福音という名の魔薬
第弐拾九話「桃色の未来?」 あれから…… サードインパクトから3年…… その3年間で、世界はとんでもなく変化した。 アイツ…… 碇シンジのせいで。 あの戦いは俺の完敗だった。 今だからこそ認められるようになったんだけど、あの頃は逃げる事しかできなかった。 何故逃げたかって? 決まってる。怖かったからさ。 アイツが……俺が努力して得た全てをあっさりと奪い去ったアイツがさ。 ロクに警備もされてない病室から抜け出して逃げた後で、俺が死んだ事にされてるのを知った時は、驚きと怒りと喜びとでどうして良いか分からなかったよ。ホント。 人の事を悪人扱いしやがって…と怒れば良いのか、 これで追い回される事も無くなると喜べば良いのか、どっちだろうってな。 で、それで行く当てが無くなって路地裏を適当に彷徨い歩いてたら、ここのマスターに拾って貰ったんだ。 「ケンちゃん、ご指名よ! 3番テーブル!」 この男性向け風俗酒場のマスターに。 「は〜い! 今行くよ!」 あの戦いの前に俺が飲んだエヴァンゲリオンには、あのシンジが女の子を誘惑する魔力に対抗する為の能力が備わっていた。 すなわち、男を誘惑して虜にする能力だ。 それを使って味方の寝返りを防いでいたらしく、味方は全部男だった。 まあ、あの時やらされた“訓練”は今でも役立ってるけどさ。 なんで男の俺にアレを飲ませたんだろうって疑問に思ったけど、どうやら俺がシンジに篭絡されない用心だったらしい。……今じゃ、もう確かめようも無いけどな。 手早く身支度して、更衣室兼用の休憩室の椅子を立つ。 あと何年かここで稼いで、写真の勉強を始めようかとも思う。 雑誌記者とかの勉強を始めようかとも思う。 でも、このままの生活も良いかもしれない。 アイツの魔手から守り切った俺の能力を適当に生かして。 でも…… 「あの時、抵抗しなきゃ良かった。」 思わず吐いた溜息を噛み殺して、俺はお客様の相手をする為に歩き出した。 この酒場一番の売れっ子、霞草のケンちゃんとして。 夜が明ける。 長い夜が明ける。 ヒトとシトとの戦いは、ここに終わりを告げた。 ヒトの赤い血とシトの青い血は、交じり合い一つとなった。 それぞれの種を生み出したリリスとアダム、 その力と位を受け継いだ綾波レイと碇シンジの祝福によりて。 「結局、何だったんですかねぇ、この戦い。」 「次なる世界を作る権利……その奪い合いだ。」 誰に言うとも無く思わず漏れた日向の問いに、司令塔の上……いや、司令席から答えがすぐさま返ってきた。 とても聞き慣れた声で。 「え!?」 日向だけではなく、発令所全員が向けた視線の先には…… 珍しくサングラスをかけていない総司令 碇ゲンドウが、何事も無かったかのように席に着いていた。 「し…司令!」 発令所中に満ちた驚き、 「碇……何故だ?」 横合いから投げかけられた盟友の問いに、 「シンジのおかげですよ。他にも戻って来ている者はいるかもしれません。」 ゲンドウはいつもの姿勢を全く崩さず答える。 が、普段は目元を隠しているサングラスが無くなっている為、視線の穏やかさがありありと見て取れた。 「……そうか。」 多くの含みがある返事に、冬月の口元にも微笑みが浮かぶ。 「各国・各機関等をマギで押さえろ。混乱が発生しないようにな。」 「既に手は打ってあります。」 ゲンドウの指示に従って、ゼーレの秘密基地、ネルフの支部と支局、世界各国の行政機関、軍事組織、金融機関、消滅した人間の資産などがマギの管理下に置かれた。 「そうか。使徒能力者各位に連絡、ゼーレ基地の制圧と本基地の警護を。」 「承知致しましたわ。」 さっそく職務に精励し始めたゲンドウの右肩に、ほっそりとした手が置かれる。 司令塔の出入り口から入って来た人影を見て口をパクパク言わせている冬月に微笑みかけてから、その人物はゲンドウの耳元で囁いた。 「色々言いたいことはありますけど、今は一言だけ……おかえりなさい、あなた。」 綾波レイに似た風貌の栗色の髪の女性、 「ああ。……おかえり、ユイ。」 ようやく再会できた最愛の妻の声に、ゲンドウの顔に満面の笑みが浮かぶ。 しかし、それは長くは持たなかった。 「6年前の約束……どうなりまして?」 左肩に置かれたもう一本の手。 その感触に、ゲンドウの額に冷や汗の玉がどっと吹き出る。 「ナ…ナオコ君か……君も戻って来ていたのか? どうして?」 持ち主に心当たりが有り過ぎるほど有ったのだが、それにしても6年前に死んでるはずだし……と、ホラー映画を地で行くシチュエーションに恐れおののいていたのだ。 しかも、死霊の類で無かったとしたら少々拙い状況でもあった事もゲンドウの冷や汗を増加させるのに貢献していた。 「つい最近までカスパーの中で寝てたんですけど、シンジ君のおかげで戻って来られましたわ。」 それどころか、ちゃっかり20歳前の肉体にまで若返っているナオコの姿を見上げ、もはや妹にしか見えない実の娘が発令所で軽い溜息を吐く。 「……そうか。」 死刑宣告を受けた死刑囚さながらに顔色を蒼褪めさせ、それでもゲンドウはいつもの姿勢を頑固に崩さない。 しかし、サングラスが無いので視線がせわしなく泳いでいるのが丸分かりだった。 「で、覚悟はできてます? あ・な・た?」 目は全く笑っていない微笑みを浮かべた2人の女傑から、発令所に詰めている面々は慎重に目を逸らし、冬月は薄情にもほうほうの体でさっさと逃げ出してしまった。 ゲンドウは、今、孤立無援だった。 「……1ヶ月待ってくれ。」 それだけを口にするのが、彼には精一杯だった。 それが何を意味するのか、何を決定付けたのか、珍しく見通せないままに。 戦場跡、12枚の光り輝く翼を畳んだ少年は、彼と共に戦い、彼を守り、彼を支えてくれた女性達が迎えてくれるのに、自然とこぼれ出た特上の微笑みを返す。 「ありがとう、みんな。」 と。 サードインパクトを生き残った人間は、約8億5千万人。 死んだ人間の数だけで言えばセカンドインパクトの比では無い大惨事とも言えた。 が、生き残った全員にサードインパクトの瞬間の記憶があり『消えた人間は消えるべくして自滅した』と体感できた事で、喪失感は驚くほど少なかった。 ……皆無では無かったにせよ。 サードインパクトによって各国首脳や官僚組織、軍事組織、大企業、宗教組織などの上層部のほとんどと管理職のかなりがいなくなったが、ネルフ本部が素早く国連軍の指揮権を握って事態の収拾に動いた事で混乱は最小限に抑えられた。 ……国会議員が数人しか生き残らなかった日本の政界で、ネルフに弱みを握られて身の程を知ったおかげで生き残った高橋覗と言う政治家が、そのネルフの後援を受けて首相に就任したのだが、これは余談に属する事であろう。 秘密結社ゼーレの主要構成メンバー、彼らの目的と積み重ねた悪行、セカンドインパクトの真相と葛城調査隊の遺した資料、使徒迎撃戦と決戦の真実は(使徒戦の映像資料を除いて)大々的に公表され、ゲンドウと冬月は世界の為に15年間奉仕活動を行なう事を国際司法裁判所の判決で義務付けられた。 ゼーレだけではなく、世界全体を騙していた事への罰として。 それ以上の罰を求める者は、表向きは現れなかった。 ネルフやゲンドウに批判的な者でさえ、世界を裏から支配していた者達に逆らい、決定的な破滅が訪れるのを防いだ功績を認めない訳にはいかなかったのだ。 その後のネルフの活動には目覚しいものがあった。 国連直属の執行機関として、国際紛争の調停、放置兵器や地雷の処理、環境汚染を垂れ流すゴミの回収、人が住まなくなった都市などの解体、難民の保護と自立支援、産業の再編成と復興……と、多くの分野で疑念を持つ人々すら働きぶりを評価せざるを得ないほど精力的な活動を続けた結果、僅か2年ほどで生活水準をセカンドインパクト前よりも向上させる事に成功した。 各国行政の日常事務のほとんどは有機コンピューターが担当するようになり、人間は意志決定と非常時への備えを担当すると言う役割分担がなされるようになった。 ネルフ本部がゼーレの基地から押収した裏死海文書と言われるデータ・アーカイバを解析して得られた資料の一部は公開され、人類の科学技術の発展に寄与するようになった。 また、使徒能力者の能力をフル活用する事で宇宙開発は一気に数世紀分は進み、火星や金星のテラフォーミング計画や資源小惑星の移設計画など、数々の夢が現実化した。 更にネルフは、その組織の性格上要求される事となったある任務を果たす事を世界中から求められ、引き受ける事となった。 その任務とは…… 碇シンジを神として祭る宗教の総本山としての役割である。 セカンドインパクト以前、世界は核保有国の意志に左右されていた。 サードインパクト以前、核兵器はN2兵器に取って代わられたが、世界の図式は全く変わらなかった。 そして、現在、今や公平中立な国際機関へと進歩を遂げた国際連合で物を言っているのは……使徒能力者の保有であった。 覚醒した使徒能力者1人の戦力は、弱い部類の者でも従来の1個大隊に匹敵し、ネルフ本部が有する……いや、碇シンジの伴侶である16人の最高能力者“使徒っ娘”に至っては、かつての軍事大国の軍隊をただの一人で正面から完膚なきまでに撃砕できるほどの戦闘能力を有しており、各国の軍事技術開発に対する意気込みを著しく低下させた。 そこで、代わりに持ち上がったのが『使徒能力者』の保有である。 覚醒した使徒能力者の戦闘力は頼りになるし、平時でも利用価値は山ほどある。 そこで考え出されたのが…… 使徒迎撃要塞としての使命を終え、また地上施設のほとんどを喪失した第3新東京市の宗教都市としての再建であった。 これには、ATフィールドを直径数kmの範囲に渡ってほぼ常時展開し続けなければならない体質になったせいで無人島か何処かに隠棲しようとした碇シンジを人里近くに留め置くのに必要な措置でもあった。 それならばATフィールドを展開するにもジオフロントの中だけと言う限定ができ、警備のし易さ等を考えても、無関係な者を巻き込む恐れが無人島に隠棲するよりも少ないと思われたからだ。 その申し出を受け入れたシンジは深くは考えていなかった。 世界中の人達が、彼に何を求めているかについて…… 南米はギアナにある国際宇宙センターで、未だに学生にしか見えない愛らしい容姿の伊吹マヤはバインダー片手に気密コンテナの数を確認していた。 「ええと“ザンボット”の部品は、これで全部ですか?」 現在建設が進められている国際宇宙ステーション“ザンボット”。遥々小惑星帯から運んで来た資源衛星をくり貫いて作られているこの衛星には、史上初めて宇宙船ドックと推進剤工場が備えられる事になっており、その分特殊な資材が多くなっていたのだ。 「ええ。後は0G作業用パペット30機とキャリアシップ10隻で終わりですわ。」 その質問に答えた人物の声を聞いて、マヤの愛らしい顔がパッと輝いた。 「マリィさん! いつこっちへ?」 振り向いたマヤの目に映ったのは、あの使徒戦役を共に戦い抜いた……いや、同じ男を愛し恋人にして貰っている友人…マリィ・ビンセンスであった。 「昨日の夜ですわ。……来るんじゃなかったと後悔し始めてるところですわね。」 憮然としているマリィと顔を見合せ、マヤもプンと頬を膨らませる。 「マリィさんもですか? 私も何度ベッドに誘われたか……お酒を勧めてくる男性には気をつけた方が良いですよ。」 「忠告、ありがたく受け賜っておきますわ。……良いですわね、地球勤務の人は。」 マリィが溜息を吐いたのを見て、部品の受け渡しに来ただけではないと気付いたマヤの口からも溜息が漏れる。 「こっちでの勤務が長引いて、もう3ヶ月も会えてないんですよ。……フランス人って納期がいいかげんで、休暇の予定がズレちゃうんです。」 なまじマヤの重力制御能力が高くて、従来の化学ロケットよりも物資の衛星軌道投入に余裕があるのがいけないのか……ここ半年ばかり味わったギアナ宇宙センターの作業効率は、几帳面なマヤの額に青筋を浮かべさせるほどだった。 「こっちは半年間お預けの予定ですわ。それに比べたらマシじゃなくて?」 だが、こう言われては怒るに怒れない。 そもそもマリィに対して怒っている訳でもない。 短い黒髪の娘と亜麻色の長髪の娘は、顔を見合せ、揃って嘆息したのだった。 人が進化を遂げたとしても、人の業は簡単には変わらない。 「ボス! 大変です!」 心弱きゆえに犯罪に転げ落ちる人々、持っていた筈の節度を見失ってしまう人々も残念ながらそれなりに存在した。 「なんだ、騒々しい!」 ……それが、人間であるがため。 「黒…黒尽くめの女が殴り込んで来ます!」 廃ビル一歩手前と言った風情の荒れ具合の雑居ビルに組を構えているこのチンピラヤクザの一党も、その類の面々であった。 「なんだと!」 血相変えて雪崩れ込んできた子分の報告に、親分格の顔に縦線が入る。 「ブラックメイデン……鉄拳お嬢………あの伝説の女が来やがったのか!?」 親分格は年齢から見て若頭か二代目というような雰囲気の男、子分はいかにも三下って感じの20歳になるかならないかと言った年代の男だ。 「は…げふっ!」 肯定しようとした子分の後頭部に勢い良く開いたドアの角がぶつかり、床の上でパンチパーマ頭を抱えてのたうたせる。 「随分好き放題言われてるようやなぁ。」 鈴の鳴るような声で親分格をやぶ睨みする長い黒髪の女、黒いロングスカートに黒いブラウスに黒い長手袋とハイソックスと黒尽くめの服装が些かも乱れていないのに、親分格は脅えた。 「おい…部下はどうした?」 敵わぬながらもせめて一矢と懐の物に手をやろうと僅かに身構えたところで、親分格は瞳を鋭い眼光で射貫かれて動けなくなった。 「次は殺す……あんたには言っといたはずやな?」 「あ……覚…覚えて……る…のか?」 かつて身の程知らずにも喧嘩を売った時、奪ったナイフで拳銃を両断したのを見せつけられて言い放たれた言葉がそれだった事を彼は忘れた事は無かった。 「やから、他の連中は寝てるだけや。そいつらは初見やったさかいな。」 忘れるどころか、今でも時々夢に見てうなされるぐらい身に染みていた。 この相手に逆らう事など愚かに過ぎると。 「で、本日はどんな御用で? あなた様方は極力俗世に関りを持たないのでは無かったのでは?」 こうなったら可能な限り穏便にお引取り願うしかない。 「最近、うちのシマにここの組の麻薬が流れて来てるんや。心当たりあるんやないか?」 ピシッ 親分格の動きが凍った。 確かに子分に新規販路の開拓を命じたのは彼だったからだ。 まさか、最近裏社会で『不可触聖域』とさえ言われている彼女の縄張りに踏み込む馬鹿をやらかしたとは……と頭を抱えたいが、親分格の身体は手足の先まで痺れて動かない。 「やから、オトシマエをつけて貰いに来た。そうやな、今後一切うちのシマに手を出さないって念書と、そっちの組にいる借金のかたに集めた女の子…それを全部貰おか。」 さらっと無理難題を持ち出したお嬢様風の女性が、鋭い視線はそのままで微笑みを浮かべた事に親分格の背筋に冷たいものが走る。 「どや、悪い話や無いやろ? なんせ命の値段や。」 一人二人殺せば箔がつく極道世界の住人と文字通りの戦争まで経験した女とでは、そもそもの胆力が違う。 オマケに戦闘能力も違い過ぎるほど違う。 20人からいる兵隊にヤッパとチャカで完全武装させたとしても、焼け石に水一滴って程度だろう。……それ以前に全員床を枕に眠らされてしまっているのだが。 しかも、この相手になら負けても恥にならない。 彼女が押えてるシマに手を愚かにも出そうとして文字通り滅ぼされた組織は、使徒能力者を召し抱えていた大手を含めて、ここ数年で既に片手で足りないぐらいあるのだ。 「わ…分かった。」 「良くできました。」 パチパチと軽く手を叩く美少女の視線が和らぎ頬にエクボが浮かぶと、じっと見詰められている格好の親分格の顔がボンと赤く染まる。 『伝説になる訳だぜ……鈴原カスミ…こうも凄い別嬪だってのはなぁ。』 親分格の男は、こんな美女を一人占めしてる羨ましい男を半ば以上本気で呪い、心の中で藁人形に五寸釘をひたすら打ちつけたのだった……。 ネルフ本部第1発令所。 使徒戦役に備えて築かれた人類最後の要塞の中枢は、今日では国際特務執行部隊……つまり特務機関ネルフの実働部隊の司令部として機能していた。 「で、今回は誰の出番?」 あの決戦以後定期点検以外で動いた事が無い司令塔を振り返ってから、ミサトはあれ以来女性しか…正確にはシンジの恋人しか…常駐しなくなった中央作戦室を見回す。 「今週は大規模災害の予定は無いそうだ。紛争調停も霧島三佐と惣流三佐が行ってるエルサレム以外からは要請が来てない。」 以前は青葉が座っていた席が定位置になった感がある金髪を短めにしている美女が、椅子から立たないどころかミサトの方を見もしないで淡々と現状を告げる。 ……視線を合せようとしないのは、無礼でも気まずいのでもなく、ただ目が離せない作業をしているからだけなのだが。 「そう。じゃ、ちょっち出かけてくるわ。おみやげ何が良い?」 そういう事なら緊急の用事は無いと判断して、ミサトは使徒戦時にいいだけ溜まった有給休暇の消化にかかる事を告げる。 「ダイビングか?」 カティーの質問は、ミサトがやる事に興味があると言うより居場所の確認に近いニュアンスを含んだものだった。 「ええ。そっちも?」 ミサトが思わず何の気無しに聞き返してしまったのは失敗だった。 「こっちは居残りだ。」 特将補の地位を持つ自分達2人が同時に休暇を取るのは、極力避けねばならない事をつい失念して口走ってしまったのだ。 「あ……ゴミン。」 「気にするな。……今度は誰からの頼まれ事だ?」 なんか貧乏くじを押しつけた気分で肩をすくめるミサトに相変わらず視線を向けず、カティーは作業画面に没頭している。 「浅間山の地震研究所。……あそこにはちょっち借りがあってね。深々度のサンプル採取頼まれちったのよ。」 そう、ダイビングはダイビングでも灼熱のマグマの中へのダイビングをやらかすよう頼まれていたのであった。 「なるほど。……よろしく伝えといてくれ。」 その作業画面を覗き込んだミサトは、カティーが振り向きもせずに会話をしていた理由を納得して大きく肯いた。 「わーったわよ。……ネズミ退治の方はよろしくね。」 その画面には……灰色の作業服を着てジオフロント天蓋部の排気ダクトを匍匐前進している2人組の男が映し出されていたのだった。 サラサラと寄せては返す波の音。 ポカポカと背中を温める砂の感触。 閉じた目蓋越しに……いや、全身のヒフが感じるフィルタリングされた陽光。 そして、左右の二の腕の上に載った暖かい重さ。 今、僕はジオフロントにある地下湖の浜辺で日光浴を楽しんでいた。 秋月スズネと秋月コトネ、2人といっしょに。 ちなみに、3人とも生まれたままの姿で。 「こうしていられるのも今日までですね、シンジさん。」 僕の左脇腹にふくよかな膨らみが押し付けられて、柔らかい圧迫感が気持ち良い。 「そんなの、1ヶ月もすればまたできるようになるに決まってるよ。ね、シンジさん。」 僕の右脇腹に張りのある膨らみが押し付けられて、柔らかい弾力感が気持ち良い。 「そうだね。でも、今日は今だけだから……」 2人に枕として貸し出している腕で2人の頭を軽く抱く。 プロポーションも髪の長さも違うけど、さすが双子と言うべきか髪質はそっくりで、撫でると同じぐらい気持ちが良い。……僕がね。 「ところで、2人とも……身体はきつくない?」 