鬼畜魔王ランス伝


   第131話 「飛び入りパーティー」

 人類世界の過半を魔王に代わって統治しているリア王女付き筆頭侍女にして魔人のマリス・アマリリスは、何時の間にか背後に現れた気配に眉一筋動かさず対処した。
「良くぞいらっしゃいました、ランス王。」
 即座に振り返って礼儀作法の教本に載せたいほど丁寧で正確なお辞儀をするマリスの姿に、彼女の主人の旦那で絶対の主である男は思わず苦笑混じりの高笑いを漏らす。
「がははは。まあ、約束だからな。」
 もしもマリス相手に約束を履行しなかった場合、どんな陰湿な手段で反撃されるか測り知れない。そうはならなくても、約束を破った事を理由にいかなる譲歩を迫られるか知れたものではない。
 逆を言えば、ランスが約束を守ってリアをそれなりに大事に扱っていれば、マリスは自発的にランスの為に便宜を計ってくれる忠実で優秀な股肱の臣で有り続けるだろう。
 ランスが約束を守ろうとするのは、損得勘定から考えて当然の帰結であった。
「取り敢えず聞くが、今日のリアの公務の予定は?」
 事前に来訪予定を伝えていればスケジュールは確実に空けてあるだろうが、今回は抜き打ちでの訪問である。幾らマリスが有能でも限界はあった。
「夕刻より政財界の要人を集めたパーティーに出席なさる予定ですが、キャンセル致しましょうか?」
 もっとも、リアの為であれば如何なる横車を押す覚悟も実力も豊富に有してはいるが。
 ついでに言うと、後日に回しても問題がほとんどない予定を口にする気は、小指の爪の先ほどもマリスには無い。
「いや、パーティーには俺様も出る。」
 しかし、その決心はあっさりと潰えた。と言うか、ランスの発言のせいで流された。
 それならそれで問題は無いし、リア様も文句を言わないどころか喜ぶだろうからだ。
「かしこまりました。……これからどうなさいますか、ランス王。」
 できれば午後の一時をリア様と過ごして欲しいと言う言外の期待は……
「ちょっと出かけて来る。リアには『楽しみにしてる』と伝えとけ。」
「承知致しました。お早いお帰りを。」
 残念ながら叶えられなかったが、マリスもそこまでは期待していない。
「がははは。約束できんな、それは。」
 ただ、せめてパーティーの開始予定時間までには間に合うように帰って来て欲しいと切実に願うだけであった。



 魔王様がリーザス城の地下で女の子達と大人のお遊戯に興じている頃、その忠実な下僕にして盟友たる24の魔人達は、真面目に仕事をしたり、訓練に励んでいたり、研究に勤しんでいたりしていた。
「………………」
 魔人メガラスがハイパービルを全階層……201階まで単独制覇して知恵の指輪を入手したのも、魔人ホーネットを通じてランスから命じられた仕事の一環である。
 もっと正確に言えば、メガラスを含む何人かの魔人が迷宮に隠された宝物の回収を命じられたのであった。
 だが、宝物回収業務から魔人が外されるまでには、然して時間がかからなかった。
 巨大なクジラの姿をした見物人が「犠牲者もロクに出ないなんて面白くない」と文句を言い出したので、プランナーが目玉となる宝箱に魔人が開けないような仕掛けを用意したのが判明したからだ。
 しかし、対処される前に回収したアイテムの効果が消えた訳ではなかったので、魔王軍がそれなりの軍備強化に楽々成功した事は確かであった。



 チューリップ3号でも走り回れそうなほど大きなリーザス城の大広間に、パーティーの開始早々現れたのは……
「お久しぶりでげす、ランス王様、リア女王様。いや〜、お二人ともお元気そうで何よりでげすな。」
 自由都市ポルトガルに本拠を構える御用商人の一人、プルーペットだった。
「ガハハハハ、そういうお前は相変わらず体調が分からん顔色してるな。今日はお前一人だけか?」
「はいでげす。あ、でも“土産物”は連れて来てるでげすよ。」
 弱い立場の相手には足下を見て、強い立場の相手にはゴマをするのが商売上の基本戦術である彼にとっては“生きた土産”…すなわち美女…を持参する程度のことは然して珍しい行為ではない。
「ガハハハ、お前ぐらい話が早いと助かるな。良し、後で話を聞いてやる。」
「いつもありがとうでげす。」
 場合によっては本当に『話を聞く“だけ”』で済ますつもりなランスの返答に、かしこまって頭を下げるプルーペット。
 当然ながらプルーペットがランスの意図に気付いてない訳は無いのだが、大陸でも最高の権力者を下手に刺激しても、彼にとって良い事など何処にも無い。
 それに色好い返事を貰う為に更なる“投資”を迫られるのは想定の範囲内であるし、その為の用意も既に準備済みである。
 故に念押しして言質を取ろうとする事無く、プルーペットはあっさりと御前を辞して他の客への挨拶回りを始めるのだった。


『ちっ、どいつもこいつも自分一人で来やがって。美人の娘を連れて来て俺様が味見し易いように取り計らうぐらい気が利いたヤツの一人や二人はいても良いだろうに……。』
 プルーペットが辞去した後しばらくは、各省庁の長官だの名ばかりで実権の無い貴族だのと言ったランスにしてみれば会うだけ時間の無駄な連中ばかりが挨拶に来て少々辟易して溜息を吐いていたのだが……。
「王様、ヒマなのかぎゃ?」
「ああ、こうも知り合いが少ないと……って、誰だ?」
 背後からタイミング良くかけられた可愛らしい声に答えかける途中で聞き慣れぬ声である事に気付いたランスが誰何しつつ振り返る。
 すると、ウロコの無い緑の肌をした直立トカゲとも言う風貌の人物と、その傍らに立つ人間とは若干異なる姿の可愛らしい女の子の二人と目が合った。
「お招きにあずかりまして、ありがとうございますぎゃ。」
「ありがとうぎゃ。」
 作法に則った挨拶を披露する兄と、いつもとは違う豪奢なドレスに身を包みペコリと軽く頭を下げた妹。
「ああ、怪獣王女と怪獣王子か。」
「ダーリン、何このモンスター達?」
 彼らは無論モンスター族とは別格な存在であるが、そうと知らないリアには同じように見えたのだろう。もっともリアがもう少しモンスターと接するのに慣れていれば、彼らがモンスター族でないのは一目で分かっただろうが。
「俺様の手下で怪獣族の王女と王子だ。で、こっちの無礼なのがリアだ。」
 挨拶を返さないだけではなく指差しまでしているリアの態度にこめかみが少々痛みながらも双方を紹介するランス。
 有力な同盟者というだけではなく、妹の怪獣王女の方は遅くとも1年後までには美味しくいただいてしまおうと企んでるので、ランスにしては比較的対応が常識的だ。
「以後よしなにお願いしますぎゃ。」
「よろしくだぎゃ。」
 それに応じて再度……今度はハッキリと自分に向けて挨拶した二人を、幾らリアでも無視はできない。……と言うかしない。もっと言えば、愛しのダーリンがわざわざ紹介してきた相手を特に理由も無く無視して怒らせるほど馬鹿な女でも無い。
「よろしく〜。」
 親しみ易い明るい笑顔での挨拶で、一時はどうなる事かと思われた場が和む。
「……ね、ダーリンあっちでパフェ頼もうよ。」
 和んだ直後にリアがこんな事を言い出した理由は、さっさとこの場を去りたいのか、それとも単にパフェが食べたくなっただけなのかは判然としない。
「少しはこいつらと話させろ。ところで、よく来た……と言いたいとこだが、シャングリラで何かあったのか?」
 だが、ランスの方としては直ぐに立ち去る気など毛頭無い。
 少なくとも聞いておきたい事を聞くまでは。
「いや、至って平穏でございますぎゃ。例の物も来月には完成する予定だぎゃ。」
 ちなみに“例の物”とは、闘神都市オメガ経由で魔王城とシャングリラを結ぶ転送機施設のことである。一足先に完成したリーザスの転送機施設は反魔王派のテロに遭ったせいで手酷く破壊されてしまったのだが、修復工事が完了する3ヶ月後にはリーザスとも転送機で行き来できるようになる予定であった。
「でもヒマだから、御呼ばれされに来たぎゃ。」
 怪獣王子と怪獣王女が今回のパーティーに来たのは、そういう背景からリーザス側と親交を深めておこうという意図もあるのだろう。
「妹がワガママを言いまして……申し訳ありませんぎゃ。」
「ああ、それは別にいい。あんまり頻繁にやられると困るが、な。」
「やった、話せるぎゃ。やっぱり王様って良い人ぎゃ。」
「これ、止めなさいぎゃ。」
 首に手を回して抱きついた怪獣王女の態度にリアの堪忍袋の緒が切れかけるが、妹を素早くランスから引き離した怪獣王子のせいで未発に終わる。
「むう〜。」
 不機嫌そうに口を尖らかせ、唸ってはいるが。
 リアは生まれも育ちも王族である為か旦那の浮気には比較的寛容であるが、それでも目の前で親密なスキンシップをやられては流石に少々腹が立つのだ。
「がはははは。じゃあ、俺様達はここらで失礼するぞ。」
 そんなリアを左腕にぶら下げたまま長居するのに危険を感じたランスは、ひとまず撤退して転進するのを選択した。
「はいぎゃ、良い夜を。」
「良い夜をぎゃ。」
 もっとも当座聞きたい事は聞いたし、怪獣王女と今すぐHしたい訳でもないので、ランスとしては妥協したのではないのも確かな事であった。


 慇懃な兄王子と無邪気な妹王女と別れて程無く、ランスは腕に抱きつこうと何度も挑戦するリアを躱しつつ口を開く。
「ちょいとトイレに行ってくる。」
「じゃあ、リアも行く。」
 すかさず返って来た同行希望に、思わずランスの頬が引きつる。
「……俺様達は招待側だろうが。未だ客が全員来てないのに一緒に行ける訳ねえだろ。」
 確かにそれもあるが、ランスが渋い顔になったのはそれだけが理由はない。
 『トイレの中までついてくる気か、コイツ』と、不快感が湧き立ったからだ。
「だってぇ〜……」
 一方、リアとしては久しぶりに会った旦那様と離れるのが嫌なのも勿論だが、トイレを理由に中座して好き勝手に浮気するんじゃないかとの心配で不満そうに唸る。
 ……まあ、相手がランスであるから無理も無い心配ではあるが。
「行きたいなら俺様が戻って来てからにしろ。それともお前が先に行くか?」
「う〜、だって、だって……」
「……ちっ、じゃあ俺様は行くぞ。ここは任せた。」
 認識の食い違いを放置して……と言うか気付かずに話を切り上げ、立ち去るランス。
「あ、待ってダーリン。」
 今すぐどうこうと言うほど切羽詰ってないが悠長に構えていられないランスは、再度の制止を振り切ってと言うか無視してパーティー会場を後にしたのだった。


「……ああいうとこが無きゃ可愛いんだがな、リアも。」
 駆け込んだ場所からスッキリした顔で出て来たランスが溜息を吐いたのを見ながら、見当かなみも天井裏に潜んだままこっそりと溜息を吐いた。
『どうやら本当にトイレに行きたかっただけみたいだけど……そう正直に報告して信じて貰えるかしら。』
 マリスはともかく、リアに信じて貰う難しさを思うと溜息は中々尽きそうにない。
『え? あれは……』
 かなみがそんな事を思っていると、廊下の向こうからパーティー会場に向かって来る人がランスに近づいてきた。
 その人物とは……
「がはははは、久しぶりだなランちゃん。」
「ラ…ランス君、こんばんは。」
 友好的なリーザス近隣の自由都市…カスタムの都市長であるが故に今回のパーティーに招待されたエレノア・ランであった。
「どうだ、俺様のものになる気になったか?」
「……ごめんなさい。」
「そうか、なら……」
 不敵な笑みから不機嫌そうな歪みに変わっていくランスの口元を目にしたエレノアが小さく息を呑んで怯えているのが、かなみにも分かる。
「え……えっと、カスタムの町には……みんなには酷い事しないで。」
『それでも勇気を振り絞って言うべき事を言えるエレノアさんは凄いと思う。』
 いざとなったら助けに入るべきかどうか迷ってるかなみの視線の先で、不機嫌に歪んでいたランスの口元が次のカタチを形作る。
「……ったく、前に約束したろうが。カスタムの町にもカスタムの女の子にも無理やり手は出さないって。そんなに俺様は信用できないか?」
 それは紛れもない苦笑だった。
「ご、ごめんなさい。その……あの……」
 うろたえるエレノアの肩を意外なほど優しくポンと軽く叩いて、ランスは言う。
「がはははは、気にするな。他ならぬランちゃんだから許してやる。」
『相手がむさ苦しい男だったら決して許さないだろうし、町も攻め滅ぼしてるんでしょうけど……。』
「ま、パーティー楽しんでけ。さっき俺様が言いたかったのはそれだけだ。もっとも、ランちゃんが考え直して俺様のモノになってくれるのが一番嬉しいけどな。がはははは。」
 限りなく本音の発言をぶつけられてエレノアが俯いてしまう。
「そ……その……」
 明らかに思い詰めた表情で顔を上げたエレノアが二の句を継ぐ前に、
「無理すんな。ランちゃんのそういう顔は見てて痛い。」
 ランスがズバッと発言を遮る。
『こういう所は格好良いなと思う事もあるけど、確かずっと以前は嗜虐心がそそられて良いとか言ってなかったっけ? やっぱり前に自殺未遂されたのが効いてるのかしら?』
「ごめんなさい……」
「がはははは、じゃな。」
「あ……ありがとう、ランスさん。」
 踵を返して立ち去るランスの背に投げかけられたエレノアの感謝をランスが受け取ったのかどうかは傍目からこっそり見てただけのかなみには判断がつかない。
 だが……
『……これは結構報告に困りそうなネタね。』
 その後は真っ直ぐ会場入りしていくランスを尾行しながら、かなみが吐いた極々小さな溜息は、吐いた本人にすら気付かれることなく消え去っていったのだった。



「お、さよりさんも来てたのか。」
 パーティー会場に戻ったランスがリアより先に見つけたのは、Mランドを経営する若き未亡人 運河さよりの姿だった。
「こんばんは、ランス王。いつもご支援して戴きまして、ありがとうございます。」
 リアを探して合流するのを後回しにして彼女がいる所へと近づいたランスに気付いたのか、さよりの方から挨拶がくる。
「がははははは。ま、遊園地が無くなると色々とアレだからな。……で、経営の方はどうなってる?」
 子供達の夢がどーのこーのと言うのは建前、女の子をデートに連れて行くと喜ばれる定番スポットとして重宝しているので潰れると少々困ると言うのが本音である。
 もっとも、ランスは本音の方も全然隠してないのだが。
「はい。おかげさまで何とか……」
 ランスの小遣いから毎週200万Goldの援助金が寄付され続けているおかげで遊園地が安定した経営を続けていられると言う事情もあって、さよりの腰は限りなく低い。
「がはははは、そうか。ま、ヤバくなったらちゃんと俺様に話せよ。」
「はい、ありがとうございます。」
 ランスから誘って会場から連れ出せば、難無く押し倒せるだろう程に。
 しかし、
『恐らく俺様にはマリスの監視がついてるだろうしなぁ、もったいないが今回は我慢しとくか。』
 残念ながら、そうするには今日は状況が少々よろしくなかった。
「あ、あの……何か?」
「いや、何でもない。それより、リアが何処ら辺に……」
 こっそり舌打ちしつつ最も無難な展開を選ぼうとしたランスの思惑を、
「あ〜、ダーリン浮気してる!」
 ズカズカと乱入してきたリアが木っ端微塵に粉砕する。
「がははは、モテる男は辛いな。……じゃあ、さよりさん楽しんでってくれ。」
 だが、しかし、そんな状況をランスは笑い飛ばし、そのまま立ち去った。
「はい。良い夜を。」
「行こっ、ダーリン。」
 彼と唯一マトモに近い結婚式を挙げた妻を右手にぶら下げて。


 その後、かなみがエレノアとランスとが会って会話していた事を真っ正直に報告したせいで浮気と勘違いしたリアがランスを詰問する事件が起こり……
 当然のように、かなみがランスにHなお仕置きをされると言うちょっとしたイベントも発生したが、詳しく書く程の事でも無かったのであった。
「充分大事件よ! うう……ああいう時のリア様に理解させる方法なんて、こっちが聞きたいぐらいなのに。」
 ごもっとも(笑)。


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 何が飛び入りと言って……実は、このエピソード自体が飛び入りだったりしますw
 おかげで書くのに苦労したの何の(苦笑)。

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読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます

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