鬼畜魔王ランス伝

   第70話 「過激にファイヤー!」

 現在23人いる魔王ランス配下の魔人の中でも、ケッセルリンクは特異な立場にいた。
 彼の任務はカラーの住むクリスタルの森とカラーたちを守る事に限定されており、それ以外の任務は全て免除されていたのだ。
 しかも、カラーを守る為に必要であるならば、他の魔人に応援を要請したり、魔王本人の呼び出しですら無視できるという特権を持たされてさえいた。
 ある意味、男の魔人の中で最も重用されていたとも言えるだろう。
 例え「ヘマしたらお前のとこのメイドに落ち度を償って貰うからな。」と言われているにしても。
 魔王様の妃の一人とも言えるカラーの女王パステルとの間に生まれた現在ただ一人の魔王ランスの娘であるリセットの護衛を任されているのだから。

 そんな彼のささやかな楽しみ。
 午後のティータイムを邪魔しようという輩が土足でちゃぶ台をひっくり返す勢いでやって来たのは、もう今年も残すところあと数日といった日の午後であった。
「これは……」
 突然眉を顰めた主人に、お茶の支度をしていたメイドが不安げな声を出す。
「申し訳ありませんケッセルリンク様。何か粗相をしてしまったでしょうか?」
「いえ、あなたではありませんよファーレン。……どうやら無粋なお客様のようです。パステル女王にカラー全員をこの館に避難させるように連絡を。アルカリアはホルスの伝令に援軍の要請を。」
「「はい、ケッセルリンク様。」」
「エルシール、加奈代、リリム、パレロア、シャロン、バーバラ。お前達はここで篭城の準備をしておきなさい。どうやら、簡単に片付く数ではなさそうだ。」
「「「「「「はい、ケッセルリンク様。」」」」」」
「私はカラーの森を、お前達を守る為に行く。後の事は任せた。」
「わかりました。お気を付けて私達のケッセルリンク様。」
 バルコニーから一陣の風と共にケッセルリンクの姿が音もなく消えた。
 それをメイド達が頭を下げて見送る。
 そして、バルコニーには誰もいなくなった。
 謎の妖剣士、勇者に続く第三の強敵、ゼス軍を迎撃する為に……


 その頃、真っ先にカラーの森からの援軍要請を受け取るであろう位置にいる魔人アールコートは……
 魔王城に帰還するべく直属の配下である魔物500体と共にローレングラードから番裏の砦Bへ続く街道上にいた。
 その軍中に元ヘルマン王女シーラを乗せたうし車を連れて。
 それを密かに追跡している一人の男がいた。
『シーラ様、今お助けします。待っていて下さい。』
 そう決意を固めて魔王軍の軍列を見る目には、たぎる怒りと冷徹な思考が混じり合って同居していた。彼の怒りの源泉は、魔王軍が“彼の”シーラ様を拉致したのみならず、麻薬すら投与していた事にあった。シーラ様を連れて脱出するのは不可能だと判断せざるを得ない厳重な警備態勢が敷かれているのでなければ、とっくに救出に踏み切っているのではあるが……。
 勿論、シーラを麻薬中毒にしたのがステッセルである事や急に麻薬を断つと禁断症状で狂死しかねないほどの重症である事など、ヘルマンが瓦解してすぐに逃げた仇敵ステッセルの足取りを追跡するのに忙しかった彼には知る由もない。
 男が見守る前で、アールコートの部隊の前を塞ぐように大勢の人間が現れた。
 槍を主体とした武装とロクに揃ってない防具から察するに、恐らく市民兵であろう。
『かなわんなぁ。はよシーラはん救出してもろて、そっちにかかりきりになってもらわんと……わてが逃げ出す事もできんわ。』
 等と内心思っている小太りというには太り過ぎている眼鏡の男が手を振り下ろすと、
「シーラ様をお救いしろ!」
「ヘルマン万歳!」
「魔物をぶっ殺せ!」
 と言いながら、彼等は手に手に持った武器を振り回してアールコートの軍に向かって襲いかかって来たのであった。


 また、ケイブリスの城に駐留中のブラックドラゴンの魔人ガングは、かの凶剣士小川健太郎らしき人物がレックスの迷宮に現れたという報告をやっと受け取った。
 魔王城を始めとする関係各位へ伝令を走らせ、壊滅した迷宮守備隊の代わりに用意していた本格的な討伐軍を出発させ、健太郎捜索の為に散っていた兵を呼び戻すように指示を与えると、彼自身はすぐさま翼をはためかせた。
 敵の待っているであろうレックスの迷宮へと。


「ほーっほっほっほ。消えなさい雑魚ども。暗黒ビーム!」
 千鶴子が放つ闇色の光線が一閃すると、決して弱くはないはずの魔物兵たちがまとめて薙ぎ倒されて行く。歩兵たちが一進一退の戦闘を続け、闘将たちが敵の戦列をムリヤリ切り開いていく。戦術的には無駄の多い動きではあったが、ゼス軍は個々の強さだけで押し気味に戦闘を進めていた。
 カラーの森守備隊の魔物兵たちは、防戦に徹する事で何とか戦線を維持してはいるものの、全滅は時間の問題と思われる程の勢いで損害を受けていた。
 だが、開戦以来初めて彼等を喜ばせる話題がやって来た。
 700体のラバーを引き連れた司令官、ケッセルリンクが到着したのだ。
「闘将に魔法機。聖魔教団の遺産か……魔法部隊、鉄人形に攻撃を集中せよ。前衛部隊は人間の方を叩け。」
 状況を即座に判断した指示によって、魔物軍の動きは見違えるほど良くなった。
 しかし、既に兵力の過半を失っていたため、戦況を覆す事はできなかった。
 それに……
「火炎流石弾! 燃えなさい! 忌々しい森ごとっ!」
 魔物たちが木々と一緒くたに激しい火炎に焼き払われ、火災が発生する。ついでにゼス軍の歩兵たちも何十人かまとめて黒焦げになる。
「ほーっほっほっほっ。お馬鹿で役立たずなアニスでも魔力だけはあるんだから、こうして私が有効に活用してあげるわ! 黒色破壊光線!!」
 儀式による増幅無しに撃ったにもかかわらず、攻城兵器級の威力と広大な効果範囲の黒い光線が、敵味方関係無しに消し飛ばす。
「絶対零度! 私に逆らおうなんて千年早いのよ。おーっほほほほ。」
 不幸にも効果範囲にいた魔物たちが、更に不幸な闘将たちと一緒に凍らされ、あまりの極低温によって砕け散ってゆく。
 敵の指揮官らしき魔法使いの非常識な威力と魔法の使い方が、ケッセルリンクの常識的な戦闘指揮を上回る勢いで彼の指揮下にある兵力をもぎ取っていっているのだ。
『まずいな……このままでは村まで突破され……』
 ケッセルリンクがそう思った時だ。
 突如として、空がにわかに掻き曇った。
「やっほ〜! 助けに来たわよ、ケッセルリンク!」
 偽エンジェルナイト500体と共に、手にした大型の魔道ライフル“烈氷砲”からスノーレーザーを連射して次々に闘将を破壊しているサイゼルと、
「ここで何とか食い止めないと……」
 やはり偽エンジェルナイト500体を率いて歩兵部隊に致命傷を与えるべく、手にした魔道ライフル“爆炎砲”からファイヤーレーザーを連射しているハウゼルが応援にやって来てくれたのだ。恐らくは、援軍要請が届いてすぐに来てくれたのだろう。
 戦闘能力的にはゼス軍の中でも最低であるが、カラーにとっては最も脅威度の高い『人間のオス』の集団を最優先で撃破しようとするハウゼルの姿勢に、ケッセルリンクは心の余裕を取り戻し、わずかに微笑を浮かべた。
『これで戦況は五分。どうやら、あの娘たちを泣かせずに済みそうですね。』
 メイドたちが彼の失策の責任を取らされて魔王様の慰み者にされるのも御免被るが、カラーたちが襲われたり殺されたりするのも元はカラーであったケッセルリンクには我慢出来ない事である。間違ってもゼス軍……クリスタルの森に攻め込んできた不埒者ども……を許す気などなかった。
 とはいえ、あのレッドアイでさえ力負けしそうな威力の攻撃魔法の乱打は危険だ。よもや魔人にまではダメージを与えられないだろうが、部下が全部やられてしまっては敵の侵入を防ぐ事は不可能になってしまう。……魔人とて、あの魔力を背景に封印呪法をかけられてはマズイかもしれない。
 ケッセルリンクは、610体にまで減ってしまった防衛隊の残存兵力を率いて、ゼス軍がこの場を突破するのを妨害する事に最優先で投入した。
 敵の撃破は、援軍のサイゼル・ハウゼル姉妹に任せて……

 しかし、敵の指揮官の行動は、やはり常識的なケッセルリンクの計算を超えていた。

「さあ、もっと魔力をよこしなさい。愛するガンジー王のために! 化け物なんて皆殺しにして魔法の材料にしてやるわっ!」
 そう言って手にある極彩色の杖を握り直すと、千鶴子の周囲を巡っている五色の球体の輝きが増して行く。球体の1個1個が破壊光線クラスの魔力を溜め込んでも、魔力の増大は全然止まる気配がなかった。
 一気にケリをつけようとして巨大魔法の詠唱に入った千鶴子の顔は鬼女か阿修羅の如く凄絶な殺気が浮かび、味方の魔法兵でさえ恐怖で絞り上げていた。
 恐怖を媒介として味方の魔法兵からさえも魔力を絞り上げて集められた魔力は、五色の球体に蓄積されて段々直視するのも困難なほどの光輝を帯びてゆく。
「いいわ、いいわ。待ってなさい化け物。もう少しで残らず片付けてあげますわ。おーほほほほ。」
 千鶴子はその光景に酔ったように調子っぱずれな笑い声を上げた。

 一方、その光景を見て肝を冷している者もいる。
「正気か? あんな魔力を炸裂させたら撃った方もただでは済まんぞ。……仕方ない、放っておいたら大変な事になる。」
 片手で眼鏡を直したケッセルリンクは、自軍の指揮を放り出して姿を消した。


『コンバートめ……』
 隠れ場所から戦況を……正確にはシーラ様を救出する隙を……窺っていた眼鏡の男は、深い溜息をついた。最初からわかってはいた事ではあるが、コンバートは軍を率いる将軍としては弱い。それを否応無しに再認識させられていたからだ。
『やはり私が直接指揮した方が……いや、それではシーラ様を救出する能力のある人間がいなくなる。』
 最初から、市民兵2000程度で魔人アールコートが指揮する魔物兵500に勝とうとは思ってないところは流石であるが、単なる捨て石程度にしか思っていないところは酷いとしか言い様がない。
 これもステッセルを追跡して邪悪な心が身につくとされている“悪の塔”に入り込み、中で散々捜し歩いてしまった結果であろうか。今のアリストレスの顔は嫌い抜いていたステッセルに勝るとも劣らない陰険な表情を浮かべていた。
 そして、遂に彼が待っていた瞬間が現れた。
 市民兵たちが魔物に追い散らされ、その追撃に夢中になってシーラ様を運んでいるうし車周辺のガードが甘くなる時を。
 アールコートが魔物を統率し直すまでが勝負。
 すかさず隠れ場所から飛び出し、走りながらのクロスボウの速射で次々と残っていた護衛の頭を撃ち抜いて行く。
「お待ちしていて下さいシーラ様。今、お助けします。」
 1分とかからずに護衛のモンスター9体を片付け、涎を垂らさんばかりの勢いでうし車のドアを開けようとしたアリストレスの脇腹に、背中に、首筋に、突如として鋭い痛みが走った。
「困るのよね、ホント。これ以上あいつが怒りそうなネタ増やさないで貰いたいわ。」
 妄想で注意が散漫になっていたアリストレスを逆に奇襲したのは、クリスタルの森からカラーの危急を知らせるべく魔王城へと急いでいた魔人見当かなみである。
 偶然のいたずらというものであろうか、帰還の途上にあった彼女が現場を通りかかった事がアリストレスの運の尽きであった。
 急所はかろうじて外れていたものの、刺さった飛び苦無に即効性の麻痺毒が塗布されていたのを自分の躰の状態で悟ったアリストレスは無言で逃げ出した。暗殺者としての修行で毒には多少の耐性がついてはいるが、それでもじきに動けなくなると判断したからだ。
 ここは逃げなければ捕まるだけだ。悔しいが、シーラ様を救出するには出直すより他に選択肢がない。
 その判断自体は正しかった。
 さっきまでの状況であれば。
 動けなくなる前に少しでも距離を稼ごうと街道をローレングラードに向かって駆けるアリストレスが最後に見たものは……
 正面から迫り来る魔物の軍勢と、その先頭に立って疾風のように駆けて来る赤い鎧の小柄な女将の放った三角形に煌く斬線であった。
「バイ・ラ・ウェイ!」
 彼の耳が受け取った情報を頭が理解する前に、彼の頭は斬り砕かれて機能を喪った。
 アールコートの軍に気を取られ過ぎて周囲の状況を把握できなくなっていた事が敗因であったと悟る前に。
 コンバートが市民兵で出来た死体の山の仲間入りをしていたのも、殺されてしまったアリストレスにとっては、もはやどうでも良い事であった。
 ただ一つ、シーラ様の事が気がかりではあったが……それも、もはやどうしようもない事であった。


<ブンッ!! ガキッ!!>
 霧状の姿から戻り際に放った鉤爪の一閃は、千鶴子の居た場所を正確に通過した。しかし、すんでのところで気配を察知して身を捻ったおかげで千鶴子本人は回避に成功した。
 ただ、構えていた杖は爪に引っ掛けられ、手から弾き飛ばされてしまった。
「しまったわ!」
 その途端、五色の球体は不規則に歪み、激しく明滅を始めた。制御を失ってしまっているのは誰の目にも明らかだ。
<カッ!!!!>
 そして、次の瞬間には爆発した。
 巨大なキノコ雲を上げて。


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 ああ、また卑怯なとこで話を切ってる私(笑)。
 コンバートやアリストレスは嫌いじゃないです。……が、あまり人が増えると筆者が訳わかんなくなる恐れがあったんで退場してもらいました。ファンの方すみません。
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