鬼畜魔王ランス伝

   第42話 「闘神都市浮上」

「これでいいのか。」
 制御パネルの蓋を閉めながら若い男が問う。
「うむ、それで動くだけは動けるじゃろうて。」
 それに巨漢が答える。声からして爺さんのようだが、部屋が薄暗いため良く見えない。
「しかし、いいんかのう。彼女たちは……」
 心配そうな口調で言葉を続ける爺さんの声を、若い男の声が笑い飛ばすような語調で一蹴した。
「爺さんがシステムを掌握してれば、いつでも出せるんだろ。」
「まあ、それはそうじゃが。」
「それとも管理システムの書き換えが終わってないって言うんじゃなかろうな。」
「それは大丈夫じゃ。」
 不審そうな若い男の声に、自信いっぱいに答える爺さんの声。
「動力部稼働率83%……いつでも出せるわ。」
 油まみれのツナギを着た眼鏡の女の子の報告を聞いた男は、一つ頷くと意味もなくオーバーアクションで右手でピッと虚空を指差しながら、こう命令した。
「闘神都市Ω(オメガ)発進!!」
 その声に左後方にいた鋼鉄の巨漢が答える。
「うむ。“浮力の塔”起動。出力最大。」
 薄赤い照明の中、司令室らしい部屋の中も振動を始める。
 やがて轟音が聞こえてきた。
 固い物が割れる音が、
 何か重い物が次々落下していく音が、
 そして、地面から何かを引き抜いていく音が。
 シベリアの北にある夏でも溶けない永久雪原を割って、闘神都市Ωは浮上した。
 文字通り都市一つ分に相当する巨体を持つ無敵の空中要塞。
 ……になる予定だった巨大構造物は、それでも空中に飛び上がった。
「しっかし、闘将も魔法機もロクにいないとはな。ドラゴンも棲んでないし。」
 もっともと言えば言えるランスのぼやきに、フリークが弁解する。
「仕方ないじゃろう。この闘神都市Ωは建造途中で封印されたんじゃ。あの戦争が始まったせいでのう。」
 闘将を戦闘で補助する兵器“魔法機”の生産工場として使用されてはいたが、魔物との激しい戦争を始めた聖魔教団に闘神都市の建造に必要な莫大な魔力を調達する事が不可能になったせいもあって終戦まで“闘神都市”としては稼動できなかったのだ。
 戦時体制で建造出来た闘神都市は、結局ユプシロン1基のみであった。
 それも未完成のまま戦線投入されるといったていたらく。
 かつて人類世界を統一した魔法使い集団である聖魔教団の総力を結集して、ようやく建造が可能になるほどの大魔法……闘神都市建造。
 そんなものをどうやって実現したかと言うと……
 ホーネット、マリア、フェリス、美樹の4人が闘神都市動力部に魔力を供給してフリークの魔力を極限まで高めた上、シィルの補助を受けたランスがパワーの増幅を担当するなどという離れ技がそれを可能とした。なお、この時ホーネット愛用の増幅のオーブはランスと同調してフリークの魔力の増強を行っている。
 各動力部の起動が終わった後、マリアとフェリスは動力部ユニットから外れ、メリムと日光をアシスタントとして闘神都市各部を稼動可能な状態にするべく働いた。
 そして、やっと移動機能のみが使用可能になったのだ。
 当然ながら魔導砲も使用はできない。
 主力兵器である闘将も警備部隊程度しかいない。
 その補機である魔法機もあまり多くない。
 だが、そんなことは現段階ではどうでもいい。
 ともかくも移動が可能になった闘神都市Ωは魔王城に向けてゆっくりと動き出した。


「魔王の支配を覆せ!」
 杵や包丁、短剣なんぞを持った人間が三々五々集まってくる。
「人間による人間の為の政治を!」
 警備兵の詰所が襲撃され、職務に忠実な護民兵たちが無残に撲殺されていく。
「神の御心のままに!」
 暴徒に合流した兵士たちが民衆に備蓄されていた武器を配る。
「魔物なんかぶっ殺せ!」
 行政府を襲撃し、そこにいた役人を皆殺しにする。
「人類の裏切り者をやっつけろ!」
 そんな声と共に蜂起した大勢の市民や元軍人、没落貴族やリストラされた天下り役人などで構成された武装勢力は、瞬く間に各地の都市を占領して一大勢力を作り上げた。
 手に手に間に合わせの武器や安物の武器を持って蜂起した彼らは、占領した都市から徴発した物資で戦備を整え、短期間で侮る事ができないほどの戦力を整えたのだった。


 リーザス城。
 かつては人類の文化の中心であり、政治と軍事の要衝として栄えていたこの城は、魔族による人類の支配の象徴であるかのようにそびえたっていた。
 この城の主たちが魔なるものに変わるのに合わせるかのように、城そのものが持つ雰囲気も魔を孕んだものに変わっていった。……その実、見る者の目が変わっただけであるのだが。
 そのリーザス城の執務室、ここでマリスはある報告を受け取った。
「AL教徒の叛乱……ですか。」
「はい。リーザス、ヘルマン、自由都市群の全域で宗教暴動が起こっています。」
 それでも鉄血宰相と影で囁かれている魔人マリスの表情はピクリとも動かない。
「それで、状況は?」
「既にオークスを中心とした3都市を始め、自由都市3都市とヘルマン領内の4都市が暴徒に占拠され、15個所の都市で交戦が続いております。」
 無茶無茶大規模な叛乱だ。魔族に占拠された地域でのみ起こっている事から、意図的な扇動工作があったとしか思えない。
「JAPANの方はどういう状況ですか。」
「天志教の後押しで地方豪族が原家の旗の下に集結、山本家と対峙しているそうです。」
 それはJAPANからの援軍を当てにできないという事であると同時に、AL教と天志教が裏で共同歩調を取っている可能性を示していた。その証拠はないが、タイミングが良過ぎる。
「わかりました。……各将軍に出動要請。更に、魔人の方々にも連絡を。」
「はい。」
 報告に来た兵士は、その命令を持って出て行った。
 各地域に配備されている魔人は黙っていても鎮圧に乗り出すだろうから、ゼス国境や旧魔人領に配備されている魔人への連絡を行おうと言うのだ。
 宗教。
 マリスは、この敵を侮ってはいなかった。
 妥協も懐柔も難しく、自身の死ですら厭わない。しかも、損得も成否も関係無く蜂起する敵は、ある意味とてもやっかいである。
 根絶が難しいという意味においても。

 その日、魔王軍人類領域治安部隊(旧リーザス軍と旧ヘルマン軍の混成部隊)は、宗教暴動を起こした暴徒たち……AL教徒たちとの戦いを開始した。
 ……長い、長い戦いを。


「ところで爺さん。ここ以外の闘神都市はどこにある。」
 ランスの問いはフリークの予測の範囲内だった。
「ランス殿は、それを知ってどうする気じゃ。」
 それを知っていると認めているも同然の回答に、ランスの笑みは深くなった。
「まあ、できれば俺様の方で押える。最低でも敵の手に渡るのさえ阻止できれば、被害は少なくて済む。」
 被害。それは、自軍の魔物だけでなく、巻き添えになるであろう民衆も含んでいた。
「ううむ……」
 ユプシロンの事件で魔物と人間の双方に闘神都市が投入された経緯を知っているランスの言葉であるだけに、フリークにはその言葉が単純な意味には聞こえなかった。
「こいつの魔導砲が使えれば、敵に取られた闘神都市の破壊も可能なんだがな……」
 Ωの魔導砲は未だ使用可能な状態になってはいない。
 最低限の艤装以外は魔王城で整備する計画になっているからだ。
 戦闘なんかはもってのほかだ。
「仕方無いかのう……。」
 フリークは溜息混じりで、建造途中の闘神都市3基を含めて12基ある現存している全ての闘神都市の所在をランスたちに教えた。
「どうせ、ヘルマンの近くにあるとは思ったが……残り全部雪の下か。」
「そうじゃ。他に隠す場所もなかったしのう。……ところで、何故ヘルマンの近くにあると思ったんじゃ?」
 ランスがそれを予測している事に疑問を持ったフリークが、その根拠を聞いてくる。
「簡単だ。爺さんがヘルマンの評議員をしてたからな。闘神都市を復活するのを阻止しにくるようなヤツが国政に関わっているような国なら、その近くにあると思っただけだ。」
 ランスの論拠は単純だった。しかし、それだけに説得力がある。
「うむ。で、具体的にはこれからどうするつもりじゃ?」
 その回答に納得したフリークは、これからの方策を聞いてきた。
「サイゼルとハウゼルを呼んで封印を調査させる。爺さんのかけた封印が開くようだったら警備の人員を派遣、開かないようなら……」
 親指だけを立てた拳を横に引く。
「ぶっ潰す。」
 不敵な笑みを浮かべたままで。
 フリークは、その決定に異議を唱える事ができなかった。
 別に魔王の強制力が働いている訳ではない。
 現在の情勢で、状況で、封印が解けるのが危険過ぎるのだ。
 いつか人類が魔族と戦う日の為に闘神都市を封印してきたフリークは、運命というものの皮肉さに苦笑を隠せなかった。


 番裏の砦の駐留軍を含む10万のモンスター軍の司令官であるクリームは、AL教の宗教暴動の鎮圧の為に8万もの大軍を派遣した。
 しかし、この判断は結果的には間違いとなってしまったのだった。


 ヘルマン北部の永久雪原。
 この白い原野のそこ彼処から、
 夏でも吹雪が旅行く人間の生命を奪う極限環境を始めとする幾多の障害で多大な犠牲を出しながらも、決死の覚悟で辿り着いた多数の魔法使いたちの尽力によって。
 巨大な建造物が空に舞い上がった。
 ちょっとした都市ほどもある、その建造物の数は10。
 さらに、雪原の2個所で巨大な爆発が起き、そこから莫大な機械の軍団が現れた。
 機械の軍団は空中都市から降りてきた揚陸艇に分乗し、全てが回収された。
 そして、空中都市はゆっくりと動き始めた。
 10基のうち9基がまっすぐ南に、1基が西に向かって。
 途中にあった街や魔物の軍団や人間の集団を下部の魔導砲で焼き払いながら。
 運悪く西進する“それ”に遭遇したクリームの軍団は、甚大な損害を出して敗走した。

 “大いなる力”……対魔族用の超兵器『闘神都市』は復活した。
 魔法王国ゼスの魔法の力とAL教団からもたらされた知識によって。

 ランスが呼びよせたサイゼルとハウゼルは、闘神都市の復活に間に合わなかった。
 予想を遥かに超えた相手側の動きの早さによって。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 とうとう伏線のひとつが大公開です。
目次 次へ


読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます


テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル