港津市。
人口1万人程の都市だ。
海に近く、収入はほぼ海産物である。
都心からは距離があり、車で一日がかりといった程だ。
高層ビルもなく、家々が平地に点在している。
各家は、それなりの大きさであるがどれも新しい。
それもそのはず、ここはまだ新しい都市なのだ。
数十年前までは、海だった場所。
人間の衰えることのない人口増加で住む場所がなくなってくると政府は海の埋め立てを決めた。
なんとも場当たり的な政策であるが、行き詰っていた国民の支持を得て実行されたのがここのような土地だ。
しかし、開拓したはいいが地価が急騰し住めるのは一部の高給取りや資産家といった面々が主となる。
そのため日光をさえぎる高層ビルを建てるといった事も無く、
スーパーや教育施設といった必要最低限のもののみがある。
静謐で、美しい町並み。
悲劇の種などどこにも転がっていないと思えるような。
そんな場所、”だった”。
深夜の港津市のとある研究所の廊下では警備員の二人が話しながら巡回していた。
懐中電灯の明かりだけが唯一の光。
月もなく真っ暗な夜だった。
左右に続く無機質な壁は、光を鈍く反射している。
見渡すことのできない深い闇を一条の明かりだけを頼りに歩く。
「今日は早く帰るって言っておいたのに、主任ったら。」
ふくれっつらで警備員の女が警備員の男に言った。
心底頭にきているといった感じだ。
綺麗と言った方がいい整った顔立ちをした女警備員が、口を膨らませながら言うさまは寧ろ可愛い。
両者ともそれほど年はいっていないだろう。
若々しい。
「まぁ、そうぶつくさ言うなよ。仕事だ。しょうがないだろ?」
「しょうがないもんですか。立派な人災よ。今夜は約束があったのに!」
「はいはい、分かった。さっさと終わらせて約束に少しでも近い時間に帰ろうな。」
「当たり前よ!」
「オレにそんな怒ったってしょうかないだ…っちょっと待て。何かいる。」
気安く会話をしながらも懐中電灯で照らしていた周囲に異変を発見した。
不審人物だろうか。
暗がりのなか、蹲ったようにしている。
微かに動いているように見えた。
全くもって不審である。
いや、”跪いている”のか?
そもそも、”生物”なのか?
普通じゃない。
それだけが男の警備員の頭に浮かぶ。
「え?」
女もその言葉に明かりをそちらへと向けた。
しかし、今だちょっとした距離があるためか詳細が分からない。
荒い息らしきものだけが耳朶を打った。
ただ動物などではないであろう大きさ。
朧げな輪郭からは人間だと判断できる。
「動くな。何をしている!」
男は警防を構えると震えそうになる声を精神で押さえ込み怒鳴る。
心の声が聞こえたなら”なんだってオレが直の時に”なんて言っていたかもしれない。
「聞こえているのか。動くんじゃない!」
しかし影は男の言葉なぞなにも聞こえていないのか、もぞもぞと小刻みに動いている。
しかも時々唸り声のようなものまで聞こえだした。
待っているだけでは埒が明かないと判断した警備員の二人が明かりを照らしながら近づく。
一歩。一歩。
慎重に進んだ。
相手が銃でも持っていたらどうしようもない。
相手が一方に銃を向けている間にもう一方が抑える、それくらいしか思いつかない。
警防を握る手に力が篭る。
やがて、短くも長い距離を進んだ二人が見たのは−−−−
「うぅぁ〜〜!」 「きゃぁ〜〜!!」
血まみれで蹲り、辛うじて人間と判別できる肉の塊だった。
息をしているのが不思議なほどの。
同時にソレは、人間ではなかったのだろう。
唸り声を上げ、濁った目で警備員らを見つめながら襲い掛かった。
信じられぬほどのスピードで。
それはまさに肉食動物が捕食するが如く動物的な動きで、歯を剥き出しながら、である。
最早、それは”ゾンビ”であった。
暗い、死を背負ったおぞましい存在。
そのものであった。
”その終末の音は何処までも鳴り響く”
”何時でも、何処でも容赦なく”
”誰彼と差別することなく”
”とても平等に”
作:タカヒロ
「それでは吉永くん。説明を。」
薄暗い部屋だった。
周囲には付近の地図、パソコンからの出力されたなにかのグラフや数字。
黒板やホワイトボードに書かれた意味不明な数式。
壁は冷たいコンクリート、扉は重そうな金属製だ。
狭くはない。
ただ、来客用の言うわけではないらしく椅子はパイプ椅子だった。
その部屋の中央、大きな机に壮年の男女がいる。
皆白衣を着、姿勢よく座っていた。
若いものはいない。
いや、一人だけいた。
”吉永くん”と…そう呼ばれた女性だ。
「はい。」
彼女の返事とともに今まで暗闇であった箇所に更にグラフや数式、文字が映し出される。
「警察の調査による死体の身元は、当研究所所属の 国立 大(クニタチ ヒロシ) 30歳。配偶者なし。
犯罪組織とのつながりも見られず。
研究所内での所属は科学検査班で新種のキノコの検査方法開発主任です。」
立ち上がるなり、スラスラと紙を見るでもなく吉永は言った。
通った鼻梁に、切れ長の美しい瞳。
表情も無く、冷たいコンクリートのような印象を受ける。
「続いて現場に残っていた死体の調査結果です。」
「うむ。」
「こちらも先ず警察の鑑識による検死結果を報告致します。
死因は何故か無かった皮膚のせいで流れた血による出血多量。
及び”噛み傷”に因るものと推定されます。
他の臓器に欠損は認められず。無かったのは皮膚のみ。
毒物の反応もなく、臓器は至って健康。
脳についてはスポンジ状。痴呆の脳どころの騒ぎじゃないとのことです。
と、此処まで言っておいてなんですが実際死因とは言えません。
彼は、”動いて”いましたから。
警備員を襲うくらいに元気よく。
一部の話では、理性的な思考は消えうせ本能のようなものだけで動いていたのだろう、と聞きました。
備考欄として、現場にあった血液は国立以外のものが数人分あり、
また、うち一つは行方不明者である高校生の吉井 公男のものと断定。
他の血液について目下捜査中である。
続きまして、私どもの調査結果です。
肉片及び血液からはコレといった情報ありませんでした。
ウィルスもないし、血液の変質もありませんでした。…今のところは。
それから、国立の研究内容はキノコの検査方法などについてではありませんでした。
内容は私どもには全く分かりませんが。」
そこで一度言葉を区切りその研究内容を指示したであろうもの達を見渡す。
が、特になにを言うでもなく続ける。
それよりも、此れほどまでの情報を集めたことは賞賛に値するだろう。
何もかもを公開する訳ではない、警察の情報なのだから。
「共同研究者であった藤原 つぐみ氏は行方不明であります。
また、他にも所内で数人行方不明者がいます。」
それだけ言うと口を紡ぐ吉永。
暫し、部屋を静寂が包む。
こんな暗闇では見回した所で、全員の表情など見えない。
だから、吉永は前だけを見ている。
と、突如最奥に座る老女から質問が発せられた。
「発見者の警備員はどうした?」
「現在警察で保護中です。
ただ、二人とも精神的なショックから言動がおかしくなっており証言は期待できません。」
「…他に分かった事は?」
「ありません。」
「そうですか・・・分かりました。下がって宜しい。」
「はい、失礼します。」
そう言って吉永は部屋を後にする。
颯爽と踵を返し、微かな香水の香りと共に。
後に残ったのは、座っていた壮年の男女。
「外部に、洩れました…ね。総理に緊急連絡を…。」
「はい。」
意味不明な言葉と微かな衣擦れの音、そして部屋から生きている人間の気配は消えた。
「ったくなんだって私が警察紛いのことしなきゃなんないのよ。
法律スレスレって言うより、バッチリ違反ってことしなきゃなんないじゃない。」
呟くというには大きすぎる声で愚痴りながら廊下を歩く吉永。
すれ違う他の研究員が不思議そうに振り返る。
中には明らかに苦笑を漏らしながら見ているものまでいる。
彼女の本名を吉永 恭子。
大学を優秀な成績にて卒業し、数年前にここ”来栖食品検査研究所”へ就職した才女だ。
今まで確かに順風満帆”だった”。
彼氏がいないこと以外は、至って幸せなものだったのだ。
それが。
なんの因果か、今は大好きな研究ではなく警察やら探偵のまがい物のような事をやらされている。
死人は出るわ、警察にはクビを突っ込むなと怒られるわ。
ストレスが溜まっているのだ。
「なによ、なによ。揃いも揃って何か隠してくれちゃって。
こんなしょぼい研究所にそれほどの秘密なんてあるかってぇの。」
「おいおい、自分の住処をそんなのこけ落とすなよ。」
そんな彼女に口元に苦笑を浮かべた30歳ほどだろうか、の男が声をかけた。
「何よ藤井君。あなたこそ何時も愚痴ばっかりじゃない。」
「確かに。でもこんな往来で言ったりしないぞ?」
「えっ?」
そう言われまわりを見回せば、同じく白衣に身を包んだ人もの達が吉永を見ている。
笑いを堪えているもの、不思議そうにしているもの、往来であのような事を大声で語る吉永を不快そうに見るもの。
注目の的だった。
「〜!!」
それに恥ずかしくなったのであろう。
顔を赤くしながら足早にその場を去る。
藤井を呼ばれた男も一緒に。
残ったのは、微妙な空気だけだった。
「もう、なんでもっと早く教えてくれないのよ。」
どこかの研究室らしき部屋で吉永が藤井にぼやく。
白を基調とした整理された綺麗な部屋だ。
パソコンのモニターには多くの文字が躍り、数多くの文献が本棚に鎮座している。
「そんなこと言ったってさ。お前さんが気をつけろよ。最近多いぞ愚痴。」
「しょうがないじゃない。私はこんなことするために此処に入ったんじゃないのよ!」
「そうは言ってもなぁ。」
コーヒーを飲みながら話す。
どちらも剣呑といった具合ではなく、ただの茶のみ話だ。
最近の自分の仕事について、美味しいお店の開拓状況。etc.
仕事中の息抜きだろう。
まぁ、タバコそ吸わない二人は喫煙室で休憩はしないのだから、
それに類似した類のコーヒータイムと言ったところか。
緩やかな時間が流れていた。
ビービービービー
と、突然警報の音が響いた。
壁に掛けられている、赤の警告灯が忙しなく回っている。
白一色の部屋を赤く染めるかのように。
不吉に。
「火事?それとも…」
吉永が驚いたように言う。
だが、取り乱してはいない。
「ともかく行こう。その内アナウンスがある。」
「そうね。」
そして、二人は部屋を出た。
「なんなのよ、あれ。」
避難の為、外へと向かって廊下を走っていると人だかりが見えた。
いや、ある一点から引き返してくる人の群れか。
みな恐怖の表情である。
中には座り込んで動けない女性研究員などもいたし、通路脇で吐いている壮年の男性研究員もいる。
そのある一点、その最先端では強化ガラス張りの通路を数人の血だらけな警備員が懸命に押さえ鍵をかけている。
鍵だけではない、棒をかけ机を置き蝶番を必死になにかで固めていた。
生半可な雰囲気ではない。
それほどまでのガラスの向こうは信じられない光景だった。
「信じられない…。なんだあれは。」
吉永の言葉から遅れ藤井が呟いたのも同じような言葉だった。
共に意識してというより口から勝手に漏れた言葉のようだ。
目線は強化ガラスの向こうを凝視している。
それは地獄絵図だった。
人が血だらけで倒れている。
ソレを血だらけの他の人間が…いや…人間の形をした”嘗て人間であったであろう者”らが食らっている。
口から血を垂れ流し、そこらじゅうに赤を撒き散らし。
辛うじて生きている人間たちの、魂さえも揺さぶる悲鳴が聞こえる。
”助けて”と叫ぶ声が悲鳴といやな音ともとに途切れていく。
いったい、これはなんだ?
なにが起こっている?
