鬼畜魔王ランス伝
第77話 「戦禍」 数量比では4倍であるが、個々の兵の戦闘力の差異によって概ね均衡を保っていた戦況はゆっくりとカイトの率いる魔王軍の側に軍配が傾き始めた。 上空の戦いでは、開戦当初は2万もいた飛行モンスターたちの軍勢が498体にまで討ち減らされながらも、ゼス側の航空戦力であるエンジェルナイト3000体を100体足らずにまで激減させる事に成功していた。 地上の方でも、鋼鉄の身体を頼みに無謀な突撃を仕掛けたゼス奴隷兵をベースにした闘将部隊1000体が全滅、2000人いたテンプルナイト隊も常に最前線に立ち続けていただけに戦闘可能な兵員数が半分を割り込み、戦線の穴を塞ごうと酷使された魔法機部隊3000機もほぼ全機が作動不能にまで追い込まれていた。 しかし、魔王軍の方も無傷とはいかない。敵軍の強力な遠距離戦力に実力を発揮させない為に乱戦による消耗戦を仕掛けた事もあって、6万いたモンスター軍の地上部隊が3万5千を大きく割り込んでいた。ゼス側の前衛部隊が半減未満になるほどの損害を受けているとはいえ、ゼス軍の主力である後衛の魔法使い部隊5000がほぼ無傷である事を考えると依然として厳しい状況であった。 この戦況が動くのは、総大将たるカイト自身がカイトクローン部隊545体を率いてゼス歩兵部隊の真っ只中に殴り込んだ時からであった。 「ふんっ!」 拳が振るわれる度に、兵士の頭がグシャリと嫌な潰れ方をする。 「あぁぁぁぁあぁ!」 恐らくゼス側のであろう人間の兵士が、数人がかりで寄ってたかって槍で滅多刺しにした筋骨隆々の上半身裸の男が倒れた影から、全く同じ姿形をした男が兵士たちに襲いかかり、お返しとばかりに鉄拳を見舞う。 カイトが……そして、カイトにそっくりなモンスターカイトクローンたちの奮戦は、ゼス歩兵達の精神に言い知れぬ恐怖を与えた。 「こ……殺される……」 「同じ顔がいっぱいだ。へ…へへへ……」 そして、中でも目覚しい働きを見せている1体の絶大な戦闘力が、装備こそ良くなったものの本質は奴隷兵の時代と変わらないゼス歩兵たちの心臓を鷲掴みにした。 ロシアンルーレットのようなもので、外見からでは区別できないが、運悪く当たりを引いてしまえば人生お終いである。 一人が恐怖に負けて一目散に逃げ出してしまった事が、止めとなった。 「うわぁぁあぁ!! 助けてくれー!!」 「おかあちゃ〜ん!! 怖いよ〜〜!!」 口々に勝手な事を言いながら、人間の世界を目掛けまっしぐらに駆けて行く彼らに退却戦の心得など説いても無駄であった。 『汚い……実に汚い連中だ。殺すのは躊躇しないクセに、殺される覚悟はないというのか。生かしておく価値など無いな。』 それでも、自軍の盾代わりとして活用する為に全滅させるのを避け、一緒に敵陣奥深くへと雪崩れ込む。 こうして、ゼス軍前衛部隊の中央に位置していた部隊が逃げ崩れた為、戦線の各所で防衛線が連鎖的に瓦解してしまった。 戦場の機微に敏な傭兵部隊は素早く後退を始める事に成功したが、他のゼス軍前衛部隊は殺到するモンスターたちの波に飲み込まれてしまい、押し流されるか、砕かれるかのどちらかしか選択できなくなった。 これで『魔王軍の勝利は揺るぎ無し』と思われた、その時。 空が白く染まった。 巨大な飛行物体に遮られ巨大な影を地に広げている日の光に替わり、目を焼く狂暴なまでの輝きが、大地を席捲した。 満を持して放たれた3基の闘神都市が地上に投げ落とした懲罰の矢によって、魔王軍のモンスター兵たちは上空にいた263体を残して消滅し、いち早く戦場から離脱した傭兵部隊を除くゼス軍前衛部隊は壊滅したのだった。 メガラス指揮下の100体のホルス兵が通路を封鎖している間に、残る500体のホルス兵が動力区画の魔気柱を破壊しに行く。 メガラス隊は警備部隊を倒しながら闘神都市内を結ぶテレポーターを破壊し、闘将コアから増援が迅速にやって来るのを妨害する。闘神都市の構造と弱点を魔王軍に的確に突かれた闘神都市Ν(ニュー)守備隊は、至極あっさりと敗退した。 まあ、もっとも、こうまであっさりと倒されるのには別の理由もあるのであるが…… 「我が聖棺まで侵入されるとは……」 舌打ちを押え切れず、司令室の近くにいた全戦力をかき集めて聖棺の防御に回った闘神ニューであったが、 「「ヴォイド・ストーム!!」」 破壊神の撒き散らす虚無の魔力の前では、所詮は蟷螂の斧であった。 元々、闘将が魔法にはそんなに強くないという事情もあるが、ラ・バスワルドの放った広域拡散消滅魔法1発で、闘神ニューと3体のヒトラーを除いた全ての防衛戦力があっさりと無に還されてしまった。 「なんだと!」 「弱いポンコツだわね〜。あの時はもっと強かったはずだけど。」 とても見下した女の声がする。 「姉さん。私達がバスワルドになっていて戦闘能力が上がっているから弱く見えるのだと思うけど……」 それとは別の……しかし、同じ口が発した女の声が、闘神ニューの思考を混乱させる。 「ま、いいか。どうせアレやっちゃえば同じだし。」 その発言を聞いた闘神ニューは、相対している破壊神の視線の先に玉座に座す自分の本体がある事を察した。つまり、眼前の敵が闘神都市最大の弱点を知っている事を悟らされてしまったのだ。とにかく、ヤツを倒さない事には、自分に未来はありえない。 「スーパーティーゲル!」 闘神ニューがかざした両掌から闇の砲弾が物凄い勢いで発射され、 「「ヴォイド」」 バスワルドが無造作に発生させた虚無に吸収された。 「「アタック!!」」 そして、虚無はそのまま闘神ニューではなく、広間の一角に向けて発射された。 「くっ、間に合わん!」 事態に気付いて射線を塞ごうと横滑りする闘神ニューの脇をかすめ、守るように立ちはだかるヒトラーたちごと、玉座に座るミイラは破壊神の放った虚無の直撃を受けた。 <ゴトン!> 大きな音を立て、闘神は床に転がった。 魔力の供給が断たれたというのもあるが、本体である魔法使い本人(のミイラ)が消し飛ばされてしまった為、闘神の方も死んでしまったのだ。 そして、それは…… <ガコン!!!> 闘神都市の“死”も意味していた。 「姉さん、早く逃げないと!」 「うん、わかってるハウゼル。」 虚無を纏った破壊神は、その虚無で触れる物全てを消し去りながら、早くも小石が降り始めた玉座の間“聖棺”から、都市の外へと一直線に脱出した。 そして、メガラスの方も闘神ニューが途中からバスワルド迎撃の為に常駐戦力の大部分を投入した事と、それにかまけて防衛指揮がおざなりになってしまったおかげで、比較的あっさりと脱出に成功した。 所期の作戦目標である“動力源”の確保を達成して…… 堅牢な城館であるカミーラの城に1万のモンスター兵が拠って抵抗を試みた魔王軍のカミーラの城防衛隊であったが…… 闘神都市3基を擁する敵に対してでは、突っ込んで来るダンプカーの前に座り込む行為とたいして変わりはなかった。 代わる代わる発射された下部主砲の凶悪なまでの破壊力によって溶かされたカミーラの城から脱出できた者は誰もいなかった。 迷宮の奥底を歩く靴音がする。 「おい、馬鹿剣。どこ行った。」 何かを呼ぶ、男の声が響く。 「ちっ、まったく……どこに行ったのやら……」 なかなか見つからない何かにイラつく声がする。 一向に治まってくれない頭痛にしかめていた男の顔が、ふと緩んだ。 「ふう。やっと終わりやがったか。手間取りやがって。……おしおきだな。」 健太郎との戦いが終わり、魔王としての力を再び封じていたランスであったが、サイゼルとハウゼルが破壊神ラ・バスワルドに合体していた事によって気力を削られ続けていたのだ。下手をすれば、そのまま自我の維持限界を超えさせられていたかもしれない。 しかし、最悪の事態だけは何とか避けられたようだ。 それだけに、ランスも姉妹にあんまり酷い事をする気はなかった。それは、傍目から見ても楽しそうにアレやコレやの想像を巡らせている様子から見ても判る。 「お〜い、どこに行くんだぞい?」 想像に気を取られていたせいだろうか。地面に転がった剣の柄がある場所を通り過ぎそうになったランスを呼び止めた声がする。 「おお、馬鹿オス。そんなトコにいたか。」 酷い呼び方をされているが、魔剣カオスに相違無い。 「馬鹿オスは酷いぞい。儂には……」 あんまりと言えばあんまりな呼ばれ方に抗議するカオスであったが、 「やかましい。健太郎なんぞに好き勝手されるんじゃ、馬鹿オスで充分だ。」 と言われてしまうと、 「うっ……」 返す言葉に詰まってしまった。 『儂だって……儂だって……好きでやらされていた訳じゃないぞい。』 健太郎が憎悪に振り回されていたせいで、カオスの意識は封印されてしまっていた。先ほど、健太郎の手から蹴り離されるまで目覚めない程の強い封印である。 しかし、カオスの精神衛生には甚だ悪い事に、意識を失っていた間に健太郎が自分で何を斬ってしまっていたのか、何を斬ろうとしていたのかを全て理解してしまっていた。 「それでも、まあ、ここに捨てておくのも勿体無いから拾っていってやる。」 嘲笑と苦笑の間に見え隠れする表情を見た時、カオスはランスも自分と同様な苦しみを抱えている事に気付いた。 「有難く感謝するんだな。がははははは。」 そして、いつもの笑いに険が混じっていなかった事に内心少し安堵した。 再びランスの佩剣に戻るかどうかは置いておいて、魔王に拾われる事に対するこだわりにも似た抵抗心が薄れていくのをカオスは感じていたのだった。 白い爆光の中から、現れた影がある。 天を焦がし、地を溶かす暴虐なエネルギーの渦を掻き分けて現れた影がある。 筋骨隆々の躰を誇示するかのように上半身裸の男だ。 その男は、全身に纏った気を静かに練り上げながら…… ゼス軍後衛部隊に向かって駆け出した。 「ティーゲル!!」 そんな男に向けてゼス軍の魔法使い型闘将の部隊から聖魔法の攻撃が飛ぶ。 「スーパーロイヤルファイヤーレーザー!!」 ガンジー直属の魔法戦士部隊から強力な魔法攻撃が疾る。 「雷撃!!」「火爆破!!」「光の矢!!」「白冷激!!」「闇の矢!!」 ゼス魔法使い部隊から、幾つも幾つも攻撃魔法がたった一人に向けて放たれる。 「神経壊滅ガス。う〜ん、見た目がいまいちかな……」 パパイア・サーバーが人間であれば少し吸っただけでも痙攣して死ぬぐらい猛毒なガスを男に向けて散布する。 しかし、その全ては男に届かない。 「あれが……魔人……」 どこからともなく漏れた呟きが、その原因の全てを語っていた。 そう。 その男こそが、魔人カイト。 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、残影乱舞!!」 魔法戦に適した遠い間合いを一気に詰め、三人に分身して見えるほど高速でゼス魔法兵を一人で薙ぎ倒していく格闘家。パンチの1発で、キックの1発で、何人ものゼス兵が吹き飛ばされ、息の根を止められていく。 そんな魔人を見て、ガンジーは覚悟を決めた。 『我がゼス王国にある対魔人兵器は……私が装備している降魔の剣と吸魔の鎧しかない。ここは、私が出ざるを得ないな。』 未だに慣れない全身を包む板金鎧をガチャつかせながら自軍の先頭に出たガンジーは、一般兵達を腕の一振りで後ろに下がらせた。 「私はゼス国王ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーだ。」 「魔人カイトだ。……何のつもりだ、人間の王。」 罠を幾分か警戒して少し距離を置いて止まったカイトは、ガンジーと目を合わせた。 静寂の時間が流れる。 緊張感と緊迫感、闘気と戦気に満ちた、肌を刺すうねりを秘めた静寂の時間が……。 「私と一騎討…」 「待ってもらおう、ゼス王。」 ようやく口を開いたガンジーの台詞を断ち切るように降って来た3体の機械がある。 「魔人が相手であれば、我々に任せて貰おう。」 身長3mの鋼鉄の巨兵が両者の間に降り立つ。 「スーパーティーゲル! 下がっていて貰おうゼス王。」 カイトが両腕を十字にクロスさせて闇の砲弾をガードするが、押し下げられて地面に溝を刻む。 「おのれ! 時間稼ぎだったか!」 怒りを露わにして鉄拳を見舞うカイトであったが、装甲が凹んでもすぐに復元する闘神のボディに対して決定的なダメージを与える事ができない。 3体がかりでの妨害に、ガンジーのいる場所へ攻撃を放つ事すらできない。 「ビスマルク!」 炎の隕石がカイトの周囲に降り注ぎ、 「メッサーシュミット!」 上空より暗黒の衝撃が降りかかる。 そのことごとくをカイトは、あるいは回避し、あるいはガードしたが、ガンジーの近くからは追い払われてしまった。 「ティルピッツ!」 たくさんの暗黒の矢が襲いかかるのを地面に身体を投げ出して回避し、転がりながら立ち上がる。そこに追い討ちの魔法が飛んで来るのを闘気を纏わせた拳で打ち払う。 ……ホントなら魔人であるからには普通の攻撃など無視しても構わないのであるが、魔王ランスが出来るだけ防御に気を使うように指示を下しているのだ。 もっとも、闘神クラスの攻撃であれば、いくらダメージを受けないと言っても無視出来ない程の威力がある。うかつに直撃を受けてしまえば吹き飛ばされてしまうぐらいの衝撃力があるのだ。 必殺技を出そうと気を練ろうとするカイトであったが、次々に繰り出される魔法攻撃がそれを許さない。 『くっ……ここは退くしかないか……。』 延べ2時間に渡り闘神3体の防御網の突破を試みたカイトであったが、夕暮れが迫ったのを見て渋々退却を始めた。 ゼス軍を迎撃する為に率いて来た8万の軍を失い、単身で…… しかし、カイトの奮戦のおかげでゼス軍本隊の進撃は食い止められた。 多大なる犠牲を払って…… 『やはり、降魔の剣と吸魔の鎧では役者不足であるな。新たな対魔人兵器の開発を急がねばなるまい。』 魔人カイトの戦いぶりを観察していたガンジーは、内心で憂鬱そうな溜息をついた。全くもって予想通りの事態であったからだ。 すなわち、魔法攻撃をしてこない魔人に対して対抗する手段が無いという事である。 故に、彼としては今の時点では出来れば開戦したくなかったのであるが……カラーの森をゼスの正規軍が襲撃してしまったからには、他に取れる方法などはなかった。 “魔族の前に膝を屈する”という選択肢を放棄しているからには。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ううう。今回も難航してますです。 |
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます