鬼畜魔王ランス伝

   第64話 「宵闇の間奏」

「くそ、何てヤツだ。こっちから脱出しないと全滅だったな。」
 緑の鎧の魔王が、胸に抱いている少女に話かける。
「うん、おにいちゃん。……悲しいの。」
 聖女の迷宮から辛くも脱出に成功できたのは、魔王ランスと命の聖女モンスターのウェンリーナー、そして大佐ハニー6体に率いられたモンスター1671体だけであった。
 迷宮の北にそびえる山々の中腹にある秘密の裏口から脱出した面々は、麓の迷宮があった跡を見て暗い顔になった。
 そこは崩れかけた尖塔が幾つか立っている瓦礫の山となっていた。
 もはや、かつての聖女の迷宮の面影などは残ってはいない。
 これでもかという魔力に溢れていた闘神都市も、単なる残骸と化していた。
 彼らが使った脱出口も崩落した土砂に埋もれてしまって迷宮内には戻れない。
 もう、迷宮ごと埋められてしまった者達を助ける術はないのだ。
 ここにいる全員が、それを理解していた。……いや、否応なく理解させられていた。
「ま、ここで見ててもしょうがない。とにかく移動するぞ。」
 苦々しげな笑みを口の端に浮かべて、ランスは皆…モンスターたち…に命令した。
「おにいちゃん、どこに移動するの?」
 身体を預けたままの姿勢でウェンリーナーがランスの顔を覗き込みながら質問する。
「北の砂漠だ。シャングリラの方へ移動するぞ。」
 そのランスの命令に従い、モンスター達は移動し始めた。
 荒野を縦断する経路を通って。
 しかし、魔王たるランスとウェンリーナーだけは、モンスター達の集団から離れて一足先に北へと飛び立って行くのであった。


 魔王城にて行われているクリスマスパーティー会場。
 ここでは、贅の限りを尽くした訳ではないが、用意した者の人柄が窺えるような品が良くて楽しげなパーティーが行われていた。
 いよいよ夜も更けてきて宴もたけなわと思いきや、残念ながらパーティー会場では盛り上がりがいまいち欠けていた。
 それは、主役が未だに不在であるからに相違ない。
「あ〜、なんでダーリンがいないのマリスぅ!?」
 特にリアの周囲にはマリス以外には近付かないほどに苛立ちの嵐が吹き荒れていた。
「さあ、ランス王にはランス王のお考えがあるのでしょうから、もう少し待ってみてはいかがでしょうか。」
 宥めるマリスの言葉にも、段々力が無くなってくる。
 JAPANから帰還した一団がパーティー会場に到着した時、その中に愛しのダーリンがいない事を知ってから、リアの苛立ちは益々募ってきているのだ。
『お恨みしますよ、ランス王。』
 マリスの内心の呟きは、気を弛めた途端に口に出てしまうだろう。もう何度目になるかわからない溜息を心の中だけでそっと吐くと、マリスは改めて気を引き締めた。
「何時になったらダーリンがやってくるのよ〜!」
 不機嫌のオーラを全身から垂れ流すリアに幾分か怯みながらも、暴れ出したり周囲の者に当り散らすのだけは何とか思い止まらせる。そんな事をしてしまっては、ただでさえ強くはないリアの立場が悪くなってしまうからだ。
 ここでは、元リーザス女王なんて肩書きになぞ、何の力もない。
 唯一ランスと正式に結婚式を挙げ、婚姻届けを出した女性であるとはいえども、魔王ランスと血の契約で結ばれた24人の魔人のうちの1人には入れなかった。
 その事実の方が重く扱われていたのだ。
 無論のこと、ランスは『俺様の女に上下はない!』と常々公言しており、魔人であろうが使徒であろうが人間であろうが女の子モンスターであろうが関係無いという態度をとっている。他の者たちも概ねそれを認めており“ランスの女”同士で互いに優劣をつけようという動きはなかった。……まあ、使徒より魔人が、その中でも“完璧なる魔人”ホーネットが特に敬されているという現実はあったが、それは元々の人望に由来するものであったので、まあ仕方無いとも言える。
 そんな中で、リアが自分を特別扱いするよう強硬に主張し続ければ孤立……悪くすればランスから冷遇されてしまう恐れすらもあった。
『リア様の為にも、それだけは避けなくては……』
 そう自分に言い聞かせて、マリスは愛しのリアのご機嫌取りに終始するのであった。ランスの一刻も早い帰還を願いながら。


 瓦礫の山の中の塔の残骸。
 この危険な場所で、青いローブを翻した女性魔法使い…魔想志津香…は思いがけない運命が用意したクリスマスプレゼントを発見した。
 聖女の迷宮跡の瓦礫に残った闘神都市の中央の塔“浮力の杖”が比較的原型を留めているように見えた事から探す気になった物を、である。
 更なる魔力を得る為の秘法の書を。
 一度は試した身であるから、儀式の方法は良く知っている。
 手早く必要な準備を済ませると、よけいな邪魔が入る前にさっさと儀式を開始した。
 もし、この秘法の書がゼス王国の関係者に見つかれば没収されてしまうに決まっているのだから……
 少なくとも、志津香はそう判断していた。

 その頃、闘神都市Φ(ファイ)を脱出した数千機にも及ぶ闘将や魔法機たちは……ひたすらボーッとしていた。
 次なる命令を待って……


「ねえ、おにいちゃん。みんな置いてどこ行くの?」
 ウェンリーナーがランスの腕の中から問いかける。どうやら、この場所が気に入っているらしく、傍目から見ても喜色満面に見える。
 そんな中、不思議そうにちょっと小首を傾げた仕草は凶悪に可愛かった。
『ムラムラ……俺様ってロリコンだったっけか……いや、これはこの娘が裸だからに違いない。……とすると、真性のロ…いや、考えない考えない。』
 そんなランスの内心を映したかのような表情の変化を見て、ウェンリーナーが微笑む。
 何か泥沼な状況だ。
 このままなら危ない誘惑に負けてしまいそうなので(ま、そうなったらなったで構わないのだが)、とりあえず頭を切り替えて質問に答える事にする。
「まずはシャングリラだ。あいつらが無事に砂漠を渡れるようにハウセスナースに頼むつもりだからな。」
「ハウセスナース! おにいちゃん、ハウセスナースとも知り合いだったんだ。」
「ああ、豚みたいな人間に捕まってたのを俺様が助けた。」
 ランスの返事は簡潔過ぎて詳細は全く不明だったが、ウェンリーナーにとってはそれだけでも充分であった。大好きなランスおにいちゃんが自分だけでなく姉妹のように思っているハウセスナースまで助けてくれていたのだ。
「おにいちゃん…」
 感激しない筈が無い。
「がははは、しっかり捕まってろよ。そろそろ着陸するぞ。」
 更にぴとっと躰を密着させてきたウェンリーナーにハイパー兵器が反応するのを感じながらも、ランスは目下の懸案事項の方を優先させた。
 最近は少々怪しくなってきてはいるがロリな趣味はないハズだし、例えムラムラしたとしても本当にヤレるかどうかが分からないという理由で、である。
 腕の中に抱いた少女を気遣いながら飛行しているランスは、そういう難しい事は頭の隅にうっちゃってシャングリラの灯に向かって高度を下げていった。

「何の用よ、魔王。」
 手にいつものハンマーではなくて大きな枕を持ったまま突如やって来たランスを出迎えたハウセスナースは、その腕の中に気持ち良さそうに身を預けている意外な人物の姿を見て驚いた。
「ウェンリーナー! どうしてここに! というか、どうしてその男と!」
 寝惚け眼は見開かれ、眠気は全部吹っ飛んだ。
 視線の先にいる人物が纏う春の陽だまりのような暖かな雰囲気は、彼女が贋者などではありえない事をこれ以上ないほどに雄弁に語っていた。
「うん、おにいちゃんに助けてもらったんだよ。」
 その微塵の疑いも無くランスの事を信用し切っている笑顔を見て、ハウセスナースは納得して気を鎮めた。
 自分もランスに助けてもらった事があるのだから、この娘が助けられていても不思議はないと思い直したのだ。ウェンリーナーも危害を加えられていたのは、彼女も聖女モンスターである以上は不思議はない。……腹は立つが。
「お前ならもう知ってるかもしれないが、聖女の迷宮が破壊された。それで、そこに住んでた連中で脱出できたヤツラをこっちに向かわせたから、中央部の森林地帯にでも“道”を作ってやってくれ。」
 気を取り直したところを見計らって、ランスが単刀直入に用件を告げてくる。
 そういう態度は、ハウセスナースは嫌いではなかった。
「まあ、いいわ。それで、用件はそれだけ?」
 しかし、聖女の迷宮という要衝が破壊されてしまった事で機嫌は悪かった。無論、それがランスのせいではないと分かってはいるが……。
「いや、あとここに転送器の子機を置かせて欲しいんだが。」
 闘神都市Ω(オメガ)との間を結ぶ転送施設。
 瞬時に人や荷物などを運ぶ事のできる装置である。
 戦略上、重要な地点にあるシャングリラにこれを設置すれば、各地に大兵力……取り分け頭数が限られている魔人……を張り付かせて置く必要がなくなる。
 それが、JAPANにいる間にランスが考えていた戦略であった。
「わかったわ。」
 それは、ハウセスナースにとっても悪い話ではなかった。
 確かにシャングリラの守りは大地の聖女モンスターである自分が居る限りは磐石であるが、それは地上に限っての事であり、空にまでは彼女の力は及ばなかった。敵が闘神都市などという強力な空中兵器を投入してきている以上は、彼女だけではシャングリラを守り切る事など不可能である。
 そう悟って、魔王であるランスにシャングリラの支配権を委譲したのだ。
 今更、彼女に反対する気はなかった。
 それでも、こうして筋を通そうとするランスの態度は、彼女にとって嫌ではなかった。
「がはははは、じゃあ後で工事の連中を寄越すからな。」
 そう言って立ち去ろうとするランスは、ウェンリーナーをどうしようか迷っていた。ハウセスナースと親しいなら、ここに置いて行くというのも一案だと思ったのだ。
「おい、ウェンリーナー。」
「なあに、おにいちゃん。」
「お前、ここに残るか?」
 そう。考えているうちに、そういう問題を自分だけで決める訳にもいかないとも思い直し、ランスは取り敢えず本人の意志を聞いてみる事にしたのだ。
「ううん、おにいちゃんのそばにいる。」
 そんなランスの問いに迷わず即答するウェンリーナー。そんな彼女を側面支援するかのようにハウセスナースも発言する。
「そうね、その方が良いわね。あたしたち聖女モンスターが長い事一つ所に集まってるとロクな事にならないから。」
 少しだけ苦々しげな色を浮かべた表情のハウセスナースとちょっとだけ寂しげな風情のウェンリーナーを見て、若干しまったかなと思ったランスであったが、直ぐに気を取り直してフォローを入れる。
「まあ、転送施設が出来ればいつでも会えるんだ。今日のところはおやすみなさいだ。」
 その発言を聞いて、あとの二人も気を取り直す。
 元々、強大な力を持つが故に聖女モンスター同士は長期間一緒に居られないのだ。近いうちに会いたい時に会える状態になるというならば、それは彼女らにとって今までで最良の状態ともいえる。
「そうね。おやすみなさい、ウェンリーナー。……と、魔王。」
「うん。おやすみ、ハウセスナース。」
 互いにおやすみを言い、立ち去った。
 ハウセスナースは自分の寝室へ。
 ランスとウェンリーナーは西の空へと。


 荒涼とした原野。
 高山の麓を歩く健太郎は、更なる自然の脅威にさらされた。
 現在の冬という季節に相応しい、その脅威の名は……
 雪
 それも豪雪というのが相応しいほど豪快な降りだ。
 雪国の出身でない健太郎は、たちまち往生するハメになった。
 その降り方は1時間で積雪数cmは確実なペースで、既に膝まで埋まる程の新雪が彼の行く手を阻んでいた。
 いや、行く手を塞ぐどころか、視界も塞がれてどちらに行ったら良いかの見当すら失いかねない状況な上に、うかつに寝てしまえば全身が雪の中に埋もれてしまうだろう。
 それでは、美樹ちゃんを助けるどころか自分すら助からない。
 健太郎は頭の中に常駐しているエンジェルナイトのニアの道案内で徹夜の行軍をする事に決めた。
 何時か聞いた逸話の『八甲田山』みたいにならないよう願いながら。


 町々の灯りを見下ろし、白い雪原の上を飛び抜け、魔王ランスは腕に抱いた少女と共に自らの居城である魔王城へと帰還した。
 さすがに寒いのか躰を擦り付けるようにすやすやと眠っている少女…ウェンリーナー…を起こさないように気遣って静かに降りたつもりであった。
 しかし、余計な邪魔が入らないように気配まで消していたつもりであったのに、彼の帰還を察知して出迎えた者がいた。
「……キング!!」
 彼としては気配を消して忍び込んできた不埒者を成敗するつもりだったのだろう。完全武装の迎撃態勢、しかも抜刀済みでランスを出迎えたリックは、危うい所で初撃を放つのを踏み止まった。
 しかし、ランスとしては少々面白くなかった。
 幾らリックといえども、消していたハズの気配が察知された上、せっかく気持ち良さそうに寝ていたウェンリーナーが眠そうな目を擦って何事かと辺りを見回し出したからだ。
「リック……てめえ、覚悟は良いんだろうな。」
 突然そんな事を言われて殺気をぶつけられては、戸惑うより他にないだろう。しかし、リックも一流の武人である。躰が殺気に反応して瞬時に戦闘態勢に切り替わった。
「キング……御無礼はお詫びします。」
 それでも頭は下げる。相手がランスだと気付く前だとはいえ、剣を向けたのは事実であったのだから。
「そんなことはどうでもいい。表に出ろ! 俺様が直々に特訓の成果を確かめてやる!」
 しかし、ランスの顔に浮かんでいたのは不機嫌さばかりではなかった。
 リックの技量が予想以上になっている事に対する嬉しさと、そんなヤツと戦う事への高ぶりが不敵に笑う口元に滲んでいた。
「はい! 是非お願いします、キング!」
 そして、それはリックにとっても望むところであった。
 普段は手合わせを望んでも受けてくれない事が多いランスが、彼の剣の相手をして下さるというのだ。嬉しくならないハズがない。
 いつしか、彼の口元には笑みが浮かんでいた。
 彼の敵となった者が「死神の笑み」と、ランスが「ホラー映画のようだ」と評した笑みが。


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 はふう。なんか導入が無理矢理のような気もしますが(汗)、次回はランス対リックな予定です〜(笑)。
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