異常な光景の隔離に成功した後、研究所から警察への連絡が試された。
通路は厳重にロックしたし、超強化ガラスは健在だった。
一先ずの安全地帯。
しかし、電話が通じない。
同時に先程からひっきりなしに外から聞こえ始めたパトカーや消防車、救急車のサイレンと事故の音。
人の叫び声や、泣き声、悲鳴。
研究員の一人が外を見るとそこも・・・・・・・地獄が現れていた。
さながら地獄が定員オーバーでそこの住人が地上に現れたかのようだ。
人の形をした何かが人を襲っている。
世界は赤く、狂っている。
倒れ事切れた人間が、暫くもすると起き上がり他の人間に襲い掛かっている。
そんな…イカレタ光景。
「なによ、これ…。」
どうしようもないほどに恐ろしかった。
理性がこれを信じる事を拒んでいる。
これは現実じゃない、そう思い込もうとした。
「しっかりしろ。これは夢なんかじゃない。現実だ。」
藤井の言葉が狭い部屋に響く。
狭いといっても数十人は軽く入れるほどの部屋だ。
だが、そこに限界ギリギリの人間が押し込まれると狭く、流石に小さく感じるものだ。
そこにいる人間たちは信じたくなかったであろう。
こんな現実あってたまるかと、叫びたいだろう。
だが、目の前で起こっている出来事だった。
緩慢な思考で状況の打破を考える。
と、一人がテレビをつけた。
”現在、内閣総理大臣より海津市を中心にウィルス及びテロ等非常事態宣言が発令されております。
付近いらっしゃる方は家の戸締りを確認し、安全宣言がなされるまでお待ち下さい。
また、車の通行は悉く規制対象となります。
移動は全て規制となり、警察の指示に従わない場合は発砲の可能性もあるとのことです。
繰り返します、現在・・・・・・・・・”
無表情な男のキャスターが読み上げる内容。
それに戦慄する。
いったい何事かと。
それを横目に見ながら吉永が小声で藤井に呟く。
「ここが研究所でよかったってところかしら。」
そう、此処に進入されていないのは偏にここの性質上、
入り込むには先程の強化ガラスからでしか叶わないからなのかもしれない。
もしかしたら…だが。
ただ、未だに室内の”エサ”に気付いていないのか。
それは分からない。
だが、この状況で楽観などできようもないのだ。
「さて、どうするか。」
「そんなこと決まってる!ここに篭ってればいい。警察か自衛隊か分からんが助けに来てくれる!!」
ざわざわとそれぞれが思うところを語りだす。
収拾がつかない。
危機感が募り冷静な判断が出来ないのだろう。
そんな部屋の端で吉永と藤井は小声で話していた。
「これは、ヤバイな。此処に押し入ってくるのも時間の問題じゃないか?」
「うぅ〜ん、とりあえずあの強化ガラスが破られなければ大丈夫だと思うんだけど。」
「そうか?大きな通路は確かにあの一本だが小窓は結構あるぞ?」
「そうえば!!ちょっとヤバイじゃない!」
冷静な表情の藤井とは異なり、吉永は焦る。
ここまで進入を許すということはつまり、逃げ場がない。
奥へと進む以外は。
確かに奥には非常口がある。
重い鋼鉄の扉が。
だが、外へと出るということはつまり飢えた怪物の巣へと自ら飛び込むようなものだ。
「あぁ、だからヤバイんだよ。武器になりそうなもんはあるか?」
「えっ?武器?」
「そう、武器。あれが襲ってきた時の手立てがないだろ?例えば銃とかな。」
「そんなの無いわよ。此処を何処だと思ってるわけ?日本よ?
