鬼畜魔王ランス伝
第22話 「値引き交渉」 「で、この手紙をマリス様に届けてくればいいのね。」 「おう。俺様はここで待っているからな。くれぐれも、話がまとまる前にリアが俺様に会いに来たら駄目だと念を押しておけ。」 「うん、わかった。でも大丈夫? マリス様なら……」 「がはははは、任せとけ。そいつを見たら、いくらマリスでも妥協せざるをえん。」 リーザスの城下町の片隅にある安宿。その一室でランスはいつもの豪快な笑い声を上げた。 「ちょ、ちょ、ちょっと。そんなに騒いだら……」 かなみが慌てた声を上げた。 「心配するな。マリスの事だから俺様がどこにいるかぐらいは判ってるはずだ。」 「う……。それじゃ私がマリス様に会う前に消される危険が高いって事じゃないの!」 「どの道、かなみが無事に俺様の元に戻らなければ、俺様は手紙に書いた内容の事を実行するからな。あいつらが手紙を見ようが見まいが。だから心配はいらん。」 「そ、その手紙って、どういう内容?」 怖い物見たさで怖々訊ねるかなみに、ランスは事も無げに答えた。 「そうだな。こっちの言い分を聞かなかった場合、リアを離縁した上に死ぬまで流刑にするって書いてある。」 「それって……」 「まあ、ほぼ100%マリスが言う事を聞かん事はないだろ。ここまでやれば。」 かなみの全身を冷や汗がダラダラ流れて不快だが、この先の困難に比べれば何という事はない。こんな手紙をマリス様の元へ持って行ったりしたら……いや、それだけならまだいい。リア様に手紙の内容が知れたら……と思うとゾッとする思いがかなみの心臓を鷲掴みにした。パクパクと口だけが動くが、声がうまく出てこない。 「多分、その場で承諾するか、条件を有利にする為にマリス自身がやって来るかのどっちかだな。あいつならアクシデントでも起きなければ、リアに知らせる前に交渉をまとめようとするはずだ。」 「そう……ね。内容が内容だもんね。」 「じゃ、行って来い。しくじるなよ?」 その声には答えず、かなみは姿を消した。裏通りに面した狭い窓から屋根、屋根から屋根へと伝って去る気配。それを追う気配。そして、変らずこの部屋の周辺に潜む気配。 『しっかし大丈夫かな、かなみの奴。こういう手は慣れてないみたいだしな。』 そう。マリスが張らせた警戒網が意外と優秀だった為、知らん振りしてリアが押しかけるのを防ぐ意味でこういう方法を取ったのだ。当然二人とも部屋の周囲に潜んで盗み聞きをしている連中には気付いていて、それを逆に利用したのだ。 ちなみに、ランスが提示した選択肢にリーザスがかなみを手放さずに済む方法は一つだけあった。それは、ランスがリアに会わずに魔王領に戻る事だ。 「さて、どういう答えを返してきやがるかな、あの女狐。」 そう言って粗末なベッドに寝転がったランスの口元には、いかにも楽しそうな笑みが浮かんでいた。あたかも、強敵と向き合っている時のように。 「お待たせいたしましたランス王。」 「おう、早いな。」 小一時間も経たないうちに宿屋のランスが借りている一室に現れたマリスを、ランスはベッドに寝転んだまま迎え入れた。戸に鍵もかけずに寝転がっているランスに軽く呆れるが、その程度では驚くにも当たらないと思い直す。何せ、相手は魔王だ。滅多な事では傷付く事はありえない。周囲に伏せてあるマリス配下の忍者では、虚を突いてすら足止めさえ難しい存在である。納得すると、今まで考えていた事を顔にも声にも出さずに言葉を繋ぐ。急いで話をまとめなければならない事があるのだ。それも可能な限り有利に。 「その前に場所を変えませんか? ここでは落ち着かないでしょう。」 「別に長くかかる話でもないし、かまわん。」 マリスの提案は即時に却下された。ランスの側にしてみれば当然の選択ともいえるだけに、それに異を唱える訳にもいかない。この程度の事で話をこじれさせては、本題に入る前にややこしい事になりかねない。 「王の出された条件について細かい条件の確認をしたいのですが。」 「ほう、言ってみろ。」 ランスはそら来たとでもいう表情をしたが、マリスは見なかった事にして話を続ける。ここで議論が中断したら困るのは自分……いや、リア様だ。 「ここねっ! ダーリン!!」 そう言って乱入して来た人物がドアから一目散に走り寄りランスに抱きついたのは、マリスが巧みな話術で、かなみがランスの元に移籍するのと引き換えにリアに魔王の正妻としての権利と待遇を保証させる直前であった。乱入者によってランスは我に返り、自分が行った発言について慎重にチェックをする事ができた。 『ふう、やばかった。もう少しで言質をやるとこだった。だが……』 口元に笑みを浮かべたランスとは対称的に、マリスは内心で激しく泣きたい気分になっていた。それを顔色に出さないのは流石ではあるが。 『リア様……あと5分、いや3分だけいただけていれば……』 ともあれ、リアの乱入は形勢に決定的な影響を与えていた。最早マリスの才覚でさえ逆転が困難なまでに。 「リアがここに来たという事は、かなみは俺様の直属に移籍するって事でいいな。」 「はい、ランス王。」 交渉が妥結される前にリアがランスに会いに来たからには、破局を避ける手段は1つしか残されていない。マリスは最悪の未来を避ける為に妥協せざるを得なかった。 「で、リア。どうしてここがわかった?」 「そ、それは……」 「マリスには聞いてない。」 何とかフォローしようというマリスの心遣いはランスの一言で封じられてしまった。 「かなみに聞いたの。」 「ほう、あいつが良くしゃべったな。」 感心したようなランスの口調に気を良くしたリアが、ついつい聞き出した方法について口を滑らせてしまった。 「うん。縛り上げて媚薬塗ってイタズラしたの。流石にしぶとかったけど。」 ここで一言。忍者という者達が拷問で口を割る事は滅多にない。かなみも当然そういう訓練を受けている。にも関らずランスの居場所について話したのは、ランスの指示によるものだ。さらに、マリスはかなみに口止めしてはいたが、かなみの主君はマリスではなくてリアである。上司であるマリスの指示よりもリアの意が優先されてしまうのは、ある意味で仕方がない事である。それでも拷問で追い詰められるまで口を割らなかったのは、かなみの義理堅さを物語っている。 しかし、そういう感慨を超えて……このリアの一言は致命的に近い意味を持っていた。 『なにも、ご自身でお認めにならなくても……』 マリスの内心は集中豪雨に見舞われていたが、ここは被害を最小限に抑えるべく働かなくてはならない。 「ランス王……」 その先を封じるようにランスが発言する。 「って事は……手紙に書いていた条件は履行不能になったって事だよな?」 「はい、ランス王。しかし……」 「しかしもかかしもない。今回離縁と流刑は勘弁してやるが、相応のペナルティはもらうぞ?」 「はい、それはどのような。」 マリスはこれ以上の抗戦を諦めた。今回は最悪の事態を脱する事ができただけでも良しとするしかない、と。 「離縁って何よ! 離縁って!」 ランスは気に障る言葉を聞いていきり立つリアにはかまわず、マリスに命じた。 「それについては後だ。城に行く。同行しろ。」 「はい、ランス王。」 「リアも行く〜〜!」 飛行するため抱き上げたマリスを見て羨ましがるリア。仕方なく二人とも抱いて飛ぶ事にする。右腕にリア、左腕にマリスを抱える格好になり、いささか座りが悪い。 「行くぞ。しっかり掴まってろ。」 言った途端に真上に飛んでいる。邪魔な屋根は激突寸前にランスが発した魔力の爆発で消し飛ばされてしまって障害とはならない。 リーザス城まで一直線に飛行する魔王一行が立ち去った後には、天井が破壊された時の余波で気絶した忍者が同僚の手で回収されているなどという光景が展開されていた。 「がははははは。いい格好だな。かなみ。」 リアの部屋で縛られていたかなみを見て大声で笑う。全身を縄抜け出来ないよう念入りに縛られ、鞭で叩いた痕や敏感な場所なんかに媚薬を塗り込まれて荒い息を立てているかなみを見て笑えるのだから、この男……ランスの神経も相当なものだ。最も、かなみがまだ深刻な精神ダメージを受けている様子じゃないのも手伝っているのかもしれないが。 「なによ。人の不幸を見て笑……むぐっ」 かなみの唇は抱き上げたランスによって塞がれた。更に、媚薬を塗られた個所を撫でられる。丹念に優しく。 「む……むぐぐぅ……むぐぅ……」 愛撫は優しいが、もどかしさも同居している。更に言葉を封じられているのは拷問に等しく苦しい。だが、しかし、にも関らず……いや、だからこそ引き出される快感もあるという事をかなみは自覚せざるを得なかった。媚薬の効果で躰の感覚が狂わされているのだとしても。 『う、こんなんじゃ変態じゃない。そんなの……』 「ああ、いいっ!」 ようやく離れた唇から絶叫を搾り出すと、かなみはぐったりとなった。どうやら軽くイッたらしい。 「次はリアの番〜!」 明るく話し掛けるリアに、ランスがそっけなく答える。 「俺様がまだ出してないだろうが。それに薬の効果も抜けてないし。」 「ダーリンの意地悪っ。これでも我慢するの大変なんだよ。」 「元はと言えば、お前が妖しげな媚薬なんぞ使うからいけないんじゃないか。」 「うー、だって……」 そういう遣り取りの間にもかなみの躰はハイパー兵器一本で固定される。腰が1回動く毎に躰が快感に痙攣するが、次の刺激があっさり気絶するのを許さない。 そんな拷問に等しい時間は、ランスがハイパー兵器を発射する事で終わりを告げた。躰の中からじわりと広がる暖かさが火照りを拭い去り、気だるい心地好さをもたらす。何時の間にかランスにピトッてくっついたままウトウトしかけていたかなみを呼び覚ましたのは、嫉妬心丸出しのリアの絶叫だった。 「いつまでくっついてるのよ! 次はリアの番なんだから!」 「あーうるさい。リア、俺様がお前の相手する前にやらなきゃならん事があるだろ、お前には。」 面倒臭そうに言うランスの言葉を聞いて、リアはようやくしなければならない事を思い出した。 「ごめんなさいダーリン。リアが、リアがいけない子でした。」 そんなリアの眼前に抜き身の剣が突き付けられる。桃色の刀身の剣が。 「謝る相手が違うだろ。」 素っ気無い返事。その返事にリアの両目から涙が溢れてきた。いや、変わり果てた恋敵の姿が涙の理由かもしれない。 「ごめん……シィル……ごめんね……」 「いえ、リア様。そんなに思いつめないで下さい。もう気にしてませんから。」 「なんで、どうして許してくれるの? もう人間に戻れないのに……」 「リア様が本気で謝っていらっしゃるから。そんな人を罵倒するなんてできませんよ。それに……例え剣でもランス様の傍にいられるから……気にしてませんよ、私は。」 「ふっふえ……あーん。」 泣き出したリアを抱き抱えてあやす。と、思いきや早速押し倒す。といってもしがみ付いて離れないので、必然的に体位も限られるが。 「がはははは。じゃあ、良い子にお待ちかねの御褒美だ。」 ランスとそのハイパー兵器がリアを満足させ、黙らせるまでには日付が変わる程の時間を要した。その間、何度も軽く気絶したが根性で復活し続けたリアは、いい加減に精根尽きて安らかに眠っている。満足そうな顔で。 「でだ、かなみ。お前は正式に俺様の直属の忍びになった。」 「はい。」 声はいくぶんか暗い。紆余曲折はあったにせよ、今まで尽くしてきたリーザス王国から捨てられてしまったのだ。その原因になった男にこれから仕えねばならないのも気分を重くする要因の一つではあるが……。 「そこで、選ばせてやる。俺様に付いて来るか、それとも辞めるか。」 「へっ?」 かなみは呆けた返事を返したまま固まってしまった。そう、意外も意外な申し出だったのだ。てっきり問答無用で扱き使われるものと決めてかかっていたかなみの思考は、たっぷり5分間に渡ってフリーズした。 「おい、かなみ、しっかりしやがれ。おい。」 気が付いた時には、乱暴に肩を揺すられていた。気遣う言葉もぶっきらぼうな口調で、ともすると罵声と間違えかねない。 良く考えてみれば意外でも何でもないかもしれない。ランスは自分自身で決めろと言っていた。今回の件は結論を出す前に選択がし易い環境を整えるといった面があったのかもしれない。今までのしがらみや任務なんかに関係なく自分の道を選べるようにと。 我侭なまでに自分の意志を押し通す。他人の思惑なんか気にしないで我が道を行くランス。それとは対称的に“任務”の2文字だけを免罪符に気の進まない汚れ仕事をこなしていた自分。任務だから仕方ないと割り切ったハズなのに、割り切れない気持ちが積もっていってどうしようもなくなりそうだった自分。 そんな自分にランスから贈られた機会。生まれて初めて我侭を言っても許される機会。 そんな機会に、そして、それを贈ってくれたランスに涙が出そうなほど嬉しくなった。 連れて行ってくれるのなら、手を差し伸べてくれるのなら……そんな戸惑いに満ちた沈黙が二人を……いや、かなみを包んでいた。 だが、 「つまらん。」 一言告げると、ランスは踵を返した。部屋の入り口に向かって歩み去って行く。 手は差し伸べられなかった。 あくまでも。 答えが見つかった訳じゃない。気持ちの整理が出来た訳じゃない。だけど、立ち去ろうとするランスを見たかなみの躰はランスに抱き付いていた。かなみの頭の中の考えを全てすっ飛ばして。 「えっ? え? え?」 自分の行動に一番戸惑ったのはかなみ自身だ。だが、そんなかなみの困った表情を覗き込んでランスは爆笑した。 「がははははははは。躰は正直じゃねえか、かなみ。」 「ちょっと。やめてよ、その言い方。誤解されるじゃないの。」 顔がほんのり赤くなるが、照れてるのか怒ってるのか分らない。ことに優しく抱き返されて頬が緩んでいるとあっては言葉にも迫力がどうしても欠ける。 「俺様に付いて来るって事の意味……分ってるな。」 突然真顔になるランス。それにつられてかなみの顔も真剣なものになる。 「うん。分ってる。」 「後悔はしないな?」 「後悔はすると思うけど……お願い。」 無意識に縋り付いてた自分、考える前に抱きついた自分に、かなみはこう思ったのだ。 『多分、ここで踏ん切りつけないと後でもっと後悔する』 そんなかなみの覚悟を見てランスも覚悟を決めた。 「がははははは。行くぞ。」 <カプッ> かなみの首筋にランスの牙が突き立てられ、“血”が注ぎ込まれて行く。新たに自分の分身たる魔人へとするために。 「フェリス。俺様たちを守れ。」 「はい、マスター。」 自分の部屋……寝室に移動したランスは、ベッドにかなみを寝かせると自分も寝る事にした。フェリスに護りを任せて。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ と、こうなりました。魔王軍の侵攻開始までには、まだ話数がかかりそうです(笑)。寄り道多いですしね、この作品は。では、今回はこの辺で。 |
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