鬼畜魔王ランス伝


   第115話 「天魔大戦」

「ちっ! うっとうしい!」
 雲霞の如く攻め寄せて来る下級天使の群れを相手にして、ランスは思わず眉根を寄せてうめいた。
 一体一体はそんなに強くない。
 統率が取れていると言えば聞こえは良いが、その実行動が単調で読み易く、戦闘能力も高レベルの冒険者なら充分倒せる程度でしかない。勿論、その程度では魔王であるランスを相手にするには役不足に過ぎる戦闘力だ。
 しかし、とにかく数が多い。
 最初に片付けた奴等は50体ほどだったのだが、倒しても倒しても次々に増援が到着して、さすがのランスもうんざりとした気分を隠せなかった。
「第二隊、奴の背後に回れ。第三隊、右翼から術法攻撃。第四隊は上空に回れ。」
 ここにいる中では唯一歯応えがありそうな相手であるラファエルは、戦闘指揮をしながら遠矢と風術でもって遠距離攻撃に徹している。
 これもランスの気に入らない点だった。
 ランスは、自分の世界と行き来する為の“次元の門”を死守せねばならず、ラファエルの居る場所までのこのこ出て行けば、ヤツは倒せたとしても帰り道が無くなってしまうかもしれない。
 かと言って、折々に放つ攻撃魔法程度では、長距離戦向きの天使であるラファエルを追い込むにはとても足りない。
 権天使プリンシパリティや能天使パワーを含む雑魚天使の軍団をバッサバッサと切り倒しながら、ランスは苦い笑みを噛み締めていた。

 その戦闘の当事者の一方であるラファエルもまたイラついていた。
「くっ、神の威光に逆らう愚物め。おとなしく封じられれば未だ罪も軽くなるものを。」
 勝手な言い草を押しつけようとしつつ、天界から直接援兵を呼ぶ魔法陣を空中に描き出そうとするところにランスからの魔法攻撃が飛んで来る。
 ラファエルは、下級天使10体ほどをまとめて焼き貫いて迫る4本の火線を暴風の障壁で逸らす。しかし、超高温の火炎魔法に続いて虚無の黒い弾丸が迫り来るのを見て、やむなく召喚を中断して回避する。すると、放棄された魔法陣が虚空に弾けて消え去った。
「戦闘中にんな悠長な儀式召喚しようなんて、お前等馬鹿か?」
 ランスの心底からの呆れ声に、天使達の敵意がいや増しに増す。
「おのれ、魔王!」
 怒りに任せて光矢を立て続けに3本放つが、そのどれもが魔王が手にする魔剣の刃に阻まれ、お返しの雷撃が4本まとめてラファエルに向け放たれる。
 慌てず騒がず光の加護を張り巡らせるが、電撃を防ぐ為に特化した15層に及ぶ防御結界を13層までまとめて撃ち抜かれて背筋がゾッとする。
「なんて力だ。まさに野獣だな。だが、神の御力は絶対なり!」
 味方の突撃に合わせて援護の矢を放ちつつ、ラファエルはふと、こうなるに至った経緯を改めて思い出していた。



 それは、或る晴れた日の午後。
 自らを人類の守護天使と自負する熾天使ラファエルは、異次元からの門が開いたのを部下からの報告で知り、人間の神父に化けて現地へと向かった。
「くっ、遅かったか……。」
 だが、其処が異教が支配的な地であった為に移動にかなり手間取り、やっと到着した時には、既に街は焼け果て、人々は死に絶え、廃虚は怨嗟の声に満ちていた。
「これだから邪教の輩に任せてはおけん。この街にも我等の信徒はいただろうに……。」
 さっそく部下の下級天使どもを呼び出して状況を報告させると、
「馬鹿な! これだけの事を人間一人がやっただと! 貴様らの目は節穴か!」
 尋常でない殺戮劇、それこそ悪魔が好き勝手し放題に暴れたにも等しい惨状を人間が独力でやったという報告を受けて耳を疑った。
 ただ、確かに、彼等の規則では人間の行為に天界がみだりに介入する事はできない。
 下級天使の権限では上司に報告するまでがせいぜいで、自己判断で勝手に動くことなど許されてはおらぬのだ。
「ザドキエルは何をやっている。こんな大事な時に来ないとは……。」
 統治・支配を司る主天使ドミニオンの司令官ザドキエルは、いちおうこの星を任されているという名目の天使である。こういう事態には率先して取り組んでも良いはず、いや取り組むべきだと憤るラファエルに、下級天使の一体が恭しく言上した。
「ザドキエル様は、肩入れしている人間の国が窮地にあるとかで、現在そちらの問題にかかりきりになっておられます。」
 しかし、この星で崇められている神は彼等の主人だけではない。
 彼等が悪魔呼ばわりしている神霊は、それこそ腐るほど存在しているのだ。
 忘れ去られて消え去っていったモノ達や、変質して妖精や悪魔へと落ちぶれていったモノ達や、彼等が民ごと攻め滅ぼしたモノ達もいるが……。
 異なる神を崇める民の運命を貶め、自分達を崇める民に地上の栄光を引き寄せる。
 それも、崇高なる天使の任務ではあった。
「それならば仕方ない。我等で調査するぞ。」
 ラファエルが呼び集めた下級天使を駆使して調べた結果、元は公園らしき場所に黒々とした穴が開いているのが分かった。
「これが、異次元の門か……よし、潰すぞ!」
 50を数える天使が人払いの結界を張ってから現地に向かうと、まさに門から来訪者の二人連れがやってくるところだった。
『あの気配……片方は恐らくは魔の者……異世界の魔王だろうが、もう片方は人間……しかも、こちらの世界の人間のものだ。どういう事だ?』
 その二人の気配を読んでみたラファエルは訳が分からなくなったが、ともかくも神の名によって退去を命ずるべく進み出たのであった……。



 戦闘開始からかれこれ数時間。
 ラファエルは自分の部下である座天使ソロネ、別名『神の戦車ガルガリン』の軍団にまで非常召集をかけ、事態はさながらハルマゲドンにも似た様相を呈してきた。
 ……もっとも、彼等が到着するまでにはまだまだ随分と時間がかかるであろうが。
 今の所は、おっとり刀で駆けつけた中級以下の天使の軍団がランスが振う魔剣で片っ端から斬り滅ぼされているという状況である。
「邪で暴悪なる魔王め。よくも、我等が栄光に泥を塗ったな。許さんぞ!」
 この異世界の魔王の戦闘能力は、地獄の七大魔王どころかサタン級ではないかと苦々しさを噛み締め、いきり立つラファエル。
「なら、てめぇがかかってくれば良いだろが! 何時までも後ろでゴチャゴチャ言ってるんじゃねぇ! 卑怯者の親玉!」
 そんな天使側の言い分がランスの癇に障らぬ筈が無い。逆襲とばかりに、ランスは思い切り痛烈な誹謗を叫び返す。
「がははははは。これじゃ、てめえの飼い主の神とやらも卑怯で下劣でどうしようもない馬鹿なんだろうな!」
 溜まりまくったフラストレーションを吐き出すかのような挑発、自らの主を貶める悪口に、遂にラファエルの堪忍袋もブチ切れた。
「貴様っ!!!」
 怒りのあまり少なくなった語彙では反論もままならない。ラファエルは口で敵わないならば腕ずくで黙らせるとばかりに、渾身の力、渾身の霊力を光の矢にこめて、これが最後の一矢と射ち放った。
 が、それも全てはランスの計算通り。
 ポイと魔剣をその辺に投げ捨て、一気にラファエルへと突撃する。
 怒りで単純になった矢の弾道を見切り、自分に当たる前に矢を掴み取り……
 すれ違いざまにラファエルの心臓目掛けて投げ返す!
「がはっ!」
 ランスは、素早く反転してラファエルの頭を後ろからむんずと掴み、引き寄せて、その首筋にガブリと噛みついた。
「ぐはぁぁぁぁぁ!! せ、せめて…門だけでも……」
 噛まれた場所から容赦無く抜き取られる霊力の流れに逆らい、次元の門へと向けて竜巻を起こすが、それはランスが放り投げた魔剣が変じたピンクの髪の女魔族が張った防御バリアにあっさりと阻まれた。
「な、なに!」
 ラファエルの意識はその驚きを最後に途切れ、消え去ったのだった……。

 ランスは困っていた。
『くそっ、幾ら吸ってもコイツの本質まで吸い取り切れん。何かあるのか?』
 力と技と作戦の全てでラファエルを圧倒したはずなのだが、何らかの神秘的な防御が施されているらしくて止めを刺し切れないのだ。
「ちっ、いかん。考えてるヒマはないか。」
 圧倒的な数の前に苦戦を強いられているシィルの元に戻りつつ、ランスは取り敢えず捕獲した大天使の胸に右腕をズブリと突き刺し、本質の核となるモノを抉り出した。
 残りの肉体と霊力は残らず吸収して、自分のエネルギーに変えてしまう。
「これでしばらくは動けんだろう。ざまあみろ。」
 言いつつ、押し寄せて来るアークエンジェルどもを素手で殴り倒し、蹴り飛ばす。
 ラファエルの核を放り捨て、力天使ヴァーチャーの包囲陣を腕力で蹴破って、シィルの隣まで寄せて来ていた能天使パワーを頭から踏み潰してプチ殺す。
「がははははは、電磁結界!」
「えいっ、業火炎破!」
 背中合わせの体勢になったランスの広域電撃魔法とシィルの広域火炎魔法が唱和し、二人の周囲を取り囲んだ天使達を灼き尽くす。
「おら、さっさと戻れ。」
 その隙に、ランスの手に剣に戻ったシィルが握り締められる。
「がははははは、行くぞ!」
 ラファエルすらも手玉に取った異世界の魔王を相手に、戦力が揃わないままの天使軍は苦戦どころの騒ぎではない劣勢へと追い込まれていくのだった……。


 そんな人外魔境で最終戦争じみた乱痴気騒ぎは、人払いの結界…つまり、人の目に映らなくし、出入りを禁ずるまやかし…で隔てられた場所で行なわれている為、世間様一般の目には映ってはいなかった。
 もし、天使が一人の男に寄ってたかって攻め寄せ、しかも返り討ちに遭い続けている光景が衆目に晒されたなら、さぞかし派手に法王庁が震撼するだろう。
 日本古来の神々は、天使と異世界の魔王との戦いの余波を人の世に波及させまいと、戦闘に夢中になって気遣いを忘れた天使軍の代わりに人払いの結界を張り巡らせ、異世界から来た魔王ランスの所業を静観していたのだった……。



 廃墟の街。
 廃墟と化した家。
 かつては我が家であった瓦礫の山の前で時間も忘れて泣き続けている美樹に、日光は心を鬼にして声をかけた。
「美樹様。そろそろランス殿との約束の刻限です。」
 昼前には到着していたはずが、既に空が赤みを帯びてくるまでになっていたのだ。
 これからどうするにしても、ともかく一度ランスの元へと戻る必要がある。
 そう口にした言葉が美樹に届くと、
「……うん。」
 気の重さがうかがい知れる返事をして、美樹はのろのろと立ち上がった。
 昔良く遊びに行った場所、
 魔王ガイにさらわれた場所、
 そして、今、魔王ランスが待っている場所、
 いまだにハッキリと道順を覚えているあの公園への道をもう一度辿る為に。



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 あはは……ランスがヤヴァイぐらい強いです。でも、ランスが地球の上位天使を滅ぼすコツを知らないのでラファエルは辛うじて助かりました。……死んでないだけですが。
 さて、今回の見直し協力はきのとはじめさんと【ラグナロック】さんでした。お二方とも毎度御協力ありがとうございました。
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