今日は、またお会いしましたな、お元気そうで何よりです。
え? 今回は一体彼の者は何をやらかすのかって? 其れは私の与り知らぬ事、と言いますか誰にも、神様ですら理解出来ないかと思いますよ? 彼の者の行動は。
それに今度は一寸、勝手が違いましてな。彼の者も少々苦戦する事になりそうです、え? 何故かと聞かれますか?
お知りになりたい、成る程、分かりました! 其れでは早速紡ぐと致しましょう、彼の者の面した危機の話を・・・ではまた、後でお会いしましょう。
こんなモシモ、あんなモシモ
〜もしも碇シンジがキース=ロイヤルだったら『第四回』〜
『鋼砕編』
「彼等が脱走したそうだ」
「彼等?」
「あれだ、『トライデント計画』のパイロットだよ」
「ちっ、あのネルフに対抗する為に秘密裏に建造された対使徒兵器か、何故そんな事に?」
「本気で聞いてるのかね? あれだけの劣悪な環境に置かれれば誰でも逃げ出すさ」
「理由は・・・それだけじゃないんだがね・・・」
「ほう? 他に一体何があると言うのかね?」
「・・・鋼鉄粉砕娘だよ・・・」
「「「「「・・・ああ成る程」」」」」
「彼女が何かしたのかね? そのああ・・・逆噴射式少女が」
「微妙に違う気もするが、ピッタリだと納得してしまうのが怖いな。何でも凄まじい特訓方法を同僚の少年二人に課したとか。其のせいでの逃走劇なのだろう」
「否定は出来んな。で? どのような訓練プログラムだったのだ? 参考までに聞いて置きたい」
「資料によると先ず、起床は0600時、目覚まし時計に其の時間に設定された時限爆弾を使用する、起きなければ爆発だ」
「其れは必死で起きるだろうな」
「実際、何回か爆発したそうだ」
「・・・爆発の規模は?」
「TNT火薬1kg.程度だとか」
「何で生きてるんだ?」
「さぁな。朝食前に先ず軽い運動と言う事で、30kg.の背嚢を背負った上で89式小銃を装備し、山の斜面を2往復するそうだ、途中でサボろうと背嚢の中身を減らさないように一度下山したら背嚢を交換するらしい。因みにサボりがばれたら減らした回数だけデコピンをみまうそうだ」
「彼女の其れは消しゴムの滓でさえ弾丸に変化させると言うぞ? 良く耐えられたな」
「確かに其れもまた驚嘆に値する事実だな、続けるぞ・・・朝食後、軽くウォーミングアップした後に彼女と模擬戦だ。ペイント弾を使用した銃火器、刃を潰したナイフは何を使っても良い、彼女に弾か致命傷になる部位へナイフタッチすれば少年等の勝ちだ、午後の訓練が免除される」
「ぶっちゃけ不可能だろ?」
「言うな。まあ確かに一度たりとも勝利出来なかったらしいからな・・・。昼食後、一時間の小休止の後に楽しいサバイバル実戦徒歩強行だ」
「楽しくはなさそうだな」
「ああ。近隣の森をフィールドにして時間内にゴールへ辿り付く事が条件だ。ナイフと拳銃、実弾50発、地図と磁石等の最低限の装備のみ、食料は現地調達だ、笑い茸の味は悪くはなかったそうだぞ?」
「不憫だな、しかし其れは楽だな、レンジャー訓練よりは簡単だろうし」
「・・・一時間後、彼女が追っ手として行動開始するとしても?」
「・・・すまん、私が間違っていた」
「分かればそれで良い。見つかり、捕獲されたら縛られて吊るされる。脱出できたら続行可能だ、まあ彼女の縛りから抜け出すのは至難の技だがな・・・関節を自由に外す術を覚えたとか何とか」
「で、一度でもゴールへ辿りつけたのか?」
「まさか、最初は待ち伏せて2人がかりで何とかしようとしたらしい、次は罠、最後は開始と同時にゴール目掛けて直線距離を疾走したそうだ、全てにおいて捕獲されたがな」
「当然と言えば当然か」
「続けるぞ。夕食後、色々なプログラムをランダムに就寝まで続けるそうだ。例を挙げるとゴム弾を使った訓練で射手の動きから撃つ瞬間を読み、避けるという訓練があるらしい。フライングのペナルティは股間撃ちだそうだ」
「男として同情を禁じえないよ」
「其れで就寝だが彼女の気まぐれで夜中に抜き打ち訓練があったそうだ」
「ほう、どんな物だ」
「彼女の襲撃を予想し、回避する」
「いや、其れ無理」
「夢も希望も無い言い草だな、事実だが」
「腕が曲がっても首が有り得ない方向に曲がっても、一晩寝たら治る彼等の体質にも問題があると思うがな・・・。其れから一ヶ月の第三週金曜当たりに先程言った森での鬼ごっこだが・・・これが舞台を樹海に変えて行われる」
「正気か?」
「チェックポイントが見易い場所にあるし、もしゴール出来れば来週の訓練が丸々休みとあれば彼等もやる気を出すだろう・・・それが彼女の思う壺だったのかもしれんがな」
「そして当然のように一度たりともゴール出来なかった、と・・・それらが積み重なった上での脱走劇か・・・しかし此処まで非人道的な訓練内容、何故受理された? 其れに中止命令も出なかったのか?」
「先ず最初の質問だが、彼等の異常性に気付いていた上官は正直、彼等の扱いに手をこまねいていたそうだ。其処に彼女からの自主的特別訓練プログラム、渡りに船だと思ってしまっても不思議ではないな」
「確かに否定できる要因は無いな」
「とは言え流石に日が経つにつれ、罪悪感が目覚めたのだろう。訓練を中止するようにと彼女に口頭で伝えたそうだ、だが其れが拙かった」
「ほう、と言うと?」
「其の後、正式に命令書として起こそうとしたらしいのだが・・・其の上官、次の日の朝、女子更衣室ロッカーの中から発見された。
丁寧に折り畳まれてな・・・」
「・・・何だ其れは」
「言葉のままだ、全身の関節が有り得ない方向に曲げられながら、クリーニングから帰って来たYシャツの如く、きちんと畳まれていたのだ・・・現在集中治療室で療養中だよ」
「犯人の目星は?」
「本気で聞いているのかね? 彼女以外にこんな離れ業行える者に心当たりでも? ただ幸運な事に彼女と直接断定出来るに足る証拠が無かったので、捜査は即打ち切りとなった訳だが」
「確かに其れは運が良い」
「だが矢張り其れに納得出来ない者もいてな・・・折り畳まれた奴の後任についた者の事だが、再調査を始めてな」
「・・・無知は罪だな」
「勇気と蛮行の境が分かって無い奴だな」
「それで・・・どうなった?」
「本当に聞きたいのかね?」
「御免、言ってみただけ」
「なら良し。ではそろそろ結論と行こう、逃亡兵に関しては状況を鑑みて・・・追っ手はなし、ほって置くと言う事で良いな?」
「「「「「異議無し」」」」」
「余りにも哀れ過ぎるしな、こうなった事も我等に責任がないとも言えないし」
「ウム、彼等も其の事は分かっていよう、間違いなく目立った行動もしないはずだ」
「トライデントに関してだが、ネルフにいるスパイに繋ぎをさせ、頃合いを見て返却させよう。状況が安全と分かれば脱走した彼等も素直に返却に応じるだろうしな」
「定職につくまでの生活を保障するなら、首を横に振る理由は無いよ」
「ま・・・一番の理由はこの場にいる全員が彼等に同情していると言う事なのだが」
「否定はしないよ、あんまりだからな」
「「「「「「はっはっはっ」」」」」」
『お、おいコラ、今大事な会議中で入室は禁・・・』ずどむ『ひでぶ!?』
「ひ、ひぃっ!?」
「お、おい此処を彼女が知る事は絶対に無いと言う話じゃなかったか!?」
「そその筈だが何故ええぇぇぇ!!!」
ぎ、ぎぃ・・・
「あ、あ、あ・・・」
「特殊部隊トライデント所属、第一小隊第三班班長、出頭致しました」
「い、いやそんな事は命令し」
どがん
「何か、仰いましたか?」
「い、い、嫌なんでも・・・ナイ」
「そ、それで。何か用かね?」
「はいっ、是非とも脱走兵殲滅部隊の発足をと、嘆願に参りました!」
「其の必要は無いと今決・・・」
めぎょ
「た、大佐!? 大丈夫ですか!?」
「あ、有り得ねえ・・・鉄板で補強された円卓をチョップでへし曲げやがった・・・」
「再度、嘆願致します!! 聞き届けられない場合は・・・」
「な、何かね?」
「皆様を大変遺憾ながら、不幸な事故が襲います!! 月のない夜は注意しやがれって感じです!」
「そ、其れは脅し・・・」
「何故か振り上がったこの右拳が、下ろす場所を求めているのですが。何時までも机ばかりに罪を背負わす訳にも行きませんし」
「・・・了解した・・・君を追跡の任に就かせる、ただし!! 脱走兵は生かして連れて来る事! 良いな!」
「了解しました〜♪それでは此れより準備がありますので失礼します! では!」
「待っててねシンジ・・・」
「貴方のラブリーエンジェルが今行くからね〜」
「おはよ〜、レイ、シンジ」
「おはよう、アスカ」
「おはよう御座いますアスカ殿、今日もアレが此れでそれがどれですな」
「そ、どうも有り難う」
「むぅ、最近のってくれなくて寂しいですぞ」
「何となくアンタとの付き合い方って奴? 分かってきた気がするわ・・・」
既に制服で身を固めたアスカを出迎えた台詞は、其々の発言者を表すような物。アスカは其れに冷静に対応して行く、受けた片方は実に不満そうではあるが。
此処はシンジとレイが住まう部屋、其処に何故アスカが朝来るのかと言うと、彼女がシンジの料理に慣れてしまった為・・・この一言に尽きると言えよう。
会ってから最初の方も、少しは御相伴に与っていたが前回のユニゾン作戦での同居で完全に決定付けられた。シンジの料理、其れは彼の異常性を差し引いてすらも十分魅力的と言える味だった。
更に味もさる事ながら古今東西、どのような料理であっても其れを再現してのけるのだ。レイが首を縦にさえ振ればアスカの頼みであっても顔色一つ変える事なく用意する。一度、少し困らせてやる積もりで満漢全席が食べてみたいと夕食を食べる時刻、2時間前に言ってみた事があった。
流石に無理だろうと思いながら向かったシンジ、レイ宅。ドアを開けた瞬間、目に映ったレイの縋る様な視線は今でも忘れない。何事かと走りこんだ居間、其処は足の踏み場も無いほどの、何処にあったのかと問いたいほどの見事な大皿に乗った無数の料理が占領していた。
キッチンから居間、そして廊下の一部に食み出るまでに広がった料理の数々、まさに満漢全席の名に相応しいそれら。呆然とするアスカにシンジが何事も無かったかのように、そう、普段通りの良く分からない、表情の無いとしか言えない笑みを浮かべて。
―――さあ、食べると致しましょう―――
何事も無かったかのように言い切りやがったのだ。
当然、少女二人と少年一人でこの量を平らげるのは不可能に近い。シンジならレイの命令一つで成し遂げるだろうが、其れを眺めているのも気持ちが悪い。結論から言うと、それからの数分間、アスカとレイは手当たり次第に知ってる電話番号、メール、あらゆる通信手段を使って知り合いを呼び集めた。
中学の同級生からネルフの同僚まで。結果としてトウジ、ケンスケ、ヒカリ、ミサト、リツコ、マヤ、シゲル、コウゾウが集まり、また同様に絶句した、料理の大群を前にして。因みにマコトは残業だったとか。
しかし、戸惑いはあろうと料理の味は確か。状況に順応し易いミサト、トウジ辺りが箸を付け、其の味に絶叫した辺りから全員の硬直も解け、順調に料理は減って行く事となった。流石に余ったが、残った分は来た人達に、特に家族が多い者を優先的に包んでお持ち帰りして貰ったので、一応残る事は無かった。
少々無様だし、年頃の女の子としては見せられない姿、少々目立つほどに膨らんだ御腹をさすりつつ食後にシンジが煎れた烏龍茶を啜ると言う姿のままアスカの視線は泳ぎ、同じような格好で此方も同じく視線を泳がせていたレイと目が合う。
アイコンタクトは一瞬で完了、彼女等は確信したのだ、もしもシンジに国賓級のパーティーで出る料理を再現しろと言ったらカップラーメンにお湯を入れるような感覚で、彼は其れを再現するのだろうと、量もそのままに。
其れより此方、アスカの無茶な要求は鳴りを潜めた、其れが己を滅ぼすと知ったから。まあ、ハンバーグを作ってくれ程度の事ならするが。
「あ、今日は日本食なんだ。此れは此れで悪くないわよね〜甘い玉子焼きはある?」
「無論に御座いますアスカ殿、では皿の用意をお願い出来ますかな?」
「オッケー、よっと・・・」
シンジ、レイ家の財政状態は悪くない、寧ろ良過ぎると言って良い。其れも此れもシンジの方法不明のやり方で稼いで来た金だが、今更突っ込む者もいない。アスカも毎食―――昼の弁当も含めて―――其の加護を受けている。其のお返しが家事手伝いなのだ、最初はアスカも食費を入れようかと申し出たのだが、シンジが其れよりもと、頼んで来たのだ。
まあ其れで良いのならと始めたが、何回かする内にシンジの思惑が薄っすらと読めた。レイがアスカがやるのを見て自分もと手伝いを申し出るようになったのだ、前よりもずっと。此れもシンジの主に対する思いやり、レイの成長を促しているのだとアスカは納得した。彼は彼なりに主人の事を本当に思っているのだ、その方法がたまに、否、常に斜め上の更に斜め左を行っていようとも。
「有難う御座いますアスカ殿。あ、綾波様、指は猫の手にしてお切り下さい、そうそう、其れで良いのです。・・・さて、アスカ殿、もう一仕事頼めますかな?」
漬物をゆっくりと切るレイにそうアドバイスした後、シンジがアスカへ声をかける。それにアスカはこめかみを揉みながら答えた。
「毎朝毎朝・・・社会人と言う自覚あるのかしら? 子供に起こして貰うのって屈辱とか考えないの?」
それにシンジは何時ものように、表情変えず答える。
「ハッハッハ、可笑しな事を仰いますなあアスカ殿。考えないから未だに三十路で貰い手無しなのですよミサト殿は!!」
本人が聞いたら殺す気で攻撃しかけてきそうな事を平然と、両手を左右に開きながらのたまうシンジ。尤も、言われたアスカも何のフォローもしないようではある。
「で? 今日のビックリドッキリメカは? スタンガン『シンジ君あの夏のフィーバースペシャル、届けこの思い掃除道具ロッカーまで!プロデュース、バイ、コックリさん』はもう通用しなくなって来たわよ? 100万ボルトで起きないって如何いう神経よ? 恐竜並み? リツコが無断で改造したのかもね・・・新しい道具も手に入れたみたいだし」
因みに、其の道具を買う資金はシンジのポケットから出たとはもっぱらの噂だ、変態執事と究極マッドが遂に手を組んだと戦々恐々する毎日・・・とオペレーター辺りは震えているのはナイショの話。
「ふ、想定の範囲内ですよアスカ殿!」
「どこぞのノーネクタイ社長の台詞は良いわ、何があるの?」
そう問われたシンジが取り出した物は、此れでもかと言う程までに、兇悪と言う概念を形にしたような道具だった。ナックルガードがついた握り、ぶっとい鎖、其の先に付いている黒い鉄球には捻れ曲がった棘が満遍なく生えている。
更に特徴と言うか、異彩を放っている点が其の物に点在する顔だ。凄まじい苦悶の表情を浮かべた其の口からは今にも呻き声が聞こえてきそう、と言うか寧ろ実際に聞こえて来ている。
それは中世時代に使われた武器、モーニングスターと呼ばれる物だった。それをにこやかに掲げるシンジに、アスカは半眼で問いかける。
「なに? もう手遅れだから此れでとどめ刺せっての? それについては反対しないけど、私はやりたくないわよ。このうら若き歳で犯罪者にはなりたくないし」
「そう、アスカは反対も否定もしないのね」
「いつから突っ込みなんて技術、覚えたのよレイ・・・」
味噌汁を温めながら、視線を此方に向ける事なく突っ込みを入れるレイに、アスカは其の成長に喜びを感じながらも若干の戸惑いも隠せない。そんなアスカに笑みを崩す事なく説明を始めるシンジ。
「確かにこのモーニングスター、見た目は極悪で一発で永遠に目覚めなくなるような一品です」
「と、言うか頭が砕け散りそうなんだけど」
「敢えて否定はしますまい」
「いや、してよ」
「話を続けましょう!!」
「こっちの話も聞けっての・・・まぁ無駄だって事は分かってるわ、続けて」
「其処まで熱烈な説明を求められるとあっては、答えない訳にはいきますまい! では早速説明致しましょう!!」
目頭を摘みながら空いた手をヒラヒラと振り、投げ遣りに先を促すアスカに、熱に浮かされたかのように両手を掲げて説明を宣言するシンジ。因みに同時刻、次元を超えた先で金髪の説明お姉さんが其の一言に反応して辺りを見まわしたとか何とか。
「実は此れは私がある事を師事した師匠から頂いた一品なのです、免許皆伝のご褒美ですな、早い話が」
「へぇ? 因みに聞くと破滅が近まる気もするけど、何を習ったの?」
「は、色々と教えて頂きましたが主なものは・・・
「予想を斜め上へ通り越して凄まじいわね、名前はなんて言うのよ」
「本名と取れるものはお教え頂けませんでした。ただ自分の事は『冥界の預言者』と呼べと仰られていましたな、はい」
どこかで聞いたような、てかそれって漫画で無かったっけ? アスカの頭には自称超絶美形主人公の魔術師が大暴れする漫画が思い浮かんでいた。まだ完結して無かったような、何時するのかしら寧ろ大風呂敷広げすぎて収拾つかなくなってる作品の典型例よねえ、って何でこんな事私知ってるのよ、電波?
最近、シンジに毒されてる事を認識するアスカ、そしてそれをもう諦めかけていると言う恐ろしい事実も。
「じゃあ此れってもしかして殴ったらどんな眠りでも起きるって奴? 狸寝入りだったら死、あるのみとか」
「おお、よく御存知ですなアスカ殿、まさに其の通りです」
「ふ〜ん・・・材質は?」
「魔界でのみ産出される
「製作者は?」
「魔界最高の名工、ロン=ベルク」
「それもどっかで聞いたわね・・・其の製法は?」
「魔素の邪霊、此れの魂を炎として暗黒物質を炉の中で数ヶ月かけて溶かします。この際、己の魂を燃やされ苦悶する邪霊の表情が完成した際の武器の表面を彩るのです。後はそれを電波皇の念が篭った銀の鎚で叩き鍛え、今の形へするのです。ただ、一度熱を加え溶かし、固まりますと二度と溶けなくなります、失敗は許されない一回きりの作業、それを行える者・・・其の者のみが作る事が出来る一品に御座います」
「完璧ねシンジ」
「感謝の極み」
ズハッ!!
満足気に手の中の武器を撫で摩るアスカ。またぞろ、どうやって出ているのか分らない擬音を立てて腰を屈めるシンジ、其の二人の様子を嫉妬のこもった視線で眺めるレイ。其の視線に気付くアスカ。
「何よ・・・どうしたのよレイ」
「そう、アスカは碇君と仲良いのね、私をほって置くほど楽しんでるのね」
そう言って視線を鍋の中の味噌汁へ戻す、静かに、ただただ静かにそれを掻き混ぜる。ただ余りに早く混ぜ過ぎて鍋の端から味噌汁が溢れそうなのがなんとも怖い。
「え、えと・・・ほ、ほら! 一寸したお遊びなのよ! 執事が何か新しい物出したら其れについて質問するのが世界のルールと言うか、条理法則と言うか、其れが世界の選択って言うか・・・兎に角! 私は今からミサトを文字通り叩き起こして来るから!! じゃあ後はシンジ、宜しく!!」
言うが早いかモーニングスターを引き摺りながら凄まじい速さで、アスカは部屋から出て行く。残された二人は無言のまま、時だけが過ぎていく。レイは何も語らず、シンジもまた静かに其の傍へ佇む、此れはある意味いつも通りと言えた、シンジは余程の用がない限りは自分から話しかける事は無いのだから。
「碇君・・・」
「何で御座いましょうか、綾波様」
でもシンジは答える、彼女が言う事望む事、其の全てに全力で応える。
「私も其の遊びしてみたい」
其れはさっきのシンジとアスカのやり取りの事だろうか。シンジは其の顔に無表情な笑みを浮かべたまま口を開く。
「了解致しました綾波様、段取りを取りますので少しお待ち下さい」
そう言って再び頭を下げるシンジ、其れと同時に何かを思い切り振り下ろし、其れが肉質的な物に衝突した際に響く音がマンション全体を震動させ、其れにコンマ数秒遅れて先ほどの振動よりもマンションを揺るがす悲鳴が響き渡る。
其れを聞いて頭を上げたシンジは冷静に、ただ冷静に言葉を紡いだ。
「そろそろ用意をした方が良いようですな。綾波様、玉子焼きを別けて下さい、私目は味噌汁を注ぐと致します」
「分ったわ、アスカに多めにすれば良いのね」
「然様です。おお、そう言えばすっかり忘れていた事が御座いましたな」
「なに?」
首を傾げ、訊ねるレイに意味不明な笑みを浮かべたシンジが答える。
「は、先程のマジック・モーニングスター「おはようマイ・マザー 一番星君グレート、俺達の夏ハイパー」ですが」
元の名を知っているアスカがいたら(なに勝手にパワーアップしてんのよ)との突込みが入る所だが、如何せん其の彼女はおらず。レイに其の知識は無く。
「私独自の改造を施しておりましてな。狸寝入りしている者には死、あるのみ! な点は変わらないのですが本当に眠っていた場合、肉体ではなく魂に激痛が走ると言う素敵オプションを付加して御座います、ハイ」
其れも死んで生き返ってまた死んだ方がマシ級の、と付け加えるシンジを前にレイは菜箸を持ったまま天井を睨み、何やら考え込んだ後、口を開いた。
「・・・葛城一尉だし、問題ないと思う」
「御意」
・・・何気にレイも汚染されていたりする、其れも手遅れなくらい。其れを知っているのは何を考えているか分からない変態執事と丁度良い塩梅に煮詰まった味噌汁のみである。
「あっはっは〜、ミサトの悲鳴にあの顔。朝から面白いもん見せて貰ったわね」
「そう、良かったわね」
「あれ? レイは面白くなかった?」
「そうね・・・あの後、涙目でお腹を押さえて、雷に打たれて痙攣している蛙の様に震えながら部屋に入って来た貴女の後ろから子供が見たら一生、心に重い物を抱えて生きる様になるほどの表情を浮かべた葛城一尉が、モーニングスターを構えて入って来た時はもう駄目なのねと思ったけど」
「・・・」
「? どうかしたの?」
「う、ううん・・・あんたも相当変わったんだな〜って。あ、悪い方向にじゃないわよ」
「そう、有り難う」
他愛無い話が続く。バックミュージックは朝から生を歌い上げるセミの鳴き声。椅子に座る女子中学生二人。一人が後ろに座る相手の机の方へ振り返り、机に肘を突き其処に顔を乗せてクスクス笑いながら話を続けている。言うまでもなく、振り返っている前に座っている少女がアスカ、その後ろに座って机の上で両腕を組んでいるのがレイだ。
以前まではただ一人、窓際に座って本を広げ誰とも接していなかったレイが此処まで人と会話するようになったのはアスカが来日する少し前からだとアスカは委員長であるヒカリから聞いている。ヒカリが言うには、話しかけても一言二言の答えしか返って来ない為、彼女でも如何して良いか分からないほどであったとか。
其れが一転したのはある日突然、レイが四時間目が終わった瞬間、つまり昼休みになった途端にポケットから取り出した金色の小さなベルを鳴らした時だったらしい、無論の事、アスカにはその後に起きた事はヒカリに聞かずとも薄々気付いていたが。
響き渡る窓ガラスの割れる音、飛び散る欠片に反射する夏の日差し、なにやら錐揉み回転をしながら突っ込んで来る褐色の何か、其れが床に到達した瞬間、時の凍った教室に生々しい肉が潰れる音が響いた、ついでに何か粘つく液体が飛び散った音も。
「碇君」
その言霊がレイの口から転び出た瞬間。
立っていた、彼女の前に。
一切の否定も無く。
一片の迷いも無く。
全ての拒否も許さず。
あらゆる疑問を告げる隙も無く。
でも斜めに傾いでいるのは何故なのか! 其れは誰にも分かる筈も無く。
何事も無かったかのように、否、本当に無かったとしか言いようの無い姿でその少年は立っていた。その身を包む燕尾服にも胸元を飾る赤い蝶ネクタイにも、手を収める白手袋にも、黒光りする革靴にも。その全てに先程の衝突の跡は見て取る事は出来なかった。ただ、床には無数の窓ガラスの破片に、何か重い物がぶつかって出来たへこみ皹が床に、その周りにはケチャップよりも粘性が低い紅い液体が飛び散ってはいたが。
「お呼びでしょうか、綾波様」
「ええ、お昼ご飯、お願い・・・」
「かしこまりました」
まだ教室から出ていなかった教師も、購買へ走ろうとしていた生徒も、弁当を出して気の合うもの同士、机を合わせて食事を始めようとしていた生徒も。全てが凍りつく中、シンジはただ腰を折り、深くお辞儀する。そして腰を戻し、斜めに直立した彼はスッと右手を掲げ、何かを掴む動作をする、いやしただけではない実際に何かを掴んでいた。
「お、オイ君! 行き成り窓から飛び込んで来て・・・って此処一階じゃないよな? あれ? どうやって・・・は今は良い! 兎に角、部外者は構内に立ち入り禁止なんだから・・・」
何故かなど分かる筈も無い、少年は無表情のまま天井からするすると垂れて来た一本の金モールのような絢爛さをもった、太い一本の金色のロープを握り、そして其れを、引く。
「今すぐ出て行きなさへヴゥ!!」
ある意味では勇気ある行動を見せた教師、しかしこの場合は残念ながら愚劣な英雄願望と言わざるを得まい。彼は上から降って来た何かに潰されてしまった、それこそ跡形も無く。降って来た何かはある意味、誰もが知っているものであり、異常性を持った物でもなく、また何の変哲も無いごく一般的な物だった。
だが、今其れが教室にあるという事が凄まじい異状を生み出しているのだ、生徒誰一人として動こうとも、また、喋ろうともしないほどの。その何かは箱状の物だった。其れには唸りを上げる冷蔵庫が乗っていた、其れには野菜を詰め込んだガラス製の大きなボゥルに水を静かに注ぎ続ける蛇口が付いていた、其れには何か良い匂いのする物をコトコトと弱火で煮込んでいる鍋を暖めるガスコンロが炎を上げていた、その中心に置かれたテーブルの上には幾つかの袋が置かれていた、如何やら食材らしく袋の縁から果物や野菜が溢れている物がある、きつく縛った袋はもぞもぞと蠢きなんとも形容し難い呻き声が中から聞こえて来る。
そう、何がその教室に降臨したか、しかも天井を打ち抜いて。
ぶっちゃけるとキッチンだった。
住宅建築会社にサンプルとして作り置かれるような、偽りの家庭の中心とも言えるべきその存在。だが通常ならそれに電気も水もガスも、全ては偽りであるが故に通じている筈も無いのだが。そのような疑問なぞ無にも等しき事、そう体で体現するかの如くにシンジはキッチンに立った、胸にはエプロン、其処に大きくプリントされた文字は
『
シンジをそのまま文にしたらこうならないか? この英文を理解出来た者はそう心の底から納得した、出来なかった者は如何ともし難いが・・・真面目に勉強しようねシスコンジャージに出歯亀少年!
「「いっくし」」
「・・・古来より主に仕える立場にある者達がその主の為に心痛めた事象が御座います、其れが主へ出す食事です」
ただ一度たりとも料理を作る手を止める事なく、唐突に鳴る操作した積りの無い目覚まし時計の如きタイミングでシンジは語りだした、手袋はしたまま。料理をする者として其れだけは許せないなあ、麻痺した脳でヒカリが考えられた事はその位だった。
「主が在宅なさっている時は良いのです、暖かき食事を出す事が出来るのですから。しかし!! そうさかし!!」
「さかし?」
誰かの呟きが聞こえたがシンジはあっさりとスルー。
「主が館から出られる場合! そして食事を野外で取らざるを得なくなった場合! 仇敵の館で宴を開かれた場合! 朝起こしに行くと主の隣に奥様以外の女性が寝ていた場合!!!」
いや最後は違うだろう、その時クラスは一つになった。
「そんな最悪な時は如何すれば良いか、如何様にして回避するか。私の先達は考えに考え、遂に真理へと辿り着いたのです!! さながら湧きいずる泉へと辿り着いた旅人のように」
神に祈りを捧げる聖人かのように、手を上へ掲げ、青い空が見えている天井の穴へ視線を向ける。しかし右手は片時もスープのたぎる鍋から灰汁を掬うのを忘れない、流石は執事の鑑、寧ろ主夫。
「其れを編み出した先人は歓喜し、同時に恐怖しました、その技の余りの恐ろしさに。そう、使い方を誤れば国を消滅しかねない、隣に引っ越して来たボブが忍法、壁歩きを修得せんと二階から身を投げ出しかねないのです!!」
何故だろう、凄く深刻な話をしているようで奇人の行いを聞かされてるような気分になるのは。その場にいる二人の者以外の額から汗が滴り落ちる、其れを待つかのようにシンジは静かに、そして野菜を包丁がまな板を叩く瞬間と音が鳴る瞬間がずれるような速度、つまりは音速で刻みながら口を開いた、ソニックブームが先程から一番間近で見ていた生徒を吹き飛ばす、合掌、名も知らぬ生徒A。
「その技に先達は、先人は・・・こう名付けました
『キッチンを、お連れします』
と・・・」
「なんじゃそらーーーー!!!!」
セミ鳴く夏の日差しに生徒数から1人差っぴいて野次馬を足し、曰く憑きの何かも付加した人数分の突っ込みがシンジに届く、当然と言うか何と言うか、表層すら貫けてないが。実際、シンジは何も気にした風でもなく今度はサラダの用意をしている、各種調味料と新鮮なオリーブオイル、ドレッシングは新鮮な物以外は認めない。
もはや技の説明なぞ過去の物、寧ろ存在していたのか? そう傍観者に不安を抱かせるほどの自信に満ちたシンジの調理、未だ斜めに傾いでる。一応の納得を見たのか、それとも遺伝子レベルでもう彼に突っ込んでも其れは時間の無駄、人生の消費と見抜いたのか。少年少女達の興味は別の物へ移り出した。即ち、キッチンに並ぶ数々の食材の方へと。
考えてみれば其れは当然の事と言えた、好奇心云々の前に思い出して欲しい、今は昼時、ランチタイム。されどシンジ+キッチンの乱入により其れは有耶無耶の内に因果地平の彼方へと消え去っていたと言う事を。今直ぐにもキッチンを無視して、いや其れが困難な作業と言う事は認めるが不可能でない事も事実だ、そして弁当を広げ、または今からでも購買へ走れば食事が・・・昼休み開始から数分経過、残っているのはコッペパンくらい? 昼食はパン派の額に汗、そして後頭部に圧し掛かる暗雲、嗚呼なんて悲劇!!
そんな彼等の前へ広がったのは山海の珍味、テレビの中でしか見た事の無いようなフルーツ、其のテレビの中ですら見た事がない、初見の野菜。彼等の食欲中枢を痛く刺激したのは想像に難くない、寧ろ自然、いやぁ、若いって良いね。
そんな中、全員の希望を背負ってかそれともただの出歯亀根性か。教室で戦闘機フィギュアを片手に「ギュイィン」だの「ズゴゴン」だの、もう少し大人になった方が良いんじゃない、其の割には金銭感覚逸脱してるよね。盗撮写真も?や〜ね〜、などの噂の少年、ケンスケが恐る恐るキッチンへ近付いた。
「お、オイ・・・止めといた方がええんちゃうか?」
それに続くは似非関西弁漆黒ジャージメン! 其のジャージは洗っているのか、それとも同じ物が押入れを開けるとズラリなのか!! お前はスーパーロボットパイロットなのか!! 少なくともαとMXはそう、何処からとも無く受信した電波。其れはさて置いて其のジャージ、いや、トウジその人がケンスケの後を追う。クラスメートも止めた方が彼らの為とは思うが、自信の好奇心を満たす為に犠牲になって貰う、君のお父上がいけないのだよ!! そんなノリで二人の運命を固唾を呑んで見守る事にする。
先ずはキッチンへの第一歩、特に踏んだからと言ってタライが振って来る訳でもなく、槍衾の生えた穴への扉が開く訳でもなく、ごく普通の木製の床。しかして教室の安普請とは違い、剥がれている箇所もなく、浮き上がってる場所もなく、しっかりとした作りだと言う事が見て取れる。シンジが調理を続ける流し、コンロもテレビでやっているプラモデルかよと突っ込みたくなる様な嵌め込み式等ではない、おそらくはオーダーメイドなのだろうとケンスケは踏んだ、意外と見る所はきちんと見ているのだ、この少年は。
それに比べるとジャージ、トウジの行動はある意味誰もが予想したとおりだった、委員長たるヒカリを持ってしても否定できない事実、事象、どうしてこうも私の想い人は欲望に忠実なのか? そうなると付き合ってからの行動も欲望に忠実? イヤン、不潔よっ!
妄想に浸る腐女・・・夢見る乙女の前でトウジは先程から飽く事無く同じ行動を続けていた。食材を手に取り、匂いを嗅ぎ、また元に戻す、此れが食通の行動なら頷けるが残念ながら彼は食欲に忠実な青少年でしかない、スーパーで食材を手にとって怒られる子供程度の価値しかない! そんなクラスメートの生暖かい突込みを知ってか知らずか、トウジはあらかたの食材を手にし終え、満足したかに見えたが其の視線の先には次なる獲物が映っているかに見えた。
其れは他の食材と違い、実のまま辺りに積み重ねられる事無く麻袋のような袋の中に突っ込まれている食材だ。口は固く縛られ、簡単にはほどけないのが容易に想像出来るほど。しかし問題は其処ではない、動いている、兎に角蠢いている、何かモゾモゾと、唐突に突っ張るように。此れが意味している事はただ一つ、中身は生きててナマモノ、クール宅急便必須!! これほどに好奇心を擽る物はあるまい。
「なぁケンスケ、此れの中身知りたいとは思わへんか?」
「え? そ、そりゃあ知りたくないって事は無いけどさ・・・良いのかな?」
未だにシンジの作業を注視していたケンスケを無理矢理引きずり、嫌そうな顔をしていた彼に問う。渋々ながらもそう答えたケンスケにトウジは満足そうに首を縦に振った。
「そうやろそうやろ、ちゅう訳や、開けるで」
「い、いや、話が繋がってないぞトウジ!!勝手に開けるのは不味いって其れに!!」
普段とは立場逆転、大抵はケンスケの奇行をトウジが溜め息交じりに止めるのに今度はトウジをケンスケが。そんなことを知ってかしらずか、分かってやっているのか。シンジが唐突に振り返り、其の二人に話しかけたのは。
「おお、丁度良い所におられましたなトウジ殿、ケンスケ殿、一つお願いがあるのですが」
「お、お願い!?」
「へぇ、ワシ等の名前、よう知っとるのう」
勝手に近付いたのを怒られるかするのか、そう思っていた二人はホッとすると同時に疑問も持つ。其れにシンジは例の意志があるのか無いのかきっとないアル、どっちだよ! な笑みを浮かべながら答えた。
「はっ、我が主人のおられますクラスの事、知らぬ筈がありますまい」
「主人? 綾波の事か? そうやろうな」
「御意」
再び灰汁をすくいながら腰を屈めるという凄まじく器用で奇妙な行動に出るシンジに頷きながらトウジは先を促す。
「で? ワシ等にお願いちゅう事らしいの、何や? 出来る事なら何でも手伝うで、色々珍しいもん見せてもろうたしの」
「そう言って頂けると助かりますな、何、簡単な事です、其処の袋には言った食材、袋から出して頂けませんか? 今手が離せない物でして」
シンジが言っているのは先程からトウジが興味津々な袋其の物を指している様だった、渡りに船、そう思ったトウジはニコニコ顔で頷きながら袋を開ける事にした。とは言ったものの其れは想像を絶する困難さを伴った作業だった。一体誰が縛ったのか? そう思うほどに其の縛りは固い。四苦八苦するトウジとケンスケに気付いたのか、シンジが声をかける。
「ああ、解けないようでしたら包丁か何かで切り開いて構いませぬぞ、どうせ捨てる積りの袋でしたし」
そう言って貰えるのは有り難い。ケンスケが袋を押さえ、トウジがナイフホルダーに刺さっていた包丁を引き抜き、結び目の下をそれで一気に掻っ切る。包丁を置き、切った袋上部を捨て、恐る恐る袋の中の暗黒を覗き込む二人。次の瞬間。
爆発した、そう誤解しても可笑しくは無い勢いで袋から何かが飛び出した。蛸か烏賊か、どちらかは分からないが褐色の触手、ぬらぬらと粘液状の物で濡れた其の表面は何故か鱗で覆われていた。しかし蛸、もしくは烏賊と一線を引く、圧倒的違いがあった、其れは其の巨大さだ。でかい、兎に角でかい凄まじくでかいどうしようもないほどに大きい。一本一本の太さは人の頭くらいが最小で最大はそこら辺の大木並みもあるか。一体全体、これほどの巨体がどうやってこの小さな袋の中に? 当然といえば当然の疑問を持つクラスメートの前、其処で袋から其の触手の持ち主が頭を出そうとしていた、因みにトウジとケンスケは触手に絡め捕られ、天井近くで呻いている。
其の頭は蛸、に似ていた、似ていたとは文字通りそのままだ、蛸のようであって蛸ではない、つまりは蛸とは違う存在だと言う事。触手は其の顔から生えており、その事からもこの生物が蛸ではないと言う事を教えていた、嗚呼、蛸。袋からばさりと一つ音を立てて蝙蝠の羽状の物が飛び出し、空打ちした、どうやらこの蛸もどきの背に生えている物らしい、其れを置いて今まで閉じられていたその蛸っぽい物の瞳がゆっくりと開いた。
悲鳴が、教室に響いた。特にその瞳に恐怖を感じる物があった訳ではない、ごく普通の、蛸臭い生き物が持っているようなヤギのような瞳が其処にあっただけだ。その色は金、特に其れは恐怖を醸し出す物ではない筈だった。それでも、教室に充満したのだ、恐怖が、狂気が。
其れはその蛸らしい存在が持つ何か、人の本能に訴えかけ、恐怖を生み出す其れが持つ結果だったのだろう、未だに悲鳴は消える事は無い、その蛸? はその悲鳴に快い物を感じたようだった、瞳が細められる、其れがまたクラスメートの恐怖を煽る結果となる。
「む、むぅこれは!!」
「!! 知っているのか雷電!!」
「雷電言うな!! 此れはもしや・・・クトゥルフ!!」
「ク、クトゥ? 何だそりゃ」
「オーガスという人物が作り出した寓話、御伽噺、其れに登場する架空の神の一つだ。神、では無いな正しくは旧支配者か、かつて地球を支配していたとされる邪神、旧神に敗れ、世界各地、あるいは亜空間に幽閉されていると聞くが・・・まさかこんな何の変哲も無い中学校の教室でお目にかかれるとはな・・・」
「待て、寓話といったら作り話だろ? 何でそんな架空の神もどきが存在するんだよ!!」
「俺に聞くなよ!! 兎に角目の前にいるのが普通の存在じゃないって事くらい、お前にも分かるだろ!?」
「ま、マア其れはな? で、あれがそのクトゥルフってので間違いはないのか?」
「ああ、蛸に似た頭部、烏賊のような触腕を無数に生やした顔、巨大な鉤爪のある手足、ぬらぬらした鱗に覆われた山のように大きなゴム状の身体、背には蝙蝠のような細い翼!! アレは間違い無く!!!」
「・・・やまぴかりゃー?」
「違う!! クトゥルフその人! いや旧支配者だ!!」
説明口調が嬉しい無名なクラスメートの会話、その内容を聞いて更に恐怖を深める生徒達を他所にシンジは冷静に食事を作り続けていた。レイも似た様なもので大人しく食事が出てくるのを待っている、胸元に差し込まれた白いナプキンが眩しい。と、そのレイの視線が遂に目の前でクラスメート二人を巻き込んで袋から出て来ようとしている蛸似、クトゥルフの方へ向く。今までは向いていなかったのかと今更ながらにレイの豪胆さ、否、無関心さに冷や汗が背中を滴り落ちるクラスメートを気にした様子もなく、その視線を調理し続ける彼女の忠実な執事、シンジの方へと向ける。
「碇君」
「何で御座いましょう、綾波様」
レイが人を名前で呼ぶなんて、其れも同年代の男の子を。恐怖の代わりに今度はクラスを驚愕が支配する、絡め捕られている二人はもう気にもされていない、哀れ。あ、細い触手にくすぐられてる。
「此れ、お昼御飯になるの?」
そう言って右手に握ったフォークで蛸(仮)、クトゥルフを指す、よく見れば左手にはナイフ、ゴメン、少しも大人しく待っていなかった!! それに対し、刺身包丁を両手に装備したシンジが答える、なに、この身に一度の敗走も無いとでも言い出す積り?
「その通りで御座います、蛸のカルパッチョ、もしくはマリネをお作りしましょうかと・・・」
断じて此れは蛸じゃねえ、此れを蛸と認めるのは蛸に対する反逆だ! 突っ込みのお陰か少し恐怖が薄れたクラスメートの前でレイは首を横に振り、言った。
「私、生の食材、好きじゃない」
その宣言を受け、シンジは了解しましたと言う風に頷き、ならばと答える。
「ではオーソドックスにシーザーサラダで宜しいでしょうか?」
「構わないわ、生魚はいってないなら碇君に任せる」
そう告げると、もはや興味をなくしたのかそれとも早く作って欲しいと言う意思表示なのか。フォークとナイフを置き、窓の外を眺め始めたレイにシンジは一礼し、無表情のまま蛸まがいの食材を見詰める。未だ蠢くそれは大人しくする気配もなく、ケンスケとトウジは笑い過ぎて痙攣を起こしている。
「では仕方ありませんな、この食材は廃棄、と言う事で・・・」
凄まじく、例えようも無いほどに残念そうな表情のままのシンジ、慙愧に耐えないといった風でクトゥルフに近付き、両手を振り上げ・・・振り下ろす。
ごず
生々しい音がシンとした教室に響く。何時の間にか両手の包丁はごく普通のお玉にすげ変わっており、其れがクトゥルフに命中した音か。ただ其れだけ、なんて事は無い調理具の一撃によって人々から神と崇め奉られるほどの支配者は。
ばたん
「一寸マテや」
人間の作り出した兵器、技術では掠り傷すらつける事も困難な筈のそれが昏倒した音が響く、クラス全員の突っ込みも。其れを他所にシンジはテキパキと気絶(?)した旧支配者を袋の中へ押し込んでいく、どうやってあの巨体が入ってしまうかなどの幼稚な疑問が付け入る隙もないほどに、あ、トウジとケンスケも一緒に放り込まれた気もするが・・・まあ良いか。
そしてその袋をそのままポイと窓から投げ捨てた。慌てて窓際に駆け寄るクラスメートの視線の先、その袋は何か黒い空間の歪みとしか言いようが無い物に吸い込まれ、消えた。呆然とする生徒達、その時か、彼等の耳に物騒な台詞が聞こえたのは。
「では此方の袋の中身を使用して・・・」
シンクロ誤差皆無、そんな偉業を成し遂げる勢いで彼らは同時に声のする方へと振り返った。其処にはくトゥルフが入っていた袋に酷似した其れを開けようとしているシンジの姿がっ! 勿論なんだか蠢いている!
「止せえええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
「あ〜れ〜何をなさいます〜」
「なんでお代官に襲われる小娘風!!」
「そんな事は良いんだ! 兎に角止めろ!」
「その前にこのお玉!! 此れで叩きのめせば良いんじゃね?」
「お前、頭良いな」
「あ〜、其れはお返し頂きたく」
「よし橋本!! 行けえ!!」
「おうよぉ!!」
どがばきめしゃごすどきゃぐちゃめきぽぽりん
「・・・ぽぽりん?」
「気にするな、したら負けだ!! 兎に角・・・此れだけ殴れば何が入っていようと・・・開けるぞ」
ごくり×(クラスメート−2+(声に出せない想い×俺達の青春ブラボー))
「御開帳!!・・・え?」
「せ、先生いいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!???????????」
「ど、如何して!? さっきキッチンの下敷きに、あれ? ギャグ? イリュージョン?」
「はっはっはっ、これぞ師匠直伝の空蝉の術ぅ!!」
「いや、全然変わり身に出来てないし!!被害受けてるし!! 其れに師匠って誰よ!」
「それはですな、私がまだ12になったばかりの夏の夜でした・・・」
「・・・何か長くなりそうだから説明はやっぱ良いや」
「其の方がムーンウォークで歩む私の前に立ったのです、『出会ったなこの私に!』と仰いながら!」
「ちっとも聞いてねえ!」
「そんな事より碇君、お昼御飯は?」
「この状況で言う事はそれだけなんですか!?」
「其の時、私の目には確かに一際輝く点が見えたのです!!」
「クライマックス!? てか、死の点? 実は魔眼持ちですか!!」
「うぅ・・・救急車を・・・」
「お昼ご飯・・・」
「しかし最後は不肖シンジ、ハイパーな弾丸も跳ね返すロボットへと変身し、哀しむべき教授は灰燼へと還ったのです・・・まさに灰は灰に、塵は塵に」
「魔眼は何処に!! じゃあスーパーカーにも変身するのかよ!!」
「さんきゅーまいこー」
「ご飯・・・」(グゥ)
「巨大化ザンギエフ・・・」
「頼む、お前もう喋るな」
「ああ・・・ここは寒い・・・出してくれ・・・」
「!!!!!!!」
「(゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚∀゚) 」
「!?!?!?!?!?」
「・・・」
「・・・そんな事が数回続いたんですって?」
「あの時は本当にお腹が空いたわ」
「・・・あんたも大物になったものよね」
「其れよりもアスカ」
「ん〜なに?」
今度は椅子の上で状態を反らし、後ろのレイへ視線を向けるアスカにレイは表情1つ、変える事無く。
「今日、新しい先生が赴任してくるそうよ」
「・・・何人目?」
「さあ、私は二人目だから」
「其のギャグ、笑い所は何処よ一体」
視線を天井へ移し、呟くアスカ。どうもレイに対するシンジの教育は間違っている気がしないでもない、確かに感情豊かにはなってはいるようだが。
其の様子に首を傾げるレイ、受けなかった事を悩んでいるのだろうか。其の事は脇へ置いておき、アスカは其の教師について質問してみることにした。他人に余り興味を示さないレイがそういう事を言う訳だ、きっとシンジから何か聞いているに違いないと踏んで。
「で、其の先生ってどんな人よ」
「さぁ、良く分からないけど碇君の知り合いみたいよ。今までの先生では体力がもたない事を考慮して今度の先生は頑丈な人に頼んだらしいわ」
「戦自の教官が来た日もあったけど、却ってもたなかったわね。世俗に塗れないだけああいった状況に慣れてないって事かしら? で? 其の兵士以上にタフな人材って誰かしらね?」
「それはシンジ君も教えてくれなかったわ、教えてしまうと面白みがなくなるって」
「・・・なんで今日に限ってネルフの実験かなんか入らないのかしらね・・・」
無茶を言うアスカ、しかし其の気持ちは分からないでもない、シンジが絡む人材などロクな者ではない筈なのだから。そう思ってまだシンジの奇行、彼の呼び出す人材が起こすドンチャン騒ぎに対しての諦めは付いてなかったのかと少し驚く、もうずっと前に諦めたとばかり思っていたのに。
そう、こんな簡単に人の心が折れる筈がない、私はもっと頑張らないといけない筈だったのよ常識人として!! どうしてこういう思考になったのかは分からないが、それでも良い。アスカはそう自分を奮い立たせ、ポケットの中に入っている物・・・昨年の年末、大騒動の中で手に入れた新たな力を握り締める。
と、そんなアスカの耳に教室の前のドアが開く音が飛び込む。首だけを上げ、其方へ視線を上げると全身をアイスホッケーの防具で固めた教頭が汗を滝のように流しながら、ふら付きつつ入ってくる所だった。最近の学校関係者はこのクラスへ入って来る際は何らかの自衛を施して現れる、まあ役に立った事など欠片もないが、人生諦めたらアカン! といった意思表示であろう、多分。
「ええと・・・教鞭を取られていた永田先生が嘘のメールで校長を金で魂で売ったと誹謗中傷して・・・いえなんでもありません。兎に角、退職なされましたので新しい先生に来て頂きました。それでは後の事は其の先生に聞いて下さい、では私は此れで!!」
本来は絶対口にしてはいけない事を暑さのせいか、マスク越しに吐いてしまった教頭は慌てて取り消し、必要事項だけをマシンガンの如く叫ぶとそのまま退室しようとする、が。
かちり
「かちり?」
この教室、控えめに言って魔窟と化している空間が其れを許す訳もなく。
「い、嫌だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
教頭は一瞬で全員の視界から消えた、ドップラー効果を体現しながら。後に残ったのは極太のバネの先でビヨンビヨンと間抜けに揺れる床板の一部だけ、因みに教頭が立っていた場所の。天井には遥か彼方、澄み切るまでに美しい青い空が見えている。キランと80年代漫画の効果を見せつつ教頭は消えて行った。
多分、数日中には戻って来るだろう。そう薄情な事を思うクラスメートの視線の先で静かに天井に開いた穴が閉じた、もうこの空間で生きて行く為にはこの程度の事に驚いていては数分たりとももたないのだ! ある意味とても逞しい、そして漂流教室の舞台となってもなんか妙な意志が土下座する勢いで強く生き抜いて行くだろう。
そんな一種の諦めムード漂う中、一人の男性が入って来た。当然のようにクラス全員の視線が集まるがそれに臆する事無く、腕を背中側で組み、悠々と教卓へと進む。そして立ち止まる。当然と言えば当然か、今、彼の前には未だ揺れる床板付極太バネが揺れているのだから、推定全長1メートル。
其の障害を前にして彼は、新しい教師は。
「ふん」
軽く鼻で笑った後、組んだ腕を解き板を軽く手刀で叩く。正直、軽く手を当てただけにしか素人目には見えなかったが、板は凄まじい勢いで沈み、あるべき場所へと戻り、普通の床へと戻る。彼は其の床を・・・防具を含めて軽く100キログラム近くは行くであろう教頭にバシルーラしたそのトラップを・・・何事もなかったかのように踏みしめ、教卓の前へ立ち、レイ、アスカ達の方へ向き直った。
目を引くのは矢張り銀髪、其れを編んで垂らした長い三つ編みか、恰幅よく蓄えた口ひげには貫禄を感じずにはいられない。其の身を紫色のカンフー服に包んだ男性・・・おそらくは50は軽く超えてるであろう彼はクラスを見渡し、1つ頷いた後に口を開いた。
「うむ! 我が名は東方不敗! またはマスターアジアと呼ばれてもおる! 今日よりこのクラスで学問をお主等に教える事となった! 因みに他のクラスと違い、全科目、体育も含めてワシが面倒を見る!! 安心して勉学に励むが良い!!」
いや、欠片も安心できねえ。此れがクラス大半の生徒の意志だった、だがある意味では安心もしていた、ああ矢張り、予想の範囲内だといった類の。そんな空気を読めないのか、はたまた無視しているのか。東方不敗と名乗った彼は1つ頷き、更に続ける。
「では何か質問はあるか!」
「はいっ!」
そう問われて一番先に手を上げたのはトウジ。
「うむ、まずは名乗り、質問するが良い」
其れを受け、トウジは立ち上がり元気よく口を開く。
「ワイの名前は鈴原トウジです! 先生は格闘技かなんか、されてはるんですか?」
「ワシの事は東方先生とでも呼べぃ! 質問だが、確かにしておる! ワシ自身が編み出した流派東方不敗、其れがワシの修める流派よ!」
「はい、洞木ヒカリと言います。東方先生はお幾つですか?」
「もう60は超えておるのぉ! お主等は皆、孫みたいなものよ!!」
「はい! 相田ケンスケです。東方先生はどういう経緯でこのクラスの教師になったんですか?」
「それはの、ワシが弟子にしようかと思っておる少年が頼んできおったのよ」
「弟子に、ですか。じゃあ相当強いんですね・・・因みにどんな少年なんですか?」
「そうさの・・・年恰好はお主等と同じ位よ、何やら燕尾服を着こなしておっての」
嗚呼矢張り。
「ある日唐突に、ワシに向かって錐揉み回転しながら飛んで来おっての。已む無く拳でもって迎撃したのじゃが・・・」
「が?」
「数メートル吹き飛んでコンクリート壁に減り込んだかと思ったが、ワシが『大丈夫かの?』と声をかけたら数回転して後、地面に逆さまに立ち、『大丈夫に御座います! 我がキャット空中異次元回転をお止め頂き感謝いたします。何せこの技、出すと自力では止められませんで・・・』とな。我が拳を受けても其の余裕、まさに天晴れ! 弟子入りせぬかと誘うと、では代わりにワシに教師をしろと言うのよ。
それで此処に立っている訳よ・・・子供は嫌いではないし、何、馬鹿弟子にも少々、学を授けた事もあるからの・・・身になっておるかは別にしてのぉ・・・」
流石だ。何かもう、いろんな意味で。無論、誰の事かは分かっていた、否、分からない者がこのクラスにいる筈が無い。同時に壁に減り込んだ相手に「大丈夫か」と声をかけるこの人もこの人だとも。その後も生徒からの簡単な質問が続き、マスターもよほど答え切れない事以外には答えて行く。
「和月伸宏です!! 罵って下さい!!」
「こぉんの、馬鹿弟子がぁぁ!!」
最後の質問? には流石の師匠も首を傾げていたが、軽く流す、流石だ。質問も一段落したのを確認すると、マスターはでは、と1つ頷き口を開く。
「実はの、今日はワシ以外にも初めて此処に来る者がいるのよ、転校生と言う奴よの。随分と待たせてしまって悪かったの・・・入って来ると良い」
視線が集まる教室前のドア、其のドアがゆっくりと開き一人の少女が入って来た。茶色い髪に少し垂れ気味の目。十分、美少女の枠に入るだろう。何処となく外見が綾波に似ている其の少女は元気良く教卓まで進み、マスターの横に立ち、取り合えずといった感じでチョークを手に取り、自分の名前を黒板へと書き記そうとする。
びし
記そうとしたのだが、どういう訳か摘もうとした彼女の指の間でチョークは粉となって散った。しけってたか、安物だったのか? そう思うクラスメートの前で彼女は気を取り直し、2本目を取る。今度は大丈夫だったのか無事にチョークを手に取った。
其の手を黒板まで、そして書こうとチョークをそっと添えた瞬間。
ぱきょ・・・どずん
最初の音、折れた音。次の音、折れた先が飛んで行って天井に突き刺さった音。折れたチョーク9,8円。穴の開いた天井の修理費数万円。
クラス全員(一部除く)が受けた衝撃、Priceless。
そんな貴方にマスターなカード、スキミングには要注意だ!!
振り返る少女。幾分か考え込んだ後に片目を瞑って舌をペロッと出して微笑む、俗に言う「てへっ、やっちゃった」ポーズだ。特定の人種がやると核汚染級の精神ダメージとなるが美少女がやるとなると話は別、はっきり言って次元が違うだろう。だが何故だろう、彼女の其のポーズがクラスメートにとっては
総人口=スミスな世界の真ん中で、「お帰りアンダーソン君」と呼ばれた気分がするのは。
ヤバイ、とてつもなくヤバイ、何か一言突っ込もうなら道路にめり込む勢いで叩きつけられる。クラスメートはほぼ全員一致で其の結論に誤差なく達する、きっとステータスを表示すると全員に心眼(真)があるに違いない、何故か実戦で培われた危機予測能力、直感に達する其れを彼らは手に入れた、それはきっと間違いじゃない! 何かは終わってるとは思うが。
クラスメートが何も言わないのを良い事に、彼女は自己紹介を開始する。
「初めまして! 霧島マナって言います! 親の都合で第三に引っ越して来ました。転勤が多いので一緒にいる事が出来る時間は短いと思うけど、宜しくね!」
良かった。心底、全身全霊を込めてそう思うクラスメート、無論顔に出さない、出したら次の瞬間、其の顔自体が無くなってそうだし。
「さて、本当ならもう少し自己紹介と質問の時間を授けたい所ではあるが・・・残念ながら授業に入らなくてはならないのでな。何せこのクラスは殆ど授業が進んでおらんからの。すまんが彼女、マナへの質問は休み時間にしてくれい。では霧島よ、空いている席の・・・そうさの、惣流の隣に座ると良い」
「は〜い、分かりました!」
「ウム、では授業を始めよう。一時間目は・・・数学か、では皆、教科書の20ページを開くが良い」
マナが移動を始めるのを確認した後、マスターは用意されていた教科書を開き、早速黒板に書きつけ始める。字も綺麗で読みやすい事にクラスメートは少し驚く。其れと同時に、書く時の腕は残像を残し、黒板とチョークの擦れる音がマシンガンのように響いている事に一種の安心を覚える、黒板半分埋めるのに3秒かかってないし。
そんなマシンガン板書きをバックミュージックにマナはゆっくりと指定された席、アスカの隣へと腰を下ろす。視線をスッとアスカの方へ向けて低い声で話し掛けてきた。
「初めましてアスカさん」
「初めまして、ね・・・中々面白いわねアンタ」
マナを睨み付けながら答えるアスカ、機嫌が悪いのはマナの態度だろうか? しかしシンジでこなれた精神はこの程度では切れないほどに荒・・・鍛えられている筈だが。
「えっと・・・何か気に触ること言ったかな? そうだったら謝るけど」
首を傾げるマナにアスカは視線を外さないまま。
「気に障ったとか、そういう事じゃないわ。アンタが危険だって思ってるだけ」
「それって気に障った、より酷くない? どうして?」
そう言う割にはにこやかなマナ、其の彼女にアスカは叩き付ける様に言う。
「単純な話よ、まだ自己紹介もしてない相手の名前を呼ぶなんて。何処のC級映画に出てくる悪役? でも問題は其処じゃない、
「へぇ、気付いたんだ。思ったより鋭いのねアスカさん」
「アンタから馴れ馴れしく呼ばれると虫唾が走るのよ、ハッキリ言って不愉快だから止めて貰えない?」
「良いわよ? 別に。じゃあどう呼ぼうかしら・・・そうね、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン弐号機パイロット、セカンドチルドレン、惣流=アスカ=ラングレー。どれにする?」
流石のアスカも顔色が変わる、此処まで自分の事がばれているとは、ひいてはネルフの情報が。精々がいきがった少年兵をネルフへの当て付け代わりに送り込んでいたとばかりに思っていたが読みが甘かったようだ。焦りが滲むアスカに気付いたか、マナは面白そうに続ける。
「どれも好みじゃない? じゃあ最初は惣流さん、って呼ぶ事にするわ、良いかしら?」
「・・・好きにすれば・・・」
自分でも滑稽な位に声が震えているのが分かる。
「じゃあ惣流さん、そう呼ばせて貰うわね。所で話は変わるけど・・・碇シンジ、って知ってる? 知らない訳ないか、同僚だもんね」
アスカの頬がピクリと動いたのに満足したのか、頷く。
「随分シンジに御執心の様ね、あいつがアンタの何だってのよ」
アスカはマナがシンジを呼ぶ時に、其の言葉に尊敬、それ以上のものを含んでいる事を感じ取る。其の事を気付かれたマナだが気にした素振りは無く、寧ろ聞かせたがっているようにも感じる。
「シンジ君はね・・・私にとっては全てよ。命の恩人であり、今もっている物をすべてくれた人・・・ええ、貴女の思っている通り、私は彼を愛してるわ」
ピクリ
其の言葉には話しているアスカよりも、彼女の後ろに座るレイの方が強い反応を示す。其れを気にした風も無く、寧ろ狙っていたのかマナは涼しい顔でアスカの方だけを見る。
「何があったか知らないけれど・・・今のあの変態執事はレイを主人と認め、仕えてんのよ? アンタが出る幕じゃないわ、残念だけどね」
少しも残念に思ってないという事を態度でありありと示すアスカに、マナは気を悪くした様子も無く肩を竦める。
「そう? 私に言わせるならよっぽど誰かさんより相応しいと思うけど? 人間かどうかも分からない誰かさんより・・・」
ゴッ
最後の台詞にレイが身を震わせた音と、重なるように教室に響いたのはアスカの拳がマナの顔面にめり込んだ音。だが顔をしかめるのはアスカの方だった、鼻の骨の一つにヒビくらい、あるいはへし折ってやっても構わない、其の意思を込めて殴ったのに・・・逆にダメージを受けそうになったのはアスカ。何とかインパクトの瞬間、相手の感触にうっすらと気付いて慌てて力を抜いてなければ間違いなく、骨が折れていたのはアスカの方だった。
一方、マナはマナで驚いた様子で、目をぱちくりさせている。
「へぇ、座ったままの体勢でこれほどの打撃、更にヒットする寸前に退いてダメージも減らす。資料にあるよりもずっと格闘センスあるじゃない」
「黒尽くめで眼つきの悪いコーチのお陰よ。でもおかしいのは私の格闘技能よりもアンタの其の固さよ!! 日本語では厚顔無恥とか面の皮が厚い、なんて表現あるけど本当に皮が厚いやら硬いやらの相手なんて初めて見たわよ・・・、それ以上なら何時も見てるけど。何よ、アンタどっかで改造されて『イー!』とか言ってる奴らの仲間?」
マナは顔をしかめるアスカを、面白そうに眺めながら肩をすくめる。
「ン〜、どっちかと言うと其れを倒す方じゃない? 私がシンジを救い出す正義で、惣流さん達が其れを邪魔する悪の方だと言ったほうがピッタリ来るわ」
「自分を正義の味方だの自称する奴に限って周りの迷惑顧みず突っ走って周りを巻き込んで吹っ飛ぶのよ、テロリストとかどこぞの国で大統領やってた奴と同じじゃない。やっぱロクなモンじゃないわアンタ」
「別に貴女に好印象を持って貰おうなんて考えてないわ、惣流さんなんてどうでも良いもの。それはそれとして・・・何処かの体育座りの探偵も言ってたわよね?」
マナは、ゆっくりと立ち上がり。
「『一発は一発です』って」
其れを聞いて、アスカが最初にしたまばたき。その次、彼女の視界一杯に広がっていたのはマナの拳だった。
(速いっ・・・なんてもんじゃない!? 顔があの固さなら拳なんて・・・幾らなんでも此れ喰らったら私・・・死!? そんっ・・・な!!)
アスカが身につけたスキル、それは躱す事は成せなかったが、代わりにコンマ以下の時が流れた後、其の身に終焉が訪れる事を教えてくれた。
それは確かに凄まじい洞察力ではある、だが、この場合においては無情以外の何者であると言うのか。
未来に過去が食らい付き、幻影は形を以て今を成す。
アスカは目を瞑り、悔しさの中で現実を受け入れた。だがその現実は何時になってもアスカを飲み込もうとしない、不思議に思った彼女が目を開けると。
「AT…フィー、ルド?」
顔の前にうっすらと、ぎりぎりアスカなら視認出来る薄さの紅い壁が発生し、それがマナの拳を受けとめていた。他の者にはマナが寸止めしたかのように映ったろうか? それとも何らかの妨害と勘付いたか、其れを判断する余裕までは今のアスカには無い。
(使徒が発生させる障壁・・・何でそんな物が私を守るのよ! てぇか発生させてるのは誰!?)
疑問は唯一つ、そして唐突に解答へと辿り着いた。だが其れを口にする事は無い、すれば
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