福音という名の魔薬
第壱話「福音の名を持つ“それ”」 自分を捨てたはずの父親が『来い』と一言だけ書いた手紙を受け取ったシンジは、妙なオバ……妙齢のお姉さん二人に連れられて大深度地下にある大空洞のそのまた地下にある赤い湖を渡り行くボートに揺られている間に、今日の出来事を振り返っていた。 避難警報が発令された最中、待ち合わせを2時間過ぎても現れなかった迎えの人に連絡を取る事もできず、仕方なく遅ればせながらシェルターに避難しようとした。 だが、そんな彼の前に会った事の無いはずの少女の幻影と戦自…戦略自衛隊…と交戦中の謎の巨大生物が現れた。 幻影はすぐに消えたが、怪生物の方は容赦無い現実だったらしく、戦自のVTOLがシンジの居る場所の近くに叩き落され……踏み潰された。 その爆風を車で遮って颯爽と登場したのがミサト……葛城ミサトであった。 初対面の子供に自分の水着写真を送りつける感性と自分から引き受けた出迎えの仕事に2時間も遅刻するという勤勉さの持ち主である。 勿論、褒め言葉ではない。 彼女が時間通り迎えに来ていれば、そもそも戦闘になど巻き込まれずに済んだのだ。 更に、戦況を観戦する為に回り道をした上に車を路上に止めていてN2地雷の爆発の余波を食らった事なども彼女の身勝手さを良く表していると言える。 カートレインでジオフロントに降り、人類の砦とミサトが称するネルフ本部へと着いたは良いのだが、道案内の筈のミサトが基地に不案内で思い切り迷う事になってしまった。 そこで、ミサトが館内放送で呼び出した道案内役は……赤木リツコという水着の上に白衣をまとうという良く分からない格好をした人物であった。 まあ、リツコの方は道案内の癖に迷子になったミサトに急遽呼び出されたのだから、ちゃんとした服装を整える暇が無かったのだろう。流石に普段からこんな格好をしてる訳は無いだろうとシンジは脳裏から怖い考えを振り払った。 ……さっさとそういう考えを捨てておかないとヤバイ事になると生存本能が警鐘を鳴らしていたのも事実であるが。 そうして、今、 シンジはケイジと呼ばれる場所に連れて来られていた。 入って来た扉が閉まり、室内が闇に閉ざされ、 「真っ暗ですよ。」 シンジが思わずそう漏らした時、部屋内の照明が映し出したモノは 紫色した鬼武者とでも言うべき凶悪な面構えの巨大な物体であった。 「顔……巨大ロボット?」 思わず手渡されていた資料をパラパラと見返すが 「探しても載ってないわよ。」 リツコの指摘に資料をめくるシンジの手が止まる。 「人の作り出した最新の汎用人型支援戦闘兵器エヴァンゲリオン、その初号機。建造は極秘裏に行われた。でもね、貴方に見せたいのはこっちじゃないの。」 「え?」 リツコの視線の先を追うと、何やら粘々しているようにも硬質な感じにも見える半透明なオレンジ色の物質(後で聞いたら硬化ベークライトと言うんだそうだ)で厳重に固められた硝子瓶らしき物体があった。 「何……何なの、コレ?」 明らかに怯えと嫌悪が混ざった口調は、ソレの中身がオレンジ色の原液に赤・青・緑・黄色と毒々しく目立つ原色の液体が混じりあわずに斑模様をシンジの眼前で時々刻々と変化させ続けており、おまけに細かい黒い粒々すら垣間見えると言ったキワモノぶりを遺憾無く見せ付けている事に由縁していた。 「対使徒決戦用人体強化薬エヴァンゲリオン。我々人類の最後の切り札よ。」 「これも父の仕事ですか。」 暗く沈んだ声で訊くシンジの疑問に答えたのは、 「そうだ。」 隣に立っていた二人の女性ではなく、高みから……それも明らかに防弾ガラスと分かるほど分厚い窓ごしにシンジ達を見下ろす一人の男だった。 「久しぶりだな」 髭面眼鏡のおっさんは高度差と防弾窓ではまだ不足とでも言うが如く、紫の鬼を挟んだ位置からシンジ達を見下ろしていた。 「……父さん……」 顔ごと眼を逸らし俯くシンジを鼻で笑い、その男……碇ゲンドウは短く命令を下した。 「出撃。」 「出撃!? 零号機は凍結中でしょ!? ……まさか、初号機を使うつもりなの?」 「他に道は無いわ。」 命令に反応して疑問符を投げかけるミサトを、リツコが短く窘める。 「ちょっと、レイはまだ動かせないでしょ。パイロットがいないでしょ?」 「さっき届いたわ。」 リツコの言葉にある事に気付いたミサトの顔色が引き締まる。 「マジなの?」 「碇シンジ君。」 ミサトの問いに軽く頷く事で答えたリツコは、 「はい。」 「あなたが飲むのよ。」 命令口調で言い切った。 「えっ」 「でも、綾波レイでさえエヴァとシンクロする(薬が身体に馴染む)まで七ヶ月もかかったんでしょ。今来たばかりのこの子にはとても無理よ。」 「座っていればいいわ。それ以上は望みません。」 「しかし……」 「今は使徒撃退が最優先事項です。その為には誰であれ僅かでもエヴァとシンクロ可能と思われる人間に飲ませるしか方法は無いわ。わかっているはずよ、葛城一尉。」 最初は擁護しようとしていたミサトもリツコに理詰めで押し切られ、 「そうね。」 苦しげではあったが遂に同意してしまう。 「父さん、何故呼んだの?」 ようやく父と話す決意を固めたのか、シンジの表情が変わる。……しかし、相変わらず視線は伏せられている。 「お前の考えている通りだ。」 「じゃあ、僕がこれを飲んでさっきのと戦えって言うの。」 「そうだ。」 「やだよ、そんなの。何を今更なんだよ。父さんは僕がいらないんじゃなかったの!?」 伏せられていた顔が上げられ、この少年にしては激しい口調で叫ぶ。 「必要だから呼んだまでだ。」 しかし、ゲンドウの口調はいささかのぶれも無くそっけないままだ。 シンジの表情は余すところ無くゲンドウの横にあるモニターに映し出しているが、ゲンドウ自身の表情は距離とサングラスで隠されている……それは、この二人の関係を良く現しているのかもしれない。 「何故僕を……」 再び俯くシンジ。 「他の人間には無理だからなぁ。」 「無理だよそんなの。見た事も聞いた事も無いのに、飲めるわけ無いよ!」 成分や安全性どころか効能すら不明な不気味な液体を口にすると考えただけで吐き気がするのは流石に無理も無い。同情すらできる。 「説明を受けろ。」 しかし、ゲンドウの返事はそっけない一言で終わった。 「そんな……。できっこないよ。こんなの飲める訳無いよ!」 更に俯きつつ叫ぶシンジに、 「飲むなら早くしろ。でなければ、帰れ!」 冷たく吐き捨てるゲンドウ。 流石にあんまりな遣り取りに同情的な目で見つめるミサトとリツコ。そして、ケイジ内に居た作業員の皆さんも手を止めて成り行きを見守っている。 そのタイミングを狙ったかのように(そんな訳は無いが)地面に向けて放たれ、十字架型の着弾光をあげる使徒のビーム。 「奴め、ここに気付いたか。」 ゲンドウに任せておいては埒が開きそうに無いと見切ったのか、それともここでポイントを稼いでおこうと言うのか、次弾が着弾する振動に背中を押されてリツコがシンジの説得に乗り出す。 「シンジ君、時間が無いの。」 味方をしてくれる人間を求めてさっき擁護論を言ってくれたミサトの方に顔を向けるシンジであったが、 「飲みなさい。」 ミサトも腕組みをしながらシンジ包囲網に参戦した。 「やだよ。せっかく来たのに。こんなのないよ……。」 ここには自分の味方はいないと悟って俯くシンジ。 「シンジ君、何のためにここに来たの。」 俯くだけの逃げすら許容せず、容赦なく屈んで目線を合わせようとするミサト。 顔ごと視線を逸らすシンジ。 「駄目よ逃げちゃ。お父さんから、何よりも自分から。」 本来、ミサトはこんな偉そうな事が言えるほど自分が偉い訳ではないのだが、それを知らないシンジはますます追い詰められていく。 「わかってるよ。でも、出来る訳無いよ!!」 シンジの絶叫はケイジ内の隅々にまで響いた。 その態度にミサトもひとまず匙を投げたのか、自らの上半身を起こす。 ゲンドウが居る部屋、 「冬月。」 シンジを映してたモニターの一つが白髪の老人のモノに変わる。 「レイを起こしてくれ。」 「使えるかね。」 「死んでいる訳ではない。」 「分かった。」 それだけ言い残すと、冬月を映していたモニターの表示は消えて、別の表示へと切り替わった。 画像通話ではなく、音声のみの回線であるようだ。 「レイ。」 「はい。」 「予備が使えなくなった。もう一度だ。」 「はい。」 厳しい顔で見つめていたリツコが、シンジから視線を外し作業員に指示を出す。 「初号機の成分をレイに合わせます。プランRに合わせて再調整!」 「現作業を中断、再調整に入ります。」 シンジから離れていくリツコとミサト。 場違いな場所に取り残された感のあるシンジは、またもや見捨てられたと感じさせられていた。 「やっぱり僕はいらない人間なんだ。」 実際、使徒と呼ばれる怪生物の攻撃を受けている最中では、至極もっともな戸惑いを覚える少年を時間をかけて丁寧に説得している暇は無いのだ。 とは言え、他人の心の傷を抉って塩を塗り込むような真似をする権利など、親といえどもある訳も無いが。 ついでに言えば、技術担当博士であるリツコがエヴァについて具体的な説明を行なおうとしなかった点もシンジへの同情点となるだろう。 その時、一人の少女が点滴されたままストレッチャーに載せられて運ばれて来た。 シンジの目の前を通り過ぎていく簡素な寝台の上には、右眼を始めとして全身のあちこちに包帯を巻いた上にレオタードっぽい白い服を着たアルビノの少女が載せられていた。 シンジから少々離れた場所で、ストレッチャーを押してきた医師と看護婦は全く手助けしようともしない状態で少女は身を起こした。 だが、上半身を起こしただけでも安静が必要なほどの重傷を負った身体にはかなりの負担らしく、苦しげに息をするだけで中々それ以上動けない。 彼女の様子を目の当たりにして、目を逸らす事さえできないシンジ。 そんな中、再度の使徒の攻撃が第3新東京の地表に着弾した。 とうとう装甲を貫通した威力に、ジオフロントの天井構造物の一部が本部近くに落下させられ、擬似的な地震がネルフ本部を襲う。 発生した強烈な揺れは、レイの載ったストレッチャーを横倒しにし、天井に設置されていた大型の蛍光灯をシンジが居る場所に向けて落下させていく。 「危ないっ!」 悲鳴をあげるミサトが見守る中、怪しげな薬物が封印されたオレンジ色の塔の傍でへたり込み腕で顔を庇うシンジは……奇跡的にほぼ無傷で済んだ。 蛍光灯が先に硬化ベークライトでできた塔に当たって弾かれたおかげで、落下の軌道が変わって塔の傍で姿勢を低くしていたシンジにはぶつからなかったのだ。 「エヴァのケースが……開く……」 「どういう事だ?」 「今の衝撃で封印が解けてしまったのか?」 作業員達が呆然と見守る中、そこらの銀行の金庫など比較にもならないほど厳重に封印されていた筈の保存ケースはゆっくりと開いていく。 恐る恐る前を見ると、2リットルは楽に入るかと思われるサイズのガラスのような物質の瓶に入った薬物が無事な姿でシンジの目の前に晒されていた。 首を巡らし、さっきの少女が床に投げ出されていたのを見たシンジは彼女の元へと駆け寄って抱き起こす。 離れた場所で転倒して未だ立ち上がれていないミサトやリツコはともかく、ここまで彼女を連れて来た医師たちすらも何時の間にか姿を消していて全然彼女を助けようとしない事に漠然とした不信感を募らせながら……。 苦痛にうめいて荒い息をつく彼女、どう考えてもマトモとは思えない怪しい薬、包帯ごしに滲み出しシンジの手に付着した血…… 『逃げちゃ駄目だ(ここで逃げたら彼女が…)。逃げちゃ駄目だ(でも、あの薬を飲むのは…)。逃げちゃ駄目だ(それなら、この娘が飲むのは許せるのか? どうみても重傷のこの娘がこんなヤバそうなモノを飲んで怪獣と戦うのを傍観しろと言うの?)。逃げちゃ駄目だ(それは……)。逃げちゃ駄目だっ(僕は見捨てるなんて嫌だ!)。』 目をつぶり自問自答を繰り返すシンジ。その結論は…… 「やります。僕が飲みます。」 顔を上げ、ハッキリとした口調でシンジは決意を口に出した。 ここで彼女を見殺しにするのは、人として大事なモノを捨てる事のように感じたのだ。 「では、これを一瓶全部飲み切って。」 床に散乱した書類を拾い集めてきたリツコが、いざエヴァの前に立って尻込みするシンジに事も無げに言う。 「そ、それよりこの娘の治療を! 早くっ!」 シンジが必死に訴えても 「レイの治療? 大丈夫、シンジ君がちゃんと飲んだら超特急でしてあげるわよ。」 ミサトの鉄面皮には通用しない。 「でも……」 「シンジ君が飲まなかったら、レイに飲ませなきゃならないの。今は病室に戻している時間は無いわ。」 心配そうに床に寝かされている少女に目をやるシンジをミサトが追い詰める。 「わかりました。」 ここで押し問答しているよりも自分が飲む方が結局は早いだろうと見切りをつけたシンジは、怪しげな薬“エヴァンゲリオン”の瓶を持ち上げ…… 遂に一口目を口に流し込んだ。 「ごほっごほっ……まずい……」 名状し難い味にむせるシンジに、ミサトはとことん容赦無い。 「我慢なさい、男の子でしょ! ほら一気!」 舌の上を粘々した生臭いモノがねっとりと通過する感触、プチプチした蟲のようなモノが蠢く感触、ジャリジャリしたアスファルト風味のモノを飲み込む感触、予想を遥かに越えて不味い味に耐えながら…… シンジは何とか瓶の底までブツを呑み切った。 二口目以降をラッパ飲みしている最中、あまりの気持ち悪さに全身が麻痺して、全部呑み切るまで腕を下ろす事すらできなかっただけとも言うが。 ついでに言えば、シンジが逃げられないようにミサトが後ろから抱きかかえて抑えてたりもするのだが、この際は細かい事である。 「パイロットの身体に検査端子の固定終了。これよりモニターに移ります。」 医師と看護婦の助けを借りて、リツコが携帯端末でシンジに接続された診断用機器が探り出したデータを素早く分析していく。 「了解。エヴァンゲリオン初号機、規定量以上の摂取を確認。」 リツコの声に、発令所にいるマヤの声がスピーカー越しに答える。 「第一次接続、既に開始されています。ナノマシン群の活動を確認。」 シンジの表情は苦悶で酷く歪んでおり、ミサトが手を離すとシンジが寝かせてたレイと仲良く床でのたうち回るのは傍目にも明らかだった。 そして無情にも 「第二次コンタクトに入ります。A10神経接続異常無し。」 マヤのオペレートはシンジの苦悶を無視して進められていく。 「思考言語は日本語を基礎言語としてフィックス。初期コンタクト全て問題無し。」 リツコは、シンジから得られた検査結果を元にプラグスーツとインターフェースの微調整を終了させた。後は、これらを装備してもらうだけだ。 「データ分析終了。シンクロ率41.3%……」 MAGIの助けを借り、シンジの体内で発生した謎の活動がひとまず終了したと判断したマヤは、現状でシンジがどのぐらい薬に馴染んでいるかを数値として弾き出す。 「凄いわね(このエヴァは確かエヴァ開発の権威ユイ博士の遺品とも言うべきもの。何か私の知らない技術が使われているとでも言うの?)。」 それは、この短時間では理論限界に近いほどに高いシンクロ率であった。 当然起きるべき拒絶反応が全くと言って良いほど働いていない状態でなければ、こうも上手くはいかないだろう。 「ハーモニクス全て正常値。暴走、ありません。」 「いけるわ。」 リツコが呟いた瞬間だった。 シンジを中心に、八角形の波紋が周囲に広がった。 「これは……まさか……ATフィールドが発生している? プラグスーツも着ていないのに? ありえないわ(これは詳しく調べる必要があるわね……)。」 「……いける。」 ミサトは驚きから一転して確信に満ちた笑みを浮かべると、 火照りを帯びた息を吐き出した。 「……飲みました。だから早くその娘を治療してあげて下さい。」 苦悶が一段落したのか、幾分か楽になった表情でシンジが訴える。 「だぁ〜い丈夫よ。ほら……。」 ミサトの視線の先には、相変わらず荒い息をついているレイが床に寝かされていた。 だが、さっきより少々表情が柔らかくなっているし、頬はほんのり赤みを帯びている。 ミサトに促されてレイの方を見たシンジは、何故か心臓がドキドキして彼女から目が離せなくなってしまう。 心臓がドキドキしだすと同時に、シンジは背中に押しつけられている柔らかい二つの膨らみにも気がついてしまった。 「みみみみ…ミサトさん……離れて……」 「あら、良いじゃないの。気持ち良いんでしょ?」 シンジのズボンの前の膨らみに気付いているミサトが熱っぽくなった息でシンジの耳元に囁きかける。 「この非常時に子供を押し倒すなんて、あなたには緊張感ってものがあるのミサト?」 呆れた口調で制止しようとしたリツコであったが、 「そういうリツコこそ、もう辛抱たまらん……とかなってるんじゃないの?」 「何を馬鹿……なっ!」 気付いていなかった自分の現状を的確に指摘されて押し黙ってしまう。 『まさか、これがシンジ君のエヴァ……初号機の効能なの? だとすると……』 リツコは手早く周囲を観察して現状の把握をしようとする。 『発情状態……敢えてそう仮定するけど、見たところ発情してるのは私とミサトとレイ。そこに居る看護婦二人にはあんまり効いてないように見えるし、男には全然効いているように見えない。……とすると。』 リツコは、周囲の状況から頭の中である仮説を組み立てた。 「シンジ君、ミサト。レイをストレッチャーに載せるわ。手伝って。」 「わかりました。」 「ねぇ、そんな事よりさぁ。」 やっとレイを病室に戻す気になってくれたかと素直に答えるシンジの気持ちも考えずに駄々をこねようとするミサトであったが、 「葛城一尉。」 ジト目で迫るリツコの迫力には勝てず、コクコクと首肯する。 「じゃあ、シンジ君は足の方持って。」 「はい。」 レイの足にシンジが触れた瞬間、レイは細かく痙攣して……動かなくなった。 「ミ、ミサトさん、この娘……」 「ああ、大丈夫。脈はあるから気を失っただけよ。」 シンジが良く観察するだけの余裕があれば、湿り気を帯びた下腹部や発酵したチーズの如き香りにも気付いたのかもしれないが、流石にそういう余裕はなかった。 代わりに、それは点滴の準備をしながら横目で観察しているリツコが把握していた。 「(私達よりもレイに対して効果が大きいという事は……使徒に関りが深いほど効果が大きいという事かもね。)