鬼畜魔王ランス伝
第38話 「ヘルマン帝国最後の日」 敵の負傷者を後送する手筈を整えたアールコートは、出兵の準備を整える為に、後の指揮をメナドに任せて一足先にローレングラードに向かった。 そして、夜明け前には3万の兵を率いて出陣した。 救護部隊の到着を待たずに。 敗走する敵兵を狩りに行ったミルとナギが、東の空から合流する。 負傷者の収容と監視の手筈を整えてから追いかけてきたメナドが、時速100kmで爆走する(暴走させたとも言う)うし車に乗って合流する。 ともかく、編成時間と行軍時間のロスを劇的に削った魔王軍は、まだ朝と呼べる時刻にヘルマン帝国の首都ラング・バウに攻めかかったのだった。 人類側の期待と予測を裏切る早さで。 総参謀長クリームを欠いたヘルマン・リーザス連合軍は、アールコートの巧みな指揮によって市壁の各所で防衛線に穴を開けられていく。さらに、大手門で装甲兵を率いて奮戦するヒューバートもメナドに倒されて重傷を負ってしまった。これではいけないと、負傷を押して出陣した将軍たちも次々倒されていく。 そして、ついに城壁の外で待機している主力軍2万が突入する為の突破口が開かれようとした時、北側に位置していた魔物兵達がまとめて吹き飛んだ。 「ティィルピッツ!!」 無数の闇の矢……いや、槍ほどの太さと大きさを持つものを“矢”と呼ぶのが正しければ、だが……が魔物兵たちを串刺しにする。 「スーパーティーゲル!!」 巨大な闇の砲弾が大型モンスターを数匹まとめて押し潰す。 それらの魔法攻撃をかいくぐって接近戦を仕掛けてきたモンスター達の攻撃を強力な防御結界と強靭な装甲で弾き、鋼鉄の豪腕でそれらをまとめて薙ぎ倒した。 体高3mの鋼の巨神 牙持つ髑髏の顔を持つ 浮遊する台座の上に、細身の体躯が乗っている 強力無比な魔法を使う 細身の体躯に似合わぬ剛力を振るう かつて人類を統一し、魔王と魔人に挑んだ聖魔教団の最強最後の切り札。 闘神Ω(オメガ) 予想外の戦力に襲われた魔王軍左翼部隊は壊滅的なダメージを受けた。 異変に気付いたのは、やはり魔王軍の指揮を執っているアールコートが一番早かった。伝令から左翼部隊に痛打を与えた謎の巨神の知らせを聞いた彼女は、前線に出ている部隊に一時退却の指示を出して、自分は巨神の迎撃に向かった。 「メタルライン!」 アールコートは、初撃からそれ……レッドアイにも似た巨神……に自分が持つ最強の対単体魔法をぶつけた。手加減をして勝てる相手ではない事が最初から明白だからだ。しかし、アールコートが放った電撃魔法はオメガが展開した防御シールドにそらされて有効なダメージを与えられなかった。 「スーパーティーゲル!!」 逆に、オメガの放った巨大な闇の砲弾がアールコートを直撃した。あまりの威力に危うく撃墜されそうになるが、何とか踏み止まって反撃を試みる。 飛行魔法を活かした高機動戦闘で。 「ビスマルク!!」 「スノーレーザー!!」 オメガが放った炎の隕石が氷結光線とぶつかり合って、凄まじい水蒸気が発生する。 視界を遮る濃い霧が。 さらに、地面に向かってファイヤーレーザーを連射して、雪を蒸発させる事で霧を深めていく。 しかし、自分の指さえ見えぬ濃霧ですらアールコートの身を守る役には立たなかった。 オメガに魔力を探知するセンサーが備わっていたからだ。 「ケーニヒスティーゲル!!」 最後にオメガが放った漆黒の砲弾は、アールコートに向かって一直線に飛んで行き……桃色の落雷に貫かれ、四散した。 いや、落雷ではない。 闇の砲弾が四散した際の爆風で視界が晴れた事によって、それが何だったのかが明らかになった。 地面に突き立つピンク色の刀身の剣。 そして、それを投げた、美貌の女侍を左手に抱えた、空を飛ぶ緑の鎧の戦士。 魔物を統べる者。 24人の無敵の魔人の頂点に君臨するもの。 その名は、魔王ランス。 「お…うさま……」 「おう、助けに来たぞ。がはははははは。」 豪快に笑い、着地する。そんな魔王に対してオメガは身動きが出来なかった。 「日光さんはアールコートを頼む。」 小脇に抱いていた美女を地面に下ろして、安心感でへたりこんだ少女を優しく見やる。その間も全く隙らしい隙がなかった。……いや、確かに見た目は隙だらけと言えば隙だらけなのだが、付け入る事ができそうな隙を見つける事ができないのだ。 「ランス王、くれぐれも……」 「わかってるわかってる。」 心配そうに念を押す日光にランスは面倒臭そうに生返事をしながら闘神オメガに歩み寄って行く。途中でピンク色の魔剣シィルを地面から無造作に引き抜く。 その間もオメガはピクリとも動けなかった。 「まだ、こんなガラクタが残っていたとはな。驚きだぜ。」 「ガラクタとはなんじゃ、ガラクタとは。このオメガは最強の闘神じゃ。」 「まて、その声は聞き覚えが……そうか、爺さんか。」 そう。闘神オメガは闘将フリークだったのだ。 「そうじゃ。で、何の用じゃ。」 いっこうに攻撃を始めようとしない魔王をいぶかしんで質問をしてくるフリーク。それに対するランスの返答は、ある意味では破格ともいえるものだった。 「まあ、アールコートが押されるぐらいだからパワーはたいしたもんだな。……よし、爺さん。俺様の部下になる気はないか?」 「断る。」 フリークの返答は強い意志に裏打ちされていた。かつて人間世界全体のために魔王に挑んだ聖魔教団の一員だった者としての誇りが彼を支えていた。 「ふん。もうエネルギーもろくに残ってないだろうに強気だな。」 「……クッ…………」 かつて対戦した事がある闘神Υ(ユプシロン)が生贄から活動エネルギーを吸収していた事、そして、フリークがそういう行為を嫌っている事を知っているがゆえの推測であったのだが、思わず漏れた舌打ちは、ランスの言葉を肯定したも同然の返答となってしまった。その様子をうかがったランスは人の悪い笑みを浮かべた。 「それでもまだ諦めてない所を見ると、何かまだ隠してるな。……まあ、いい。ちょっと話に付き合え。」 殺意も何も見せずに気さくに話しかけてくる魔王に、フリークは薄気味悪いものを感じた。それは、今まで魔王という存在に対してフリークが抱いていたイメージを粉々に粉砕する行為だからである。 「何を企んでるんじゃ、おぬしは……」 その疑問には直ぐには答えず、フェリスを呼び出した。 「フェリス。俺様とこいつがいる場所をジャミングしろ。」 ジャミング。悪魔が使う空間操作技術を応用した対探知結界の一種である。ラサウムがいる悪魔界の所在が知られないように行き来する為の穏行術が基本の技術であるため、神側の探知を免れる事ができるという優れものの結界である。 「5分だけ維持できます、マスター。」 しかし、魔人となってパワーアップしたフェリスの魔力ですら長時間維持できない上、効果時間も不安定という欠点もある魔法である。 「さて、時間がないから手短に話すが、爺さんたちは人間を守るために魔王と戦ってるんだよな。闘神になってまで。」 「そうじゃ。それが何か?」 「俺様は魔王を人間の敵にしたヤツ。つまり魔王を創ったヤツが気に食わない。そこで、ヤツをぶちのめす事にした。爺さんの力を貸せ。」 フリークは面食らった。思ってもみなかった申し出だったからだ。 「ちょ、ちょ、ちょっと待て。お前さん、何でそんな事を……」 「……魔王になってから、ときたま頭の中で五月蝿くてな。人間を殺せだの、犯せだのなんて、色々とな。まあ、どうやら魔王の“血”に埋め込まれてる“神からの命令”が俺様の心に干渉しているらしいんだが……」 フリークの目は点になっている。いや、視覚器官が上手く働いてないらしく、目眩を覚えた。あまりに意外でスケールの大きな話に混乱した頭脳が軽い機能障害を引き起こしているらしい。 「冗談じゃねえ!! 俺様に命令するなんて、たとえ神さんでも許せん!!」 シィルで足元の露出してしまった地面を乱暴に叩く。無意識にこもっていた気が爆発して地面を抉り取る。それで、飛び散った土砂が結界にぶつかってチリチリと音を立て、地面に落ちるが、そんな事までランスは気にしない。 「という訳だ。1分以内に答えろ。」 「急にそう言われても……」 戸惑う闘神オメガ……フリークの動きは止まっているが、別のものが動いた。 「マスター。神側の干渉により、結界があと30秒しか維持できません。」 大方、結界の中の様子が気になったルドラサウムに要請されたプランナーが結界の除去要員を派遣したのだろう。フェリスの報告はけっこう切羽詰まったものだった。 「まあいい、ヤバイ話は終わったから解除しろ。」 「はい、マスター。」 幾分か安心したような口調の返事とともに結界が解除された途端、微妙に歪んでた周囲の風景も普通に戻る。 それと同時に、魔王の鋭い感覚と闘神の優秀なセンサーは天使が近くに潜んでいるのを察知した。が、どうやら結界が再展開されないようだと見極めると姿を隠したかの如く見えなくなった。 「……なるほど。どうやらお前さんの話に嘘はないようじゃな。」 フリークがそう答える事ができたのは、かれこれ30分後の事だった。 アールコートが時間を稼いでいるうちに退却に成功した自軍にフリーク(闘神オメガ)を預け、ランスは剣一本帯びぬ姿で、独りで城市の大手門へと向かった。 