鬼畜魔王ランス伝
第35話 「夜戦」 RC1年12月2日。魔王軍メガラス部隊7万は、市民兵1500人が守備するパルナスをあっさり制圧した。メガラスは自軍から5千を割いてパルナスの守備と占領地の確保の為に残して、残りの6万5千でスードリ17の攻略に向かった。その進軍の早さは「最速の魔人」の二つ名にふさわしく、人間側の今後の戦略に微妙な影を落したのだった。 「早期にローレングラードを攻略する。これしかないわ。」 ヘルマン軍総参謀長クリーム・ガノブレードは居並ぶ諸将……とりわけ総司令官のヘルマン皇帝パットン・ミスナルジに進言した。 「どうしてこっちから仕掛けるんだ? 兵力はこっちの方が少ないんだろ?」 「敵が軍を二分してラング・バウを包囲する態勢を取りつつあるからよ。このまま持久戦になったら勝ち目がないわ。」 クリームの言はシンプルで素っ気無い。まあ、敵の戦略が単純ながらも効果的であるので、丁寧に説明する必要がないとも言えるのだが……。 「そうは言っても勝ち目の無い玉砕なんて御免こうむる。連中に勝つための策……」 <ズズゥゥゥゥゥン!> ヒューバートの台詞は、謎の轟音と話の途中でやってきた伝令の声に遮られた。 「報告します! 敵、魔王軍動き出しました。数は3万。どうやら今回も魔王ランスが指揮している模様です。」 伝令の報告で場は騒然とする。魔物を軍として統制するのが難しい夜に襲撃してくるとは、一晩は先遣部隊の再編成にかかる人類軍側の事情の足元を見たとしか思えない。 「ちっ。どの道、連中を撃退しないとヘルマンに未来はない……か。」 軍議のために天幕に集まっていた将軍たちは、三々五々自分の部隊へと駆け出していった。 その少し前のこと…… 人類軍の歩哨たちが3万の魔物に気付いた頃。 夜闇を音も無く切り裂き、人間たちに不運と死を撒き散らす使者が空から舞い降りた。 その名は、魔王ランス。 まず、ランスは敵陣内に勢い良く着地した。勢いが良過ぎてソニックブームが巻き起こるぐらいの速度で。ちょっとした立ち木でも折りかねないほどの暴風が起こり、その周囲の兵士達を薙ぎ倒した。 次に、メナドとキサラが健脚を活かして突撃する。彼女らが掻き回す事で、人類軍の混乱に拍車がかかる。ランスも魔剣シィルを抜き放ち、久々に人間相手に暴れ回る。将軍達の不在によって、組織的にではなく、個々に応戦せざるを得なかった不運な兵士達はどんどん切り倒されて行く。 こうして、いいだけ態勢を崩された人類軍は、ナギ部隊とアールコート部隊3万から放たれた魔法の斉射で息の根を止められていった。 人類側が態勢を立て直した時には、ヘルマン・リーザス連合軍5万8千は、4万5千にまで数を減らされていた。それだけではなく、混乱に乗じた魔人メナドの手によって、人類軍はアスカ、エレノア、カフェといった将軍を戦闘不能にされてしまった。 ランスから与えられた赤光の剣を縦横無尽に振るって驀進するメナドの前に立ちはだかったのは、聖刀の騎士リック・アディスンであった。 二人の視線がぶつかったのは、二人が互いに放った打ち込みが互いの斬撃に弾かれた後の事だった。 互いの目に宿る“意志の光”を確認した両雄は、無言で剣を走らせた。 ランスは逃げる兵士を切り殺し、命乞いをする兵士を切り殺し、勇敢に向かってくる兵士を剣の平で殴って気絶させる。ランスは、この3種をきっちり使い分けて屍の山を量産していく。……カルフェナイトみたいな女性兵士は例外無く殺さずに気絶させているが。 ランスが足を向けると、敵兵が恐怖でザザッと道を開ける。 それが面白くて、ランスは悠然と歩き出す。 最も敵が多い方向……つまり、本陣へと向かって。 夜は魔性の血が騒ぐ時間である。魔王軍の3万の魔物たちは、必死になって統制を保とうとするアールコートの支配力から逃れて暴走を始めた。もう一方の将帥たるナギには元から統御しようとする意識が欠けていたため……という事もあるのだが。 たぎる血の欲するまま、ひたすら真っ直ぐに突撃する魔物たちの頭には、ただ血と肉の発する生臭い臭気のみが充満していた。 それを受けて立つのは、ヒューバートとクリームとハンティが率いる精鋭部隊2万。この混乱した状況にもかかわらず、きっちり防柵の後ろに掘ってあった塹壕に隠れて待ち受ける根性がある部隊だ。彼らは、剣を…弓を…斧を…槍を…握り締め、その時をじっと待ち続けた。頭上を通り過ぎる無秩序な魔法攻撃をやり過しながら……。 キサラは最も苦手な敵と戦っていた。 皇帝直轄軍の格闘家兵団である。 キサラのキックの威力は、頑強な体格と重厚な鎧を誇るヘルマン装甲兵の頚骨を一撃で折れるレベルにまで達していた。だが、格闘慣れしている上に動き易い鎧を装備しているパットン配下の格闘兵ならば数発は耐える。普通に蹴ったぐらいでは、上手く捌かれてしまって1発や2発ぐらいでは致命傷にならないのだ。 足止めに徹する格闘兵たちに対して、キサラは目まぐるしく移動しながら一進一退の攻防を繰り広げた。 格闘のみで。 防柵に殺到した魔物の群れが一瞬動きを止める……その瞬間を狙って下されたクリームの号令に従って、塹壕から弩弓隊が飛び出して射撃を始める。 斉射3連。 矢を放ち終わった兵は後方に下がる。予定通りに。 それと時を同じくして防柵が各所で破壊され、突破される。 しかし、それは防柵の後ろに掘ってあった落とし穴という新たな牙に生贄を提供する結果となった。戦意だけが空回りしている魔物たちに、今度はハンティとフリークロボからの魔力弾の雨が降り注ぐ。弩弓隊の矢玉も降り注ぐ。 それでも抵抗を止めず突っ込んでくる魔物の群れを、塹壕から出てきたヒューバートの部隊が横合いから切り崩していった。 統制を失って暴走した3万の魔物は、ヘルマン精鋭部隊に3600人ほどの損害を与えたのと引き換えに全滅した。 メナドとリックの一騎討ちはメナド優勢で進んでいる。手数と早さで勝負する両者の技量は大きく開いてはいないが、今回メナドが使っている剣が明暗を決定付けていた。 魔剣バイロード。 歴代のリーザス赤の将に受け継がれるこの魔剣は、非常に軽く、決して折れない。 聖刀日光も素晴らしい業物ではあるのだが、リック自身が自身の得物より間合いの長い剣を持った相手と戦う経験が不足している事も手伝って、メナド相手に不利な戦いを展開せざるを得なかった。 勿論、周囲の兵は何とかリックを援護しようと試みたが、バイロードの長大な間合いの中に入った兵は全員が瞬時に両断された。何かをされたのも解らぬほどの刹那に。 それを見た全員は、リックだからこそ未だに立っていられるのだという事を悟ってゾッとした。 矢を撃ち込んだ者もいた。それらは、あるいは弾かれ、あるいは、かわされて逆にリックを傷付けそうになった。日光で辛うじて矢を弾いたリックは、それによって生まれた僅かな隙を突かれてバイロードの一撃を危うく受けそうになった。 事ここに至って、赤軍の騎士たちは、ようやく自分達がこの一騎討ちの邪魔にしかならない事を痛感させられたのだった。 キサラは、いかつい面のごつい男達に十重二十重に包囲されていた。 最早逃げ場はない。 フットワークを活かして引っ掻き回せるようなスペースもない。 おしくらまんじゅうをするかのように、ぴっちりと詰まった肉の壁は、空でも飛ばない限りは脱出不可能に思われた。 良く見ると縄だの網だのを持っている連中もいる。 見た目だけで言うと、三千人の悪人がか弱い女の子を追い詰めて捕まえて色々と口では言えない事をしようとしているとしか思えない光景である。 だが、キサラの口から出たのは、今現在の状況を無視しているとしか思えない不敵な台詞だった。 「おとなしく降参して逃げ出すなら、命だけは助けて差し上げますよ。どうです?」 その返事は……怒号と罵声と殺到する人波だった。まあ、当然だろうが。 押し寄せる肉の壁がキサラを押し潰す前に、膝を付き、掌を雪面に押し当てたキサラは一言叫んだ。 「爆裂!!」 こっそりとばら撒いていた魔導カードを起動させる「呪」の言の葉を。 三千人のごつい男達は炎に巻かれて吹き飛んだ。 極端に密集していたのが彼らの最大で最後の不運だった。 ランスの傍若無人な行進を阻める人間はいなかった。 運悪く前に立ってしまった者が、自身の命を代償にしたとても。 勇敢にも立ち向かった者が、自身の命を賭したとしても。 圧倒的な技量の差。 冗談のような実力の差。 そして、覇王であり魔王であるものの存在感が。 薄っぺらな覚悟などあっさりと粉砕して押し進んで行く。 クリームが、自身の周りを固める護衛兵が倒されたのに気付いた時には、彼女自身もゆっくりとくずおれて行った。 艶っぽい溜息を漏らして。 「“淫業波”か。アイゼルの野郎。便利な術持ってやがったな。まあ、自分に魅力がないから、こんな術でも無いと女をたらし込めなかったんだろうがな。がはははははは。」 魔法によってもたらされた全身を侵す快感に消耗させられたクリームはぐったりとなってランスの左腕に抱き抱えられた。 「「バイ・ラ・ウェイ!!」」 夜闇を裂いて2本の赤き剣閃が走る。 交差を繰り返す斬線は、その度に澄んだ音を響かせる。 何度も。何度も。何度も。何度も。 技が終わったのはメナドの方が早かった。そのメナドに向かってリックの渾身の一撃が打ち込まれる。バイ・ラ・ウェイの最後の一撃。切り返す度に加速するバイ・ラ・ウェイという技の性質上、最速で最強の一撃を。 しかし、その一撃は空を切った。 メナドが人間離れした跳躍力で飛び退った事によって。本来の武器バイロードでなら補足できた動きでも、間合いが比較的短い日光では捕える事ができなかった。 空振りで態勢を崩したリックは、メナドが再びバイ・ラ・ウェイを放ったのを全身で感じた時、己の死を覚悟した。 聖刀の騎士の敗北はすぐさま全軍に広まり、人類軍の士気は瓦解した。 それにより、全体的に見れば勝ってると言っても良い状況にある部隊も含めて、人類軍全軍が雪崩を打って潰走を始めたのだった。 帝都ラング・バウに向かって。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 何か……人間側ボロボロ。まあ、予定通りなんだけど(笑)。 |
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