鬼畜魔王ランス伝


   第121話 「汝が名は……」

 翔竜山を飛び立ち魔王城に向かっている空中戦艦チューリップ5号の艦橋に設えられた提督席に座す男は、目の前の艦長席に座る女性が見せる無防備なうなじにかぶりつこうと身を乗り出そうとした所で顔をしかめた。
 さっきから膝の上に魔人カミーラと良く似た黒いレア女の子モンスターと、その母親である聖女モンスターを眠らせていたのを思い出し、悪態を吐こうと視線を下に向け……しばし固まる。
『ちっ。顔は可愛いし、厳密には俺様の娘って訳じゃないらしいから手を出すにやぶさかじゃねえんだが……名前が“ガング”じゃなぁ。どうも、いまいち気分が乗らん。』
 こんなけしからん事を考えながら、すやすや寝ているガングとウェンリーナーの頭を撫でているのは、ゼス王国では蛇蝎よりも恐れられている魔王その人であった。
 本気を出せば歴代最強とも噂されている魔王ランス。
 だが、身体を預けて眠ってしまっている小さな女の子2人を膝の上に載せて抱きかかえている姿からは、とてもそんなオドロオドロしい印象はうかがえない。
『そうだ。生まれ変わったんだから、名前も新しくすりゃ良いんだ。』
 考えている事も雰囲気相応で、緊張感や威厳とは無縁な事柄ではあった。
 良い感じのアイデアが思いついたとこで、今度は肝心の名前をどうするかでランスは頭を捻り始めるのであった。
 マリアを押し倒してウハウハするのを一時棚上げしたあげくにスポーンと忘れて。



『呆れた。……叩いたら叩いただけホコリが出てきそうね。』
 AL教本部に潜入して調査をしている見当かなみは、当初の予想よりも遥かに堕落していたAL教の実態に息を殺したままで内心溜息を吐いた。
『これじゃ、ランスのバカの方が数倍マシだわ。』
 教義の立派さを台無しにして余りあるほど上層部は深刻に腐敗しており、幹部が金銭を着服したり、女性信者を騙して性欲処理をさせたりなんて事は、ここでは珍しくない。
 それどころか荘厳だと信じられているミサで焚き染められている香に幻覚作用のある麻薬が混ぜてあったり、その麻薬を信者に栽培させてたりする有様だった。
『とにかく、マリス様に報告に戻らなくちゃ。』
 世界最大の宗教が抱える恥部の極一部を探り出しただけで報告に戻る事にした忍者の魔人は、その決断のおかげでAL教最大の秘密と遭遇せずに済んだのであった。
 AL教を影から動かす存在……すなわち、第4級神レダと。



 魔が棲まう地に開いた広大な穴の底に建てられた、防御力よりも威圧感が優先されているかの如き錯覚すら感じさせる巨大な城塞。
 今では大陸の大半を支配する主が住まう城は、その主にちなんでこう呼ばれていた。
 “魔王城”と。
 その一角にある執務室では、魔物達が棲まう領域で起こった様々な事が日々処理され続けていた。
「ホーネット様、至急対策を!」
 シルキィが怒鳴り込む勢いで持ち込んだ人間側の国境侵犯も、ここで処理されるべき問題である。
「パトロールの強化と主要部族への警告は実施済みです。」
 最近頻発している冒険者の侵入に対し、魔王軍側が対策を講じていない訳では無い。
「ですが、奴等の跳梁跋扈は増える一方です! 手ぬる過ぎます!」
 だが、冒険者達はそもそも経験値稼ぎ……すなわち戦闘をしに来るのであるから、警備が強化されても、それで尻込みするような者は稀であった。
 いや、少しばかり警備が強化された程度で尻込みするような者であれば、そもそも魔王領に侵入しようと言う気すら起こらないであろう。
 しかし、対策が消極的に見えるのには理由がある。
「いえ、問題無いわシルキィ。魔王様は侵入者を実戦訓練の相手に使うおつもりよ。」
 殺しても文句を言われる筋合いが無い敵を利用して、自軍の兵士のレベルアップを図る心積もりなのだ。
「あ!」
「シルキィの研究については魔王様も高く評価なさってるわ。次も良い成果が期待できそうね。」
 暗に実験材料が向こうから勝手にのこのこやってくるのだとほのめかされたと理解したシルキィは、目を爛々と輝かせて胸を張る。
「はい、お任せ下さいホーネット様!」
 張り切って執務室を出て行くシルキィには、怒鳴り込んで来た時に溜め込んでいた憤懣は欠片も残ってはいなかった。
 その後、魔王様好みと思われる女性を捕まえた場合は、その場で殺さず連行するようにとの命令が通達されているのを知って苦笑を漏らすシルキィだった……。



