だめよ! ナギ!」
「わかった。一緒に行こうリーザス王。」
「いや、今はリーザス王ではない。魔王だ。」
「わかった。」
 ランスはナギを抱き上げ、志津香に向き直った。
「魔王、捨てた者にかまうな。約束を違える気か?」
「別れぐらい言わせろ。未練が残ったらどうする気だ。」
「そうか……すまない。」
「わかればいい。……じゃあな。」
 ランスは立ち去った。虚脱気味の志津香を残して……。
「父様の仇は死んだ。自業自得だったけど。でも、これから、何をすればいいんだろ…」


 新たにナギを手に入れたランスは、魔人化を行う前にナギの魔法装具の再調整や薬剤の影響を薄める処置からはじめた。
「なにをする、それではパワーダウンしてしまう。」
「俺様がお前を強化するために使う薬は、人間には劇薬だ。だから、使う前に身体の耐性が高くなるようにしておかないと耐えられん。それに、どっちにしても強化後にまた再調整しなきゃならんしな。」
「そうか……わかった。」
「まあ、後は俺様にサービスしろ。」 
「サービスとは?」
 ナギはランスにサービスの内容についての具体的な説明を受けた。
「そうか、わかった。修行でやった事がある。」
「修行でって……誰と?」
「師匠……父様とだ。」
『とんでもねえ親だな……それは。』

 魔王相手の“サービス”が一段落すると、ナギはランスにサービスについての疑問を投げかけた。それが、師匠相手の修行とはいささか趣きが違ったからだ。
「どうしても分からない。二人一緒に気をやってしまってはエネルギーが無駄になるではないか。」
「ふっ、分からないか。それじゃ、まだまだ志津香には及ばないな。」
「……努力する。だから、捨てた者の事を考えるな。」
 いったん言葉を切ってから、話題を変える。……そう、今後の事についてだ。
「で、これからどうする気だ、魔王。」
「俺様の女を待つ。」
「そうか、どこでだ?」
「ここでだ。」
「わかった。」


 一方、その頃、4名の魔人と1人の人間はランスが飛行した経路を辿る訳にもいかずに閉口していた。飛行が可能なメンバーがサイゼル1人、一般兵はガーディアンのみといった構成で、人間の警戒網を突破しなければならなかったからだ。最も安全なのは山脈を縦走するルートだが、飛行できなければ時間がかかり過ぎる。さりとて、リーザス側まで降りれば妨害が怖い。
「で、これからどうしよう?」
 マリアは稀代の戦術家との評価も高いアールコートに善後策を問うた。
「……あの……えと……とにかく、現状では山を降りて陸路でパラパラ砦を目指すしかありません。こちらの動きは相手に掴まれてますから、時間が経過するほどこちらが不利です。そこで、所要時間が最短になるように動くのが得策……だと思うんですけど……駄目でしょうか?」
「いいと思うけど……サイゼルさんはどう思います?」
「あーあたしは細かいのはパス。」
「じゃ……じゃあ…ですね。マウネスまでサイゼルさんに先導してもらって移動、街そのものは迂回して街道を利用して急ぐ……って事で、いいですか?」
「おっけーっ じゃ、行きましょっ」
 活動的なサイゼルが、気弱なアールコートの提案を聞いた途端空に飛び上がる。続けて指示を出そうとしたが、聞かせるべき相手は既に上空にいて小さな声では伝えられない。
「あの…えと、やっぱりいいです。」
 まだ、自分に自信が持てないアールコートであった。