貴方がずっと暮らしてたアメリカじゃないの。」
「そんなこたぁ分かってる。でも何か探さにゃぁ手詰まりだぞ。」
確かにそうだった。
此処で丸腰で喚いていても何も事実は変わりはしない。
此処で安全が確保できないなら安全が確保できるように動かなくては。
どう考えても状況は悠長に救助を待っていられるほどではないのだから。
「兎も角、私の研究室に行ってみましょう。藤井君のトコはあのガラスの向こうだったものね。」
「そうだな。」
そう言って立ち上がる。
が、それを見た隣に座っていた顔は知っているが名前も知らない男が喚く。
「おい、お前ら何処に行くつもりだ!」
「何処って、研究室に武器になりそうなものを探しに…。」
少し困ったように吉永が言う。
隣で藤井も困ったように首の後ろを掻いている。
今下手に騒がれると余計な混乱がおきそうで気が気ではないのだ。
一度そんな状況にでもなろうものなら止められない。
しかも、こんな状況だ。
とても良い方向には転ぶまい。
「本当か?勝手にどっかの扉開けて外に出て行ったりしないだろうな?」
「するわけないじゃないですか!外はアレが跳梁跋扈してるんですよ!」
「そうか…、そうだな。」
理性の色が薄い瞳で表面だけの理解を示す。
本当に何かを考えているようには見えない。
そんな時部屋の中央付近から男を呼ぶ声が聞こえる。
「おい、百瀬!警備員さんたちの様子がおかしい。ちょっと来てくれ!」
「分かった。」
そう言うと、今まで話していた吉永や藤井には一目もくれず腰を上げ呼ばれたほうへと歩いていく。
思考が混乱しているのだろう。
今話していた事さえ忘れているように見えた。
それを眺めながら絶望に塗りつぶされそうな気持ちをなんとか押し隠し吉永と藤井は顔を見合す。
「じゃぁ、行くか。」
「そうね。」
二人は歩き出した。
「これなんか良さそうじゃない?」
吉永が手に持ったナイフを見せる。
その持ち方からナイフの扱いになれているように感じられた。
「あぁ、武器には確かになりそうだが…。
それで”アレ”のあいて出来るか?近づける?」
「…無理。」
「だろ?なんてぇ〜か、近づいたら終りだぞ。あんなの。せめてもうちょっと長さがないとな。」
「そうね。」
そんな会話をしながら物色を続ける。
整理されていた部屋が瞬く間に、混沌と化す。
戸棚をひっくり返し、椅子を壊しちょっとでもリーチの長い武器となりそうなものを探し作る。
だがそれも難しいものだ。
大概この部屋にはそのような長尺のものは存在しないのだ。
コンパクトにそして機能的な収納スペースにより研究所というより個室のオフィスだ。
「ねぇ、スプレーとライターで火炎放射とかあり?」
「…効かないんじゃねぇ?って真面目に考えてる?」
「真面目よ!生きるか死ぬかなのよ。…ただ、思いつかないというか思考が空回りしているというか。」
「そうか…。とりあえず使えそうなものは皆背負い鞄に詰めるんだ。」
二人とも浮かべている笑みには無理をしているのが分かる。
直ぐに言葉は無くなった。
目の前の作業にただ集中することで、今を忘れようとしているようにも見えた。
そんな時。
廊下から…
いや、先程までいた部屋の方から悲鳴が聞こえた。
とても大きく、だが短い悲鳴。
それを呼び水にしたかのような、たくさんの大きな悲鳴。
顔を見合わせた二人は、頷くと生き残るために行動を開始した。
つまり、駆け出した。
直ぐに廊下へと飛び出す。
吉永の研究室は個室で人の出入りが出来るような窓はない。
飛び出すには一つの扉しかない、逃げ場が無いのだ。
廊下にでるや、横から部屋の中にいたときよりも大きな悲鳴が聞こえる。
同時になにかの争うような音も。
見に行くべきなのか、このまま別の場所に逃げるべきなのか。
二人は顔を見合わせると、一つ頷き元いた大部屋に走る。
