鬼畜魔王ランス伝

   第82話 「休戦条約」

<ゲシッ!>
 重く鈍い音がした。
 何か堅いモノに堅いモノをぶつけたような独特の音が。
 ガンジーが渾身の力を込めて突き込んだ折れた剣は、
 ランスの胸に突き刺さる直前で、ランス自身が長いと主張している足によって蹴り上げられ、ブチブチと吸魔の鎧とを繋ぐコードを引き千切られて飛ばされていった。
 あと9cm。
 あと9cmのところで、ガンジーの手から対魔人兵器“降魔の剣”は蹴り飛ばされてしまった。
 もし、もう少し剣が長ければ、ランスの命はなかったかもしれない。
 ……いや、そうではない。
 ガンジーは自分でも意外に思うほど冷静に現実を認めた。
 これならば必ず当たると信じて放った現状の自分で最高の突きが、魔王に見切られていたと言う事を。
 カクさんを斬り捨てなくても対処が可能であると、
 剣が当たる前に蹴り飛ばせる間合いだと、
 敵…魔王ランス…が見切っていたからこそ、ああいう対応に出たのだと認め、しっかりと魔王の目を睨みつけた。
 今回の戦いは負けだ。
 降魔の剣と闘神都市という対魔人兵器をことごとく失ったゼス軍には、もはや魔王や魔人と戦える戦力など残されていなかった。なおも留まって戦うのは、玉砕どころか単なる自殺行為に過ぎない。
 降魔の剣を使った関係上、自らの生命力が許す限りのダメージを食らって貯め込んでいたガンジーは、あの一太刀を放ったのを最後に凍りついたように仁王立ちになり、身動きを止めた。常人なら3回死んでおつりが来るほどに深い手傷を負っているのだから、それも仕方がない事であろう。
 むしろ、未だ立っていられる事に、意識を保っていられる事に驚嘆すべきである。
「がははははは! チェック・メイトだ、おっさん!」
 魔剣シィルの刃を首筋に突き付け、ランスは金縛りにしたカオルを片手にガンジーの目を睨み据えた。
「命乞いをする気はない。殺せ。」
 視線をランスの目から小揺るぎもさせず静かに言い放つガンジーに、不敵な笑みを苦笑に変えたランスがある提案を行った。
「ところで、しばらく休戦する気はないか?」
 と。

 …………

「なんだとぅ!!」
 驚嘆のあまりに出た怒号に似た大音声は、身構えていたランスでも思わずたたらを踏みそうになるほど凄いボリュームで周囲を圧した。
「何故だ! ここで我らを皆殺しにするにさしたる障害は無いはず! 弄る気か!」
 ガンジーの言葉の通り、戦況は完全に魔王軍ペースである。
 闘神都市は2基とも墜落し、対魔人兵器“降魔の剣”も失った。
 もう、逆転する手立ても戦力も残されてはいない。
 それどころか、地上戦力の半数以上が戦闘不能に陥った上、退路を塞がれて挟撃されている為、既に逃げる事すらも危うい状況だ。
「がはははは。お前らをぶちのめすより先にやっておきたい事があるってだけだ。別に、俺様の提案は不利なもんじゃないだろ?」
 ランスの答えは、男相手のものとしては格別に丁寧なものだった。
「そうだな……1年か2年か……その辺りがいいな。あんまり短いとお互いできる事が少なくなるからな。」
 悪戯っぽく笑うランスの目に悪意が見出せず戸惑うガンジーは、
「何を考えている、魔王!」
 とりあえずストレートに疑問をぶつけてみることにした。
「何、簡単な事だ。今回、お前らがあまりにもあっさりやられたんで俺様が面白くなかった。1〜2年も準備期間をやれば、もうちょっとはマシな出迎えの準備ができるだろうと踏んでるってだけだが、何か疑問でもあるか?」
 それは、事実であって事実の全てではない。
 しかし、ガンジーを納得させるには充分な理由であった。
「わかった。休戦の申し出、受けよう。」
 どの道、ここで戦争続行に固執すればゼスの……人類陣営の敗北は避け得ない。
 魔王側から休戦を提案して来たという事は、相手側の利益にもなるのだろうが……。
 この際は仕方ない。
「がははははは。当然だな。おい! 戦闘停止だ! 兵をまとめて引き上げろ!」
 ランスの大きな声と念波は戦場の隅々まで届き、魔王軍のモンスターたちはカイトの城へと続く街道へと去って行った。
 ゼス側も負傷者をまとめ、応急の手当てを行い、散り散りになりかかっていた部隊を整えにかかる。
 後に『骨森会戦』と呼ばれた戦いは、こうして幕を閉じた。


 双方が兵を引き、ゼス軍が戦場に残された負傷者の救護に追われている間も、ランスとガンジーの対峙は続いていた。
「ところで、魔王。そろそろカクさんを放しては貰えないか?」
 言葉こそ多少は丁寧だが、些かの怯みもなく口にした言葉に、
「がはははは。ところで、俺様から提案がある。」
 ランスは、そんな事を言い出しながら、金縛りがようやく解けたカオルを地に足が着く場所までそっと降ろす事で返答の代わりにした。
 カオルがランスの腕から逃れるに任せ、ランスの口は用意していた台詞に微妙にアレンジを加えて話し出す。
「俺様を傷付けられる武器『魔剣カオス』を、その『カクさん』と呼ばれてる娘と引き換えで渡してやろうか? って、事だが……どうだ?」
 人の悪い不敵な笑みを漏らしたランスは、さらっと重大な提案を行った。
「何だとっ!!」
 ガンジーが驚くのも無理はない。まあ、本当に自分を傷付けられる武器を魔王が渡すとは考え難いのだが……。もしも、本当だとすれば非常に魅力的な話だ。しかし……
「フェリス。カオスを持って来い。」
「はい、マスター。」
 逡巡するガンジーを目の前にして、ランスはフェリスを呼び出して預けておいたカオスを出すように命令した。
『高位の悪魔……いや、悪魔の魔人か。』
 ガンジーはフェリスの姿を見て正体を正しく見抜いた。それがために、戦闘が起きてしまっては自分達にとって絶望的だと言う事を再確認させられてしまう。
 しかし、フェリスが虚空から取り出したモノを見ては黙っている事もできなかった。
「そんな折れた剣を掴ませて、魔王を斬れる剣だと抜かすつもりか!!」
 ガンジーの凄まじい剣幕は一触即発の雰囲気を周囲に撒き散らしたが、ランスは涼しい風と受け流した。
「おう。儂が魔剣カオスじゃ。」
 ガンジーの怒号に答えたのはランスではなく、その当の剣そのものであった。
「がははははは。カオスがどんな剣か知らんようでは、ゼスの知識とやらもたいした事がないな。この馬鹿剣が正真正銘の魔剣カオスだ。」
「ぬう。馬鹿剣とは酷いぞい。儂に女も抱かせてくれないクセして。」
「がはははは。てめえを回収してから忙しかったんだから仕方が無いだろ。それに、連中に渡せば存分に抱かせてくれるんじゃないか?」
 それを聞いてカオスが目の色を変えた。
「なに! 本当か!?」
「がははは。何せカオスを復活させるには、腹が立つがそれしか方法が無いからな。」
 実際、ランスも元魔王ジルに折られたカオスをセルさんを抱かせる事で復活させた前歴があるので、カオスの復活方法については良く知っているのだ。
「よし、わかった。そういう話なら、存分に働いてやるぞ。」
 掛け合い漫才のような魔王と魔剣の大声での相談に面食らっていたガンジーとカオルではあったが、その間にカオスの値踏みも慎重に行なっていた。
『折れている状態ですら凄まじい魔力を感じる……本物である可能性も否定できんな。』
『知性を持つ女好きの魔剣。それだけでも強力なマジックアイテムですが、果たして本当に魔王を切れるかどうか……』
 二人の表情に半信半疑という戸惑いが浮かび始めたのを見計らって、ランスは切り札を切り出す。
「口で言っても信じられんだろうから、斬ってみるか?」
 と、言って刀身が折れたままのカオスをポンと放り投げたのだ。
「正気か、魔王?」
 それを受け取ったガンジーは、魔剣から流れ込む破壊衝動に耐えながら睨んだ。
「折れたままなら、たいした切れ味もないだろうから1回ぐらいなら許してやる。」
 言いつつ突き出した右掌に、
「行くぞ! カクさん! せやっ!!」
 すかさず斬りつけるガンジー。しかし、目標は右掌などでは無い。その奥に見える喉笛だ。踏み込む足を僅かに右に逸らして、ガンジーは折れたカオスを思い切り振り抜く。
「はい、ガンジー様!」
 そして、斬撃にタイミングを合わせて素早く取り出した棒手裏剣数本を投げるカオル。
 ガンジーの斬撃は案の定ランスがスッと動かした右掌で止められ、眉間・首筋・脇腹に見事に命中した棒手裏剣はあっさりと弾かれた。
 棒手裏剣は確かに急所に命中はしたが、刺さる事を許されていないかの如く、皮膚で弾かれて地面に力無く落ちた。だが、折れた魔剣カオスは、かすり傷程度の浅い傷ではあったものの魔王に手傷を与えたのだ。
 まさか、本当に魔王を斬れる武器を気軽に渡されるとは思っていなかった二人は、攻撃が効いた事にかえって面食らって言葉を失った。
「ま、取り敢えず返せ。」
 呆然となったガンジーの手からもぎ取るようにカオスを奪い去ったランスは、隠しから世色癌を取り出して口に放り込み出血を止めた。
『いつつつつ。魔法使いの筋力じゃないぞ、おっさん。思ったよりも痛かったぞ。』
 内心そう思いながら、懐から出した布で刀身と掌の血糊を拭い取る。
「がはははは。で、どうだ? 欲しけりゃ交換してやるぞ?」
 朗らかにのたまう魔王の言葉に、
「ぬう。」
 ガンジーは迷った。
 確かに魔王を傷付け得る武器は喉から手が出るほど欲しい。
 だが、交換条件でカクさんを魔王に売り飛ばすのは気が進まなかった。欲求不満の悪人を改心させる為に一時身を任せるのとは訳が違うのだ。……この時点で既に常人の考え方とは決定的にズレているが、当人は全然気付いていない。
「そうか、欲しくないのか。じゃ、この話は…」
 がっかりした顔でカオスを仕舞おうとするランスを、
「待って下さい!」
 カオルが止めた。
「ん、なんだ?」
「私があなたのものになれば、本当にその剣を渡して貰えるのですか?」
 真剣な目で問うカオルの姿に……
『かかった!』
 と内心で小躍りしたランスは、表情には出さないように苦労しながら答えた。
「がはははは。まあ、こいつはこいつで役には立つんだが、俺様は別に俺様専用の剣があるからな。キミみたいなかわいこちゃんと引き換えなら喜んで交換してやるぞ。」
 ふざけている態度に隠された真剣な瞳を垣間見たカオルは、いよいよ決心を固めた。
「わかりました。それでは…」
「カクさん!」
「ガンジー様。今まで有難うございました。私の代わりに、魔剣カオスを人類の……ガンジー様の為に御役に立てて下さい。」
 軽く一礼するカオルに二の句を途切れさせ、やっと一言だけを口に出す。
「すまぬ、カクさん。」
 涙こそ流さないが辛そうな顔を見せるガンジーに、
「いえ、ガンジー様の為なら、この身がどうなろうとも構いません。」
 むしろ、嬉しげな顔で言い切るカオル。
「がはははは。交渉成立だな。」
 にこやかにカオスを放り投げ、ランスは代わりとばかりにカオルの柳腰を横抱きに抱えた。それはもう、嬉しそうに。
「休戦期間は、そうだな……RC4年の1月5日までだ。それでいいか?」
「承知。」
 圧倒的な優位にある魔王側の都合で進んでいるように見えるが、少しでも時間が欲しいのは魔王側より寧ろゼス側の方である。
 2年もの休戦期間は、それだけで僥倖と言える。
 魔王側の意図が何であれ、与えられた時間を最大限に生かせば勝機は見つけられるかもしれない。いや、必ず見つけて見せるとガンジーは心に誓った。
「がはははは。それじゃ早く帰れよ、お前ら。」
 そう言い残すと、ランスはカオルを持って飛び去って行った。
 自らの城、魔王城へと向かって。

 こうして、『第二次ゼス攻防戦』と呼ばれた一連の戦いは終わった。
 だが、それがゼス王国と魔王軍との最後の戦いでない事は、誰もが承知していたのだった。


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 今回は、カオスの身の振り方とカオルについての話だったりします(笑)。
 あと、題名通り『休戦』の事ですな。
 ちなみに1月5日はランスの誕生日です。
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