『足りない……足りない、力が。奴に勝てる力、奴を殺せる力が。足りない、“聖刀”では、僕には……今の僕には足りない。でも、魔王を傷つけられる力なんて他に……』
 そこまで考えた所で、健太郎は何かに気付いたように顔を上げた。
『あった……いや、ある。かつて奴が持っていた……奴が捨てた力……魔剣カオス。あれなら、今の僕でも……いや、今の僕なら使える!』
 健太郎は思い立つと即座にリーザス城へ駆け付けた。ものも言わずに城門の警備兵を素手で倒し、剣を奪い取った。
「おい、お前。カオスはどこだ?!」
「は、はいっ。謁見の間ですっ。」
 脅された警備兵が正直に答えると、最早そいつらにはかまわず、謁見の間に急いだ。途中の邪魔をした奴は容赦無く切り捨てる。男も女も……武装しているか否かも関係無く。
「マリス様、小川殿が現れました。現在、リーザス城の中を謁見の間に向かって侵攻中。阻止しようとした兵士87名、たまたま通りかかった侍女5名が斬られて重軽傷を負っている模様。被害者はなおも増えると予想されます。」
 伝令兵が執務中のマリスに報告しに来る。それは、事件発生から僅かな時間ではあったが被害は甚大であった。それは、健太郎の戦闘能力の高さを表しているのだが……同時に精神面での余裕のなさ……視野狭窄と短絡思考も露呈していた。
「今の小川殿の前に立ち塞がらないように。謁見の間にリック殿と10名ほど用意して下さい。」
「はっ。」
 マリスは指示を出し終えると、謁見の間に移動した。ほどなくリックと赤軍に所属する精鋭の騎士10名が到着、いざという時のため待機する。
 そして、健太郎が入って来る。血塗れの剣を下げて。
「小川殿、何の御用ですか。」
 マリスの問いかけは何の感情をも帯びていない。
「カオスはどこだ?!」
「そこです。」
 広間の一点を指し示す。すると、油断なく剣を構えて部屋の隅……カオスがある場所へと移動し、一気にそれを引き抜く。憎悪に歪んだ顔のままで。
「きた、きた! きた!! うごっ……」
『何たる憎悪、何たる怒り、この儂の意識が引きずられて…』
 カオスから暗黒のオーラ…真っ黒な気光が噴出し、健太郎自身を包んでいく。カオス自身の自我は自己防衛のため休眠状態になり、カオスの“力”の全ては健太郎が掌握した。
「うぉぉぉぉぉ!!」
 居並ぶ騎士達は健太郎から発する殺気に臨戦体勢を取ろうとするが、マリスは手でそれを制する。
「あなたは魔王……ランス王の居場所を知りたくはありませんか?」
「……どこだ。」
 たわめられ、押し殺された殺気を暗黒のオーラと化して纏った健太郎に臆せず、マリスは答えた。
「パラパラ砦…その北の平原。今の時点ではそこにいます。」
「そうか。」
 と言った瞬間、健太郎の凶刃はマリスに襲い掛かった。が、それはリックの長剣…バイロードで間一髪防がれた。
「何をするのです?」
 この後に及んでも口調にいささかの乱れもみせないマリス。いささか人間離れしているが……。当然だが、激しい剣撃の応酬が開始される。リック本人と健太郎本人の実力は、現在の時点ではほぼ互角であった。両者の剣の格の違いはマリスの援護魔法とリックの部下による牽制で差が補なわれた。そのため、戦況はすぐに膠着状態に陥った。
「あいつの部下だった奴なんて信用できるか!」 
「そうですか。ですが、貴方にはこうしている暇もないのでは?」
「くっ…」
「停戦してリーザス城を出て行くというなら、こちらは追いません。…どうします?」
「くそっ……。ランスアタック!!」
 気の炸裂を床面に叩きつけて、目くらまし代わりにすると、健太郎は踵を返して遁走した。追撃しようとする騎士達をマリスは制止した。
「追ってはなりません。……城の主要部分の防備を固めて下さい。小川殿がまっすぐ城外に出るのであれば阻止してはなりません。余計な被害を出すだけです。」
 もはや、マリスは健太郎を懐柔して対魔人戦用の戦力として活用するのは諦めた様である。とはいえ、積極的に敵に回す気もないようだが。そして、更なる指示を出す。
「聖刀日光の捜索を。恐らく、そう遠くない場所にあるでしょう。」


 マウネスまで降りたランス軍(ランス本人はいないが)は、そこで待ち構えていた白軍を中心とした2800の軍に遭遇した……が、辛くもリッチへ続く街道へと逃げ延びる事に成功した。木製の妨害柵を炎の魔法で焼き、ガーディアンで燃えたままの柵を蹴散らすといった力技ではあったが。
 さて、現在のランス軍はガーディアン100体、幻獣258体である。とても本格的な軍勢と戦える陣容ではない。例え魔人が4名いたとしても。現在の情勢では、相手が魔人を切れる武器を持っていないとは限らないのだ。
「長距離射撃で敵を牽制して……逃げに専念するしかないですね。サテラさんみたいにガーディアンに運んでもらえば、うし車を暴走させるようなまねでもされない限りは追いつけない……はずです。」
 敵軍…恐らく主将はエクス…は、整然と追撃をしてくる。その敵に追いつかれないよう自軍に先を急がせる事しかアールコートには選択できなかったのである。


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 志津香じゃなくてナギなのは私の趣味です。健太郎君が危ない人になってきてるのは、こういう展開ならありじゃないかと思います。ファンの人ごめんなさい。
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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます


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