鬼畜魔王ランス伝
第16話 「カウントダウン」 聖女の迷宮から美樹をお姫様抱っこで運び出したランスは、そのまま自分の本拠地代わりに使っているケッセルリンクの城まで飛行する。当然ながらサイゼル・ハウゼル姉妹やメガラスもそれについてくる。 「美樹ちゃん、とりあえずここを使ってくれ。」 美樹が案内されたのはケッセルリンクの城の客間の一室だった。この城は魔人界で最も風雅な城として知られるだけに、客間も洗練された豪奢さを保っていた。 「はい、王様ありがとうございます。」 「まあ、健太郎が来たら呼ぶが……何かあったら遠慮無く呼んでくれ。」 「はい。」 「で、メガラス。お前の美樹ちゃんの警護の役を解く。」 メガラスは不満そうであった。それはもう思いっきり。魔王相手に睨みつけるといった不敬な態度を取った上、無口なメガラスには珍しく口答えまでした。 「断る。」 「まあ、この城にいる間は個人的に警護するのは自由だが……手出しするなよ。」 その発言には沈黙を保つメガラス。困った顔をしている美樹。その二人を残してランスは美樹の部屋を後にした。 それから、1週間後。 「やっと来ましたか。これで次の手が打てるというものです。」 ホルスの伝令が運んで来たそれは、1瓶の白い粉だった。 そして、その1時間後、ホーネットは探していた人物をようやく見つけ出した。 「ガルティア。人間界で美味しいお菓子を見つけたそうなので取り寄せたのだけど、一匙どうです?」 ホーネットの満面の笑みで差し出される匙には、例の硝子瓶に入っていた白い粉が山盛りになっている。 「おいおい、ホーネット。まさかそいつを食わせる代わりに一緒に戦えってんじゃねえだろうな?」 「安心して。この一匙を食べさせる代わりに戦ってもらおうなんて虫のいい事は考えてないですから。」 「じゃ、遠慮無く。モグモグ……うめえっ!!!」 そう、それはクリリプ。舌を蕩かす至高のお菓子。 「もっと! もっとくれホーネット!!」 「では、私達と一緒に戦ってくれるかしら(悪人ね。私も……トホホ)。」 「おう、わかった!」 二つ返事で承知するガルティア。そんな彼の手に例の瓶が渡される。 「おいおい、先に渡して大丈夫かよ。」 「貴方は約束を違えるような人ではないでしょう。ですから、大丈夫ですよ。」 踵を返して立ち去るホーネットを、ポリポリと頭を掻きながらガルティアは見送った。 「あ〜あ、責任重大だね。こりゃ。」 さらに、その3日後…… 「ホーネット様! 魔物部隊10万、キメラ部隊5万の編成が終わりました。」 「ご苦労様、シルキィ。」 「これでホーネット様が集めた分と合わせて魔人8人と20万の軍が編成できますね。」 「ええ、シルキィ。でも油断は禁物よ。何せ相手は魔王様なのだから。」 「はい。でも、本当にあいつが魔王なのですか?」 「本当です。前魔王の美樹様も“血”の譲渡を正式に認められたのですから。」 ホーネットは美樹がケッセルリンクの城に到着したと聞いた時点で面談に行っており、そのさいに聞いた話でランスに美樹が魔王の座を譲位した事を確認したのだ。ついでに美樹の側役を外されて腐っていたメガラスの勧誘に成功している(ちなみに、この時点での美樹の世話役はメイド長に抜擢されたすずめちゃんである。)。 「そうですか。私はまだ信じられないのですが。」 「シルキィ。そんな事言ってると負けてしまいますよ。ちゃんと相手の実像を見て戦わなければ。」 「大体、本当に魔王様が相手だというなら我々が逆らえる訳が…」 「シルキィ!」 「はいっ(まずい、ホーネット様怒ってる)。」 「それは、私達に機会を与えて下さっている魔王様を侮辱している事になりますよ。最初から魔王の権威で屈服させる事もできるのですからね。」 「魔王の力を使いこなせていないだけじゃないんですか?」 「いえ。メガラスに聞いた話では魔王の強制力を使われた事はあったそうです。……美樹様の事で魔王様が急いでいる時の事だったそうですが。」 「と、言う事は?」 「既に力を使いこなしていると見た方が間違いが無いでしょう。」 「えっ……」 「とにかく、やれる限りの事はやらなくては。いくら魔王様でもお一人では限界があるはずです。」 「はい、ホーネット様。」 「兵数は短期間ではこれ以上の増加を見込めません。そこで、私達も兵学を教わるべきです。」 「はあ。でも、いったい誰に。」 「メナドさんにです。彼女は魔人になる前はリーザス国の将軍だったそうですから、兵の動かし方は我々よりも詳しいはずです。」 「なるほど。」 「実は、もう兵学指南については頼んでいます。シルキィも来ますか?」 「はい、ホーネット様。」 ……その頃、サテラの部屋。 「ランスの馬鹿、ランスの馬鹿、ランスの馬鹿。よりによってホーネット様に……」 一生懸命に粘土を捏ねている。 『ホーネット様が相手だとサテラの勝ち目が……ううん、それでランスがサテラを捨てる訳はないけど。もし、ホーネット様までライバルになるような事になったら……サテラが相手してもらえる時間が減っちゃうじゃないか!』 ぺったんぺったんと力強い腕を塑像する。それを、既に作ってあった胴体に繋げる。 「絶対! 絶対! 絶対に阻止してやるんだから! 見てなさいランス! ホーネット様を……ううん、サテラとの時間を減らさせてなるものか!」 いつものサテラのペースの5割増しで出来あがって行くガーディアン。しかも、異常に強力そうだ。