鬼畜魔王ランス伝

   第94話 「誤解と誤算」

 玄武城の最上階。
 そこで気持ち良く寝ていた美しい少女は、ランスのエッチな悪戯によって目覚めさせられた。
 リズナと名乗った少女は、薄い夜着代わりの襦袢姿のままランスの前に立っている。
「ところで、どうして助けに来たはずの方が寝込みを襲おうとしたのですか?」
 心底不思議そうな問いかけに、
「ああ。ここに来てから妖怪だの人形だのしか見てなかったから、リズナちゃんも人形なのかと思って確かめてみただけだ。」
「そうなんですか……。」
 リズナも玄武の作った人間そっくりの精巧な人形“和華”は見た事があるので、その答えに一応は納得した。……あっさり丸め込まれたとも言う。
「ところで、この城にはリズナちゃんしか人間はいないのか?」
「はい。ところで、失礼して着替えてきたいのですが。」
 肌着一枚で初対面の男の前に立っているのは、さすがに恥ずかしいのだろう。
「がはははは。なんなら、ここで着替えるか?」
「いえ……それは……」
 いやらしさが滲み出ている笑いに、リズナの顔も少々引きつる。
 が、
「まあ、冗談だ。で、俺様はどこで待てば良い?」
 笑い止めたランスの表情には本気が多分に混じっていたように見えたが、リズナはそれを見なかった事にした。
「この場にてお待ち下さい。今、布団を片付けますので……」
 閉め切っていた板窓を開いて、押し入れに布団を片付けると、部屋の印象は見違えるように明るく広くガラリと変わる。
 そうしてから、リズナは隣室へと立ち去った。

 それから10分ほどが過ぎ……
「あっ、勇者様。もういいですよ。お待たせいたしました。」
 しびれを切らしたランスが畳から立ち上がると、ちょうどリズナが呼びに来た。
「リズナよ。そのお方がランス殿か。」
 リズナの肩に乗ったままでランスを見つめる1体のハニーが、そうのたまう。
 そのハニーはいわゆるぷちハニーと言われる種族らしく小さな体躯をしており、偉そうな白い口ひげを生やしており、JAPAN様式の兜を身に着けていた。
「はい、景勝。私を助けに来て下さった勇者様と……。」
「で、そのハニワは、なんだ? さっきはいなかったが。いつ湧いた? なんなら今すぐ始末しようか?」
 剣呑な視線を向けるランスに臆せず、
「私の唯一のお友達、景勝です。」
 穏やかに言葉を返すリズナ。
「景勝(かげかつ)と申す。以後、お見知りおきを。」
 その挨拶にろくろく挨拶も返さず、ランスはじっと相手を値踏みした。
『ぷちハニーか……まぁ俺様ならいつでも殺せるから放置しておくか。ここで手出しするとリズナちゃんを落とすのが面倒になりそうだ。』
 内心の考えが浮かんでいるのか、人の悪そうな笑みがランスの口元に浮かぶ。
「…………あの。勇者様は……私を助けに来てくれたのですよね。」
 それには気付かず、期待の眼差しを注ぐリズナ。
「もちろんだ(助けて、そのお礼に1発。うん、嘘は言ってないぞ)。」
 胸を逸らして答えるランスに、リズナは信頼の…景勝は疑惑の目を向ける。
「では、この永久保護魔法…」
 正直に事情を打ち明けようとしたリズナを、
「待てぃ!! リズナ。」
 景勝の一喝が止めた。
 そして、ランス達から少し離れて、景勝はリズナとヒソヒソ話を始めた。
 リズナの手に乗せられた景勝は耳元に寄せられ、通常では有り得ないぐらいの小声で内緒話をしている。
「あの男をたやすく信じるで無い。あれは、悪人だ。」
 その声をひそめて行なわれた会話の内容は、魔気をほぼ完全に抑え込んで気配を人間並みにしているランスには聞こえなかった。
「でも、私を助けに来た勇者様とご自分で名乗られていましたよ。」
「あんな悪人面の勇者はいない。景勝の経験から断言する。」
 随分な言い草であるが、確かにランスは善意で人助けをするタイプではない。
「……悪人なのですか……」
「そうだ。だから信じるな。信じた結果どうなるかは、身を持って知っているはずだ。」
 景勝の意見に沈黙するリズナ。
 確かに、彼女はこれまで散々騙され、酷い目に遭い続けているのだ。
「あぶないあぶない……。また、騙される所でした。」
「この男は、17年ぶりのチャンスと思え。」
「チャンス……ですか。」
「そうだ。あの男を利用しろ。」
 流石にあからさまな密談が長引くと、
「おい、何をひそひそ話をしてる。不愉快だぞ。」
 当然ながら蚊帳の外に置かれているランスは面白くない。
「あっ、すみません(景勝の言う通りだ。よく見ると悪い人に見える)。」
 リズナは心を決めると、一つ試しに聞いてみる事にした。
 ランスが自分の事を知ってここに来た人なのかどうかを……。
「勇者様、一つ聞いてもよろしいでしょうか。」
「いいぞ。俺様の好みを知りたいのか? 金髪ロングで和服なんて、実に好みだぞ。」
「いえ、そうではなくて……。勇者様は、どのような手段で私を助けて下さるのでしょうか?」
「それか……。実は、俺様はリズナちゃんが困っているのは見て分かったが、何で困っているかは知らないんだ。ここには迷い込んだんだしな。」
「え……」
 その答えは、リズナの意表を突いた。
 てっきり嘘八百な答えが返ってくるか……。もしかしたら……もしかしたら、ちゃんとした対策が返って来るものだと思い込んでいたからだ。
「だから、リズナちゃんが何で困ってるのか言ってくれないと答えようがないぞ。」
 それは、ランスが国王としてやっていく為にマリスに仕込まれた弁論術である。
 ランスが身につけているのは初歩の技法とは言え、元々騙され易いリズナを説得するには充分な業前であった。
「え…と……それは……」
 何せ、ランスは嘘を口に出していないのだ。
 しかし、
「リズナ!! 待てぃぃ!!」
 慌てて止めに入り、そのまま、また密談モードに入る景勝。
「これは、あの男の手管だ。騙されてはいかんぞ。」
 相手が思ったよりも手強い悪人だと気付き、景勝の説得にも力がこもる。
 たいていの悪人なら馬脚を表すであろう良い罠だと思えた質問を、あっさりと切り返してしまったからだ。
「はっ。いけない。つい、また騙されるところでした。」
 ランスの口元に浮かぶ人の悪い不敵な笑みを見て、改めて気を引き締めるリズナ。
「そうだ。しっかり自分を持つのだぞ、リズナ。」
 それを景勝が後押しする。
「ところで、どんな助けが欲しいんだ、リズナちゃんは。」
 声を掛けなければ何時までも放って置かれそうな雰囲気を察したランスがそう言うと、
<ぐ〜〜〜>
 盛大な虫の音がランスの腹から聞こえてきた。
「ところで……お食事にしませんか、勇者様。」
 気を利かせた申し出に、
「おう。食うぞ。」
 一も二も無く肯くランス。
「では、詳しい話はそこでする……と言う事でよろしいですか。」
「がはははは。わかった。」
 そして、一同は連れ立って移動した。

 広々とした畳敷きの広間。
 食堂。
 その真ん中付近に、お膳が3つ並んでいた。
 離れて並ぶ14のお膳は、ランスが配下にしたモンスターの分だ。
 お膳にJAPAN風のごちそうが並んでいるのを見て、
「ほう。これは美味そうだ。リズナちゃんが作ったのか?」
 と思わず漏らすランス。
「いいえ。」
「まさか、お前か……ハニワ。」
 実に嫌そうに言うランスの言葉に、
「いえ、景勝は不器用にて食事の手配などは出来ませぬ。」
 いささかも腹を立てる事無く答える景勝。
「……?? 他に誰かいるのか?」
「ここのお食事は、自動的に用意されるので作る必要はないのですよ。」
 リズナの説明に首を捻るランス。
『ん……こういう魔法……あったかな……』
 しかし、なんだなんだ言っても、やはり腹の虫には勝てない。
「がははは。いただきます…だ。」
 深く考えるのは止め、ランスはモリモリ食べ始めた。

 ………………

「ところで、リズナちゃんが俺様に助けて欲しい事って何だ?」
 取り敢えず、ある程度腹の虫が落ち着いたところで、ランスは本題を切り出した。
「はい、実は……」
「待てい!! リズナ。」
 馬鹿正直に話そうとするリズナを制止し、
「本当の事を言ってはならぬ。」
 ひそひそと耳打ちする景勝。
「でも、この人、いいひとかも……」
 自然と密談向きなひそめた声で返すリズナ。
 元々人が良いのだろう。そう長くもない時間のウチにリズナの心は揺らぎ始めていた。
「いや、痴漢だ、痴漢。幾ら人形かどうかを確かめるとはいえ、身体をあれほど触る必要はあるまい。」
「えっ……」
「景勝は、見ていたぞ。リズナの乳房をもみもみと……」
「あぶない、あぶない。騙されないように注意。」
 しかし、リズナは気付いてなかった。現場を見ていたのなら、ランスが触る前に景勝がリズナを起こしていれば触られずに済んだかもしれないという事を……。
「そうだな。ひとつ仕事をしてもらう事にしよう。ヒマワリ退治を依頼してみろ。」
「ヒマワリ……南の門を塞いでいるという暗黒ヒマワリですか。」
「そうだ。いずれ脱出する為には必要な事だからな。」
「……はい。」
 納得したのか小さくリズナが肯いたところで、ランスが我慢し切れずに声を掛けた。
「どうした、またひそひそ話か。」
 さすがに目の前でこうも連続して内緒話をされたのでは、ランスでなくとも気を悪くしようと言うものだ。イラついたランスの声を聞いて、二人とも居住まいを正す。
「すみません。あの助けて頂きたい事ですが、実は……」
「ふむふむ、なんだ?」
「城の外に生えている暗黒ヒマワリを退治して頂きたいのです。」
 それを聞いて、ランスは街の門にびっしりと生えていた不気味な花の事を思い出した。
「あ、あのシャーシャーという奴だな。」
「……はい、多分そうです。」
 微妙な表現に少々の不審を感じたランスではあるが、
「いいだろう。美少女が困っていたら助けるのが勇者の役目だ。退治してやろう。」
 特に追求もせず、思いっきり安請け合いした。
「ありがとうございます。」
「がはははは。まあ、大船に乗った気分で身体磨いて待ってろよ。」
「どういう意味でしょうか、ランス殿。」
 横合いから言葉の意味を問い質す景勝に、
「美少女が勇者に支払う報酬って言えば、決まっているだろうが。」
 ニヤリと笑って答えるランス。
「う……(やっぱり、この人は悪人かも……)」
 そのやり取りの後、ガハハハと笑いながらモンスターたちを引き連れて食堂を出て行くランスを見て、リズナは漠然とそう感じていたのだった。
「リズナ。17年ぶりの来客だな。」
「はい、今度こそは……騙されないようにします。そして、力を合わせてこの城から脱出します。」
 ランスたちが退出した後、リスナと景勝は今後のことについて話し始めた。
「それは、甘い考えだ。」
「……えっ。……そうですね。この城から出る方法なんて見つかる訳が……」
「そうじゃない。あの者を利用するんだ。今度は、騙される立場でなく騙す立場にまわるのだ。」
「でも……騙すなんて……」
 罪悪感にかられて躊躇するリズナを、
「永遠に出られなくてもよいのか?」
 脅迫混じりで強引に納得させる。
「……それは…」
「今から作戦を伝授する。よく聞くように。」
 景勝の真剣な目に、
「はい。」
 リズナも姿勢を正した。
「あの者が暗黒ヒマワリを倒して戻って来たならば、『抱かれるのはムードのある場所がいい』とか何とか言って城外へと向かうのだ。そして、案内をするフリをして、先に城の外へ出るのだ。決して城外に出るまでは悟られるでないぞ。」
「はい。でも、大丈夫でしょうか……。」
 不安そうに俯くリズナに、
「大丈夫だ。幾らあの男が強くても、この城に張られた結界…永久保護魔法…を力尽くで破る事はできん。先に出さえすれば何とでもなる。」
 自信たっぷりに保証する景勝。
 しかし、この作戦には落とし穴が一つあった。
 致命的なまでに大きな大きな穴が……。
 だが、二人ともそれに全く気付いていなかったのだった。


 その頃、クリスタルの森の西のはずれでは……
「ん……これは……人間どもが我々を追ってきているようですね。」
 ケッセルリンクが、ならず者の集団が向かって来ているのを察知していた。
「どうなされたのですか、ケッセルリンク様。」
 瞑目して風に乗って伝わって来る気配を探っていたケッセルリンクに、遠慮がちな声がかけられる。
「パステル女王。どうやら、人間の軍勢が迫ってきているようです。」
 ケッセルリンクが探ったところでは、敵は放っておけば遅くとも一両日中には追い付いて来そうな距離にまで達している。
「そうなのですか。」
 簡潔明瞭に告げられた事態にパステルの表情は暗くなる。
「つきましては、迎撃の許可をいただきたく……」
「わかりました。ケッセルリンク様のお好きなように。」
「はっ、有り難き幸せ。」
 そうして、現在最大の兵力を有するメガラスの部隊とカラーの森警備部隊の生き残りに後を任せて、ケッセルリンクは単身進行方向と逆へと飛んだ。
 我が身を霧に変じて。


 これまでに部下にしたモンスターは残らず城に待機させ、ランスはさっそく南門に巣食う暗黒ヒマワリの退治に乗り出した。
 途中、店に寄って世色癌を購入しておいたランスは、
「さて……とっとと片付けてリズナちゃんをモノにするか。」
 などと呟きながら魔剣シィルを抜き放つ。
「がはははは。行くぞ!」
 ズパズパズパズパと小気味良く裁断されていく暗黒ヒマワリ。
 だが、一向に減る気配はない。
「おら、お前も働け。」
 シィルに向かって命じながら、自分もせっせと切りつけ続けるランス。
 やはり美女が絡んでいるとなると、俄然やる気が出るようだ。
「はい。ファイヤーレーザ−!」
 シィルの呪文詠唱に応じて刀身の腹にある窪みの部分に魔法文字が浮かび、今までより威力が増した火炎魔法が照射される。……ウィリスとミカンを封じた宝珠を柄に組み込んでから魔剣の力は明らかに増していた。刀身に浮かび上がる魔法文字が、神たちが剣に助力している事の証しであろう。
 だが、しかし……
 それでも暗黒ヒマワリの数は全然減らない。
「ちいっ。それなら……黒色破壊光線!」
 ランスが放つ闇色の光線と、
「白色破壊光線!」
 シィルがレベル神二人のサポートを受けて放つ白色の光線は、
 見事に敵を一飲みにした。
 闇に砕かれ、光に焼かれ、次々と消滅してゆく暗黒ヒマワリ。
 しかし……
 それでも……
 新たな暗黒ヒマワリが次から次へと生えてきて、元の木阿弥となってしまった。
「くそっ。これじゃきりがない。何か別の手を考えないとな。」
 30分ばかり戦ってみて消耗戦に全然意味が無さそうだと確認したランスは、苦笑しつつも一時退却した。

「さて、アレの倒し方を知っていそうなヤツはと言うと……」
 独り言を言いながら向かうは、街の片隅にある廃寺である。
「おい、暗黒ヒマワリを撲滅する方法を教えろ。」
 敢えて、また土足で本堂にズカズカと上がり込んだランスは、慌てて出て来たのっぺらぼうの姿を見るなり開口一番そう言った。
「アンコク ヒマワリ ヲ ボクメツ スルノデスカ アレモ イキテイル ショクブツ タイセツ タイセツ ニンゲン ト ショクブツ ハ キョウゾン シテ……」
「やかましい。俺様は撲滅方法を聞いているんだ。さっさと言え。」
 触れれば切れそうな殺気に脅えさせられたのっぺらぼうは、
「……ワカリマシタ……」
 力無く首肯した。
「アンコク ヒマワリ ボクメツ ホウホウ ヲ セツメイ ハナ ヲ キッテモ イクラデモ ハエテキマス ホンタイ ノ キュウコン ヲ ツブス ヒツヨウ アリ」
「ほう、球根か。となると地下だな。倒す目標さえ分かれば、後は簡単だ。ヒマワリ野郎め、残らずぶっ潰してくれるわ。がはははは。」
 高笑いと共に立ち上がったランスは、地下に通じる早道と思われる場所へ向かった。
 それは……
 井戸である。
 何故か蓋がされたままの井戸ではあったが、それは充分に人間が昇降可能な大きさを備えていた。
「くそ、鍵までかかってやがる。ええい、面倒臭い。」
 しかし、井戸は……使用できないように念入りに封鎖されていた。
「こうなったら……ラ〜ンスアタック!」
 ジャンプの勢いを加算して炸裂させた闘気の爆裂は、見事に井戸の蓋を破壊した。
 蓋の残骸が、砕けた石材が底へと落下していく。
 そして、やっぱり、当然の如く、
 ランス自身も井戸の底へと落下していったのであった。

 ランスが井戸の底に落ちて(降りて)以降、暗黒ヒマワリ討伐そのものは何の山場も面白みも無くあっさりと終わった。
 井戸から続く地下水路の一角に根を伸ばしている本体の球根を、その護衛の根っこの壁ごとランスアタックで吹き飛ばすと、びっしりと生えていた暗黒ヒマワリはたちまち死滅してしまったのだ。
「がはははは。思ったよりあっけなかったな。だが、しかし、これでリズナちゃんは俺様のもんだ。」
 手応えの無い敵に舌打ちしながらも、これからの楽しい事を考えて気分を変えたランスは地下水路から凱旋した。
 新たに仲間にした“出目金魚使い”や“ボルト”などのモンスターを引き連れて……。

「がはははは。ミッション・コンプリートだ。」
「ご苦労様です、勇者様。」
 景勝から南門にはびこっていた暗黒ヒマワリが全滅しているのを聞いていたリズナは、整えておいた旅支度を携えてランスを出迎えていた。
 まあ、諸般の事情によって天守閣の出入り口の前までであったが……。
「おう。これでリズナちゃんは俺様のモノと言う訳だな。」
 ズカズカと歩み寄り、いきなり肩を抱いて来るランスに内心で幾分か怯みながらも、リズナは用意していた作戦を開始した。
「あ、あの……勇者様……」
 この場で押し倒しかねない勢いのランスを手で軽く押し退けようとしながら言う。
「なんだ、リズナちゃん。」
「こんな所では、その……」
「ああ、なんだ。そういう事か。じゃあ、さっそく上の部屋へ……」
「いえ、そうではないのです。勇者様に抱かれるのならば、もっとムードのある場所にしたいのでございます。」
「おう、そうか。」
 その言葉を聞き入れたのか、素直にパッとリズナの身体を解放したランスの態度に、リズナの胸はチクリと痛んだ。
「で、何処か心当たりはあるのか?」
 しかし、罪悪感を押し殺して作戦を予定通り続ける。
「はい。では御案内します。」
 傍らに置いてあった行李と薙刀を拾い上げ、極力自然な動作で出口に向かう。
 それはそれは自然な動作で……
 ランスはまだ城内に、さっきまでリズナがいた辺りにいる。
 あと数歩。
「がはははは。行こうか、リズナちゃん。」
 実に楽しそうな笑顔。
 ちょっとはいやらしさもないではないが、邪気の見当たらない純粋な喜びが浮かんでいる笑顔に、リズナの胸は激しく痛んだ。
 しかし、今更退き返せない。
 最後の一歩を踏み出したリズナは……
<バビビビビ>
 怪しげな光の格子に行く手を阻まれ、出られなかった。
「な……何故……もう一度……」
 だが、結果は全く変わらない。
 天守閣を一歩出る事すら許されず、リズナは地べたにペタンと崩れ落ちた。
「何故……中には勇者様が残っているのに……何故……」
「どういう事だ、リズナちゃん。」
 呆然としながら呟く独り言を聞きとがめ、ランスは重い圧迫感を周囲に放散した。
 それは……怒り。
「そうか、俺様を身代わりにして城から脱出しようとしたって訳だな。」
 事情を悟ったが故の……
 激しい怒気に頭から冷水を浴びせられた如く脅えるリズナは、ようやく相手の正体の一端を垣間見た。
「もしかして……もしかして……勇者様は人間ではないのですか?」
 怒気と共に放出される強大な魔気が、リズナの肌をチリチリと焼く。
「がははははは。俺様がいつ自分の事を人間だと言った? 俺様は魔王だ。」
「私…を……騙しておられたのですか?」
 生命の危険すら覚える濃密な魔気を向けられても、リズナは湧き上がる怒りを震える声でぶつけてくる。
「いや、いつもこんなのだと疲れるから、普段は気を抑えているだけだ。……それに、聞かれなかったしな。俺様が人間かどうかなんて事はな。」
 一言一言噛み締めてゆっくり話す一言一句が、リズナを残酷に打ち据えた。
 ゆっくりと一歩一歩リズナに近付いてきて……
「ゆ…勇者……さ…ま……」
 そのまま横を通り過ぎた。
「え……」
「じゃな……」
 込み上げる怒りに平板になった口調で、言い捨てるランス。
 そして……そのまま立ち去って行く。
「いや、待って……ごめんなさい…ごめんなさい……なんでもしますか……ら……」
 慌てて縋り付こうとするが、
<バビビビビ>
 怪しげな光の格子に阻まれ、城内に跳ね返される。
「ふん。馬鹿な女だ。最初から正直に言っていたら、何とか助けてやったのにな。」
 その一言は、なまじの攻撃なぞ及びもつかないほどリズナを打ちのめした。
「……えっ……」
 半ば放心してしまったリズナを置いて、ランスは立ち去った。
 ここで得た手勢の全てを引き連れて。
「あは…あは……。また、捨てられちゃったの……あはははは……」
 ランスが去った玄武城に虚ろな笑い声が響く。
『悪い事したから……バチが当たったんだ……それに……』
 自虐的な思考と罪悪感に鷲掴みにされてしまったリズナは、そのまま動かなくなった。
 糸の切れてしまった操り人形の如くに……


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 今回はリズナの話〜。だけど、ロクな目に遭ってないような気も(汗)。
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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます


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