……いけるわ。」 「ん? 何がよ、リツコ。」 「シンジ君がよ。……司令! 別室でシンジ君にエヴァの運用技術に関してレクチャーを行ないたいのですが。」 「ちょ、ちょっとリツコ。今はそんな余裕は……。」 あまりに悠長な発言にミサトがツッコミを入れるが、 「あるわよ。さっきから使徒の攻撃が止んでるのに気付かない?」 冷静なリツコの反論で現況に気付くミサト達。 「そういえば……そうね。司令! 作戦部からも作戦運用についてレクチャーを行ないたいのですが。」 「問題無い。」 ゲンドウの認可を得たリツコは、医師達に気持ち良さそうに気絶しているレイを任せるとシンジとミサトを連れて別室へと移動するのだった。 その頃……第三使徒サキエルは、キョロキョロと周囲をせわしなく探してるような素振りを見せていた。 「シンジ君。シンジ君は女の子とシたことがある?」 両腕をミサトとリツコにガッチリと掴まれて、この部屋へと連行されたシンジに、リツコが問う。 「い……いえ……」 二の腕に感じる感触に真っ赤になりながらも、それでも訊かれた事に答えるシンジ。 「では、最初から教えるより無さそうね。服を脱いで。」 そう言いつつ、自分も脱ぎ出しているリツコ。 「負けてらんないわ。ほら、シンジ君も早く。」 ミサトも負けじと脱ぎ始め、シンジに服を脱ぐよう急かす。 「脱がないと、おねーさんが剥いちゃうわよ。」 「わ、わかりましたから手をワキワキさせないで下さい。」 二人の美女に迫られて赤くなりながら、シンジも服を脱いでいく。 「脱ぎました。」 「まだパンツが残ってるわね。それも脱いで。」 「こ……これも……ですか?」 羞恥心が残ってる正気のシンジに、 「そうよ。」 エヴァの影響で発情している二人は全く容赦しない。 「じれったいわね、えい。」 ミサトは悲鳴を上げるシンジを押し倒し、身体を守る最後の衣服を剥ぎ取った。 ……30分後、 あまりに刺激が強過ぎる出来事の連続に呆然としていたシンジは、再び襲ってきた地震によって目を覚まさせられた。 「始まったわね。」 「なら、こうしてるヒマはないわね。」 使徒の再度侵攻開始を悟った二人のネルフ幹部の顔も引き締まり、頭から情事の残滓を払いのけていく。 「シンジ君、これを着て。」 「何です? この服は。」 「プラグスーツ。対使徒戦用に開発された特殊防護服よ。それと、こっちは通信用のヘッドセット。」 リツコに教わりながらプラグスーツを着込んだシンジは、 「何かスースーする……下着を着ちゃ駄目ですか?」 正直に感想を漏らした。 「駄目よ。スーツの機能に支障が出るわ(そして、恐らく使徒戦にもね。)。」 が、リツコは即答で却下した。 「そうですか……。」 「これでも防弾・防刃・対衝撃などの機能は完備してるし、機密ヘルメットを使えば宇宙服や潜水服代わりにも使えるわ。」 かなり嘘臭いと思うかもしれないが、一応事実だったりする。 とはいえ、幾ら防護機能があると言っても使徒の攻撃に対しては気休め程度にしかならないのも確かではあるが……。 「用意はできたわね。じゃ、発進するわよシンジ君。」 「ミサト、今度は迷子にならないでね。人手も時間も無いのよ。」 「と言う訳で案内よろしくっ。」 臆面も無く手を合わせて頼んで来る親友に呆れながら、結局それが一番早いと悟って道案内を引き受けるリツコであった。 「冷却終了。ケイジ内、全てドッキング位置。」 赤い冷却液が排出され、エヴァンゲリオン初号機の全身が空気に晒される。 「停止信号プラグ排出終了。」 初号機を強制的に待機状態にしておく仕掛けが除去され、 「了解。エントリープラグ挿入。」 