とは言ってもシーザーほどの戦闘力ではないが。 「サテラサマ…ソロソロヤスマレタホウガ……」 「いいの! シーザーは黙ってて!」 「デモ……」 「でももストもないっ!」 「タイチョウヲクズサレテハ、マケテシマウノデハ。」 「う……」 「サテラサマ……」 「わかった。これ出来たら休む。」 そう決めると、サテラは目の前のガーディアンを完成させる事に専念するのだった。 2000体の強化ガーディアン部隊が完成するには、結局のところ決闘当日の朝までかかってしまったのであった。……それでも凄いペースだな。 なお、強化ガーディアンはランスを味方と認識できない欠点があったため、決闘後に全部が廃棄処分(ランスに返り討ちにされた)になっている。 「う〜ん。今回はかなり変則的な戦闘になるから、普通の戦闘向きの作戦はしない方がいいんじゃないかな。」 「どういう事ですか? メナドさん。」 「普通の戦闘では戦力を効果的に集中する……遊兵を作らない事が重要なんだ。だけど、今回は戦力を集中しても打撃が見込めない上にやられ易くなるんだ。王様の攻撃力が普通じゃないから。」 「じゃあ、どうすればいいんだ!」 「そうだね。100人くらいの部隊をたくさん作って、分散させて配置するのがいいんじゃないかな。一度にそのうちの1部隊か2部隊が接近戦を挑むかたちで。」 「なるほどなるほど。」 「あと、支援部隊はやっぱり小部隊を分散配置した方がいいけど……」 「けど?」 「一度に仕掛けられる人数の制限はないから一斉攻撃をするのもいいと思う。部隊各個でバラバラに攻撃するのも消耗させるのには適してるから、合図を決めて切り替えられるようにしておいた方がいい。……それとも、そういう作戦は無理?」 ホーネットは自軍の前線指揮官……魔物将軍の指揮能力を頭の中で再確認した。 「いえ、その程度までなら大丈夫でしょう。あとは、突撃する部隊がどれになるかの連絡をどうするか……ですよね。」 「ああ、それならホルスや偽エンジェルナイトを使うのはどうだ?」 「そうだね。そんなところが妥当かな。」 などと、作戦会議は続いていく。 「ハウゼル〜。やめようよ、魔王様と喧嘩するの。」 「私だけやめるって訳にもいかないの。ごめんね姉さん。」 「そんな事言わないで。あれって無茶痛いんだから。」 「あれって……ホーネット様とお茶してた時、いきなり殴る蹴るの暴行を受けたみたいに全身に青痣が浮かんだ事があったけど、あれってやっぱり姉さんだったの? いったい何されたの?」 「アハハ……魔王様の必殺技の余波食らっちゃって。」 「余波であれ?」 「そう。」 「大変! ホーネット様に…」 「ホーネットは気付いてると思うよ。魔王が相手だって分かってるんだし。」 妹……ハウゼルの泣き出しそうな顔を見て、サイゼルは覚悟を決めた。 「仕っ方無いなあ……あたしも手伝ったげる。」 「いいの姉さん。」 「だって、可愛い妹の事だもん。」 「ありがとう姉さん。」 ゆっくりと重なる影。縺れ合う様にしてベッドに倒れ込む二人。 こうして、決闘前夜の夜は更けていくのだった。……いいのか? それで。 そして、いよいよ決闘当日。カスケード・バウにて両軍が対峙する。 ホーネット派は、ホーネットを筆頭として、シルキィ、ハウゼル、メガラス、サテラ、メナド、ナギ、サイゼル、ガルティアの9名の魔人と20万の魔物兵団である。 対するは、 「マリア。ちょっとこいつを預かっててくれ。」 「シィルちゃんを、何故!」 「俺様は一人で相手をするって言ったからな。」 「ランス様っ。」 「お前がいたら一人にならないだろうが。」 「ランス様……」「ランス……」 「それとも、自分がいないと俺様が負けるとでも思ってるのか?」 「違いますぅ……でも、でも……」 「心配ない。俺様は天才だからな。がはははははは。フェリスも今回の戦闘には手を出すなよ。」 「はい、マスター。」 その遣り取りを聞いて、更にマリアの表情が曇る。 「それでも、ケイブリスを倒した時は3人だったんでしょ?」 そうなのだ。魔剣のシィルと影から守護しているフェリスの力がなければ、いくらランスでも一人でケイブリス軍を壊滅させるのは無理だったかもしれない。 「俺様と俺様の下僕の力を試すだけのこった。別に問題はない。それより、お前こそ美樹ちゃんをよろしくな。」 前魔王の来水美樹は、その公平な立場を買われて審判役を引き受けている。彼女を守護する結界を張るのが、今回のマリアとレッドアイの役目である。ちなみに、他の魔人たちや一般の観戦者を守護する結界壁を担当しているのはアールコートとキサラである。 「わかってるわよ、もう。」 「わかってるならいい。がははは。」 ランスは不敵にも木刀を一本持っただけの姿で20万からの大軍に悠然と歩み寄って行く。流石に鎧はいつものを着ているが。 距離1kmをおいて向かい合う。そして、審判役の美樹の声が魔法で拡声され、戦場全体に響き渡った。 「一同、始めっ……です。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ナギは修行に、メナドは稽古に付き合ってもらってる感覚です。 サイゼルがランスを呼ぶ時の名詞がころころ変わりますが、状況と気分で使い分けてるんです。……という事で納得して下さい(汗)。 |
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