その道中、藤井は先程研究室の天井から取ってきた
プロジェクターの画面を支える支柱を強く握りなおす。
強く、強く。指が白くなるほど。
その横で吉永は壁掛けの本棚の支柱を持つ。それは先端に棚を支えるためのL字金具がついたままだった。
近づくと争う音は更に大きくなった。
またそれに反比例するかのように悲鳴は小さくなる。
いったいこの部屋の中でなにが起こっているのか。
楽しいことでないことは確かだろう。
「いいか?」
小声で藤井が吉永に問う。
「うん。」
答える吉永の声も小さかった。
そして…震えていた。
「よし、行くぞ!」
何かを振り切るように藤井が言った。
しかし二人は思い切って進んだその先の光景に言葉を失う。
そこは、再び目撃する地獄だったから。
赤が部屋を包んでいた。
鉄の匂いが充満していた。
全身を血だらけに、口から血肉を垂らしながら奇声を上げる”何か”。
それから這うように逃げようとしている人。
逃げる事をあざ笑うかのように後ろから襲い掛かり首筋に食いつく。
上がる絶叫。
足ががくがくと震える。
警備員の服を着た”何か”から逃れようと今二人が開けた扉に生き残った人間たちが殺到する。
あまりの混乱に扉を開けて逃げるといった選択肢すら忘却していたのだろうか。
しかしそれを、その生きた死体のような”何か”が緩慢といはお世辞にもいいがたい俊敏な動きで追う。
”何か”…それはゾンビと呼ぶべきものだろうか。
顔は醜悪に歪み、人間に備わっている負の感情や禁忌とする事のみで動いているように見える。
理性的な思考は持ち得ず、ただ、破壊衝動や凶暴性、残虐性。
そんなものだけに支配されているような。
「くそっ、どこから入ったってんだ!おい、コッチだ早く来い。」
藤井は呆然とする間も無く、生き残った人間に声をかける。
しかし、同時にそれはゾンビ共の注意を引く事となる。
一斉に二人を見るゾンビ。
新たな獲物を見つけた奴らの無感情な視線。
耐えられない緊張のなか逃げてくる”生きている”人間たちのために少し脇に避ける。
同時に握り締めた武器を強く握る。
やがて来る死を纏ったもの達を屠るために。
時は進む。残酷だ。
死を具現化した奴らが此方へ向かってくる様は、酷く長く、でも短かった。
「うわぁ〜!」 「っくぅ〜!」
吉永と藤井は、向かってくるゾンビに対し手にした武器を振るう。
どご
手に感じる鈍い感触と、湿った音が耳朶を打った。
嫌な感触だ。
その衝撃を頭部に受け、襲ってきた先頭が倒れる。
その後ろから濁った目が此方を見た。
嫌な目だ。
空ろで、凶悪だった。
そんなものを何時までも見ている訳にもいかないし、見ていたくも無い。
生き残った人間…いや、逃げる事が出来たもの達。
または逃げる事が出来る位置にいた人間が外に出ると、二人はすぐさま扉を閉める。
藤井は鞄から短めの鉄パイプを取り出し、ノブに噛ませる。
同時に吉永が扉を押しながら上と下にある錠をかけた。
と、直ぐに扉から離れ奥へと走る。
閉じた扉からは、何かがぶつかる音が聞こえた。
たぶん奴等の体当たりであろう。
なんとも気分の悪い音だった。
「何があった?」
先程の惨状から逃げ出せたのは吉永と藤井以外、3人だけだった。
アレほどの人間が犇いていた空間は奴等に壊されたのだ。
そして、残ったのは食堂勤務の40代ほどのふっくらと言うより肥満気味な体形の男、
痩せ過ぎな20後半の小柄な女性、そして、あの大部屋で吉永らに話しかけてきたあの百瀬とか言う男だった。
「分からない、一体全体なんだってのか。」
百瀬がガタガタと震えだす。
分からない、分からない。そう繰り返し呟く。
これでは埒が明かないと思ったのか藤井は問う相手を変える。
「あんたは?何があった?」
状況が分からない。
何故あの部屋にこもっていた人間が襲われる?