 で、そのゼス西方国境…つまり人間の世界と魔物の世界を隔てる境界近くでは、冒険者有志による経験値稼ぎだけではなく、ゼス王国による組織的な活動も行なわれていた。
 それが何かと言うと……
 以前の戦いで魔王軍に破壊され、復旧には10年以上はかかると見込まれていた要塞防衛線マジノラインを解体し、未だ使えそうな部品を運び出す作業である。
 その部品の多くは西部国境線の街道を遮る位置に設けられている木造の砦に運ばれ、防衛兵器として再び組み立てられ、次々に設置されていた。
 ランス率いる魔王軍との攻防で闘神都市の多くが撃墜されたゼス軍が今までの戦略を見直さねばならなくなり、西部国境沿いの要衝に急造された3箇所の小規模な砦を多少の軍勢ならば自力で阻止できる要塞へと強化改築する事になった為である。
 今のゼス王国が古の進んだ魔法技術の集大成を有する聖魔教団の残余と同盟して格段の技術的進歩を遂げたとはいえ、40年の歳月と国家予算の大半を費やして建設した魔路埜要塞に配備されていた防衛兵器群…破壊光線装置や雷撃塔、溶岩噴出装置など…の有用性を否定する程では無い。
 そこで砦に新たに配備する兵器を回収した遺棄部品から再生した兵器類で賄う事で、既にフル操業を余儀無くされている兵器工場の負担を極力減らす方針なのだ。
 ……如何に世界最高を自負するゼス自慢の兵器工場でも、世界の過半を相手にしなければならない状況では生産能力が充分とは言えないが故に。
 とは言え、国境線沿いに侵入者監視用のセンサー地蔵を設置する計画も順調に進んでおり、本格的な侵攻に対しては時間稼ぎがせいぜいだったゼス西方の防備は日々着々と堅固さを増してゆくのだった。
 ゼス上層部の、そして魔王ランスの思惑通りに。



「ラボリに敵がいないですって!」
 バーサーカーとの交戦で半数の兵が脱落したものの短時間で自軍の体勢を立て直したクリームは、敵の根拠地へ斥候に出していた兵士の報告に珍しく驚かされた。
「は。敵どころか住民の姿すら見えません。」
「どういう事かしら、あの街は閉じこもって勝てる地形じゃないわ。それに、篭城策だとしても見張りの姿さえ無いのは不自然……」
 自ら鍛えた偵察員達の観察眼には自身がある。
 空城計か、それとも本当にラボリを捨てたのか……
「……しまったわ。」
 もし彼等がラボリを捨てたとしたなら、可能な行き先は2つ。
 そして、自分が敵の司令官ならば……
「カラーの森に向かうわ。全軍ラボリに向かうわよ。」
 防御力こそ高いが前後を敵に挟まれて二進も三進もいかなくなる番裏の砦よりも、万に一つの可能性を求めてカラーの森を南下し、ゼス王国への亡命を図る。
 実のところクリーム…いや、魔王軍にとってそれが一番厄介な作戦であった。
「やるわね、オールハウンド。さすがはヘルマン軍最強を名乗っていただけあるわね。」
 しかし、それが単に敗色濃厚なヘルマン解放軍を見限って脱出を図ったオールハウンドに何だかんだで全軍がついて行く事になっただけと言う何処か抜けた裏事情を、クリームは頭脳明晰であるが故に窺い知る事すらできなかったのだった……。



 ランスはチューリップ5号の提督席…魔人であり艦長であるマリアよりも偉い人間の為の席…に座ったまま内心で呟く。
『さて、何て名前にしようか。ブラックドラゴンだから“ブラドラ”なんて名前じゃ、まだ“ガング”のままの方がマシだし……いっそ“カミーラガング”にでもするか?』
 あんまり変な名前をつけると自分が抱く時に萎えかねないのでランスにしては真面目に考えてはいるが、そもそもネーミングセンスについては極度に怪しい人物なので中々良さそうな名前が出て来ない。
「ん?」
 ふと、ランスの頭に思い浮かんだものがある。
 今回の解呪の迷宮行きにも連れて来た“金龍”と言うレア女の子モンスターだ。
 らーめん種から突然変異で生まれた女の子モンスターであってドラゴンと関係がある訳ではないのだが、どことなくドラゴンっぽい雰囲気なので思い浮かんだのだ。
『そういやアソコの連中は使徒にしてなかったな。何匹か選んどくか……でなくて、金龍か……ふむ。』
 今は無き異次元空間にあったギャルズタワー。其処で拾った女の子モンスターのうちランスが中出ししても大丈夫だった連中は魔王親衛隊と魔王御側役に編入されていたが、その中でも特に優秀な女の子モンスターは使徒にしても充分惜しくないと思える可愛さと実力とを兼ね備えていた。金龍は、その筆頭である。
「なら、ブラックドラゴンだから黒龍か……ちょい、いまいちな名前だな。」
 が、今のランスに取り敢えず必要なのは、彼女らでは無く“金龍”と言う名前そのものだった。ブラックドラゴンの魔人だったガングを再生復活させたレア女の子モンスターを命名するヒントとして。
「あの……ランス様。“黒龍女”みたいに、黒龍に一文字付け加えてみると言うのはどうでしょうか?」
 ついつい小声で呟いてたランスに、腰の剣帯から外されて椅子の横の金具に吊るされていた魔剣のシィルがおずおずとアイディアを述べる。
「余計な事言うんじゃねぇ、シィル。」
 それを脊髄反射で黙らせてから、改めて吟味するランス。
「(だが、言われてみれば使える案だな。……良し。)まあ、俺様は寛大だから、そのアイディアを採用してやろう。感謝しろよ、がはははは。」
「はい。ありがとうございます、ランス様。」
 礼を言うのは逆だろうと思うだろうが、そこは惚れた弱み故。
『ううむ、ついでに“黒龍”じゃなくて“黒竜”にするとして“〜女”はなあ……何か良さそうなのはあるかな?』
 シィルが言った名前をそのまま使うのは悔しいからと言う本音は置いといて、ランスは具体的な名前を検討し始める。
『やっぱり女だって分かる名前が良いかな。……そうだ、姫…“黒竜姫”にしよう。』
 胸中に浮かんだ誰かしらの面影と目の前にいる少女の姿をしたレア女の子モンスターを重ね合わせて何となく思いついた単語を連ねてみたランスは、実に満足そうに口元をニヤリと歪める。
「がはははは。良し、お前は今日から黒竜姫だ!」
 心から愉快そうな馬鹿笑いに起こされた御当人とウェンリーナーは、寝惚けてハッキリしない眼で、そんなランスの顔を彼の膝の上から不思議そうに見上げていたのだった。


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 あんまり激しい動きも無いし、Hも無い。ランス側陣営の話ではありますが、今回も派手さに欠ける展開かもしれませんね。……あと何話この調子が続く事やら(苦笑)。
 ともあれ、こんな話を応援してくださる皆様。ありがとうございます。
 何とか派手めな展開の個所までやる気を切らさずに頑張る所存であります。では。

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