鬼畜魔王ランス伝


   第122話 「ペンタゴン終焉の日」

 マンタリ森の地下にある武闘派反政府組織ペンタゴンの秘密基地。
「なんだ、お前らは!」
 そこにたった2人で乗り込んだ者達がいた。
 揃いの武装と制服に身を固めた10人の兵士が発する殺気を柳に風と受け流す、ゼス第一応用学校の制服を着て刀身に炎を纏わせた剣を携えた娘と、敢えてゼス軍支給の粗末な軍装を装備している筋肉親父のコンビが。
「ペンタゴンのボス ネルソン・サーバーに会いに来た! 道を開けいっ!」
 しかし、兵士達に叩きつけられた気合い混じりの一喝は、彼の氏素性を何よりも雄弁に語っていた。
「げっ……まさか……」
 そもそも正体を隠そうとしている訳でもない。
「ガンジー王……」
 最悪に近い予想……いや、認めたくない現実が口から零れ落ちる。
 だが、ゼス王を捕えて政治的な要求を行なう絶好の機会である事も確かだ。
「ええい、やっちまえ!」
 隊長格の一人が敵襲を知らせて増援を頼む為の呼び笛を吹くと、10人のペンタゴン兵士はガンジーとウィチタ目掛けて襲いかかって来た。
 が……
「超・火爆破!」 
 正面から襲いかかった6人はガンジーが無詠唱で眼前の地面に撃ち込んだ広域火炎魔法で吹き飛ばされ、右手に回り込んだ2人はガンジーが横薙ぎに振り回したゼス軍用の粗末なハルバードの背の重りを食らって吹き飛ばされ、左手から牽制しようとした2人はガンジーが持っている全身が隠れるほど巨大なシールドで殴り飛ばされ、全員仲良く廊下の壁に激突して気絶した。
「行くぞ、スケさん!」
 護衛の筈のウィチタが手を出す隙すら与えない程に出鱈目な強さを持つ存在。
 それが、現ゼス王ラグナロックアーク・スーパー・ガンジーであった。



 リーザス城から歩いて数時間の場所にある洞穴。
 以前は盗賊の根城だった場所に、一人の線の細い若者が訪れていた。
「ここがホ・ラガ様にお教え頂いた“盗賊の迷宮”か。」
 普段着ているゼス軍の将官用魔法服ではなく冒険者用に仕立てられた丈夫で動き易い魔導衣を纏って簡単な変装をしている青年は、これまた愛用している光のオーブではなく市販品の魔法使いの杖を握り締め、迷宮の中へと慎重に足を踏み入れた。
「モンスターの気配が無い。随分前に退治されたのかな?」
 魔法王国ゼスの四天王である彼の魔力は人類の中でも十指に入るほど高く、壁役を務める仲間がいなくても相手がさほど強くないモンスターなら圧勝できる。
 だからこそ連れて来た部下が全滅した後でも本国に帰らず、単独で探索行を継続すると言う無謀じみた行為を続けられていられるのだ。
「……ぁ……」
 だが今回は奥まで行くまでもなく、やけにあっさりと目的の“もの”を彼は見つけた。
「おーい、誰か…いるのかぁ?」
 多分見つけたのだと判断した。
「ああう」
 じめついた回廊を進むと、魔法使いの青年はコンクリートの壁に塗り込められて頭と両手首から先だけが出た状態の男が情け無い声を上げているのを発見した。
「私の名はブリティシュ。」
 コンクリ詰めで赤髪も髭もボウボウに伸びた男も青年を見つけたらしく、辛うじて動かせるトホホ顔を青年の方に向けて自己紹介する。
「お願いだ。もう長い間、ずっとこのままなんだ…助けてくれ〜〜……」
 いや、助けを嘆願する。
 長い長い間得られる事の無かった助けを。
「僕の名はアレックス・ヴァルス。ご安心下さい。今助けます。」
 アレックスが呪縛が練り込まれたコンクリートに、情け無い男の頭に、ホ・ラガの塔で貰った瓶に詰めて持って来た解呪の泉の水を振り掛ける。
 バキベキメキボキグシャベリッドサッ
 すると、物凄い音を立てて魔法のコンクリートが砕け散った。
 次いで瓦礫の上へと無様に前のめりに倒れ込む中年男ブリティシュ。
 それを見ながら、アレックスは果たして本当にこの男が人類で唯一魔剣カオスを使いこなせる可能性を持つ男なのだろうかと首を捻るのだった……。



 ボロ布に鎖付き手枷、鉄球付きの足枷に刺付き棍棒。旧来のゼス軍の奴隷兵の軍装はここまで御粗末な代物であったが、魔王軍襲来に際してその旧弊は大幅に改善された。
「そこの! さっさとネルソンに報せにゆけいっ!」
 その軍装…安物だが要所はちゃんと守っている皮革製の鎧、鉄板や鉄枠で補強された大きな盾、切れ味は良くないが丈夫な斧槍…を装備した魔法使いの王は、彼よりも遥かに高価で性能の良い武具を使っているペンタゴンの戦士達を腕力だけで蹴散らしている。
「ガンジー様。前に落とし穴があります。」
 敵を片付けるのを主君に任せたウィチタは、その主君が対侵入者用の罠にかからぬ用に周囲を警戒する役目に徹し、防御側に地の利を中々利用させない。
「ぬうりゃあ! 道を開けいと言っておるではないか!」
 それでも行く手を塞いで切りかかって来る敵戦士の細身の剣をハルバードを横薙ぎにして次々とへし折り、ついでにペンタゴンの精鋭達の戦意をも粉々にへし折って突き進むガンジーは、雑兵如きでは一時たりとも足止めできなかったのだった。



 一方その頃、魔王城では……
「はい、あがり〜♪」
 ランスと数人の女の子達がトランプ遊びに興じていた。
 ちなみに今やっているのはババ抜きで、勝ち抜けたのはワーグである。
「ええいっ、これでどうだ!」
 ランスがウェンリーナーの手に持たれたカードから引いた札を見て、思わず顔色を悪くしてしまう。
『なんで、ここでババが来る!? 何とかビリだけは避けないとマズイ』
 色々と怪しからぬ目的もあって罰ゲーム付きのゲームに持ち込み、ワーグが大人に変身する能力を得た事が確認できたのは良いが……それ以来12連敗と惨敗を続けたランスの眉根は傍目から見ても明らかに寄っていた。
「えいっ!」
 少しだけ取り易くしたババには目もくれず、ミルが順調に手札を減らす。
『くっ、強制力を使えばこんなもの楽勝なんだが……』
 しかし、強制力を使うのはプライドと言うかガキっぽい意地が許さないし、当のミルだけではなく他の女の子達からも顰蹙を買ってしまう恐れがある。
 それに、今後を見越して親睦を深めるつもりで半ば強引に参加させた黒竜姫からもどう思われてしまうか分からない。
 結局、女の子達が遊び疲れて眠るまでボロ負けを続け、何度も馬にされたり肩車させられたり歌を歌わされたりと色々な事をやらされる事になった魔王様であった……。



 風呂に入って垢を落とし、不揃いに長くなっていた赤髪を短く刈り、無精髭をことごとく剃って身なりを整えた中年男は、コンクリ詰めにされていた時の情けなさが嘘の様な背筋の通った美丈夫へと変貌していた。
 ブリティシュの何気ない所作の端々に折り目正しさが覗く隙の無い体捌きは、職業柄見慣れている部下の戦士達とは明らかに格が違う騎士ぶりでアレックスの目を奪う。
 まあ、それが解るアレックスも只者では有り得ないのだが。
「ところで、こんなにして貰って良いのかい?」
 装備している武具…長剣と円形の盾と板金製の重鎧…はリーザス城の武器屋で買い揃えた安物の市販品だが、それでも一般兵とは隔絶した風格の騎士は、半ば陶然と自分に見惚れている青年魔法使いに訊ねる。
「あ、はい。さっきも言いましたが、僕の雇い主に会って頂きますから道中の用心にと言う事で。」
 声をかけられて我に返ったのか、アレックスが自分の立場をぼかした返事をする。
 リーザス城の城下町と言う敵地の真っ只中であるから、流石に自分がゼスの四天王…つまりは敵国の重臣だと口に出す訳にはいかないのだ。
「分かった。では今日は宿に泊まって明日の朝に出発するって事で良いかい?」
「はい。それでお願いします。」
 相手がゼスの伝統では一段下に見られる魔法を使えない人間なのに、何時の間にか自然とブリティシュを立てて行動しているのをアレックスは自覚していなかった。
 元々腰が高いとはお世辞にも言えない性格であるが故に……。



 ペンタゴンの地下基地を無人の野を往くが如く堂々と闊歩しているガンジー達の行く手にある廊下の両側のドアが突如として開き、中から飛び出して来た100人を超える兵士達が一行の眼前に立ち塞がった。
「わざわざこのような所に何の御用ですかな、ガンジー王。」
 彼らを率いるのは、ペンタゴンの八騎士と自称する幹部のうち4人。
 大きなトゲが付いた四角い鉄槐を両手に持った金髪の巨漢キングジョージ
 陰気で陰険な性格が外見にも戦法にも滲み出ている眼鏡をかけた細身の男ロドネー
 沈着冷静を絵に描いたような怜悧な美貌の女性エリザベス・レイコック
 そして、豊かな口髭をたくわえた貴族風の男ネルソン・サーバー
 更に、紅い錨状のマトックを武器にした片目の元傭兵フットに率いられた50人の兵士達がガンジー達の退路を塞ぐように現れる。
「おぬしら、こんな所でうらぶれてないで我がゼスに協力する気は無いか?」
 閉じられた包囲の鉄環を全く恐れる様子も無く放たれたガンジー王の言葉に反応してペンタゴン兵士達の人垣から嘲笑と殺気混じりの野次が噴き出したが、ネルソンが左手を上げると怒号は直ぐにピタリと止んだ。
「確かに我が国では不幸にも魔法を使えない者達を不当に差別して来た。それは幾重にも謝ろう。しかし、我が国を…いや、人類を守る為に我々に協力して貰いたい。」
 だが、続くガンジー王の言葉の意味が浸透するに連れ、ネルソンがわざわざ鎮めるまでも無く辺りはシンと静まり返った。
 自分達を圧政のくびきの下に繋いできた体制側のトップが頭を下げている。
 それは、彼らペンタゴンの道義的勝利を意味していたからだ。
「そんな事を言って我らを良いように働かせるつもりか!?」
 だが、にわかに降って湧いた話に飛びつくのを危険と考えるのも無理は無い。
 彼らの活動をゼス王国の法に照らし合せると、死刑を含む重罪に処されかねない者がペンタゴンには多数いたからだ。
 今までゼス政府が再三行なってきた協力要請に応じるのを躊躇ってきた程に。
「この申し出を受ければ、今までおぬしらが犯した罪は赦免し、それなりの地位を保証しよう。我々の側の非もある事だしな。だが、今後おぬしらがゼスの法に違反するなら厳しく取り締まるぞ。」
 飴と鞭の双方の提示に、廊下の前後を塞いでいる兵士達が構えている武器が下がり、交渉の行方を固唾を飲んで見守る。
「それなりの地位とは?」
 彼らの命運が彼らの指導者ネルソンの返答と決断とにかかっているのだ。
「一般の隊員はゼス軍兵士を始めとする各種の職場に、そしてネルソン…おぬしには治安局の副長官をやって貰いたい。働き次第では長官にしても良い。」
「何だとっ!」
 幾らネルソンの頭が切れるとは言え、あまりにも予想外の申し出であった。
 せいぜいが将軍位止まりで、四天王は論外としても軍団長や長官の地位までは幾ら何でも持ち出さないだろうと予測していたのだ。
 しかも、本来彼らペンタゴンを取り締まる立場にある治安局の幹部にネルソンを就けようと言うのである。尋常な発想とは言えなかった。
「ここにいない者も、1ヶ月以内に自首してくれば赦免を認める。ただし、この話を聞いてから犯罪を行なったなら成敗するぞ。」
 ここで危険を冒してガンジーを捕縛しゼス王国相手に様々な要求を突き付けるのと、ガンジーの申し出を受けるのと双方の案がネルソンの頭の中でぶつかり合う。
「返答は如何に!?」
 しかし、どう考えても後者を取る方が得であった。
「分かった。我がペンタゴンはゼス王国が示した謝意を受け入れ、賠償と地位保証を受け取る事にさせていただく。その旨の公文書を頂戴したい。」
 証拠の文書があれば裏切り防止の抑止力になり得るし、油断さえしなければ罠にはめられる恐れも小さいと結論付けたネルソンは、数々の戦士を腕力で叩き伏せてきたガンジー王に優雅に一礼する。ひ弱な魔法使い如きに下げる頭は無いとの偏見に凝り固まっているネルソンではあったが、一般兵士用の安物の装備でペンタゴン基地の防衛線を先陣切ってここまで突破して来たこの王に関しては流石に別格であると認めたのだ。
「わっはっはっは。話の分かる御仁で助かった。礼を言う。文書については後で届けさせるとしよう。」
 愉快そうに大笑いしたガンジーはクルリと踵を返す。
「ではスケさん、引き上げるぞ。わっはっはっはっはっ。」
 悠然と歩み去るガンジーが晒している無防備に見える背中をネルソン達は何故か攻撃できず、退路を塞いでいた兵士達は弾かれたように両側の壁に張りつき道を開ける。
 こうして国内最大最強を誇った反政府武装勢力ペンタゴンを恭順させたゼス王国は、保有している兵力を大幅に増やす事に成功した。
 だが、それでもなお魔王軍が有する戦力に遠く及ばないのは、他ならぬガンジー王こそが誰よりも強く自覚していたのだった……。


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 当初はキングジョージ対ガンジーの決闘も企画してたのですが没に。……やるとキングジョージが死人になりそうだし、そうなったら話し合いがこじれそうな気もしたので。

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