部屋を覗いた感じでは奥の扉は破られていなかったはずだ。
閉まっていたように思う。
それとも、そう見えただけであの扉を破られたのだろうか。
いや、別の入り口があったのかもしれない。
そんな思いを胸に20ほどの小柄な女性に視線を向ける。
肥満気味な中年男も真っ青な顔で震えているだけでは他に聞く相手がいないのだ。
「私にもなにがどうなったのか…。
だた突然、息を引き取った警備員さんが起き上がって他の人を襲い始めたんです。
濁った目で、血だらけの口で、真っ赤な体で!!!」
「分かった!もう、いい。…ありがとう。」
語ったことで、あの惨劇備にを思い出したのだろう。
シャットダウンしたい記憶を呼び覚ましたのだ。
だが、まぁ酷い言い方をするなら思い出さずに済むような問題ではない。
これから生き延びていくためには尚の事。
向き合わずして先に進めるような、そんな生易しい状態ではないのである。
「さて、どうするか・・・。」
「…。」
どこからとも無く、怪物と成り果てた者たちの奇声が聞こえる。
何かがぶつかり合う、また、壁等にぶつかる音が聞こえる。
落ち着かない、恐怖が募る。
なにかに当たり構わず当り散らしたいような、そんなどうしようもない感覚が身を包んでいるのである。
皆が皆、自分の気持ちを持て余している。
訳が分からないし、ただただ恐怖と焦燥、怒りに似た何かが駆け巡るに任せていた。
空気はいいはずもなく、濁ったような淀んだような匂いをさせている。
「此処から動く先ってあったっけ?」
「ない…な。後は外に出るくらいしかない。…ソッチに奴らがいなきゃぁ御の字だけどな…。」
いや、間違いなく外は”奴ら”で溢れていることだろう。
先程見た外の光景は、SFXなんかじゃなく実体をもった現実だったから。
皆その事実に気がつかない訳はなく、途方に暮れた様に座り込んだ。
目には希望の光は見えない。
いや…微かに見えるそれは何時消えるとも分からないほどに弱弱しく、儚かった。
逃げ場はない。
進むしかない。進むことができるのなら、進まねばならない。
逃げるにせよ、戦うにせよ。生き残る為には。
だが、生き残ることは幸せなのだろうか。
彼らの先には”光”はあるのだろうか。
…在ってくれと願うばかりだ。
この暗い世界に光あれと…。
ふと前を見る。
前には赤い血だけが、流れていた。
一瞬何なのか誰もが理解しえなかった。
やがて視覚の情報が脳に伝達され現状を把握する。
見えたのは若しかしたら”絶望”。
それだったのかもしれない。
濁った憎憎しい汚い目とともに、だ。
そして−−
傷だらけの体で、血を流しながら、無表情に。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!!!!』
悲鳴が、ゾンビどもに支配された世界に木霊した。
どこまでも、−−−−−−−−−−−−−−−どこまでも。
こうして終末の鐘は鳴り響く。
絶望が蔓延り、死が蔓延する。
今を生きている人間に明日は…いや未来自体があるのか。
世は漆黒に染まり、侵食を開始する。
現実が軋んだ音を立てた。
…いや、そうではない。
これこそが、現実。
容赦のない現実だった。
続く・・・かもしれない。・・・・でも多分終わり。
〜アトガキ〜
ども、ダメ野郎@タカヒロです。
【ラグナロック】さん、遅れに遅れた10万ヒットの品で御座います…。
いや、ゴメンナサイ。
腕がないくせにこんな真似を…。
このお話は意味を考えるのではなく、雰囲気で読んでいただけると嬉しいかと。
何故?何故?ではなく、この世界の禍々しい空気を…。
まぁ、私の力不足は禁じ得ませんが、ね。
善意や悪意ではなく、その意思を。
でわでわ、またお会いできたら嬉しいです。
んにゃにゃ。
バイオハザードキタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!
数日前ロードショーでありましたが2も出来るそうですね、しかし日本でアレが起こったらどうなるか。
平和ボケした警察に労働団体他の足枷のはまった自衛隊、なんかもう駄目っぽいですね。北とかパクリとか、その辺からミサイル飛んで来そうですな、もしくは世界の警察か。
武器もろくにありませんし、生き残るのは大変そうです、主人公も如何様にして未来を勝ち取るのか、テロとしたら首謀者は誰か!?先が気になる展開です。
読んだ方は感想を是非、あるとないとは大違い、は作者共通ですので。
其れではタカヒロさん、投稿有難う御座いました。
kemuri@mvi.biglobe.ne.jp
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます