鬼畜魔王ランス伝
第60話 「懐柔工作は寝技にて」 ランスが京姫が封印されていた宝珠の呪いを解いた翌日の朝、 「ん…あ……香か……」 自分が腕に抱えて離さなかった女性を寝惚け眼で見やって言った第一声がそれだった。 「え……」 見知らぬ男の唐突な呼びかけ。しかも人違いに、京姫は戸惑いを隠せなかった。だが、彼女が事態を把握するよりも早くランスの方が間違いに気付いた。 「……髪が長いって事は違うな。それじゃ、お前は京か?」 確かに、京姫と香姫の顔立ちは似ている。それは、母親が姉妹であったからだとランスも(信長の魔血魂を通じて)知っている。 しかし、それだけではない。 JAPANに来てランスが気に入った女性に共通する特徴である“誰かの為に真剣になれる心根”が、彼女ら二人の印象を外見以上に似たものにしていたのだ。 それは、ランスにとっては攻略するポイントが共通しているという事になる。 だが、しかし、事態はランスが予想もしていなかった展開を見せていく。 「話……の前にこいつらを何とかしてやらないとな。」 身体を起こして周囲を見渡すと、魚河岸のマグロのような風情で床に転がっている裸の女性達が幾人もおり、凄い臭いをさせていた。 「おい! 誰かいないか!」 呼ばわるランスの声に従い、3人のJAPAN女性風の女の子モンスター出身の使徒たちが障子を開けて入ってくる。 「「「はい、御呼びでしょうか魔王様。」」」 「おう。こいつらを拭いてキレイにしてやれ。綾と香魅奈はお湯と清潔な布を沢山持って来い。」 「「はい。」」 とっこーちゃんの使徒である綾(あや)と髪長姫の使徒である香魅奈(かみな)は急いで言われた物を調達するべく出て行った。 「あと、弓美は別の部屋に布団を用意してやれ。9人分だ。」 神風の使徒である弓美(ゆみ)は、無言で頷いた後すぐに奥座敷に向かう。彼女ら使徒たちも解呪儀式には参加していたのだが、あまり長時間いた訳でないので一晩の休息でかなり回復しているのだ。 ほどなく注文した物が揃うと、ランスは他の3人と共に少女たちの身体を拭き清め始めた。お湯で湿らせた布で身体に貼り付いたまま乾いた粘液をふやかして拭き取る。丹念に作業をするランスたちをどうしていいか京姫が迷っているうちに作業は終わった。 「あ、あの……」 夜着を着せて、一人ずつ布団を延べてある部屋に運ぼうとした処で声をかけるが、 「ああ、すまんが話は後だ。香魅奈、茶室にでも案内してやれ。」 と言われて、いなされてしまった。 結局、大人しく茶室に案内され、ランスを待つ事になった京姫であった。 そのランスは……自分も汚れと臭いを落とす為に朝風呂を浴びに行ってしまった。 それによって、京姫は意外なほど長い時間を待たされたのであるが、ランスの指示で話相手として差し向けられた香魅奈や風華のおかげで退屈だけはしなかった。 そればかりでなく、自分が封印されている間に起こった事柄についても京姫は多くの情報を仕入れる事ができたのであった。……決して好ましい情報ばかりではなかったが。 その中でも、自分の臣下がランスに敵対し敗れ去った事、ランスは稀に見る好色な王であるが自分の女になった者に対して非道な真似は行わない事などを聞いた京姫は、ある決意をする。 信長に対した時の勇気を再び振り絞って。 男は、一人荒野を南下していた。 荒んだ目付きに返り血でどす黒く染まった服。 背に負った禍々しい黒い大剣からは、今までに奪った生命の怨嗟の声が聞こえて来るかのような錯覚さえ覚えさせるほどの瘴気を放ち。 男は歩く。 唯一の道連れをその身に宿し。 男の道連れは天の御使い。 純白の翼持ち、天翔けるモノ。 今現れぬは、目立つを恐れる為。 純白に光り輝く彼女とその翼は、何十km先からでも容易に見えてしまうだろう。 今現れぬは、その必要がない為。 魔物が統べる地の荒野とは言っても、彼女の主である男の前では塵芥にも等しい程度の脅威でしかない。そんなものは障害にすらならないのだ。むしろ、彼にとっては整備された街道を進む方が困難は多かろう。 男の名は、小川健太郎という。 人間からも魔物からも追われる異世界からの来訪者。 人間も魔物も差別なしに殺す、無慈悲な殺戮者。 彼が求めるは、次なる“力”。 魔王を討ち滅ぼすに足る力を彼に約束する神の武具。 それは、恐らくどこかの迷宮の奥で彼を待っているに違いない。 今までに手に入れた2つのアイテムと同じように。 「おう、ちゃんといい娘で待ってたか? がははははは。」 「はい、ランス様。」 畳敷きの床に三つ指をつき、額がつきそうになるまで頭を下げる。 「私の臣下をお助けいただいたばかりでなく、私までも信長のかけた封印から助けていただき御礼のしようもありません。」 丁寧な礼の言葉に込められた真摯な思いがランスの気を良くする。 「がははは、お前は中々抱き心地が良かったからな。今度はちゃんと抱いてやる。」 その言葉を聞いた京姫は顔を上げ、ランスの目を覗き込む。 「何故、私を抱いたのですか、ランス様。」 嘘を許さぬ真っ直ぐな目に、ランスは口の端に笑みを浮かべて軽口で答えた。 「まぁ可愛い女の子を抱くのは俺様の生き甲斐だからぁ。がははははは(あいつが剣になんぞなってるから、一人寝するのが何となく嫌だったなんて死んでも言えるか!)。」 いや、ランスの事だから、これも本音には違いない。その証拠に、目だけは京姫の視線を真正面から受け止めても全く揺るがない。 口に出さない、出せない副音声の事は置いといて、口に出された事だけでも京姫の頬をほんのり赤くするのには充分だった。何分お姫様育ちでそのように直接的な物言いには慣れていないのだ。 「抱かれた、と言う事は私、もうお嫁にいけないような事をされてしまったのですね。」 「まあ、この状況なら難しいだろうな。がはははは。」 実際にはシテいないとはいえ、あの状況の只中である。もし、噂なんぞが広がるようなら表向きは貞操にうるさいJAPANの武家社会では致命傷になりかねない。 「では、責任をとって私を室に入れて下さいまし。」 「おい、“室に入れる”って何だ?」 責任だの何だのランスにとっては鬼門な台詞も気になったが、聞き慣れない単語の方が余計に気になった。 「はい。“室に入れる”とは、嫁に貰っていただく事です。正室……本妻にとおこがましい事は申しません。側室……妾で構いません。ですから、なにとぞ家臣たち、民衆たちには寛大な御処置をお願いいたします。」 そう。それは京姫の最後の手段だった。 好色と伝えられる王。一説には魔王とも言われるランスに身を売る事で、敗れた家臣や民の安寧を買おうというのだ。 「おう、それは構わん。」 しかし、それは無駄だったのだ。 既にランスの名で寛大な処分が下される事に決まっていたのだ。 9人の少女たちと情報交換が出来れば良かったのだろうが、あいにくとしばらくは布団の住人から抜け出せそうに無いほど良く寝ている。 ちょっとはギョッとした単語もあったが、良く考えたら側室なんかリーザス王時代からたくさんこさえていた事に気付いたランスは途端に上機嫌になった。 3時間後、9人の少女の寝床の横に足腰が立たないまでに責められた京姫の為の寝床がしつらえられたのは……まあ、当然というものだろうか。 「くそっ、やっぱり食えないヤツだぜあの侍女は。」 オンボロになった隠れ家の物蔭で舌打ちと共に毒づいたのは、大柄な筋肉質の男だ。 「そんなのは最初からわかっていたことじゃないのよ。あの女が最後まであいつ……魔王と戦う気なんてないって事もね。」 暗がりでもわずかに光りを跳ね返す赤い水晶を額に覗かせた黒髪の娘がそれに応じる。 「民衆はヤツの施策ですっかり丸め込まれちまって、レジスタンスを組織しようにも付いて来ちゃくれんだろうしな。」 ここは、スードリ17にほど近い森の中。パットンが反乱軍決起前に使っていたアジトである。マリスや魔王軍が国内の復興とAL教対策に追われてパットンの捜索に専念できなくなった結果、パットンは勝手知ったるここで魔王ランスと戦った時の痛手を癒していたのだ。幸いと言っていいのかはわからないが、スードリ17は闘神都市の魔導砲の爆撃で完膚なきまでに壊滅させられているため、発見される確率はあまり大きくない。 「で、どうするのさ、これから。」 「決まってる。ヒューのヤツを助け出してヘルマンを俺の手に取り戻す。」 力強く拳を握り込むパットン。 だが、 「ぐぅぅ!!」 包帯を巻きつけた身体の各所が痛むのか、背中を丸めてうずくまる。 「まったく、すぐこれなんだから。そんな事だから治るものも治らないのよ! いいって言うまで思い切り力込めちゃいけないって何度言わせれば気が済むのよ!」 ハンティの本気の怒りを込めた視線の圧力にパットンは沈黙した。 魔王ランスと交戦した手傷が元で一度は生死の境をさ迷った重傷者が、目を離すとすぐに無茶をするのだからハンティの心労は並大抵のものではないだろう。それが、わざとでないとわかっていなければ、彼女こそがパットンに止めを刺しているに違いない。 「ふう、何にしても傷を治さないと身動きがとれないね……」 「そうだな。」 今は、廃墟から回収した物資と狩りの獲物で細々と生活していけるが、それにもいずれ限界は来る。 ヒューバートやレリューコフの行方は魔王軍との戦い以来杳として知れないし、フリークに至っては敵に寝返って魔人になってしまっている。 彼らの前途は真っ暗な闇に包まれていた。 かつて、政争以外には無能な宰相ステッセルに僅かな味方を率いて戦いを挑んだ時にも増して。 上品な香の香りが立ち込める中、先の茶室にランスと女性10人が集められた。 「がははは、俺様は京を娶った。だから、俺様はお前らの敵じゃなくて主君って訳だ。」 わずかに恥じらいを見せる京姫であったが、表情は明るい。 ランスが約束通り民衆への寛大な処置を実行していると知ったからである。自家の家臣への処分もこれから下されると知ってはいたが、前もって刑には問わないという事を聞いているのだ。明るくならない訳がない。 「てな訳で、遠慮無く俺様の女になれ。たっぷり気持ち良くしてやるぞ、がはははは。」 その言葉に直ぐに首肯するのは七緒たち4人。すでに“ランスの女”としての立場を受け入れた者達である。 「……それは、主君としての命令か?」 「あら、このは様。そこまで堅く考えなくても良いでございませんこと?」 ズズイッとにじり寄って問う忍者装束のこのはと、早速ランスにしなだれかかっている愛の姿は好対照だが、両名とも概ね状況を受け入れていた。さすがに現実主義者の忍びの者だけはある。 「まあ、どうしても嫌ならそう言え。どうしても嫌だって言うなら仕方ない。」 この台詞は京姫を安心させた。ランスが彼女との約束を守ってくれたのだと、この言葉で信じたのだ。 「くっ。」 悔しそうな顔をする真朱。人格うんぬんはともかくとして、戦士として自分では到底届かない高みにいるランスに対する尊敬の念はある。本来なら自分達が助けるべき京姫を救けてもらった恩義もある。“自分だけ逃げ出すなどできない”との、仲間たちに対する責任感もある。そして……儀式の間にすっかり開発されてしまった肉体のこともある。 迷いで黙り込んだ真朱の代わりに、ミオが発言する。 「教敵の元で働く訳には……」 そこで発言を切るようにランスが口を挟む。 「おいおい、俺様は天志教とは仲良くやるつもりだぞ(まあ、いつ連中が牙むくか分らんがな)。現に天志教の大僧正は俺様に協力したとしても破門しないと確約する文書を寄越したし、俺様も無下に弾圧なんかしないと約束したぞ。」 それらは、物証まである事実である。 既に書状も眼前で開封して見せられたし、確認まで取った。 「それに、俺様のやることを監視する仕事に着く気があるなら、今回はまたとない機会だと思うがな。がはははは。」 そう。JAPANにおけるランスの活動を見張れる立場という事を考えれば、“ランスの女”という立場は絶好のものともいえる。 俯いて考え込んでしまったミオと真朱の間を無造作に通り抜け、ランスの膝元に飛び込んだ小柄な影がある。 「……あつい」 そう、篭目だ。 彼女は兵器としての精神の育成が足りない事も手伝って『とても気持ちが良いこと』をしてくれたランスに懐いてしまったのだ。ランスの好みとしてはいささか外見的な年齢は足りないが、勢いでヤっちまったのと血の味が極上だったので問題無い……ということにしてある(開き直っている)。今はアレでも数年後が楽しみ……という事もあるが。 しかし、篭目が今、自分の着物を弛めてランスの下腹部でごそごそやっているのは、決してそれだけが理由ではない。 周囲を見ると忍びの二人以外は何やらモジモジとし始めている。 『しめしめ。そろそろ香に混ぜといた媚薬が効き始めたな。さすがに忍者の二人には効いてないようだが。』 二人が仲間に警告する気になる前に、近くに寄って来ている事を良いことに手っ取り早く口を封じる事にした。 嬌声を上げ続けさせれば、意味のある単語など吐けない。 気絶させてしまえば、何を知っていたところで、この場では意味がない。 それに、この行為自体が他の娘の欲情を煽り立てるのに使える。 などと言う計算はともかく、 ランスがいきなり始めたのは、実際にはただ単に自分が我慢できなくなっただけ……というのが真相だったりもするのだが。 そんな事は、媚薬と状況と吸血鬼が備える魅了の魔力に追い詰められつつある二人の少女にとってはどうでも良い事であった。 心のどこかで現況を容認し始めていることや、生死を共にした友人たちがランスの性の道具となって自分達を堕とすべく責めてくる事に比べれば…… そして、10人の少女達を自分の女、つまり使徒とした魔王ランスは、彼女らのことを五十六に任せて魔王城へと向けて帰還の途に着くのだった。 魔人かなみと香を一行に加えて。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ようやく、JAPAN編も終了です。予定の倍は話数がかかった(笑)。 京姫についての解釈には多分にオリジナルが入ってますので、あんまり信用しないで下さいね(笑)。 |
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