イスラフェルの分身能力で形作られているだけに、2人になっている時は普段に比べて2倍疲れると言う欠点があった。 「まだ大丈夫! シンジさんのATフィールドの中だもん。」 髪が短い方の妹…スズネが強がるけど、1時間ばかりイキっぱなしだったのが流石に堪えてるのか、声にいつもの元気さがちょっと足りない。 「スズネ……もう戻ろうか?」 僕でも分かる事が文字通り生まれた時からの付き合いの姉に察する事ができない訳が無く、心配そうに御伺いを立てる。……コトネも同じぐらい可愛がったんだけど、やっぱり双子でもそうゆうとこは別みたいだね。それとも経験の差かな? 「駄目だよ、コトネ。こんな時くらいシンジさんに甘えないと。」 うん。僕もそう思う。コトネってただでさえ引っ込み思案だからね。 「だって、それじゃスズネの体力が……」 それも気持ちは解る。 「2人の…だよ。それに、コトネといっしょに可愛がられた方が気持ち良いから。」 最初が最初だったせいか、確かに他人の目があった方がズズネの反応が良い。 「……ありがとう。」 「ごめん。そんな、つもりじゃなくて……」 身を起こして言い合いを始めた姉妹から体を離したシンジは、脱ぎ捨てていた服のポケットから簡素な宝石箱を取り出し、目を丸くしている二人の前に差し出した。 「これ……まさか……」 一つの箱の中に二つ並んだ黒い石が嵌った同じデザインの銀の指輪。 「結婚指輪ですか?」 そう見られるだろうって事は、幾ら僕でも見当がついていた。 「うん。僕はそのつもりだけど。……他のみんなにも渡すつもりだけどね。」 深刻な問題になってしまいそうだから、スズネとコトネだけに特別扱いして渡すって訳にはいかないからね。 「つけてみてくれる?」 問題はちゃんと二人に合ってるかどうかだけど。 もし合わないようなら、すぐ直さないといけないからね。 「え、嘘……身体が軽い。」 「これっていったい……」 ……良かった。どうやら大丈夫みたいだね。 「うん。ゼーレの基地にあったロンギヌスの槍の製造設備を一つ運び込んで貰って、それで作ったんだ。」 ちなみに材料は僕と融合してるロンギヌスの槍の一部を使ったので、使えそうな人がスズネとコトネを入れて17人しかいない上、それぞれに合わせて調整しないと使い物にならなくなっちゃったけどね。……他の娘達用に何か別なのを考えとかないと。 「って、事は……」 どうやらスズネは気付いたみたいだね。 「うん。念じれば武器にもできるよ。」 この指輪の機能の一つに。 「どうして、ですか?」 嬉しさに水を差されたって訴えかけるように表情を翳らせて訊いてくるコトネ。 スズネの方も指輪をはめた瞬間に比べて笑顔の輝きが曇ってるように見える。 ……うう、二人にそういう顔されると辛いよ。 「うん。このロンギヌスの槍って、元は使徒の身体を制御する力を備えてる擬似生物みたいで、上手く使えば使い手の能力を増幅してくれるって分かったんだ。……だから、上手くいけば分離してる時の負担が減るかな〜って思って。」 だから僕は、これを作ろうと考えた理由を、これを渡した理由を伝える。 妹に負担をかけまいと分身するのを極力避けてるコトネと、できるだけ長く姉を自由に行動させてあげようとして疲労を我慢して押し隠してるスズネの為なんだって。 「……うん。何か凄い身体が楽。コトネも?」 「うん。」 二人用に準備したこれは成功作だったみたいだね。 どう思われちゃったとしても。 そう久々に自虐的な気分に堕ちそうになった僕の 「ありがと、シンジさん。」 「シンジさん、ありがとう。」 左右から頬に同時に触れた暖かい感触に、僕は腕に力を込める事で応えるのだった。 「ありがとう、二人とも。」 思わず熱い何かが頬を流れるのを感じながら…… 「お義父様も大胆な事を考えるものだね。……感心してるって事さ。」 今やグラマラスな女性体の姿が板についている渚カヲルは、大気中から集めた二酸化炭素を固めて作ったドライアイスの塊を広げた両手の先に大量生産し、眼下一面に広がる雲の海にぽっかり開いた黒い穴にドサドサ落とし込む。 「全くですね。」 雲海を裂いて上昇して来た影がカヲルに並ぶと、心底からカヲルの意見に同意した。 「おや、そっちはもう終わりかい?」 遠視が治ってもトレードマークとなった感がある丸眼鏡を未だに使い続けている山岸マユミに、カヲルは短い銀髪を金星の涼風にたなびかせながら問う。 「はい。思ったよりも温度が高くて目標にしてた熱量がすぐ集まってしまいました。」 しかし、ついさっきまで雲の下で作業をしていたマユミのもちもちした肌のあちらこちらには汗の珠が浮いていた。……サンダルフォンからコピーした熱量操作能力の限界近くまで熱を貯めている証拠であった。 「そうか。じゃ、そろそろ行こうか。」 残りのドライアイスも黒穴に放り込みつつ、カヲルは自らも穴の中へと向かう。 それを追ってマユミも穴へと突入する。 すると…… 「と!?」 「きゃっ!?」 カヲルはどこまでも白い異相空間に浮かぶ“それ”に顔面から勢い良く正面衝突し、更にマユミにまで追突されて埋まりかけてしまった。 ATフィールドで保護された巨大なドライアイスの塊……いや、氷山に。 「カヲル……頭、大丈夫?」 減り込んだ顔を無事に引き剥がしたところにかけられた抑揚の少ない声に、カヲルの両肩がガクンと落ちる。 「少し言い方が気になるけど、概ね無事だよ。」 もっとも自分に近い存在である一見無愛想な青銀の髪の美少女に、銀髪の美少女が苦笑を向けると、 「そう。良かったわね。」 カヲルと同じ紅い瞳を持つその少女は、眉一筋動かさず言ってのけた。 「チカゲさん、そろそろお願いします。」 そんな一歩間違えれば漫才になりかねない遣り取りを無視して、マユミが少し離れた所でシンジに貰った首輪を大事そうに撫でている小柄な少女に頼む。 すると、上目がちに様子を伺いながらチカゲはこう答えた。 「わん。」 と。 次の瞬間、金星にあったディラックの海の出入り口は閉じ、別の場所へと繋がる出入り口が新たに発生する。 「……仕事ね。」 すると、さっきまでカヲルと口喧嘩していたレイがドライアイスの氷山の後ろに回って押し始めた。 新たな出入り口の方へ。 「手伝うよ。」 カヲルもレイの隣に並んで、出入り口の方へと押し出し始める。 ちょっとした山ぐらいはある塊を。 マユミが、 チカゲが、 肩を並べて押してゆく。 チカゲ一人では保持も移送も困難なほど巨大な塊を。 そして、 とうとう、 金星産のドライアイスは目的地に着いた。 赤い砂が吹く、薄い大気の惑星……火星に。 「それじゃ、皆さん離れてください。」 警告もそこそこに、マユミは体内で今にも弾けてしまいそうな熱量の全てを真紅の熱光線に変え、氷山に向けて解放した。 「わぷっ!」 当然ながら…… 「くっ! これは!?」 それは…… ドゴオオオオオオオオオオン!!! ドライアイスの沸点をいきなり超えさせ、爆発的に気化……いや、爆発そのものを発生させたのだった……。 「……これでどうにかなったわね。」 地下の一室…と言ってもジオフロントほど深くは無い使徒戦役で使われたシェルターの一つを改装した特殊収容施設をモニターし、リツコはそこに収容している患者の容態が大きな峠を超えた事を確信した。 その患者とは、ゼーレ基地の守備要員として居残らされていたチルドレンの資質を持つ31人の少女達のことである。ゼーレの指揮官級の人間がサードインパクトのせいで全滅した為、物騒な薬を飲まされて兵器に変えられる事も無くネルフに保護されたのだ。 しかし、そこから先が大変だった。 催眠術によって戦闘兵器としての人格を植え付けられるのと引き換えに失われた記憶のシナプスを繋ぎ直す為に、そしてシンジを憎悪するよう刷り込まれた暗示を取り除く為に腰を据えた治療を進め、ようやく成果らしい成果が確認できるようになったのだ。 「本当は地下で治療した方が御主人様のATフィールドの影響が強く出るから、その分治りが早くなるんでしょうけど……荒療治をしなくて正解だったみたいね。」 精神に強い影響を加わえて急激に変化させれば、それだけ危険度も増す。 ここに連れて来られた当初は十人並み以下って感じの容色だったのが、暗示が消えるに連れて色取り取りの美少女揃いに開花していったのは恐らく偶然では無いだろう。 こうまで過敏に反応する素養を持つ人間を、身体の欲求に激烈な反発せざるを得ない暗示が施されたままの状態でシンジの手に治療を委ねたら、爆発的に発生する心と身体の激突で死んでしまいかねないと予想されていた。 あるいは、命は助かっても、記憶と自我の片鱗すら取り戻す事無く、与えられる気持ち良さに反応して身悶えるだけの肉奴隷にも劣る肉人形に堕していたかもしれない。 しかし…… 「でも、どの道同じだったかしら。」 結局のところゼーレに施されていた教育のせいで、誰かの道具として生きるよう判断力を上位者に依存する性向は残念ながら改められなかった。 しかも、シンジへと向かっていた憎悪は、強さはそのままでベクトルが正反対に転じ、 「ああ、シンジさん……」 今では全員が病室でシンジの事を想って自分を慰める段階まで症状が深刻化していた。 「……とにかく、御主人様に聞いてみるしかないわね。」 心の中で『どうせ全員“飼う”事になるんでしょうけど』と思いながらも、リツコは肌の色も髪の色も瞳の色も様々な少女達が一人の少年を想って次々に上り詰めてゆく場面を見届け続けるのだった。 彼女の愛しい御主人様にどう話を切り出すかで頭を悩ませながら…… 「ご、ごめんなさい。本で見て予想してたのと全然違って……」 予想外に激しい爆発で吹き飛ばされたマユミが、同じく吹き飛ばされて酸化した砂鉄の岩原に転がっている仲間3人にしきりに頭を下げた。 