鬼畜魔王ランス伝
第30話 「戦い終わって、日が暮れて」 マリアにとっての至福の時間。 ランスと二人っきりでの空の旅。 しかも、快調な自分の作品で。 そんな時間にも終わりの時はやって来る。 皮肉にも、高性能に仕上げられたチューリップ4号改は、その至福の時間を1時間に満たない時間に縮めてしまった。 痛し痒しって状況である。 マリアは、とにかく4号改の能力が予定以上だった事に満足して、それ以外の事態に起こったであろう事についての想像を頭から閉め出した。 考えても仕方の無い事だからである。 チューリップ4号改は夕暮れの光の中で、多数の魔物が集まっている所へゆっくりと着陸した。ホバリングしながらのゆっくりとした着陸だったので、着陸地点にいた魔物達は全員が逃げ出す事ができた。 ゼス国の国境にある魔路埜要塞。その要塞に3個所ある大きな関門のうち、魔物の軍が占拠した1つにマリアはチューリップ4号改を着陸させた。 そこにレッドアイだったもの……闘神ガンマのボディがあったのを見つけたからだ。 「どこだ? レッドアイ」 ランスは、口で呼ばわるのと同時に念波を飛ばす。声と念波のどちらに反応したのか分らないが、闘神の残骸の足元に転がっている赤い玉……魔血魂から弱々しい念が発せられた。 「魔王様。ミーをヘルプしてプリーズ。」 ガシッとランスの手がレッドアイを鷲掴みにして顔の前まで持ってくる。 「何でもします。魔王様の敵はミーがオールでキルでジェノサイドするね。だから、どんな魔物にでもいいからミーを埋め込んでプリーズ。」 哀願口調で訴えるレッドアイを無視して、ランスは目下の懸案事項について質問した。 「ロナちゃんはどうした?」 その質問を聞いたレッドアイは困った。正直に答えては初期化されるのは目に見えている。かと言って、間違っても誤魔化せるような相手では無い。 困って黙り込んだレッドアイ。だが、正直言って彼には選択肢など残されていなかったのだ。自分の才覚で何とか選択肢を増やさない限りは。それに気付かなかったレッドアイは、初期化されてしまった。 それから1分間の沈黙の後に。 「なに……ロナちゃんが死んでただと……馬鹿が……」 レッドアイを初期化したランスは、その魔血魂からだいたいの状況を知った。その状況がランスの顔を厳しいものへと変える。 「マリア。お前は闘神のボディを回収しとけ。」 「わかったわ。」 付き合いの長いマリアは、余計な言葉を言わずに承知した。こういう場合に余計な言葉をかけられるのをランスが酷く嫌うのを知っているからだ。それでも余計な一言を言って叩かれていた人は、今は剣になっている。 「ランス様……」 「うるさい。シィル、黙れ。」 いつもの掛け合いだ。マリアはちょっとだけ安心した。この遣り取りができるという事は、ランスの精神状態はそんなに深刻な状態じゃない。 「魔物将軍どもは1万ずつを率いて要塞を横から破壊して行け。北側を破壊する部隊と南側を破壊する部隊の2部隊でかかれ。次に、骨の森に1万出して城までの補給路を確保しろ。あとの残りはここで防御だ。」 ランスの指示は残虐ではないが、かなり容赦が無い。人間が数に勝る魔物の侵攻を抑えるのに貢献した防御陣地を破壊しておこうというのである。当然ながら自分達もその恩恵にあずかれなくなるのだが。 「では、俺様は骨の森に寄ってから帰る。お前らは別命あるまでは俺様の指示に従って行動しろ。いいな。」 更に、それに続けて、ランスがマリアの尻を撫で上げながら 「帰ったらちゃんと身体洗っておけよ。御褒美に可愛がってやるからな。がははは。」 と言って飛び去る時には、普段の不敵な笑顔を取り戻していた。 自分のお尻を撫でる前より、撫でた後の方が表情が幾分か明るかった事が、無性に嬉しかったマリアであった。……かなり恥ずかしかったけど。 宵の口。 日が没したにも関わらず、未だ光を失わぬ蒼い闇が空を覆う時。 そんな時間にランスは骨の森に着いた。 足元に転がる屍の山はまだ真新しく、殺されてからそんなに時間がたっていない事を示していた。掃除屋とも言われる屍食らいが未だ現れていない事もそれを裏付けている。 そんな屍の山の中から、ランスは目的のモノを見出した。 苦悶と絶望を顔に浮かべた少女の遺体を。 腹に剣を刺して捻ったとおぼしき刀傷に残されていた“気”から、ランスは犯人の目星をつけた。 それは、健太郎の気に酷似していたのだ。 「野郎……どこまで腐ってやがる……」 ランスの口から激しい歯軋りが漏れる。 見開かれたロナの目を閉じてやり、魔法を発動する。 「火炎流石弾!」 レッドアイの魔血魂から吸収した能力によって使えるようになった呪文だ。もっとも、ランスが使うには“魔王の力”をかなり解放しなければならないので、おいそれと使えるような魔法ではない。 激しい炎が満遍なく降りそそぎ、辺り一面に積み上げられた死体の山を火葬にする。灰すらも残らぬほどの火力で。 「どこだ……野郎……まだ遠くには行ってないハズだ。」 周囲の気配を探るが、全くそれらしい気配は見当たらない。健太郎だけではなく、魔剣カオスの気配も……である。 「おかしい……何かの気配がしてもいいようなもんだが……」 こうまで気配がないと、逆に不安になる。 「フェリス!」 「はい、マスター。」 呼び声に答えて現れる魔人フェリス。彼女は、死体を焼く炎で出来たランスの足元の影から現われ出でた。 「ますぞえの魔血魂をお持ちしました。」 「ご苦労……って、お前今までどうしていた!?」 近くにいなかったにも関わらず、呼ばれるとすぐに出て来たフェリスに疑問を投げかける。しかも、フェリスに用を言い付けたのはだいぶ前の時間のハズだ。 「はい。魔血魂の回収に成功した後に魔王城に戻ってみるとお留守でしたので、魔王様からの“呼びかけ”を目印に“跳ばせて”いただきました。」 「その“跳ぶ”って……」 「瞬間移動の事でございます。」 ようやく納得がいった。つまり、ランスが何処に居るか分らないので、呼ばれるのを待ち構えて瞬間移動でそこに移動したというのだ。 「ところで、この付近に健太郎が居るハズだ。探せ。」 ますぞえの魔血魂を奪い取るようにフェリスの手から受け取ると、そのまま速攻で初期化する。一切の逡巡も容赦もなしに。 「はい、マスター。」 フェリスはその答えを残してランスの影へと消えた。 その頃、魔の森をケッセルリンクの城を大きく南に迂回して突っ切る人間が居た。 言わずと知れた我らの殺人鬼。腐った根性と歪んだ性格を兼ね備えるようになってしまった美青年剣士、小川健太郎である。 この世界に来た当初の甘い風貌は見る影も無く、獰猛な薄ら笑いとギラギラした殺気丸出しの眼光で、人を……いや、魔物でさえ寄せ付けない雰囲気を纏っている。 普通、こんな殺気丸出しの人間が魔王の……いや、卓越した戦士であるランスの感覚から逃げおおせられる訳は無い。しかし…… 『ふぅ、危ない。今、魔王と遭遇させる訳にいかぬからな。』 健太郎の頭の中に棲んでいるエンジェルナイトのニアが、健太郎の気配を感知できないようにする穏行術を使っているのだ。悪魔や魔王に対しても有効な術だが、あいにく直接目視されるのまでは防げない。 『さて、見つからなければ良いのだが……』 宿主にも内緒で穏行術を使ったニアは、密かに神に祈った。魔王に見つかりませんように……と。 魔王が近くに居る事を知れば、この男は見境無しに挑みかかる恐れがあったからだ。 いい加減のところで氷の術を用いて火事になる前に火を消し止めたランスは、 「申し訳ありません、マスター。見つかりませんでした。」 とのフェリスの報告を受けた。 「それじゃあ、失敗したツケを払ってもらわんとなあ。」 フェリスににじり寄るランス。フェリスは何やら覚悟しているらしく目をつぶって耐えている。が、しかし、ランスの行動はフェリスの予想を超えていた。いや、ある意味では正しかったのであるが……。 フェリスの眼前に仁王立ちになったランスは、こう言ったのである。 「俺様をお前が気持ち良くしろ。」 と。しかも 「手と魔法を使わずにな。がははははは。」 なんていう事を……だ。 その夜、フェリスは泣いて謝るまで許して貰えなかった。 2時間かけて、ようやくランスに許して貰えたフェリスが全身を快感で弛緩させて気絶した事は言うまでもない……かな? なお、なんだかんだで帰りが遅くなった事で、マリアの機嫌が悪くなった事を付記しておこう。もっとも、ランスが魔王城に帰るなりマリアを押し倒したので、たいした問題にもならずに終わったのだが。 翌日、マリア工場。ランスは昨日に続いてここを訪れていた。 「おい! 闘神の調子はどうだ?」 「う〜ん。良く判らないけど……とにかく、いい加減な整備状態で動かしてきたみたいだから一回本格的に分解整備しないと。」 まあ、レッドアイが寄生して操ってたんだから当然と言えば当然な話だ。 「そうか。」 「それにね。多分制御中枢とか動力部分だと思う部分なんだけど……全然解らないの。今の方式とかなり異なる技術が使われてるみたいで。」 聖魔教団時代の魔法技術には現代では失われた技術体系が存在していたため、いくら現代科学の最先端の技術と魔法工学の第一人者を兼ねるマリア・カスタードとはいえども解らないのは仕方が無い。 「ふっふっふっ……このマリア様が解らない技術なんて、いい度胸してるじゃないの。」 キランと光る眼鏡を直し、片手にスパナを携えて闘神のボディに向き直る。その背には異様なまでのオーラが漲っている。 「おい。新しい玩具に気を取られるのもいいが、戦艦の方はどうなってる?」 その言葉を聞いて素に返るマリア。何やら恥ずかしげだ。 「う〜んと……船体の方はボチボチできたかな〜っと。」 ランスから視線を逸らしてそう言う。いや、恥ずかしいのでは無く、気まずいのだ。 「ほ〜う。で、中身は?」 「ん〜と、ぼちぼち。」 視線を逸らせたまま答える。冷や汗を流しているのが見て取れる。 「で、本当は?」 ランスの追撃は容赦無い。 「実は……あんまり……」 「ほ〜う。そうか。……つまり、俺様に嘘を言ったって事になるな。」 わきわきと手を動かしながらマリアに詰め寄っていくランス。顔がにへら〜っとしてるので何を考えてるかは一目瞭然である。 「あ……ほら、やめよ。ここって人目もあるし……」 人目がなかったらやってもいいんかいってツッコミは置いといて、その状況に待ったをかける人物が現れた。 「ランスさんっ!」 「おう、キサラちゃんか。どうした?」 その声に振り向いた時には、すでに何食わぬ顔に戻っている。……マリアは赤くなった顔で俯いているが。 「……はい。新しいカードの試作品が出来たのでお見せしようと思ったんですけど。お邪魔でしたでしょうか?」 「いや。見せてもらおう。今すぐか?」 速攻で承諾する。 「はい。ランスさんのご都合がよろしければ。」 この後に謁見の予定が入っていたが、ランスはそれをすっぱり忘れてキサラに付き合う事にした。忘れたのがわざとじゃないところが、いかにもランスらしいが……。 「と、いう訳で……マリア、この続きは後だ。闘神をいじるのはかまわんが、頭脳中枢だけは外しとけ。」 念の為、マリアに釘を刺しておくのは忘れてなかった。 「何でよ、ランス。頭脳中枢繋げなきゃわかんない事いっぱいあるのに……」 不満たらたらで反論するマリア。だが、 「こいつに動き出されたらかなわん。こんなとこで暴れ出したりなんかしたら無敵の俺様や魔人のお前達なんかはいいが、他の被害がでか過ぎる。」 「あ……」 そこでマリアもようやく思い出したようだ。目の前の闘神が人類を守る為に生み出された戦闘兵器だった事に。あのイラーピュでの時のように暴走されると確かにマズイ。 「わかったわ。じゃ、後でね。」 キサラの新カードの試験使用に付き合って、謁見の開始時間に遅れたランスはホーネットに溜息をつかれるハメになるのだが……それは余談である。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ うちのSSのランスは魔王のくせによく動き回ります。もうちょっと玉座でどっしりしてても……って、そりゃ似合わないか(苦笑)。 |
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