それと入れ替わりで試験管状のカプセルが、開いた背中の装甲から覗く首の付け根あたりの穴に挿入される。 「プラグ固定終了。第一次接続開始。」 「エントリープラグ注水。有線操縦システム起動。」 本来は有人操縦を想定した設計の為にLCLを注水するのだが、今回は無人での操縦なので必要ないと思う方もいるだろう。……しかし、操縦システムを強い衝撃から守る為だけでも注水は有効な手段だったりするのだ。 「主電源接続、全回路動力伝達。」 「了解。」 アンビリカルケーブルが背中の専用端子に固定され、エヴァの全身に電気供給を開始する。 「第二次コンタクトに入ります。各部制御ユニット接続異常無し。」 「命令言語は日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題無し。」 「双方向回線開きます。機体側制御システム、各部モーター、動力伝達システム全て異常無し。」 「いけるわ。」 「発進っ準備!」 発令所に特設された巨大ロボットの方のエヴァの操縦席に座ったミサトの号令に応じ、ケイジを覆っていた金網が左右に開かれ、 「第一ロックボルト外せ。」 頭部を固定している止め具が外される。 「解錠確認。アンビリカルブリッジ移動開始。」 シンジ達が不毛なやり取りを行なっていた橋、実際には整備員などの便宜の為のタラップを兼ねた機構が発進を妨げない位置へと移動していく。 「第二ロックボルト外せ。第一固定具除去、同じく第二固定具除去。」 今度は腕ごと肩を固定している壁がゆっくりと外れていく。 「一番から十五番までの安全装置を解除。関節部の外部固定具除去。」 「内部電源充電完了。外部電源用コンセント異常無し。」 「了解。エヴァ初号機パペット射出口へ。」 紫の鬼とも言うべき外観の巨大ロボットが台座ごとリニアカタパルトへと移動し、先に発進準備が完了していたシンジを乗せた輸送カプセルと並んで固定される。 「進路クリアー、オールグリーン。」 エヴァの頭上の通路のシャッターが開いていき、地上への進路が確保される。 「発進準備完了。」 「了解。構いませんね。」 リツコが発進準備完了を宣言するや否や、ミサトは首だけを司令の方に向けて最終的な判断を仰ぐ。 「勿論だ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い。」 ゲンドウは、即答で息子を生身で戦場に送り出す許可を出した。 まあ、あんなモノを飲ませてしまったら、今更ためらっても遅いのも確かである。 「碇、本当にこれで良いんだな。」 冬月の念押しを手を組んで隠した口元に薄く笑みを浮かべ黙殺するゲンドウ。 「シンジ君、行くわよ……発進っ!!」 急加速で撃ち出されたエヴァンゲリオン初号機たちは、凄い速度で地表へと向かう。 ミサトが操るパペット……巨大ロボットは使徒の正面に立ちはだかるように、 シンジの乗るカプセルは、それとは少々離れた場所に、 それぞれ現れた。 『シンジ君……死なないでよ。』 ミサトは内心そう祈りつつ、自席の前面に設置されたモニターに映し出された使徒を睨みつけたのだった。 福音という名の魔薬 第壱話 終幕 いや、遂にやってしまいました『薬エヴァ』。 色々とヤヴァイ電波を受け、いろんな方の助言を受け、いよいよ開幕です(汗)。 補足:本SSでは、ミサトはシンジがモノレールに“乗る”駅に迎えに行く予定になってました。が、ミサトが来なかったので何とか連絡をつけようとして列車を何本か見逃してます(結局は諦めましたが……)。だから2時間遅刻なのです。 |
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