「問題無いわ。失敗は誰にでもあるもの。」 しかし、むっくりと起き上がってきたレイも 「この前にやった木星圏での作業に比べたら、びっくりしただけで済んだだけマシさ。あそこでの作業は下手な失敗をしたら死んでしまうからね。……僕達でさえね。」 ATFを張り遅れたらしく赤い砂塗れのカヲルも 「あ、あの…気に…しないで…下さい……」 ディラックの海からちょこんと顔を出しているチカゲも全然気にしていなかった。 寧ろチカゲなんかは謝り倒される方が心苦しそうに見えるぐらいだ。 「そうは言っても……」 それでも気落ちして俯いてるマユミの肩にそっと手を置き、 「それなら地球に戻ったら全員に何か奢るって事でどうだい?」 カヲルは割りと手軽そうな埋め合せを提案する。 彼女としては何度も謝られるより、気分を早く切り替えて貰った方が有り難いのだ。 「……異存無いわ。」 「賛成…します。」 それはレイとチカゲも同じだったようで即答でカヲルの意見に賛同する。 「……分かりました。」 もうこうなってはマユミに抗弁する余地など残っていなかった。 「そうと決まれば早速仕事をしないかい。アレが到着する前に下準備はできるだけしといた方が良いだろうからね。」 金星と火星の両方を人間が住める惑星に近付ける為の努力を…… カヲルが言及したその“アレ”は、既に3ヶ月近くにも及ぶ航海を経て、小惑星帯と呼ばれる辺りを移動していた。 「ヒマだね〜、ヒカリおねえちゃん。」 3年前の使徒戦役当時と変わらぬ年恰好と無垢さを保ちながら、ちょっとした仕草に紛れもない女としての色香が匂う少女…サキエルの魂を継ぐ鈴原ハルナが、今回の航海に同行している姉とも慕う少女に話しかける。 「そうね。じゃ、トランプでもしようか?」 こっちも容姿は3年前とさほど変わらないが、ソバカスが消えて代わりにしっとりとした落ち着きを備えるようになった少女…シャルシエルの魂を継ぐ洞木ヒカリもヒマを持て余してたのか直ぐに反応する。 「うん……」 しかし、気乗りしない風のハルナを見て、ヒカリは荷物の中からトランプケースを取り出す手を止めた。 「どうしたの?」 「シンジおにいちゃん、どうしてるかな〜。」 ハルナの日頃は明るくて元気な表情が、遠く離れている愛しい人の顔を思い浮かべて冴えを失っているのを見て、ヒカリの口からも溜息が漏れる。 次いで何か慰めようと口を開きかけたところで、ヒカリは自分のATフィールド内に侵入して来る“ナニ”かの感触に驚き固まった。 「え…えっと……もしかして、呼んだ?」 木星から切り出してきた金属水素の塊の中心近くに沈んだ球形の防御力場の中に、照れ笑いを浮かべながら踏み込んで来た愛しい少年を。 「お、おにいちゃん! あいたかった! あいたかったよ〜!」 暗く沈んでいたハルナの顔がパッといつもの輝きを取り戻し、シンジの首っ玉に両手でしがみつく。 「ど…どうしてここに? ……って言うか、こっちに来て大丈夫?」 嬉しさと戸惑いを同居させた複雑な表情のヒカリが手を所在無さげに開いたり閉じたりしながら訊く。 久しぶりに会えて嬉しいのは確かだけど、サードインパクトのせいで地球の自然と強く結びついてしまったシンジが地球を留守にすると少々拙い事になりかねないと言う事情も知っているヒカリとしては、ハルナほど手放しで喜べなかったのだ。 「うん。長居しなきゃ大丈夫だと思う。で、来た理由だけど……」 しかし、誰よりも信頼している少年が大丈夫だと言った事で、ヒカリの表情の険も一挙に取れ、シンジが常時発散し続けている心地良い波動に身を任せて早くもふにゃふにゃに蕩けさせられてしまう。 「2人の顔を見たかったからってのじゃ駄目かな?」 気の利いた言葉が見つからないのかバツが悪そうに首をすくめるシンジの唇を、 「ううん、ぜんっぜんおっけーだよっ♪」 ナニかが胸につかえて言葉が出て来なくなったヒカリの唇が塞いだのだった。 火星のテラフォーミング……つまり、人が住める環境にする計画の為に木星から運んでいる最中の資材の真っ只中で。 「空気が変わった? ……そろそろ潮時じゃないのか?」 人が這うのがやっとの排気ダクトの中を進んでいる2人組のうち、先を進んでいた筋肉質の男が慎重論を唱える。 「おいおい。まだジオフロントさえ拝んでないんだぞ。こんな所で引き下がれるかってえの…おわっ!」 後ろを這っている角眼鏡の不敵な面構えの男が慎重論を一蹴するやいなや、彼らが進んでいる隘路の前後が隔壁で閉鎖されてしまった。 「どうやら向こうさんは俺達の事なんて先刻承知みたいだな。……どっかでセンサーでも潰し損ねたか?」 筋肉質の男が舌打ちした時、下側にある点検ハッチがバコンと開く。 そこから顔を覗き込んで来たのは…… 「すみませんが、おとなしく出て来て下さいませんか。」 白い単衣と緋袴に身を包んだ長い黒髪を後ろで一本に束ねて垂らしている女性だった。 「で、“天翼の巫女”が俺達に何の用だい?」 身を動かす余裕も無い狭い場所に2人して詰まったままではロクな事にならないとばかりに大人しく出て来た筋肉質の男は、すっかり開き直ったふてぶてしい態度で巫女服姿の女性にマイクを突き出した。 一方、眼鏡の男は小型のビデオカメラで周囲を写し回りつつ脱出の機会を窺っている。 「それはこちらの台詞ですね。……ここは関係者以外立ち入り禁止の筈ですが。」 その巫女服姿の女性…能代ショウコは、冷たい口調で訊ね返した。 ジオフロントどころか、この天蓋部でもシンジを除く男性は立ち入り禁止になっているのに、この2人はネルフの一般職員ですら立ち入りが禁止されている場所に勝手に足を踏み入れて平然としているのだから好意の持ちようも無いのだが。 「俺達はジャーナリストだ。ちょいとカミサマってヤツにインタビューしに来たのさ。アポイントは取ってないけどな。」 「そうですか。では、お引取り下さい。無許可での取材を認める訳に参りませんので。」 そんな緊迫した雰囲気は、冗談混じりに状況説明をしても微動だにしなかった。 「じゃあ、あんたにインタビューするが良いかい?」 筋肉質の男がずうずうしくマイクを突きつけて来るのからススッと後退るショウコ。 「お断りします。あ、フィルムとテープなどはこちらで処分致しますので。」 いわゆる三流ゴシップ誌が赤裸々な日常生活でもスッパ抜くつもりでやって来ているのだと既に見抜いているショウコの態度には取りつく島も無い。 「なんだと! 下手に出てりゃつけあがりやがって! 報道の自由を何だと思ってやがるんだ!」 拳を固め、強行突破するべく身構える筋肉質の男。 それを見てこちらも身構える眼鏡の男。 一人は戦うべく、もう一人は逃げるように見せかけて後ろから襲うべく、重心を僅かに軸足から前へとズラした刹那、 「そちらこそ他人のプライバシーを何だと思ってるのですか? これはれっきとした不法侵入ですよ。」 ショウコが鋭く冷たく言い捨て、男達を威嚇する。 「公人にプライバシーなんてねぇんだよ!」 どうやら話し合う余地が無いと悟っていた筋肉質の男は、全く身構えてるようには見えないショウコの不意を討つべく体内で“力”を練る。 相棒の行動から注意を逸らすべく眼鏡の男が敢えて音を立てて飛び退る。 ショウコの視線が顔ごと眼鏡の男がいる左へと振られたのを見て、筋肉質の男は拳に練り上げた“力”…ATフィールドを纏わせて鳩尾へと突き込む。 しかし、虚を突いた筈の踏み込みに合わせショウコは体を開いてあっさりと躱す。 「どうやら言葉では分からない方々のようですね。」 ショウコの背に光り輝く2枚の翼が現れたのを目の当たりにした瞬間、男達の意識はとてもあっさりと途切れた。 指一本動かす気力すら湧かないほど精神を攻撃された…正確には自分達がショウコに抱いた悪意の全てを自分自身にぶつけ返された…2人の男は、宣言通りフィルムとテープの全てを没収されて公園のベンチに放り出された。 他人の私生活を覗き見しようと考えると激しい苦痛を覚えると言う深い心の傷を負わされて……。 少なくとも3つの宗教が聖地と認定している地球上で最も業の深い地……エルサレム。 「で、こっちが設定した和平条件はもう言ったわね。明日から、ここは国連の直轄地になるわよ。」 美麗と可愛らしさ、大人の色香と少女の清純さの危うい均衡を保ちながら美貌の凄みを増している惣流・アスカ・ラングレーは、真紅のプラグスーツに包まれている見た目だけは華奢な右手をテーブルにバンと叩きつけた。……勿論、かなり手加減して。 「横暴だ! ここは我々の国、我々の首都だぞ!」 ユダヤ民族代表、サードインパクトの生存者が5万人を割り込んでいるイスラエルの指導者がアスカに激しく食ってかかるが、 「アタシはどっかの国みたいにアンタらの肩持つ気無いけど、パレスチナ側のテロ抑止はちゃんと実行させるわよ。……そっちもそれで良いわね。」 ゼルエルの魂を継ぐアスカにそこらの政治屋の威圧が効く訳も無い。 「ああ。我々はそれで良い。」 そして、紛争のもう一方の当事者であるパレスチナ側の代表者はエルサレム西岸への居住権だけでも手に入るならと快く承知していた。 ……ネルフを通して彼らに届けられている各国からの援助が止まると、いきなり餓死者が出かねないと言う苦しい経済事情のせいもあるのだが。 「国連はテロリストを支持する気か!」 「アンタらが今までやって来た事も、パレスチナのテロリストが今までやって来た事も同列よ! いえ、力の差が圧倒的なだけアンタらの方がタチが悪いわね。」 自衛戦争と言うお題目をつけても所詮は単なる弾圧で一方的な虐殺なのだと指摘されて逆上しかけたイスラエル側の代表者達の一人が腰の拳銃に手をかけた瞬間、酷く冷たい殺気が浴びせかけられ、彼の指……いや、全身を凍らせた。 「ここで銃を抜いたらどうなるか分からないほど馬鹿じゃないですよね?」 茶色の髪を肩で切り揃えているタレ目がちな少女…霧島マナは、アスカにも決して劣らない美しい顔に不穏な笑みを浮かべる。 「くっ……」 和平調停に乗り出して来た国連に反発して代表団を追い返したせいで、応援に派遣されて来たマナ一人に戦車もヘリも切り札のN2戦術ミサイルも使徒能力者も残らず叩きのめされたイスラエル側としたら、ここで武力に訴えてしまったら和平条件が更に不利になる事は想像に難くない。 「で、パレスチナの方々もテロが抑止できないならエルサレムから叩き出します。」 顔を青くして席をガタンと鳴らして立ち上がるパレスチナ側の代表者と、未だに拳銃に手をかけたまま固まっているイスラエル側の代表者を、マナは等しく威圧する。 勿論、冗談抜きで限りなく本気の最後通告だ。 「エルサレムそのものを地上から消滅させるって手もあるわね。」 どうでも良さそうに付け加えたアスカの呟きにギョッとした両首脳部は、泣く泣く苦渋の選択を飲まされた。 しかし、これが和平への最もマシな道だと両民族の大多数が気付くまで、双方の最も非寛容な連中がサードインパクトで自滅していた事もあって、さして時間はかからなかったのであった。 ピチャ…クチャ…っと濡れた水音が深く深くキスをしている二人の間から漏れる。 唾液の架け橋を滴らせながら唇が離れ、今度はハルナのおとがいをそっと持ち上げる。 「あの…おにいちゃん。ヒカリおねえちゃんをさきにシテあげて。」 そんなシンジと目と目が合ったハルナは、もじもじする内股を強引に無視してキスをしようとしたシンジを目で押し止めて我慢しようとする。 「ハルナはそれで良いの?」 「うん。だって、ヒカリおねえちゃんがんばったもん。ハルナはあとでいいよ。」 姉とも慕う人が早く“御褒美”を貰えるように。 「そんな……ハルナちゃんこそ先に……」 しかしヒカリも、もう一人の妹と思って可愛がっているハルナを先にと主張する。 「そう言う事なら……これでどう?」 そんな、お互いに譲り合って遠慮しまくってる2人の胸の双丘が背後から揉まれ、うなじに舌が這う。 「え? あ、きゃっ!」 相手の感じる所全てを知り尽くしている確かさで、ヒカリとハルナを同時に後ろから愛撫するシンジ。 しかし、彼女ら2人の目の前にも依然としてシンジは実体をもって存在していた。 「これっておにいちゃんの……なんでぇ?」 尻肉をこねる身体に馴染んだ肉棹の感触も、かれこれ4年近く揉まれてるにも関らず相変わらずの大きさの美乳から快感を引き出している慣れ親しんだ手指も、耳の後ろを舐める濡れた舌の感触も、全てが愛しい想い人の物である事にハルナはとても戸惑う。 「碇君、もしかして。」 もっとも、ヒカリの方はようやく理由に気付いたようで、総身の力を抜いて後ろから蹂躙されるに任せる。 「うん。こういう事なんだ。」 その予測を裏付けるように、目の前のシンジの身体も2人のシンジに分裂した。 「2人とも、今日は前後から愛してあげる。どっちも僕だから良いよね?」 訊くには訊いたが返事は待たず、シンジはすっかりほぐれて迎え入れる準備が整っている前後の穴を肉槍で2人いっぺんに貫く。 「「あ! ああっ!」」 軽い絶頂に達した証のとても綺麗な喜悦のユニゾンが響き渡り、綺麗な鮮紅色でありながら複雑精緻に発達した2人の秘洞は巧みな動きで牡のエキスをおねだりする。 「あ、あふっ…んっ!」 あまりの快感に双眸から焦点は失われ、身体が新鮮な酸素を本能的に求めて喘ぎ、口の端からよだれを振り撒いてしまうハルナとヒカリ。 「ああ…凄っ……凄い……」 大きさも色も清楚さを装っているのに、シンジの指が触れると開発され切った悦楽ボタンとしての本性を露わにしてしまう両の乳首。 「お…おにぃ…んっ! …ちゃ……んっ!」 奥まで抉り回される肉の太槍を受け入れている前の穴の上に慎ましく顔を出している肉芽を包む皮がシンジの指の腹でそっと剥かれ、慣れていなければ激痛にしかならない強い刺激が小刻みに送り込まれる。 「「!!!!」」 途端に上がる声とも言えない声の合唱がシンジの心の琴線を揺るがせ、2人の柔肌をくまなく包囲して快楽責めにしてるシンジのATフィールドに不規則な振動を付加する。 「ふ、2人とも凄く良い。……で、出ちゃう。」 いつもより良い締りと敏感な反応に、玩弄しているシンジの方にもいつしか限界が近づいていた。 「ら、らして〜! いっぱい、いっぱい〜!」 そんなシンジの呟きを耳聡く聞きつけ、ヒカリは小刻みに白く染まる脳から必死におねだりの言葉を捻り出す。 「おにいちゃん、きて〜!」 舌っ足らずな甘えた声で、身体の芯を焼き続ける炎を鎮める大好物をねだるハルナ。 ドピュピュピュッ!!×4 そんな2人の精一杯の求めに応じて前後から身体の深奥に撃ち込まれた白濁の集中砲火は、ヒカリとハルナの意識を桃源郷への心地良い旅行へと旅立たせたのであった……。 使徒迎撃要塞都市から宗教都市へと一変した第3神東京市の中心。 そこには、サードインパクト後に新たに建設された高さ333m、50階建ての威容を誇るネルフ本部ビルがそびえ立っていた。 このビルの影が日時計の針の役目を果たし、市内各所に設けられた公共施設が文字盤替わりになっていると言う計画都市ならではのお遊びもあるのだが、それに気付く者は意外と多くない。 そんなネルフ本部ビルの一室。 「また、この季節がやって来たか。……シンジはどうしてる?」 かつてネルフ本部が地下にあった時から見れば格段に狭く、代わりに雰囲気が格段に明るくなった司令公務室の席に座っていた男が、卓上カレンダーを見て溜息を漏らした。 「“エンゲージ”が完成しましたから配りに行ってるんじゃないかしら。遠くで働いてる娘も多いですから。」 それに推測で答えたのは男の妻、今現在はネルフ技術部の特別顧問に就任している碇ユイその人であった。 「そうか。」 ちなみに“エンゲージ”とは、その名の通りエンゲージリング風にあつらえたロンギヌスの槍の複製品を元に再設計された使徒能力者補助用アイテムの事である。まあ、大粒のダイヤモンドよりも高価だと言えない事も無い品ではあった。 「やっと指輪ですか。……これじゃ式を挙げるには何年…いえ、何十年かかるかしら。」 そう言ってきたのは同じく技術部の特別顧問に就任している赤木ナオコ。 「全ては心の中だ。今はそれで良い。」 サングラスで眼差しは隠さぬまでも、口元を組んだ両手で隠した姿勢のまま答えるゲンドウにユイの口から苦笑が漏れる。 「相変わらずね、あなた。」 だが、ゲンドウの発言には続きがあった。 「それに、本人達は式を挙げたつもりになっているかもしれんぞ。現に籍は入っているんだしな。」 もしかしたら、あの熾烈な使徒迎撃戦が事実上の結婚式だったのかもしれない、と。 「多重婚姻制度に夫婦別姓制度ですか。あの時は苦労しました。」 まあ、それどころか若年者の婚姻特例まで成立させたりもしたのだが、宗教団体はともかく各国政府は味方に回ってくれたのでユイが言うほど紆余曲折があった訳では無い。 サードインパクト後の人口比率と男女別出生比率が、女性の方が若干だが明らかに多めだと言う統計的事実が追い風になったのもあって。 「で、今年の連中はどうだ?」 何故なら、各国政府は一人でも多くの使徒能力者が欲しいのだから。 「例年より少々多め、1067人が受験に訪れてますわ。」 だからこそ公費助成までしてシンジがいる第3神東京市に年若い女の子を留学させて第18使徒リリンとしての覚醒を促し、卒業後25年間の兵役に就かせると言う制度を考え出す国が現れたのだ。 そして、その制度は……他の国もすぐに真似するようになり、今や国連加盟国の全てが適齢期の娘を送り込んでくるようになっていた。 ちなみに1067人と言うのは中等部と高等部の入学志願者を合わせた人数である。 「そうか。選抜基準はいつも通りだ。」 しかし、各国政府が当初やらかしていた誤算は二つあった。 一つ目は選考基準の最重要ポイントが容姿では無く、ジオフロント内…つまりシンジがほぼ常時展開しているATフィールドの中でも普通に社会生活を送れる見込みがあるかどうかであった事。 そして、もう一つは…… 「あと、“子供達”の母国から母子ともども帰国するよう催促が来ておりますが。」 シンジと交合した女性達の中から、妊娠したり出産したりする者が現れた事である。 ……避妊具無しで中に出し放題だったのだから、今まで当たりが出なかった方が不思議と言えば不思議と言えない事も無い。が、それはシンジの繁殖能力が長命種特有の低水準に落ち込んだ事が原因ではないかとユイは睨んでいた。リツコの方は、アダムの肉体と融合してS2機関を得る前のシンジは生物としてのバランスを欠いており、生殖機能がその影響を受けて子供ができなかったのではないかとの仮説を立てていた。だが、それらの仮説が正しいかどうか確かめる手段は既に無い。 「……許可できんな。少なくとも初等教育が終わるまでは第3で育てる。そう答えろ。」 「あらあら。もう爺バカですか?」 女性陣2人にくすくす笑われて視線を伏せたゲンドウは、ぶっきらぼうに言う。 「……それより早く休め。腹の子に良くないぞ、ナオコ。」 まだお腹の膨らみが目立つ前から親馬鹿気味な心配を。 「はいはい。じゃ、後はお願いね、ユイ、六分儀さん。」 夫の気遣いを有り難く受け取って、ナオコは軽やかな足取りで部屋を後にする。 リツコとは父親が違う、そしてシンジとは腹違いの弟妹を宿した幸せを満喫しながら。 「ああ。」 「やっぱり、私ももう一人ぐらい生んでおこうかしら。」 そんな親友であり仲間であり同じ男の妻である女性を見送りながら、ユイは旦那に意味ありげな秋波を送る。 「……問題無い。」 そう言いつつも、ゲンドウの五体はカチンコチンに固まっていた。 この歳にも容姿にも全然似合わない初心な少年の如くに。 そのネルフ本部から離れること7000km余り。 「……老人を働かせ過ぎじゃないのか、六分儀。」 すっかり髪が白くなった痩せぎすの老人が、サードインパクト後ほどなくして来るようになった異世界の商人に引き取られて行く放置兵器を見ながら大きく溜息を吐いた。 今のゲンドウの職務が激務なのは、以前に自分が主として担当していた仕事だから良く分かる。それに未だ独身である自分が外回りをする方が何かと都合が良いのも確かではある。ではあるが……比較する相手に2人の妻と2人の子供がいて、8ヶ月もすれば子供がもう1人生まれるような状況だと流石に愚痴の一つも言いたくなろうってもんであった。 『俺も加持君を見習って若い娘でも引っ掛けた方が良かったかもしれんな。』 あのサードインパクトの時に若返っていれば……と少しだけ思いつつも、不思議と後悔は全くしていない冬月コウゾウであった。 荒々しい自然が心身を鍛え上げるギアナ高地……ではなく、ギアナ国際宇宙センターの人気の無い一角で和式の長弓を手にしている一人の女性がいた。 標的に用いられている3p厚の鉄板には何かで射抜いたのが明々白々な風穴が幾つも開いていて、放たれた矢の威力を無言で物語っている。 いや、放たれたのは矢では無い。 その女性が自ら引き抜いた黒塗りの漆の如き艶やかな髪が縒り合されて一本の光輝の線と化し、朱塗りの和弓に番えられているのだ。 「はっ!」 一陣の矢となった髪の毛から右手を離すと同時に左の手首を返すと、左手と弓身と言う障害物が無くなった光矢は心置きなく直進して的の鉄板に新たな風穴を増やした。 パチパチパチパチ 続いて二の矢を番えようと髪に伸ばした女性の右手を止めたのは、遠慮がちだが妙に通りが良い拍手の音だった。 「え…えと……久しぶり、マヤさん。」 「シンジ君!」 拍手がした方を振り返り、優しげな眼差しを湛えた微笑みを浮かべた少年の姿を3ヶ月ぶりに目の当たりにしたマヤは、脊髄反射でガバッと抱きついて頬ずりしだす。 ……左手で弓を握ったままで。 2〜3分ほどうっとりとしていたマヤの思考の焦点が合わさってくると、自身がやらかしている行動について恥ずかしさを自覚する余裕も生じてくる。 「きゃっ! ……ご、ごめんなさい、シンジ君。……え?」 それでも離す気は起きず僅かに力を緩めるだけに止めたマヤの腕の中から、シンジはするりと抜け出す。 想い人の意表を突いた彼らしからぬ行動に面食らう彼女の右手に、シンジはポケットの中から取り出した小さな箱を握らせる。 「良ければ貰ってくれる?」 簡素極まりない四角く青い箱。 その中に納められた、これまた質素なデザインの銀の指輪。 指輪に嵌まっている宝石は黒瑪瑙でも黒真珠でもなく、白銀の金属環も銀製ではなく、どちらもシンジの身体の一部となったロンギヌスの槍のオリジナルから株分けしたモノから形作られていた。 「ホントに貰って良いの?」 指輪であって指輪で無いモノ。 擬似生物にしてシンジの一部でもあるモノ。 「うん。これはマヤさん用に作ったものだし。」 それなりの“力”を持った人専用に形作られた絆の具現。 形状にちなんで“エンゲージ”と呼ばれる多目的補助具である。 「ありがとう、シンジ君。」 にっこりと破願したマヤであったが、彼女に向けられたシンジのとても申し訳無さそうな視線にほどなく笑顔が凍りつく。 目蓋の裏に隠された意味を問い質そうとマヤが決心する前に、答えは提示された。 「え…っと。このエンゲージってリリンに覚醒したヒト達は使えないから、彼女ら用に何か用意してあげたいんだ。……だから、マヤさんの意見というか助言が聞きたくて。」 マヤが脳裏に色々と思い浮かべた理由の全てと違った答えが。 「え?(別れ話を切り出すとか、私に飽きたとかいう理由じゃないの?)」 表情が凍っただけではなく思考も凍りついたマヤの姿に、暗かったシンジの表情はますます暗くなり俯き加減になってしまう。 「ご、ごめん。せっかく二人きりなのに他の人の話して……」 自信無さげに語尾がかすれるところなんか、とてもじゃないが地上最強の実力を備えた存在には見えない。 「そう思うんだったら、後で何か考えてね。」 悪戯っぽく出したマヤの要求に、ようやくシンジの肩から力が抜ける。 「うん。ちゃんとしたお礼は帰ってからで良いかな。ここだと僕は長居できないし、たいした事もできないから。」 「ええ、良いわよ。」 ようやく戻ったシンジの微笑みにホッとしながら、マヤはシンジが持って来た用件について真剣に脳内で検討を始める。 「……そうね、エンゲージだと機能が多過ぎて扱い難いんじゃないかしら。シンジ君が最低限持たせたい能力に絞った方が良いんじゃないかな。」 そして、ネルフ初の偵察衛星の性能評価をした時にも、エヴァ・パペット用兵器の試案として全領域兵器マステマなんてキワモノを同僚が提出した時にも聞いた尊敬する先輩の台詞を思い出しながら、マヤは解決策らしきものを何とか捻り出す。 “槍”の応用品の開発ではリツコにすら一歩先んじているシンジが機能を維持したままで扱い易くできないのなら、機能を削ってマイナーダウンするしか手は無いと。 「ありがとう。……やっぱり、それしかないかな。」 その方法はシンジも考えていたのだが、今回一つだけ大きな収穫があった。 それは“槍”としての性能と変形機能に目が行っていたシンジの認識を変え、持たせたい機能を優先する開発方針に転換した事である。 シンジと心を繋いだ者ならば誰もが使えるアイテムを目指して。 「じゃ、僕はこれで。練習邪魔してゴメン。」 用事が済み、懸案にも対処方針が決まったシンジは、第3神東京市に戻るべく慎重に力を練り始める。……彼の強力過ぎるATフィールドを広げ過ぎて周囲を汚染してしまわないように。 「シンジ君、マリィには会っていかないの?」 そんなマヤの問いかけに、シンジは寂しさを紛らわしてるのが解る人には解る苦笑を向ける。 「会いたいけど、そろそろATフィールド抑えてるのが限界なんだ。迷惑かけないウチに戻るよ。じゃ。」 地球上……ジオフロントを除く地上には、シンジが自然体で過ごせる場所は無い。 ロンギヌスの槍を融合捕食した上に地球の自然とのリンクを確立した結果、半径数qを覆う濃密なATフィールドを常時展開していないと体調が崩れてしまいかねない体質へと変わってしまっていたからだ。 多少の時間なら気合いでどうにかできるのだが…… 「またね、シンジ君。」 愛しい少年の姿がディラックの海に消えるのを見届け、マヤはあの決戦の後で習い始めた弓術の練習に戻った。 例え同様な事件が起こってしまったとしても、次こそは足手まといにならないように。 新生なったネルフ本部の地下、かつて元々のネルフ本部であった黒いピラミッド状建築物から少々離れた地下湖のほとりにそれはあった。 第3神東京市立女学校と言う名の国際中高一貫校は。 世界で最も競争率が高い全寮制女子校の実態はおぼろげではあるが広く知られていたのだが、寧ろそれが更なる入学希望者を世界中から呼び寄せる原因となっていた。 「みなさん、しっかりお掃除して下さいね。理事長様……シンジ様が恥をおかきにならないように。」 そんなこれ以上無いほど特殊な学校の付属寮を任されている筑摩シズクは、紺の本格的なメイド衣装で自ら率先して雑巾を手にしていた。 「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」 元気良く返事したのは思春期真っ盛りのいずれ劣らぬ美少女達で、彼女らも学校指定の作業衣であるメイド服に身を包んでいた。 ちなみにこのもう一つの制服は学年によって臙脂、濃緑、紺の三色が用意されており、更にワンピースタイプとセパレートタイプでの区別と併せて6学年が表わされている。 肌の色も髪の色も様々な国際色豊かな学園唯一の学生寮は、こうして在校生の手で磨き抜かれ、新入生を迎え入れる準備を着々と進めてゆくのだった。 新たな同志で仲間で……そして、ライヴァルとなるだろう後輩達の入居に備えて。 チュプ…チャプ…チュプ…… 理事長室の大きな執務机の足下、足を開き気味にして椅子に座ってる僕の前にこの粘つく水音の原因は“いる”。 ズボンから顔を覗かせたフニャフニャのモノを、手でしごいて瞬く間に魁偉な黒い肉槍へと変貌させた女が。 「うっ…」 短く切られた赤みを帯びた金色の髪、悪戯っぽさを含んだ上目遣い。 「どう、気持ち良いかしら、シンジ君。」 年齢は多分14歳くらい。……肉体の方はね。 「う…うん。キョウコさん。」 面影はアスカにちょっと似てるかな……いや、逆か。 アスカがキョウコさんに似てるんだ。当たり前の事だけど。 「そう。じゃ、もっとお礼するわね。」 だって、キョウコさんはアスカの実のお母さんだから。 「うっ…ううっ……」 背筋を駆け抜けるゾクゾクに押されて、既に部屋の中に充満しまくってるATフィールドの強さがますます高まってゆくけどキョウコさんには効いた様子が無い。 チュ…チュプッ…チュッ…… ……訂正。効いてる事は効いてるみたいだ。 良く見たらハーフのキョウコさんの白い肌がほんのり桜色に色づいて、何だか鼻腔をくすぐる良い香りまでさせている。ここまで感じてたら普通は手か口かがお留守になるんだけど、キョウコさんは全然そんな様子が無い。 寧ろ僕の方がキョウコさんの攻めでじりじりと追い詰められていた。 いつも通り。 「そ、そういえばキョウコさん。前から聞きたかったんだけど、何故、僕にこんなことしてくれるんです?」 たいていの人が相手だと僕が攻める方でコトが済んでるから新鮮に感じるのかもしれないけど、それにしてもキョウコさんは異常って言っても良い凄さだ。だって、余波だけでミズホさんの方は長椅子にへたり込んでヒクヒクいってるのに。 よっぽど大きな理由が無きゃやってくれる訳無いよね。……僕なんかの為に。 「あなたが……シンジ君がアスカを助けてくれたから、あの娘の笑顔を守ってくれたからよ(それは私にはできなかった事だから。)。」 そんな事で!? アスカを助けたのは、アスカに笑顔でいて欲しいのは僕のワガママってだけなのに。 話をしてる間にもサワサワ刺激されるキカン棒が、着実に発射準備を整えられてゆく。 ま、拙い。 このままじゃ、また今回も僕だけイカされちゃうよ。 何とかキョウコさんの弱点……特別感じるとこを探さないと。 普通のとこを刺激してもキョウコさんの我慢には通用しなさそうだし。 そんな風に焦って集中してたのがいけなかったのだろう。 乱れた呼吸、変にバラついた注意力、そんな状態で不覚を取らないでいられるほど僕は万能でも全能でも無かった。 「入るわよ。」 ごく普通、ごく自然にノックもせず扉を開けて入って来た朱金の長髪を背中側に垂らした少女は、いつもの様に誇らしげに胸を張って威張る前に部屋の中を吹き荒れていた愛欲のブリザードに曝され、瑞々しい肢体を降り積もる悦楽の底へと沈めさせられてしまう。 「な、なによこれっ!? あ…んっ!!」 たちまちのうちに股間から汁気をたっぷりと滴らせたアスカのわななきと同時に、僕の股間の方にも荒い吐息がかかる。 「あんっ…ア、アスカちゃん……」 え? キョウコさん? 今、キョウコさんから意識が逸れていたのに、何で? ……もしかして。 「アスカ、ドア閉めてこっちに来てくれる?」 ちょっとした思い付きを試してみる為に。 「良いわよ! イッてやろうじゃないの!」 抑揚が微妙に違うような気もするけど、まあいいや。 肩を怒らせつつも雲を踏むような足取りで近付いて来たアスカが机を回り込むと、彼女からも僕の足下が見えるようになる。 「ママっ! なんて事してんのよっ!」 僕の肉槍を両手と口を駆使して気持ち良くしてくれている自分の母親の姿を。 ……見た目が自分と同じぐらいの年齢になっちゃってるから実感は薄いだろうけどね。 「ああっ! 許して、許してアスカちゃん! ママね…ママね……」 やっぱり。 どうしても一線より向こうの刺激を拒んでたキョウコさんの反応が、今までに無いほど良くなってる。 これなら、今日こそはキョウコさんを心から気持ち良くしてあげられるかも。 「アスカ、僕の膝の上に座ってくれる?」 もちろんアスカも蔑ろにする気は無い。 「なんでよっ! なんでアタシがバカシンジの膝に乗らなきゃいけないのよ!」 流石に喧嘩腰になって僕の襟首を引っ掴んだアスカに僕はできるだけ優しく話す。 「アスカの全部を僕とキョウコさんとで見てあげたいから。」 あ! バスン 膝に力が入らなくなったのか横合いからもたれかかってきたアスカを抱き止め、 「キョウコさん、手伝って。」 足を開かせて僕の太股の上に座らせる。 ちょうど、僕が椅子になったみたいにして。 「ちょ、ちょっと! 何やってんのよ!」 アスカの意識が戻ったのは、僕の足で大股開きにした彼女の大事な所にキョウコさんがついばむようなキスを繰り返している時だった。 「アスカを愛してるとこだよ。僕とキョウコさんの2人でね。」 「ちょ…ちょっと! ママはそれで良いわけ!」 僕の言い方が気に入らなかったのか、それともこのシチュエーションが気に入らないのか猛抗議するアスカ。 でも大丈夫。 僕の見立てが正しければ、すぐに2人とも気に入ってくれるから。 キョウコさんが戻って来て以来ギクシャクしてた関係も仲良くなれるから。 ……世間様一般の親子として仲良くしてもらうのは、僕にはできなかったから、せめてこういう関係でも仲良くなってくれると嬉しい。 2人とも、本当は仲良くしたがってたんだし。 「ええ。アスカちゃんが気持ち良くなってくれれば、ママは幸せよ。」 プシャアアアア! 僕の腕の中で震えてイッたアスカから噴き出したいやらしい汁を頭から被ったキョウコさんが、自分もいやらしい淫汁を床に垂れ流してるのが分かる。 「っじゃ、そろそろ入れるよアスカ。キョウコさん手伝って。」 コクンと小さく、でもはっきりと肯いたアスカの初めて見た時よりも綺麗なピンク色の割れ目を開くと、キョウコさんは快感で震えている手でのろのろと、でも確かな愛情を込めて愛娘の秘裂へ彼氏の剛直を導き、挿し込んだ。 すると、 「あ! ママ! シンジ! 見て! アタシ…アタシ…イッちゃうっ!!」 肉槍を奥まで入れて腰を2回半ほど回したところで、アスカは白目を剥いて気絶してしまった。 キョウコさんも満足したのか、ペタンと座り込んで天上の世界の住人になっていた。 そんな2人……いや、3人。 僕の胸に心ごと身体を預け、至福の笑みを浮かべて眠りに堕ちているアスカ。 娘とその旦那が出した淫汁を全身に浴びて忘我の境地に至っているキョウコさん。 長椅子の上で襲い来る悦楽の波をやり過そうとして、結局果たせず口を半開きにして何も無い空中に視線を向けている僕の秘書の白石ミズホさん。 あ、拙い。 久しぶり……彼女らを見てたら、本当に久しぶりに歯止めが利かなくなってる。 ど、どうしよう。 僕はいけないと思いながらも、本能の赴くままに気絶するまで責めちゃったアスカの柳腰を大きく突き上げた。 「私は帰って来た。」 この第3新東京市に。 あ、今は第3“神”東京市だっけ。 兎にも角にも中学校で優秀な成績を収めることができた私は、日本政府の推薦枠に滑り込むのに成功し、再びこの街に戻って来る事ができた。 お父さんが命懸けで守った、この街に。 使徒戦役の時からシンジ様を祭っていたとかで、一般人がお参りできる場所では一番格式が高い碇大社で合格祈願をし、 ゼーレ来寇で破壊されたコンフォート17マンション、第3新東京市立第壱中学校、ダンスホールなどシンジ様所縁の地に建てられた記念碑を見て回り、 仙石原のネルフ分室で第3神東京市立女学校高等部への入学申請を済ませ、 そして、今、ここにいる。 この第3を一望できる展望台に。 残念ながら、私がいた当時の街並みは全然残っていない。 山のカタチでさえ一部変わってしまうような激戦で、見覚えがあった場所はほとんど破壊され尽くしてしまっていた。 ……街の真ん中でN2爆弾とかが炸裂したら、当然なのかもしれないけど。 湖尻峠にある戦没者慰霊碑にも行った。 お父さんが眠っているもう一つの場所。 ネルフの保安部員だったお父さんはこの街を守る仕事に誇りを持っていたから、きっとここに眠っていると思う。 遺骨が納められている家のお墓にはお参りしてたけど、慰霊碑にお参りに行ったのは今日が初めてだった。私がおばあちゃんが暮らしてる山口に引っ越した後に建てられた物らしいから当然なんだけど。 ジオフロントも変わってしまっているだろうか? 最終戦の時に一度行ったきりだけど、あの光景は今も鮮明に覚えている。 あの黒いピラミッドは、 地底に広がる樹林は、 澄んだ蒼い湖水は、 あの時のままだろうか? 私は、それが二番目に楽しみだった。 アスカが第3神東京市立女学校の理事長室に来てから3時間後。 「シンジ君、遅…いっ!」 いっこうにやって来ないシンジを呼びに来たマナが見たモノは、 「助けてよ、マナ。……止まらない、止まらないんだよ。」 黒革張りの長椅子の上にキョウコを仰向けに寝かせ、その上にアスカ、ミズホの順にうつ伏せで重ねて貫きまくっている想い人の姿だった。 多少可愛がられたぐらいじゃビクともしない体力を備えてるアスカでさえ緩んだ虚ろさを漂わせてる時点で……いや、シンジが助けを求めてきている段階でとても尋常な事態とは思えない。 「そんなにがっつかなくても良いよ、シンジ君。私なら、いつでもシンジ君の好きにして良いから。シンジ君になら壊されても良いから。」 独特の芳香を放つ水溜りが点在するリノリウムの床を真っ直ぐ歩み寄って、マナはシンジを背中から抱き締める。 「マナ……」 早くも興奮してるのか、布越しに背中に押し付けられた弾力溢れる2つの膨らみの先端がコリコリと尖っている感触がシンジの興奮を加速させる。 「だって、私はシンジ君のものだから。シンジ君に助けて貰った……シンジ君に貰われた時からずっと。」 右を向いたシンジの唇と、身を乗り出したマナの唇が触れ合って間も無く。 いや、あるいは何分間か経過した後に、 「あ! なに雰囲気作ってんのよ! シンジが好きなのはアンタだけじゃないのよ!」 腹立ち紛れにストレートな本音を起き抜けざまに言い放ってしまったアスカは、それまで見た中でも最高に惹きつけられる微笑みが返って来たのに言葉を失った。 いや、あるいは忌憚の無い本音を叫んでしまって照れているのかもしれない。 「ありがとう、二人とも。」 今の彼女の真っ赤な顔色は、恐らくセックスフラッシュによるモノだけではあるまい。 「ありがとう、みんな。」 ATフィールドの絞り過ぎの反動か、それとも若さ故か、またもや暴走しかかったシンジは、彼の恋人達の献身によって今日もこうして事無きを得たのだった。 それを浴びた全ての人が軽く達してしまうであろうほどの喜悦の波動を、ジオフロントの中全体に撒き散らしてしまいはしたのではあるが……。 地下鉄桃源台駅から僅か2分。 ジオフロントの壁面を螺旋を描いて降りて来る地下鉄は、第3神東京市立女学校の新入生候補1067名が放つ熱気と芳香とでムンムンとしていた。 「あ…ん……くぅん…んんっ………」 客車の床は娘達が流した汗と涙といやらしいよだれでベトベトに汚れ、ひっきりなしに上がっていた喜悦の叫びは下火になり、かすれた喘ぎ声があちこちから漏れ聞こえる程度になっていた。 クチュ…クチュッ…クチュ… しかし、それが峠を越した事を意味してはいないのは、乗客の誰もがこれ以上無いほど己が心身に思い知らされていた。 「あ、あふぅん……」 列車が揺れる僅かな振動が、 ピチョ……チュッ…チュクッ… 隣、あるいは正面…いや、そこらじゅうから香ってくる猥らな匂いが、 「はぁ……はぁ……」 受験生達の肉体を急激に蝕み、抗い難い悦楽の奈落へと堕とす。 ギ…ギシ…クチュ……ギシッ… 微風に優しく抱かれながら、その空気に宿る微弱なATフィールドにゆっくりと侵蝕されてゆく若い娘達は未だ気付かない。 「くっ……ううっ……」 これに慣れなければ、このジオフロントに住む事など夢物語に過ぎないのだと。 ジュルッ…クチョッ……ピチョン… 何故なら…… これでもシンジのATフィールドは、普段展開している強度の半分程度にまで抑えられていたのだから。……辛うじて社会復帰、つまりは『シンジ離れ』ができる見込みがあるとされる強度とも言うレベルに。 「ぁ…ぁ……」 壱中時代から引き継がれたジャンパースカート風の制服を堪え切れない劣情が催させた淫汁で汚して身悶える漆黒の髪の少女…三宅メグミも、その隣の席で歯を食い縛って悦楽の嵐に耐えている少女…天城ミキも、そんな事には気付かない。 「あ! ああっ!」 いや、そもそも考える余裕が無い。 「あ…あふぅん……くっ……」 若く健康な肢体が優しく抱き締められる感覚に敏感に反応し、彼女らの心の奥に秘められていた牝としての本能が肉体に『発情せよ』と命じ続けているのだから。 「次は、終点“地下神殿”前。どなた様もお忘れ物の無いよう御注意下さい。」 何の変哲も無い車内アナウンスでさえ、 「ああっ!」 あちこちで達してしまう娘を量産してしまうほどに。 リニア式地下鉄が阿鼻叫喚に包まれ、淫猥な洪水に見舞われる5分ほど前。 「と…ところ…で……シンジく…ん、そろそろ…時間…なん…だ…けど……。」 絶頂の余韻覚めやらぬマナは、慌てて本来の来訪の用事を告げる。 本当ならアスカが伝えに来た筈の用件を。 「え……列車、もう着いてる?」 言われてようやく思い出したシンジが腕時計を見て、とっくに受験生を乗せた列車がジオフロントの駅に到着している予定の時間は過ぎているのを知って青くなる。 「それはまだだと思う。シンジ君が抑えてくれないと……刺激、強過ぎるから。」 でも、取り敢えず最悪に近い事態だけはどうにか避けられたようだ。 強過ぎる快楽で自我を押し潰して肉人形にしたり、あるいは自我境界線を崩壊させてLCLへと還してしまうような事態は。 シンジが己のATフィールドを完全に統御できる状態の時には、限界に近い人を見分けて、その人だけ刺激を弱めたり止めたりするような細かい真似も可能なのだから。 「分かった。マナは発令所に連絡お願い。……帰って来たばかりのトコ悪いけど。」 出張先で良いだけ紛争当事者達を脅してきたアスカとマナは、シンジがロンギヌスの槍から作り上げた結婚指輪兼強化装備“エンゲージ”を渡しに来たついでにエルサレム出張を切り上げ、後事をそもそもの担当者である国連平和維持軍に任せて来たのだ。 今度、もし彼女らが呼ばれるような紛争がかの地で起これば、歴史ある聖地エルサレムの命運は風前の灯となるだろう。 それはさておき、 「分かったわ、シンジ君。」 当座の頼まれ事を承知したマナは、さっそく執務机の電話を使って発令所へ連絡する。 「アスカはキョウコさんとミズホさんをお願い。……疲れてるとこ、ごめん。」 さっきまで相手をして貰っていたアスカに後を任せ、シンジは身支度を急ぐ。 「任せて。」 彼に身と貞操を捧げるべくやって来る娘達を出迎えに行く為に。 何度も何度も繰り返し、胸と言わずお尻と言わず優しく愛撫されている感触にイキそうになりながらも、私は必死に自分の意識を現実に繋ぎ止めていた。 「メグ…メグミ……ちょっと…起きてよ。」 一緒に試験を受けに来た隣の席に座っているメグミは、声をかけても肩を揺すっても全然正気に戻ってくれない。 「あ…いい! いい! もっと! もっとぉ!」 それどころか、お下げにした髪を振り乱して更なる刺激をねだってくる。 これでは全く頼りにならない。 『とにかく、私だけでもしっかりしないと。』 シンジ様自ら私達受験生を出迎えてくれるそうだから、せめて私一人だけでも渡されている予定表通りに列車を降りて整列しておかないと。 私はすっかり笑ってしまってる膝をカクカク言わせながら、それでも立ち上がった。 『くっ……声、出ちゃう……』 漏れそうになる喘ぎを、しっかり口を閉じて封じる そして、手摺りで身体を何とか支え、それを伝って歩く。 スカートの前を濡らしているみんなの間を。 服の隙間に手を突っ込んでる子もいる。 それでは足りないとばかりに服を脱いでる子もいる。 そんな中を。 あ、私を見たのか立とうとする眼鏡をかけた子もいる。 でも…… 「あんっ!」 バチャッ! 床に滴っている粘液に足を取られたのか、それとも身体に力が入らないのか、顔から床にダイブしてしまった。 「だ、大丈夫?」 できるだけ急いで近寄って倒れた子の怪我の具合を確かめると……不思議と大丈夫なようだ。眼鏡も何故か割れてない。……シンジ様のおかげだろうか? 脈を取って気を失ってるだけらしいのを確かめ、椅子にすがりついて立ち上がる。 ポニーテイルにしてる頭がやけに重くて、後ろに引っ張られるような気がする。……力が入らないから重く感じるだけかな? とにかく、10人以上はいそうな切羽詰った叫びに背中を押されて、私は開いたままになっているドアに辿り着いた。 燦々と陽が差すホームが、見える。 あと5歩。 それだけで、そこに立てる。 あと4歩。 背筋を立てて。 あと3歩。 溢れてきそうなアソコに力を入れて我慢する。 あと2歩。 歯を食い縛って。 あと1歩。 段差を降りる衝撃が背筋を突き抜けて脳までジンジン響く。……でも我慢。 ……着いた。 コンクリート製の灰色のホーム。 そこにようやく立つ事ができた私を、 パチパチパチパチパチパチ 眩い陽光とたくさんの人の拍手が包む。 「おめでとう。」 優しそうな誰かと、 「「「「「おめでとう!」」」」」 たくさんの女の人の声が、私を祝福してくれる。 「え?」 なに? 何なのだろう? 眩しくてどうなってるのか良く見えない。 「あなたは、このジオフロントで生活してゆける心の強さを証明したわ。よって、本校はあなたの入学を歓迎致します。」 髪が短い女性のシルエットが、私に理由を説明してくれる。 え? 歓迎? ……って、事は、もしかして。 「入学なさいますか?」 今度は別の人の声。 段々目が慣れてくると、このホームに何十人も人が集まっているのが分かる。 そして、私の正面に立っている男の人。 何て言うか、一言で言うと“凄い”。 年恰好は私と同じくらいか少し上、背もそんなに変わらない。 顔立ちは写真で見た通り。浮かべているのは曖昧な照れ笑い。 でも、何と言うか迫力と言うか“存在感”が違う。 「こんにちは、天城ミキさん。」 たった一言。 それだけで、私の心の中に何か暖かいモノが無限に湧いてくるような、そんな微笑み。 この人が“神様”なんだって改めて信じられる、そんな笑顔。 「これから宜しくお願いします。」 勢い良く頭を下げ、私の視界に私の黒い子馬の尻尾が映った時、破局は訪れた。 プシャアアアアアア!! 衆人監視の中で私の膀胱から勢い良く噴き出した液体は、堪えていた愛液の瀑布と一緒に下着の吸収限界をあっさり超え、スカートを濡らして、足下に小さな水溜りを生み出してしまった。 「いや! いやああああああ!!」 シャアアアアアアアア… と、止まらない! 止まらないよう! アアアアアアアア… 誰か! 誰か止めて! アアアアアア… いや、嫌なの! ピチュン…ピチョン…ピチョ…… 「良く頑張ったね。」 必死で突っ張ってた膝から最後の力が抜け、自分で作った水溜りの上に崩れ落ちる前に逞しい腕が私の身体を正面から抱き止めてくれた。 え? 見た目より厚い胸に飛び込むようなカタチになっていた。 ええっ!? 「おかえりなさい。」 ちょうど耳元にきた彼の…シンジ様の唇が囁くと、私の中で燃え上がった火は私の心を欲情の頂きから更に上へと撃ち出した。 「……ただいま。」 彼の言葉に合わせてそう答えた時、私はシンジ様が全てを御存知なんだと確信した。 昔、私がこの街にいた事も。 ネルフの保安部員だったお父さんが戦死した事も。 私がシンジ様に憧れていた事も、全部。 真っ白に染まってゆく意識の片隅で、そう確信した。 これが、第3神東京市立女学校の2019年度新入生総代『天城ミキ』と、名実共に地球の神の座に着いた少年『碇シンジ』との出会いであった。 そして…… 運命は新たに紡ぎ出されてゆく。 命の実と知恵の実を兼ね備えた人の子らが、進化の螺旋を昇ってゆく過程で織り成す幾多の物語となって。 優しく穏やかで…優柔不断な神の深い慈愛に包まれながら……。 福音という名の魔薬 終劇 お、終わった〜。とうとう、薬エヴァ、シリーズ完結です。 いや〜、長かったです。今はそれしか言葉が出てこないです。 今回の見直しと御意見協力は、きのとはじめさん、【ラグナロック】さん、峯田太郎さん、犬鳴本線さん、関直久さん…でした。皆様、大変有難うございました。 また、これまで色々とご協力いただいた方々、道化師さん、JD−NOVAさん、闇乃棄黒夜さん、USOさん、夢幻雲水さん、老幻さん、八橋さん…今まで大変有難うございました。 そして、この作品を読んで下さった皆様、有難うございました。 |
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