鬼畜魔王ランス伝


   第104話 「救いの手、届く」

 風呂の中でやり倒したカオルを自分の寝室に寝かせたランスは、今回の健太郎脱走事件のもう一人の犯人シスター・セルの所へと赴いた。
「誰だ?」
 セルに割り当てられた部屋の扉を開けると、セルを見張っていたナギが振りかえって鋭い目と言葉を来訪者に浴びせる。
「がははは。しっかりやっているか、ナギ。」
 が、入って来たのがランスだと知ると彼女の表情は一気に緩んだ。
「どうした、魔王。私に何か用なのか?」
 僅かに期待がこもったはしゃいだ声音が、
「いや、俺様はセルさんの方に用があったんだが…」
 そう言うランスの台詞を聞くや否や
「そうなのか……」
 一気に通夜ででもあるかの如き沈んだ声に変わり、顔を俯かせてしまう。
「…その前に、良い子に御褒美をやっとくのも良いかな。」
 しかし、続けて言った台詞が耳から脳に届いた次の瞬間、満面の笑みを浮かべて顔を上げるナギ。 
「本当かっ!」
「がはははは。俺様は嘘は言わん。……疑うような悪い娘には御褒美をやらないぞ。」
「すまない、魔王。」
 しゅんとして再びうな垂れるナギの髪を、ランスのごつい手がクシャクシャにする。
「がはははは。ちゃんと謝ったから許してやる。」
 頭を一撫でする毎にナギの緊張がほぐれていき、それと歩調を合わせるかの如くランスが口元に浮かべている笑みも深くなる。
 やりとりの一部始終を見ているはずのセルさんについては、今の時点ではほぼ無視して放置している格好になるが、ランスは別に気にしていない。……ま、そういう細かい事はシィルが気をつけているだろうって考えているのかもしれないが。
『魔王の手…暖かくて、重くて、気持ち良い……』
 頬がほんのり染まり、喉をゴロゴロ鳴らさんばかりに擦り寄るナギの頭を優しく愛でていると、うっとりと目を閉じて……そのまま寝入ってしまった。
 旅の疲れがドッと出たのであろうが、ランスは立ったままランスに寄りかかって眠りこけたナギの腰を片手で支えながら苦笑した。
 ランスは、このまま御褒美のハイパー兵器をごちそうするつもりだったのだが、いきなり出鼻を挫かれた格好になってしまったからだ。
「ったく、しょうがない。」
 ランスを信頼し切った無邪気な寝顔に毒気を抜かれて、取り敢えず近くのベッドにナギをそうっと下ろす。
 良く見ると袖口をしっかと捕まれたままだったので、捕まれたままの上着を脱いで行動の自由をなんとか確保する。
「がはははは。さて、次はと……」
 舌を噛んで自殺されるのを防ぐ為に、穴の開いた木の球体…ギャグボール…を噛ませられた上に両手足を拘束具で念入りに固定されて床に転がされているセルさんをちらりと横目で確認すると、ランスはクローゼットをガバッと開いた。
 そこには……
「「む〜、むぐ〜。」」
 今現在床に転がされている人物に負けず劣らずしっかりと緊縛されている二人の女の子モンスター……いや、女の子モンスターの使徒が閉じ込められていた。
 シスター・セルの世話役であり、監視役であり、護衛でもある任務を帯びた二人。
 すなわち、
 まじしゃんの使徒スティアと、キャプテンばにらの使徒ヒルデである。
「「む〜、むぐぅ…」」
 ランスを見つけた二人は何とか縛めから抜け出そうと試みるが、女の子モンスター捕獲用の特殊ロープで全身を縛られているだけでなく、声すら出せないように猿轡まで噛まされているので、唸り声を出すので精一杯だった。
「今助けてやるからおとなしく待ってろ。」
 クローゼットの大きさの割りには少ない衣類を掻き分けて二人を掘り出すと、床に下ろした二人に向かって腰の魔剣を引き抜くランス。
 殺気とまでは言わないまでも、溢れんばかりの威圧感が二人の使徒をロープより徹底的に縛り、しわぶき一つ起こさせない。
「がははは、行くぞ!」
 横に斜めに振るわれた刃の軌跡はうめき声すら出せなくなった二人を切り裂いた……と見えたのだが、実際には彼女らを縛めている捕獲ロープだけを見事に両断した。
 あまりに手荒ながらも手際の良い手腕にひきっと震えると、その動作が身体にまとわりつく魔法のロープを振るい落とす。
 威圧感が緩んだのに合わせて血色を取り戻した二人が競うように自らの口を封じている猿轡を外し、
「「ありがとうございました、魔王様。」」
 期せずして礼を唱和する。
 危うく心臓が止まるのではないかと心配になるぐらい強烈な威圧感は、むしろ『自分達が傷付かない』ように放たれたものだと理解したのだ。
 ……幾らランスが並外れた手だれでも、身動きする目標を全く傷つけずに縄だけを切断するのは流石に困難なので、金縛りになる程度に威圧したのである。
「申し訳ありません、私達が至らなかったばかりに……」
 どういう状況かは知らないが、監視役の自分達が捕縛されていたのだから、セルが何か面倒な事をしでかしたと予測したスティアは深々と頭を下げる。
「面目無い……」
 ヒルデも頭の帽子を胸の前に抱き、しょげている。
「この上は如何なる罰も受ける覚悟ですので、なにとぞお許しを……」
「ごめんなさい。」
 頭を下げ首を晒す格好の二人に、苦笑が浴びせられる。
「まあいい。たいした事にはならんかったからな。」
 ランスはカオルから事情を聞き出していたので、二人がカオルに奇襲されて倒された事も、二人が監禁されてる場所も知っていた。
 故に、最初から二人を罰するつもりなどなかったのだ。
 カオルは乱戦に紛れてとはいえランスの不意すら打った事がある凄腕の忍者である。そのカオルが本来二人が監視する対象のセルを囮に使って奇襲したなら、二人に勝ち目が無い事を良く理解していたのだ。
 今回の健太郎脱走事件での被害は、警備の男モンスターが241体死亡したぐらいというヤツが関っているにしては非常に軽微なレベルに留まっていたため、ランスの怒りが全然溜まっていないという事もあるのだが……。
「で、俺様はしばらくリーザスの方に出かけるんだが、セルさんを俺様の目の届かないとこに置いとくと何するか分からんので、セルさん“持って”付いて来い。」
「「はい、魔王様。」」
 指示を貰って嬉しそうに頷く二人。
「がはははは、マリアのチューリップ5号で行くから乗り遅れるなよ。」
 豪快に笑い、取り敢えずベッドに置いておいたナギを抱いてセルの部屋を出て行くランスは、出発予定時刻をものの見事に二人に伝え忘れた。
 それによって、ヒルデとスティアの二人はセルを縛り付けた担架を携えたまま1時間以上の待ちぼうけを食わされる破目になったのだった……。


 夜半、
 昼なお暗く、夜は更に暗い魔の森を行く軍勢は、
 女子供ばかりで構成された一団の野営地を発見した。
 濃厚な女の匂いに釣られてなのか、その野営地の周囲を物欲しそうに見ている女殺しの集団が幾つかいるのが見える。だが、何故か襲撃にまでは踏み切ってはいないらしく、血臭や死臭はしてこない。
「何故、たむろしてるだけなんでしょうか。」
 顔をしかめて疑問を口にする男装の麗人と、
「うわ、やだなぁ。」
 あからさまに嫌そうな顔をした赤い軽装鎧を着た少女は、思わず顔を見合せた。
 女殺しは、戦闘能力こそあんまり強くはないが、女性からの攻撃に絶対無敵という特性から女の子モンスターや人間の女性などを常食にしてるモンスターである。
 そんな彼らが女性ばかりの集団を見つけたら、今頃辺りは血の海になっていてもおかしくない……いや、こうまで戦闘の気配も無く遠巻きにしている事の方が不自然なのだ。
 考え込んでいる彼女ら二人の後に続いて、大きな荷物を背負ったモンスター達がのっそりと森の暗がりから現れ出でる。
 その数、およそ400。
 どれもが大柄で健脚な男の子モンスターで、夜にも関らず一糸乱れぬ見事な統制を見せている精兵である。
 彼等が姿を現すと、遠目で見ても女殺しの集団に戦慄が走ったのがありありと分かる。
 そして、ほどなく三々五々に逃げ散って行った。
「ふう。戦わずに済んで良かったよ。」
 夜の戦は危険で兵を御し難いので、魔人の統制力をもってしても最後まで彼等を統制し切れるかどうか不安だったのだ。
「そうですね、メナドさん。」
 荷物をそこらに放り出す程度ならともかく(それでも充分マズイが…)、前方に見える野営地に雪崩れ込んで戦闘になったりした日には目も当てられないのだから……。
 ほっと一息をついた二人の前に、黒々とした霧が集まって人のカタチを取る。
「ようこそおいで下さいました。感謝します。メナドさん、キサラさん。」
 実体化するや否や会釈をした紳士風の男は、面を上げると片手で眼鏡の位置を直した。
「いえ、当然のことをしたまでです。」
「そうです。気になさるほどの事ではありません。」
「それで、状況はどうなっていますか?」
 メナドの質問に、すかさず現状をまとめて返答するケッセルリンク。
「カラー族の皆様に脱落者はいませんが、このままのペ−スだとカスケード・バウに着く前に食料が不足するのはまず確実ですね。」
 当初の予定では食料が尽きる前ギリギリでカスケード・バウに着ける程度の日程を予定していたのだが、旅慣れしていない人間が多い事と子供連れである事も手伝って、予定していた距離の70%にも届かない旅程しか消化できていなかったのだ。
「ぼくたちが持ってきた物資は、保存食が4000人の一週間分と医薬品が少々なんですけど、これで足りますか?」
 ケッセルリンクは頭の中で素早く計算を巡らすが、今のままのペースであれば食料が尽きる前にカスケード・バウへ到着するのは難しいと弾き出した。
「それでも難しいですね……。仕方ありません、メガラス殿にホルス部隊を引き上げて貰いましょう。」
 そこで、護衛部隊の陣容がいささか薄くなるのを覚悟でホルス兵2800名を一行から外す事で食料消費を抑える案を捻出した。
 それでもカラーの森守備隊1000名と、メナド達が連れて来たモンスター軍400名がいるので護衛に事欠く事は無いだろうと判断したのだ。
 更にメナドとキサラがカラー護衛部隊に合流するのと入れ替わりでサイゼル・ハウゼル姉妹が戦線を離脱して魔王城に帰投する事が取り決められ、時ならぬ軍議は終了した。
「では、こちらへどうぞ。何も無い所ですが、茶ぐらいは用意させましょう。」
 大きな懸案が山場を越した事を確信し愁眉を開いたケッセルリンクは、屋敷から何とか持ち出させた取っておきの紅茶の缶を空けさせるべく陣へと戻って行くのだった。
 愛するメイド達が待つ場所へと……。


 魔人マリアが待つマリア研究所に併設されたチューリップ5号専用ドックへとランスはやって来た。
「がはははは、すぐ出られるか?」
 ランスが妙にすっきりした顔をしているのは、結局何もせずに部屋まで送り届けたナギの代わりに、たまたま通りかかったアールコートを相手に時間ギリギリまでやっていたからであったりする。
「うん。目的地はリーザス城で良いんだっけ?」
 ランスの様子に感づいたマリアは、端目には気付かれない程度に顔を曇らせながら事務的に受け答えをする。
「おう。しばらく向こうにいても良いように準備しとけ。あと、兵を五〜六百ぐらい積んで帰るつもりなんだが、できるか?」
「うん、わかった。あと30分ぐらい待ってくれる?」
 ことさら明るく作った声で返事をすると、タタッと踵を返すマリア。
「って、ちょっと待て。」
 しかし、そそくさとこの場を離れようとするマリアの袖がグイと引かれた。
「な、なによランス。まだ何か用?」
「お前、実は結構ムッとしてるだろう?」
「え、な…な……何の事よ……」
 シラを切ったつもりなのかもしれないが、目は見事に泳いでいた。
 が、
「がはははは。俺様がお前の相手できなかったからと言って、そんなに拗ねるな。」
 見事に核心を撃ち抜かれて
「あう……」
 言い訳すらできずにうめき声一つ上げて沈黙した。
「どうせ飛んでる最中にたっぷりやれるんだし。」
 小さく耳打ちした一言で、トマトよりも赤く顔を熟れさせたマリアは、
「知らないっ! ランスの馬鹿っ!」
 照れ隠しに捨て台詞を吐くと、そのまま逃げて行ってしまった。

 その後、マリアが大急ぎで必要な指示を出し終え、慌ててシャワーを浴びて勝負下着を着込んで戻って来るまでには30分どころか1時間近くかかったのであるが……
 出発準備ができるのを待っている間に長椅子に座ったままグーグーと寝息を立てていたランスには、全然気にならない程度の差であったのだった。


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 なんか103話より内容が薄い気も……。ま、それはともかく(汗)。次話からはリーザス城編になる予定です〜。
 なお、今回も見直しに協力してくれた辛秋さんには感謝です。
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