鬼畜魔王ランス伝

   第20話 「勇者登場」

 カスケード・バウでの決闘に関する沙汰の為、それに参加した全ての魔人が呼び出された。謁見の間に相当する場所がないため、ダンスホールに簡易の玉座を持ち込んでの謁見になったが、集合した者達は皆畏まっている。別に呼んだ訳でもない魔人も集まっているが、ランスはあまり気にしてなかった。
「がはははは。これからお前らへの処分を言い渡すから、そのつもりでな。」
「えっ!」
 決闘に参加した連中の顔色が目に見えて悪くなるが、ランスはかまわず続ける。
「まず、ホーネットちゃんは、たった今から俺様の女だ。今夜は色々な目にあわせてやるから覚悟しとけ。」
 片膝を着き、顔を俯かせていたホーネットの頤がランスの手で強引に持ち上げられ、唇を奪われる。
「「「「「「ああああーーーーー!!!!!」」」」」」
 実際、目の前で見せつけられたキスの方が下手な処分よりきつかった魔人は多かったに違いない。……流れ弾も多そうだが。
「じゃ、次だ。他の連中の処分だが……」
「魔王様。」
「ん、なんだホーネット。」
「魔王様。私への処分は厳しくしてもかまいません。ですが、他のみんなへの処分の方は勘弁していただけないでしょうか?」
「ホーネット様……」
 この後に及んでも、なお皆への気遣いを見せるホーネットに皆の心が暖かくなった。だが、そんな感傷をランスは一言の元に切り捨てた。
「駄目だ。」
「何故ですか? 魔王様。」
 ホーネットの視線が鋭くなった。だが、その怜悧な表情も次のランスの台詞で脆くも崩れ去った。
「それはな、元々今回の件で誰も処分する気がないってだけだ。」
「え、じゃ、じゃあ、私の事は?」
 目に見えてうろたえるホーネット。他の者達もランスのあまりに意外な発言に唖然としていて口を挟む余裕すらない。
「おう、それはな“約束”だったろ。」
「あ! ああ…そう、でしたね。」
「以上だ。がはははは。いよいよ魔王城に行くぞ。シルキィ、先に魔王城に行って俺様の歓迎準備を整えておけ。」
「は、はい。魔王様!」
 その時からケッセルリンクの城は大騒ぎになった。何せこの城にいる20万以上の大軍が魔人界の各地へと派遣されるのだ。その準備だけでも大変なのに、魔王軍の本拠地を本来の本拠地である魔王城へと移す作業も並行して行われるものだから、尚更である。

「本当に私が手伝わなくてよろしいのですか? 魔王様。」
「おう。連中には連中の仕事をさせとけ。しかし、お前ら細かいとこまでやり過ぎだ。ちゃんと事務仕事の出来る連中を育てとけ。」
「は、はい……しかし……」
「いいから。俺様の言う事に間違いはない。大体、食料の調達や分配まで魔人が直接按配してたんじゃ、身体がいくらあっても足りん。そういう事は一定の基準を作って、それを守らせろ。それが上手くいかない時だけ手出しすりゃいい。」
「そういうものですか?」
「そういうもんだ。だが、事実の報告だけはちゃんとさせろ。失敗より、それを隠す方が許せん。」
「はい、わかりました。」
 人の上に立つのが当たり前の如き貫禄。一見、傲慢に見える程の自信。実践で鍛えられた戦略眼や統治能力に、ホーネットは僅かな時間で自然と臣下としての礼を取るようになっていた。魔王としての強制力など働いてはいないはずなのに……である。
「さて、俺様はお楽しみ……といきたいとこだが、どうやらそういう訳にもいかないみたいだな。」
 ランスが見ているのは城外。守備隊が配置されているあたりである。どうやら戦闘が始まっているようだ。
「どうやら魔物将軍じゃ荷が重そうだ。俺様が行って来る。」
「他の方に任せてもよろしいのでは? 魔王様。」
「いや、軍隊に喧嘩を売るような相手なら俺様も興味がある。」
「わかりました、魔王様。」
「すぐ戻るから身体磨いて待ってろ。がはははは。」
 ランスは窓から飛び出し、現場に急行した。

 魔物軍と戦っているのは光輝く青い鎧を着た赤毛の戦士である。これまた光輝く大剣で群がる魔物を薙ぎ倒している。独りで数百体の魔物を相手にしているにも関らず危なげなく戦っている状況が、この戦士が只者ではありえない事を示している。
 そんな戦士の前にランスは着地した。もちろん、間合いは幾分かは開けているが。
「お前は! カラーの森で会ったアリオスか!」
「覚えていて下さったんですか、ランス王。」
 そう言うと、アリオスは剣を正眼に構え直した。
「貴方とは戦いたくなかったが……貴方が魔王になった以上……黙って見過ごす訳にはいかなくなってしまった……」
「なんだと…!?」
「世界を破滅に導く邪王……魔王ランス。この勇者アリオスが成敗する。」
「けっ何が勇者だ。俺様が真の勇者なんだよ。」
 と言いつつランスも剣を抜いた。ピンク色の刀身の魔剣シィルを。
「何を世迷言を。魔王が勇者な訳はない!」
 ランスは剣の柄をしっかり掴むとアリオスに突進した。
「ああ、そうかい。行くぞ、勇者野郎!」
「はぁぁぁっ…!!」
 アリオスの剣と魔剣シィルが激突する。高密度に圧縮され、練られた闘気同士が剣という媒介を通してぶつかり合う。この時、アリオスの真の力……戦闘能力の増幅と普通の武器でも魔人や魔王を切る事のできる力……は存分に発揮されていたが、ランスは魔王としての力をほとんど解放せずに相手していた。そう、初期化した魔血魂から得た力によって元々の戦闘能力が増していたので、真の力を発揮している勇者といえど苦戦するような相手じゃなくなっていたのだ。まあ、元々“勇者”が魔王に匹敵する武力があるかどうか怪しいのも事実ではあるが。
「食らえっ!」
 上段から真直ぐ切り下すアリオスの攻撃をシィルで横に払って受け流し、ランスは攻撃に出た……拳で。カウンターで右頬に入った左の正拳はすこぶる効果的で、アリオスはそのまま10数mを転がって地面の上に無様に倒れ伏す。
「な……なぜ、勇者である僕が……」
「決まってる。魔王か勇者かなんて関係ない。俺様がお前より強いだけだ。がははは。」
「う……ぐう…。」
 それでも、まだ立とうとするアリオスを蹴り飛ばす。更に数mの空中浮遊の後、激しく立ち木に叩きつけられたアリオスはそのまま気絶した。常人なら最初の正拳だけで死んでいるところだが……まがりなりにも生きているのは、さすがは勇者である。
「さて、こいつをどうするかだが……殺すには惜しいな。」
「王様っ!」
「おう、メナドか。どうした?」
 メナドは迎撃部隊を率いて守備隊の応援に駆けつけたのだが、ランスの活躍によって彼女らの到着よりも早く戦闘が終わってしまっていたのだ。
「ごめんなさい王様。ほんとはぼくが迎撃しなくちゃいけないのに。」
「俺様が勝手にやった事だ。気にするな。それより、こいつを簀巻きにして、そうだな…魔路埜要塞の手前にでも捨てとけ。」
「うん、わかった。」
「さるぐつわも忘れるなよ。」
「王様、本当にそこまでやるの?」
「無論だ。俺様を成敗するとまで言ったんだ。生命を取らんだけでも有難いと思ってもらわんとなぁ。がはははははは。」
 ランスの命令を受けた魔物達は、みるみるうちにアリオスを簀巻きにする。
「かわいそうじゃないかなぁ。こんな格好じゃ。」
「こいつは俺様だから楽勝だったが、他の連中だとキツイかもしれん。俺様の見た所メナドでも勝率が半分を切るってとこだ。」
「えっ。」
「てな訳で、自由にするとやっかいだろうからそのまま捨てて来るように。」
 簀巻きにされたアリオスがデカントに担ぎ上げられる。それによってかどうか知らないが、アリオスが目を覚ましたが完全無欠なまでに遅過ぎる。
「むーっむぐーっ!」
 哀れアリオス・テオマンは簀巻きにされて流刑にされる……いや、ゴミの不法投棄のようにポイ捨てされるべく運ばれていったのだった……。


「おい、戻ったぞホーネット。」
「ご苦労様でございました、魔王様。では、私はこれにて。」
 一礼して出て行こうとするホーネットの腕は、ランスにしっかりと掴まれていた。
「今夜は寝かさないって言っといたろ。まあいい。まずは話でもしようか。」
 ホーネットは不承不承ながらも妥協する事にした。立場上逆らえない上に、理も向こう側にある。
「はい、魔王様。」
 ランスはホーネットにベットに腰掛けるように促すと自分も座った。ホーネットは幾分かランスから距離を置いた場所に座った。静かな沈黙が二人の間に横たわる。
 その静寂を破ったのはランスだった。
「ところでホーネット。お前は人間界不干渉政策のあと何をするつもりだった?」 
「そ、それは……人間と魔物との共存を……」
「がははははは、そいつは無理ってもんだ。」
「無理ですか?! 父の……前々魔王ガイの描いた理想が。」
「無理だな。大体、人間同士ですらいがみ合っているってのに魔物と仲良くやれる人間なんざそうそういないってもんだ。」
「う……」
「それに、だな。それが本当にそいつの理想だったかも怪しいもんだ。」
「…な、なんですって!」
「魔王っていうのは何だ?」
「この大陸の覇者、最強の存在です。」
「では、魔王は誰が創った?」
「それは……やはり、神では?」
「そう、神だ。では、何故、神は魔王なんぞを創った?」
「そこまでは、わかりません。」
「では別の事を聞いてやろう。魔王としての血と力を全て受け入れた者は、例外無く残虐だったり、残酷だったり、狂暴だったりする。それは何の為だと思う?」
「え……そんな……うそ……」
「ガイなんかは、とても残酷な魔王だな。ジルの時代の人間は酷い目に会うのが当たり前だった。だから、酷い目に遭ってもあっさり諦められた。だが、ガイは、それが当たり前なんかじゃないと教えたんだ。」
「それが悪い事だと言うのですか?」
「それ自体は悪い事じゃない。だが、奴は世界が混乱するような仕掛けを残して逝きやがった。美樹ちゃんの事だ。」
「美樹様が……どういう事です?」
「魔人ってのは、総じて狂暴な連中が多い。それは、魔王の血の影響なんだが。お前でも戦闘の時なんかは血が騒ぐだろう。」
「はい、確かにそうですが。それがなにか?」
「人間界不干渉なんぞと言ったら、不平を感じた連中が叛乱を起こしかねないのは目に見えていたろう? 連中にとっちゃ暴れられないのは拷問に等しい。」
「そ…それは、バークスハムさえ生きていてくれれば……」
「力でしか押えられんのなら、いずれ爆発する。それに、美樹ちゃんが魔王として覚醒したとしたら……」
「美樹様の優しい心根とこの世界の対立構図を超越した視点なら、きっと人魔共存が…」
「この世界とは元々何の関係もないんだから、きっと思う存分に血の命ずるまま破壊と殺戮を撒き散らすだろうな。余計なしがらみもない事だろうし。」
「あ……」
「つまり、どっちに転んでも地上は混乱するって訳だ。」
「それなら、何故貴方はそうならないのです?」
「俺様は、普段は魔王の力を抑え目にしてる。そうして、血の呪縛を抑え込んでいるって訳だ。しかし、娘にそんな簡単な事も教えないで捨て駒扱いするとは酷い奴だ。」
「捨て駒……ですか?」
「ああ、捨て駒だ。お前が教えられていた人魔共存なんて嘘っぱちだ。」
 ホーネットは否定したかった。だが、ランスの言葉は不思議なまでの説得力と嘘を許さぬ峻烈さを兼ね備えていてそれを許さなかった。口から出せぬ言葉が涙になってこぼれ出す。流れる涙を拭う事も出来ずに立ち尽くすホーネットの涙を拭って抱き寄せ、耳元でそっと囁いた。
「俺様が拾ってやる。お前も、お前の夢も。」
 ハッとした。声は耳に舌を這わせながら甘く囁きかける。
「俺様の女になれ。そうしたら、人魔共存もいつか実現してやる。お前が本当にそれを望むのならな。」
「私が…本当に…望む事……?」
「がははは、そうだ。こうしてるのは嫌か? ん?」
 がっしりした胸はホーネットの頭を心地好く受け止めてくれていた。この温もりを今失う事には抵抗があった。
「そ、そんな。嫌じゃないです。」
「お前って、ホント照れると反応が可愛いのな。普段は楚々とした美人の癖して。」
「な…」
 ホーネットは赤くなって言葉を失った。そのまま顔を近づけて行く。
 今度のキスはホーネットからだった。そして、ゆっくりとベッドに倒れ込んでいく。二人折り重なったままで……。


 6ヶ所ある城一つにつき1万。国境沿いの要所3ヶ所に5千ずつの守備兵を置き、後は拠点となる地点に戦力を集中配備する。ランスは、そういう風に戦力配置をするように命じた。当座はケイブリスの城と魔王城に10万ずつを配置する事になる。南方勤務を命じられた魔人はガング、カイト、メガラス、レッドアイ、ガルティアの5名である。他方、北方勤務を命じられた魔人は全員が女性である。あからさまな人事ではあるが、それを口にする者は誰もいない。
 ランスが作成した計画通りに魔王軍の人員が再配置を開始した。それは10月3週、人間界への侵攻まであと1ヶ月に迫った秋の日の事だった。


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 タイトルには出てますが、やはりアリオスも扱いが悪いです。今回はホーネット書くのに苦労してます。……苦労した割りに出来は良くないかもしれませんが(苦笑)。
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