門を守備するのは、負傷で病院に担ぎ込まれた親友ヒューバートの代わりに、この最重要地点の防衛指揮の陣頭に立つ事になったヘルマン皇帝パットン。ただし、本来パットン直属の近衛部隊であった格闘兵団はキサラの手によって壊滅させられたため、残存の装甲兵を指揮している。 普通、ここまで追い込まれれば皇宮の中に篭城する方が純軍事的には有利な事は確かなのだが、パットンは敢えて市街全域を防衛する方針を採った。 ラング・バウには、まだ避難できていない市民や避難しようにもできない市民たちがいる。皇宮に彼等を全員収容する事が無理な以上は、城壁を利して敵を撃退した方が良い。 そう考えたからだった。 しかし、作戦立案能力の低下や有能な将軍の脱落による指揮能力の低下、何より士気の低下によってヘルマン・リーザス連合軍は壊滅的な被害を受けてしまった。 この市門を抜かれると、もう対応できる兵は残っていない。 ヘルマン皇宮の警備兵すらほとんど前線に投入しているほど、人類側は追い詰められていたのだった。 門扉が黒色破壊光線で破壊されてしまった為、重装甲の騎士が門を固めてはいたが、ランスが歩み寄るに連れてゆっくりと隊列が乱れていく。時折、我慢し切れなくなった兵が無謀にもランスに斬りかかるが、その全員が最初からランスの気合いに飲まれてしまっているせいか、ひとりの例外もなく顎を横に一撫でされただけであっさり昏倒している。 そして、十歩も歩けば人垣に当たるような距離で歩みを止めると、大音声で通告した。 「がははははは。よく聞け愚民ども。俺様は寛大にもお前らヘルマンとリーザスが降伏するなら、お前らの命ぐらいは助けてやる事に決めた。」 なんて内容の通告を。 「さあ、答えやがれぇ! がっはっはっはっはっ!」 当然の事ながら色めき立つ人類軍陣営。だが、散々目の前で見せられた魔王の実力の片鱗に足が竦んで中々攻めかかる事ができない。 また、魔王軍陣営でも、日光が頭を抱え、フリークが嘆息し、メナドが聞いた瞬間には呆れたけれどリーザス王即位の時の演説を思い出して納得した顔になる……などといった事が起こった。当然ながら、ランスを絶対視しているアールコートは、これも挑発行動という作戦と読んで、いつでも部隊を動かせるような態勢をとる。 「命ぐらいは…だとぉ。」 パットンが自分の部隊を掻き分けるように前へ出て来る。 その肩は、いや、全身は怒りにぶるぶる震えている。 「おう。おっと、そうだなぁ……洗脳したり、拷問したりはナシにしてやる。てめえがリーザスでやった事に比べれば100倍マシだな。がははははは。」 かつてパットン率いるヘルマン第3軍が魔人と組んでリーザスを占領した時、捕まえたリーザス軍を洗脳して残党狩りをさせた事を揶揄しているのだ。これによって、あまり丈夫じゃないパットンの堪忍袋の緒が切れた。 「ふざけんな!! うぉぉぉぉぉぉお! 武舞乱舞!!」 気合いの声も高らかに、パットンがランスに突進する。 身体中に巡らされた気は、ただでさえ高いパットンの身体能力を限界ギリギリまで増幅し、土煙を蹴立てて突き進む。 両手の拳に闘気を集中し、残像を残すほどの速度で駆けるパットンは、一気にその右拳をランスの顔面に向けて放った。 が、途中でその手首を外側に弾かれ、体勢が崩される。それでも左拳を身体を無理矢理捻って繰り出す。しかし、その拳は右掌で受け止められ、そのまま振り上げるように腕一本で無造作に持ち上げられ……城壁に向かって投げつけられた。 <ズシャシャシャシャシャャャ……ズズゥゥン> 地面と雪面を滑ったパットンの身体は、頑丈な石壁にぶつかってやっと止まった。 「ぐ……ぅぅ……くそっ……」 呆れた事に、未だ息があるらしい。 ボロボロになりながらも、ヨロヨロと立ち上がる。 そんなパットンの傍らに、突然黒髪の女性が現れた。 「馬鹿っ! 魔王相手に素手で勝てる訳ないでしょ。いったん退くよ!」 黒髪のカラーはヨレヨレのパットンをガシッと掴むと一気にその場から消えた。 空間転移。 伝説級の使い手しか成し得ない高位魔法。 それによってハンティとパットンは戦場から脱出した。 ランスの……いや、魔王の追い討ちから逃れるため。 皇帝がラング・バウを脱出した事がほどなく明らかになり、ヘルマンは魔王ランスに無条件降伏を余儀無くされたのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ とうとうここまで来ました……んが、未だゼスは健在。リーザスも未占領。戦力の割りに侵攻速度が鈍いっす。 |
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます