鬼畜魔王ランス伝
第68話 「防衛網突破」 「おい、サテラ入るぞ。」 ノックをするのももどかしく、誰何にちゃんと答えたのかどうか怪しいタイミングでサラッとドアを開けたランスは、 「あ〜! まだ駄目! ちょっと、ちょっと待って!」 と言う、いかにも焦ってますってサテラの声と、いつも夜這いに来る時からは考えられない程ごちゃごちゃとした室内の様子に二の足を踏まされた。 「おい、部屋ん中で何してるんだ? ちゃんとアトリエもあるだろうに……」 心底呆れた表情をするランスだが……無理もない。彼女一人の為にちょっとした工場ほどもある広さのアトリエが国家予算で用意されているのだ。ガーディアンメイクの作業が自室で間に合うほどのものなら、わざわざ用意するまでもないだろうと言うランスの溜息はある意味もっともな感想であろう。 「ん……ん〜と……。良し、できた!」 粘土のついた手では汗が拭えないので、目に滴ってくる汗の処理に困るサテラにタオルを差し出すシーザー。 「ドウゾ、サテラサマ。」 「ありがとうシーザー。で、何の用だランス。サテラが強いガーディアンを作るとこでも見に来たのか? ……あれっ?」 どうやら、納得の行く出来だったらしい。完成したガーディアンの目に力強く魔力の灯が点る。しかし、サテラの視線は新たなガーディアンの方ではなく、ランスの方へ向けられていた。 ……正確には、ランスの後ろにいる少女にである。 「がはははは。この娘にガーディアンメイクの現場を見せてやろうと思ってな。」 胡乱そうに見る視線が剣呑な色を帯びる前に、ランスが用向きを説明する。 「多分無駄だぞ。ホーネットもシルキィも見ててもわからなかったんだからな。それでも良いなら良いぞ。……ランスも来るんだろうな。」 怒ってるのか照れてるのか分らない頬を紅潮させた顔でまくし立てるサテラに、ランスが重々しく頷く。 「まあ、たまにはお前の仕事ぶりを視察するってのもいいな。だが、その前に……」 色よい返事に気が緩んだ隙を狙ったランスの不意討ちのキスがサテラを襲った。舌を絡め、赤い長髪を手で梳くように背中を撫で下ろすとビクンと身体が脈打った。声を唇で封じられたサテラは、2〜3回細かく痙攣するとぐったりとランスの腕に身体を預けた。もう力が入らなくなっているのだろう。 「え、初めまして……? あ、宜しくお願いしますガーディアンさん。」 その間に、言葉を話せないはずのガーディアンとランスの後ろに控えていた少女はコミュニケーションを成立させていた。サテラが作ったガーディアンと意志疎通する為の特製のアイテムがないにも関らずである。 「うそ……」 それを見たサテラが呆然となる。 「何も不思議じゃない。な、シャリエラちゃん。」 「はい、王様。」 サテラが驚くのも無理はない。今まで彼女は自分以外にガーディアンと本当の意味で会話が出来る存在に会った事がなかったのだ。自分にとっては当たり前ともいえる事が他人には出来ないと知った時の疎外感はいかばかりであったであろうか。相手も自分と同様にガーディアンと会話できる事を知って、サテラがシャリエラに向ける視線は打って変わって友好的なものになった。それに応えるかのようにシャリエラの顔もほころぶ。 「おっ……ふんふん、なるほど。……本当に会話してるんだな。うん。そうかそうか。」 そして、ガーディアンを挟んで“3”人で話始めてしまった。 「はい。それでですね。」 勿論だが、ガーディアンの話が(アイテムの補助もなしに)ランスに分る訳はない。そんな訳で直ぐに会話の脈絡を掴むのに苦労しだした。 「そうか、元は人形だったのか。それで話ができるんだな。」 「はい。元はと言えばこの子たちと同じようなモノでしたから、今でも話す事ができるんだと思いますよ。」 話しが弾み出した3人と、疎外感で不機嫌になりだしたランス。そんな図式に終止符を打てるのは冷静な第3者であろう。それに最も近い位置にいるモノが察知した危険を安全に処理するべく動き出す。 「サテラサマ、ソロソロアトリエノホウニマオウサマヲアンナイシテハ……」 サテラお気に入りのガーディアンのシーザーである。彼ぐらいの年季にもなれば、わざわざ主人に言いたい事を読みとって貰わなくとも口で話せるようになるのだが、他のガーディアンではなかなかそうはいかない。聞き取り難いのまでは諦めてもらうしかないが。 「わかった。じゃ、行こうかランス。」 「おう。」 サテラの後にランスとシャリエラ、そして出来たばかりのガーディアンが続く。シーザーはサテラの部屋の後片付けを済ませてから、という事でひとまずは居残りである。 ……当然ながら、ランスが黙ってサテラの作業を見ている訳もなく、一段落したとこを見計らって押し倒して3Pに持ち込んだのはお約束である。 レックスの迷宮。 大陸の南西に位置するこの迷宮には、魔人ガングの指示によって2万もの魔物兵が警戒に当たっていた。 今や大陸で最凶の剣士、小川健太郎を迎撃する為だけにである。 敵対国家ゼスの国境に振り向ける兵力を大胆に削減してまでのこの配置は、実はあんまり大げさではなかった。いかなる状況であったか不明ではあるが、彼の剣士は一人で数千の兵を皆殺しにするという所行を働いていたのだ。 それでも、2万に及ぶ大兵力が迷宮内部に居住するモンスター達と協調して事に当たれば、必ずや敵を殲滅できる。 そう信じられていた。 しかし、運命はそう甘くなかった。 「いるいる……僕の経験値が。」 2万もの魔物の大軍を見て、開口一番そうのたまえる神経と技量。 それが、彼の凶悪さの源泉であったのだ。 小細工もなしに堂々と正面から殺気を剥き出しにして歩いて来る健太郎の放つ人間離れしたプレッシャーに、魔物達は次々と倒れ伏していく。 魔剣カオスの暗黒の力と邪悪なる強さの石に満ちた死の力を、健太郎は自分の身体を媒介にして無差別に周囲に放射しているのだ。その圧倒的なプレッシャーを押し退けてまで立っていられた者は、僅かに数名。 それだけでは、とうていこの邪悪な存在を押し止める事はできなかった。 わずか1時間足らずの間に防衛網は突破され、全兵力の12%にあたる2400体余りが運悪くヤツの通り道の近くにいたため殺害されてしまった。 おまけに、指揮官クラスの魔物将軍が残らず殺されてしまい、それによる指揮系統の混乱で上層部への報告が遅れる事になってしまったのである。 ゼス王国領、イタリアの街。 この街の郊外では、聖女の迷宮での一連の戦闘で大きな損害を受けた外人部隊が再編成を行っていた。 「遅い! ……この国は我々の事を何だと思っているんだ!」 激昂しているのはハウレーン。半日前に事態の報告と負傷者の救護の要請を行ったにも 関らず、イタリアにいるゼスの関係者から全く何の音沙汰もない事を怒っているのだ。 「それにしても、あの態度の大きい魔法使いはどこに行ったの! 彼女さえいれば、ゼスも私達をここまで邪険にしないでしょうに。」 ラファリアの指摘は毒性が強いが的確である。外様で奴隷並みの人間など後回しという風潮がゼスの上層部では根強く、今までの交渉でもその態度の大きい魔法使い……魔想志津香……が同席するのが通例になっていたのだ。 幸いな事に状況はそれほど悪くはない。 負傷者のほとんどが自力で歩けるぐらいの軽傷者で、必要な医薬品の手配さえ整えば数日で戦線復帰できるぐらいである。また、外人部隊は戦い慣れた者が多かった事も手伝って死者や重傷者は戦いの激しさの割りに少なかった。 だが、消耗した武具や、日に日に消費されて行く糧食や日用品の残量は少ない。 が、ハウレーンもラファリアも焦ってはいなかった。 いざとなれば、イタリアの街を制圧してでも事態を解決しようと思っているからだ。 ……誰にとっても幸いな事に、補給物資を積んだ荷車は外人部隊が街制圧に動き出す前に彼等の元へと到着した。 聖女の迷宮跡を探索せよという指令書と共に。 いくら化け物じみていたところで、 いくらアイテムの魔力を借りていたとは云え、 万の軍を退ける程の闘気を放ち続ければ消耗するのが当然である。 彼、健太郎の場合は躰の内側に潜ませたエンジェルナイトのニアに回復し続けて貰っていたおかげで常識外れの殺気の放散を続けられたのだ。 それでも躰はガタガタになったが、正直に正面から殴り合うよりはマシである。いくら健太郎が人間離れしているとはいえど、2万の敵を殺すだけの時間戦えば疲れてしまうだろうし、敵の数が2万だけで済むとも限らない。 この突破法は、ある意味合理的とも云えるだろう。 消耗が激しすぎて長時間使えなかったり、使用中に必殺技が使えないので強敵と戦うには不向きであったりするが、健太郎が最近編み出したこの技は個人で魔王軍に喧嘩を売っている彼にもってこいの技であった。 ともかく、レックスの迷宮内に突入した健太郎は殺気の意図的な放射を止め、その代わりに掛け値無しの“死”を振り撒き始めた。 その手にある魔剣カオスと邪悪なる力の石が彼に甘く囁く破壊の欲求に素直に従って。 ダンプカーの運転席に座って歩行者天国を爆走する幼児のように……。 ヘルマンでウィチタが人員募集のポスターの前で唸っている頃、 ゼスのもう一人の忍者であるカオル・クインシー・神楽は、魔の森の真っ只中で斥候任務の真っ最中であった。 いざ開戦となった場合、敵の拠点や魔物の生息地を爆撃で焼き払えるように予め場所を特定しておこうというのだ。 非戦闘員がどうのとか、人権はどうしたとか聞こえてきそうな作戦ではあるが…… 勿論、彼等ゼスの人間やそれに同調する者達にとっては、魔物の生存権など論じるに足りない話題でしかない。それよりも、人間界の過半が魔王軍に占領され、人間の生命や自由が危機に瀕しているのが問題とされているのだ。 当然ながら、カオルもそんな事はまるで気にしていなかった。 魔の森で罠を張っていた食肉植物に捕まって消化されそうになっていた所を、通りかかった親切な神風の親娘に助けられるまでは。 気を失いかけ、毒で痺れて動けなくなっていたカオルを手当てし、動けるようになるまで無言で見守っていた母らしい神風と、ちっちゃいながらも弓矢を持ってちょこちょこと動き回っている娘らしい神風。 その二人は、カオルが動けるようになったと見ると無言のまま去って行った。 カオルが礼を言おうかどうか逡巡した僅かな隙をついて。 それは、彼女らが演習中のゼス軍に血祭りにされる、ほんの3日前の話である。 しかし、神ならぬ身であるカオルには、そんな事になるという事も、そんな事になってしまったという事も分らないのであった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回は少なめサイズ〜。 なんか「正義」看板にして戦争しようってゼス(人間の国)の方が悪そうに書いてるのは、多分コメの国の影響でしょう(笑)。 |
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