「のう、如何思う? 彼等の力を」
「そうですね、眷族の方は戦い方さえ誤らなければ僕達単体でも負ける事は無いでしょう、しかしあのマスターの方は・・・底が知れません、僕達三人がかりでも勝てるかどうか・・・」
「フン、随分と臆病よのう、そなたは」
「慎重なだけです、我々は一度指揮者を失った、再び得られた幸運を手放すほど貴方も愚かでは無いでしょう」
「無論じゃ、ふむ? 奴等が動くようじゃの、恐らく片割れの方へ向かうのであろ。妾達も行くとしようかの」
「そうですね、では早速」
『第四夜、捻ジ曲ゲラレタ虚構』
「はてもさても、此れにて怨敵を1人、屠った事になるのかのう。余りに容易過ぎて欠伸が出る様であったが」
未だ熱と煙を発し、攻撃の凄まじさを物語っているマウザーの手に握られている紅き剣。彼の言葉が正しいのならば其れは遥かな昔、北欧にて巨人の王が所持し、神々の黄昏が起こる時、世界を炎で包むと言われるかの魔剣と言う事になるのだが。
しかし信じようと信じまいと、現にマナを火炎にて葬ったその威力に偽りは無い。誇らしげにその剣を撫で摩リ、視線もまたその炎のような刃に向け。
「ぬん!!」
右に大きく薙ぐ、巻き起こった剣風は炎の直撃によって舞い上がった爆煙や細かな壁の欠片を一気に吹き飛ばす。視界がクリアになり、大きく抉れた壁がその視界に晒され、そして。
「矢張りかの、此方が剣の銘を叫んだ時に其れに重なるようにして魔術の詠唱が聞こえた気がしたのよ」
「其れは、その、中々目敏い、と言うのかな? いや、耳が敏い、のか、どちらでも構わない。まあその、何だ、お前が彼女を此処まで、嗚呼、追い込んでくれたと、そう言う訳かな御老体」
右手を掲げ人差し指でマウザーを指しながら、マナを庇うかのようにシンジが立っていた。マナの方もマユミが支え様子を診ているが即消滅に繋がるほどのダメージは受けてないようだ、少し経てばその回復力によって完治するだろう。
「そう言う事になるかのう、アーカードの落とし仔よ。いや、此れでも相当な破壊力を持って撃ち出した積もりじゃったがの、こうも簡単に防がれるとはいやはや・・・我輩も少々、気落ちすると言う物よ」
そう言う割には嬉しそうに顔を綻ばせるマウザー、その心内は強敵との邂逅に打ち震えているだろう事が、手に取るように分かる。だがシンジが気になった点は其処ではない、首を傾げながら問う。
「少し、物を訊ねるのだが。何だろうな、その、アーカードの落とし仔とか言う、その不可解な、そう、表現は」
「ふむ、違うのかの? 貴君はかの勇猛なるアーカード殿の眷属、血を吸われし者、そう言う解釈が普通になされておる様だがのう」
「ほう、それは、何と言うかアレだ、そう、初耳だ、そう思われていたとは、だな、うん、驚愕と言うものに、値する、そう、そうだ」
そう言いつつシンジはマユミの方を振り向く、そんなにまで噂になっているのなら彼女の耳に届いてない筈もあるまい。現実に彼女はすまなそうに頭を下げた、つまりは意識的にシンジには黙っていたと言う事か、知った所で如何と言う事は無いのだが。
「如何やら違うようじゃな、では一体貴殿はどなたの眷属であるのかの? まあ良いわ、聞いた所でお答え願えるとは思えぬしの、何より・・・」
レーヴァティンを正眼に構え、マウザーは続ける。
「貴殿と戦うにあたってその様な事実、何の意味も無いのでな」
「何よアンタ・・・偵察に来たんじゃなかったの?」
「ウム、其れが主な目的よ、だがこうして」
何とか声を上げられるようにまで回復したマナの突っ込みに律儀に答え。
「強敵に巡り会えたと言うに、手ぶらで帰ると言うのも芸が無いものだとは思わぬかね、碇シンジの眷属よ」
全身に気を巡らせるマウザーを前に、その裂帛の気合に押されるマナとマユミ。シンジは肌を刺すマウザーの圧迫感を気にも止めることなく、静かに、ただユックリと答える。
「うむ、此方としてもなんだ、敵は減らしておくに限ると、言うかなんだ、其れもまた、そう、真理だ。だからうん、こちらは獲物を持ち合わせていない、よって魔術でのお相手となるが、その、宜しいかマウザー殿」
「応」
シンジの問いにただ短く、それだけ答えたマウザー、後は剣でもって語り合うと言った勢いでシンジへの間合いを詰める、その距離約、5メートルと言った所か。
「Shoot him」
戦闘の口火を切ったのは、意外にもシンジの方だった。先程から指し続けていた右手人差し指から魔力塊を撃ち出し、其れはマウザーめがけ猛スピードで飛来する、マウザーはそれを。
「ぬぅん!」
レーヴァティンで撃ち返すのかと思えるほどの、裂帛の気合を持って掃う。
「ん?」
その行為を見て、少し不思議そうに首を傾げるシンジ。だが攻撃の手は休めずに。
「Burn out」
焔を巻き起こし。
「Lightning edge」
雷を降らし。
「Frozen bress」
大気を凍らせ。
「Break out」
触れれば弾ける魔力塊を撃ち。
「Throwing lance」
何者をも貫く光の槍を投擲。
その一撃、一撃が並の吸血鬼なら掠るだけで塵と化す威力を秘めている、その攻撃を黒鎧の騎士は何の気概も無く。
「はぁっ!」
下からの掬い上げで。
「ぬぅん!」
横薙ぎで。
「なんのぉ!」
突きで。
「まだぁ!」
左袈裟懸けで。
「そぅりゃあ!」
上段からの振り下ろしで。
その事如くを叩き落とした。そしてそのままの勢いを糧にシンジへと突進して行く。シンジもある程度は覚悟していたのか、掌を其方へ向けて障壁を張る呪文を口ずさむ。
「Jericho protect」
鈍い音を立てて刃が薄い赤色の障壁に食いつき、其処で止まる。そのまま押し切る姿勢を見せたマウザーだったが、拍子抜けするほどに簡単に剣を退き、距離を取る。
「ふむ? その、余計なお世話と言うか、何だ、疑問でもあるわけ、だな、うん、そのまま、そう、攻めていれば良かったのじゃあ、嗚呼、無かったのかね?」
右手を未だ掲げたまま騎士に問うシンジ、それにマウザーは顔を愉快そうに歪めながら答えた。
「ほほぅ、そしてその左手に溜めた魔力の餌食になれと、そう言うのかの? 其れは其れでゾッとせんなぁ」
言われてそっと左手を見やる、其処には確かに何の指向性も持たせてはいない魔力がわだかまっていた。なんら方向性を与えて無い純粋無垢なエネルギー、だがそのままぶつけても其れは十分に脅威だ、マウザーとて無傷ではいられないほど。
其処にたて続けにシンジの魔術の連射を喰らえば流石の彼も消滅してしまうだろう、其れはいけない、折角この世に吸血鬼としての、第二の生を授かったというのに其れは面白く無さ過ぎるではないか。
「其れは其れで良いとして、そう、うん、簡潔に問う、何だその剣は」
本人が言ってる以上に簡潔な問い、それに豪快に笑いながら答えるマウザー。
「うわっはっはっはっ! 真に率直よの、見てのとおり、炎を出すだけの少し代わった剣よ、其れだけではいかんのかの?」
その答えに首を傾げ、更に言い募ろうとしたシンジに先んじて、マユミがマナを抱き締めたまま口を挟む。
「マスター、その剣は魔力を食っているんです、だから・・・」
「ふむ、だからあれか、そう、魔術の魔力がそう、飛散する事無く、その、その場で発動する事無く、何だ、消されたのか、そうか、食うのか、成る程な」
ウンウンと頷く。その様子をカカと豪快に笑うマウザー、何が楽しいのかその笑いはかなりの間続いた。
「ふむふむ従える者と従う者、双方に信頼がありて何よりよ、そしてその洞察力、見事、と評しておこう。だがなればこそ・・・」
空気が変わる、少し穏やかだった其れは一瞬にして寒風吹きすさぶ氷土の其れにとって代わられ、マナとマユミは其れに身震いする。唯一凡庸としたシンジ、剣気を吹き出すマウザーを覗いてその空間は凍りついた。
「我輩に対する魔力攻撃は一切通用せぬ、ならば如何にするHELLSINGの切り札」
鋭いその睨みも柳の枝のようにかわし、シンジは肩を竦める。
「何、その何だ、直接が駄目なら間接、そう、何かを介すれば良いだけの事、簡単だ、容易だ、大した事はあるまい」
「ほぅ?」
侮辱とすら取れるその言もマウザーにとってはそうは思えない、それほどにシンジの顔には自信があり、その後ろに従っている彼女等の顔には信頼がある。自分達の継接ぎなマスターへ対する其れが、其れは疑いようも無く。
「ならば良い、その自信の理由を」
なればこそ、と、腰を落とし、レーヴァティンを正眼に構えなおし。
「剣によって問うとするかの!!!!」
刹那、弾丸の如き速さと猛獣の突進力を持って地を蹴る。其れに対し、シンジは両手に魔力光を光らせ、構える。
「は!! 撃つ手を増やす事が策ではあるまいて! 楽しませて頂こう、簡単に死んでくれるなよ!?」
愉しげに歪められた顔目掛けてシンジの左手が呪と共に突き出される。
「Ruin wind」
「ぬぅ!?」
其処から生まれた台風に匹敵する暴風が吹き出し、マウザーを後ろへ押し流そうとする。成る程、点、線の攻撃では防がれるから面の攻撃に切り替えたか、その切り替えの早さを素直に彼は賞賛する、しかし。
「この程度ぉぉ!!」
此方もと構えたレーヴァティンを我武者羅に振り抜く、風とは言え魔力によって編まれた物、故に其処を剣が通れば其処の魔力は食われる。風は弱まり、逆に半減していたマウザーのスピードは蘇り。
「Blessing to you」
その様子に構わずシンジは、右手の魔力に方向性を与え、其れに応えてシンジとマウザーの間の地面が光り、祝福に喜びの声を上げる。
「ふん、我輩との間に踏み出せぬ領域を作りてその外から撃つとでも言うのか!? 詰まらぬ、余りに詰まらぬ愚策よ!!」
走り抜きながら叫び、祝福に光る大地の境界間近まで、其処で足を思い切りたわませ、そして。
「はぁっ!!」
跳ぶ。その恐るべき膂力は数十キロは下らぬ鎧を身に纏っても遜色は無く。遺憾なく発揮した其れはマウザーを数メートルの高さまでに押し上げた。弓の軌跡を描くその体の終着点は当然、碇シンジ。
「此れで、終わりかよThe worlds!! 拍子抜けも甚だしいわあぁ!!!」
「はて、何が終わりなのか、その、さっぱり理解出来ないのだが」
マウザーの咆哮にも、その猛攻にも一切慌てる事なくシンジはその場に佇み、落ちて来るマウザーを哀しみを込めた視線で追う。
その視線は不意に地に落ち、その視線の先に釣られる様にマウザーの其れも重なる。その先にあるのはシンジの右脚、その足先に燈る光は魔力光? ここに来てマウザーははっと気付く、今自分がいる場所は何処だ? 空中? つまり?
回 避 不 可 能
「お、おのれええぇぇいいいぃぃぃ!!!!!!」
もはや退路は無い、無いのなら突き進むのみ、シンジの攻撃が早いかマウザーの剣がシンジを捕えるのが先か、だがその結果は歴然としていた。シンジが攻撃しなかったのはマウザーが最も攻撃に適した位置まで落ちて来るのを、待っていただけなのだから。
「Dancing hail」
発動する右脚の魔力、其れは祝福を受けた大地に染み渡り、「現象」をもたらす、即ち。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
祝福を受けた地面が吹き飛び、その欠片が雹のように、散弾の様にマウザーの全身を襲う。先程、シンジが面での攻撃を有効としていた事実を見落としていたマウザーの不覚、歯軋りしながらも彼は最後の抵抗にと先程、風を斬った時以上の勢いで剣を薙ぐ。
弾く
落ちる
突く
崩れる
弾く
落ちる
薙ぐ
逸れる
突く
崩れる
弾く
落ちる
薙ぐ
逸れる
薙ぐ
逸れる
突く
崩れる
だがそれで落とせたのはわずか2割ほど、残りの8割が神の祝福を持って冷酷にマウザーへと飛来した。とっさに顔は手で守ったものの全身に其れを受ける、一つ一つが並の法儀式で祝福された銀弾なぞ鼻で笑う位の力がこもっている。鎧は凹み、マントにも穴が開き、更に体の内に響く光の波動。マウザーの巨体は後ろへ吹き飛ばされる。
「ぐうぅ!!」
まともに着地出来ただけでも称賛すべきであろう、だがよろよろと立ち上がるその姿には確実にダメージの痕が見て取れる。そして、シンジが狙い、マウザーが恐れ、近接戦闘タイプにとっての敵が具現化する、即ち距離。
気が付けばマウザーは背に壁を付けて立っている、今から接近しても遅い、そして何より碇シンジは。
「Emerging quickly
詠唱を。
Erasing swiftly」
終えている。
刹那、閃光が弾けた。
「ほう? 光速転移した、何だ、高圧放電球を、うん、其処まで、その、避け切るとは、嗚呼、何と言うか、はは、思い出せないな、そう、称賛しよう、そうだ、うん、褒め称えよう」
両手を広げ宣誓する。全てに慈愛を与える聖母の如くに。その言に苦しい息の下、噛み付く。
「ぬ、ぬかせ・・・よ。此処まで、追い込まれ、る、とはの。クク・・・ハハ・・・」
光の速さで敵の位置まで転移し、発現、球内部に在る物に対して高電圧をかけ、消し炭に。本来ならこの攻撃でマウザーは塵となっていた筈、だが獣すら超えるその勘が其れをさせなかった、とは言えダメージが無い訳ではない。
頭部の左半分と左手、左上半身一部ごと持って逝かれた。断面は高電圧で焦げ、出血は無いもののその傷がマウザーに存在維持が難しくすらなると教えている。
それでも剣士は剣を下ろし、逃走に入る事を良しとしなかった、誇りの為か好敵手に会えた為かは、本人にも分かるまい、もしくは両方なのかもしれない。残った右手でレーヴァティンを握り締め、残った両足に力を籠めようとしてがくりと左膝を付く、右目をぎょろりと動かし、左足を見る。嗚呼、なんと言う事、左足は太腿の半分近くまで持って逝かれているではないか、何と無様な姿よ。
「その辺に、その、そう、しておく事を薦める。其れが、何だ、御互いのため? そう、此れだ、如何だろう」
シンジにしても貴重な生き証人、此れ以上傷つけて尋問不可能にするのは惜しい、だがマウザーにすればそんな事はまさに糞食らえだ。足が動かなければ這ってでも接近する、手が無いのなら口に銜えて剣を放つ、其れが、其れこそがこのシュテル=フォン=マウザーに相応しい末路と彼は考える。
「その様な、世迷言、聞く気は無いわぁ!! 此処が、我が、死地、也!!!」
叫ぶが速いかシンジに向かい、真正面から突進する。其れを見て、溜め息をつきながらシンジは。
「やれやれ・・・その、折角の、あれだ、証拠なのにな、また、その、嗚呼、彼女に怒鳴られる。うん? 待てよ、そうか? 吸血すれば良いだけの事、そう、其れだ、そうだよ、そうすれば、何だ、知る事が、出来る、そう、そうだ」
ならば肉片でも残っていれば構うまい、それだけで彼、「哀」の吸血行為は事足りる。彼もまた「喜」に勝るとも劣らない異能なのだ。
ならばなす、なせ。右手を掲げ。
「Nine ball shot、、、」
左手を突き出し。
「Big Dipper so Southern Cross、、、」
呪を紡ぐ。
過程が諒承され、結果が肯定される。
シンジの前に浮かんだ9個の光球が、マウザーの頭上に突如現れた紅い光で出来た北斗七星と南十字が。
「All destiny、、、Blaze now」
其々が複雑な軌道、フェイントを体現しながらマウザーへと迫り行く。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
その叫びは、既に人に非ず。金属の軋みとも取れる其れを上げた騎士は剣が食った魔力を焔に換え、迎撃に移る。
bPからbT、一振りで消滅、bUからbW、剣に魔力として食われる、bX、剣を振りきって硬直した右手に命中、レーヴァティンは回転しながら堕ち、地に刺さる。
剣を拾おうとしたその身に4つの紅い光が連続して突き刺さり、爆裂する。右脇腹、左足脹脛、右手肘、左腰、其々が肉片となって飛び散る。
其れを確認した所で、襤褸雑巾のような其の身を襲う7つの星が、彼を完全に滅ぼさんと迫り来る。
インパクトの瞬間、誰もが全て終わったとそう思った空白の間、誰かの声が朗々と響く。
「防げ、聖母掲げし盾」
力ある言葉を受け、瀕死のマウザーの体を褐色の触手のような物が包み、半球を形成する。其の上に次々に着弾する七つの星、だがある物は半球に衝突する前に何かに止められたかのように停止し、ある物は振り切って半球に衝突するもダメージを受けた様子は欠片もなく。
全弾が消滅した後も、其れは何事もなかったかのように存在し続けていた。数瞬の後、触手は縮み、元の位置へと戻る。全てが元に戻った後にはマウザーの横、左右に一人ずつ立つ姿を認める、1人は金髪碧眼の20代の青年、中世貴族が夜会等に着ていたであろう煌びやかな衣装を身に纏い、真剣な眼差しを己の敵、即ちシンジへと向けている。
其の手にあるのはおそらくは触手を繰り出し、マウザーをシンジの魔術から守った物。触手は揺ら揺らと未だ揺れ、シンジを威嚇し続ける、見た目はガントレットのようになっており右手肘まで青年の手を包んでいる。
そしてシンジに視線を向ける事無く、其の足元で荒い息をつくマウザーへ、呆れたように視線を向ける少女、此れもまた金髪碧眼の完璧な造形、人形のような其の細い体をゴシックロリータ風の黒いドレスに身を包んでいる。
奇妙なのは彼女の廻りに舞う5つの光る球、色は特に決まらないのかあらゆる色を再現し、オーロラのように淡い光を放ちながら彼女の周りを廻る、まるで太陽の周りを廻る惑星の如く。
其の美麗な唇から漏れる声もまた如何なる鳥のさえずりも霞むほど、耳に心地良い。
「全くお主と言う男は・・・偵察だけが御方からの命だと言うに、何をやっておるのじゃ? 挙句に勝つ所か地面に這い蹲り、塵屑の様ではないか・・・三騎士の恥晒しよ、いっそこのまま果てたら如何じゃ?」
・・・内容は欠片も優しくはないが。其の憎まれ口にもマウザーは怒る様子もなく、受け答えする、恐らく普段からその彼女の言動に慣れているのだろう。
「くは、は・・・正直、消えそうなのは間違い無いのだがの・・・だがまだ死ねんよ・・・あいつを、あの男を葬り去る、までは!」
視線の先には未だ動かぬ碇シンジ、其の視線を受け、少女はフンと鼻を鳴らし、シンジ達へと向き直り、口を開く、其の態度、大胆にして不遜、全身に自信を漲らせているか。
「此処まで妾の仲間を追い込んでくれたの、礼をしたい所じゃが・・・残念ながら先ほど申した通り、此処に来た訳は偵察と、この猪武者を回収の後、帰還する為よ。それで・・・The Worldsよ此処は一つ、痛み分けと言う事で如何じゃろうか」
其の提案にふむと首を傾げ、考え込む。それに2名ほどが反応する、1人は未だマユミの腕の中で回復を続けているマナ。
「ふざけないでよね! 此処まで人を痛め付けといてさっさと帰る? 少し待ってなさいよ、もう少ししたら回復してあんた等まとめて地獄の門にキスさせてやるんだから!」
もう1人は、未だ再生もままならずしゃがみ込んでいる猪武者と評されたマウザー。
「騎士として敗北のまま、背中を見せるのは相成らぬ! 貴様等2人のみで先に帰るが良い!!」
予想通りと言うか、分かり易いと言うか、其々の仲間の台詞に、其々のリーダーは軽く溜め息をつき。
「Silently」
片方は魔術で。
「何時、妾がお主の意見を求めたか」
片方は己の周りを周回する球を操作し、ぶつけて。
魔術で脳を揺す振られ球に残っている後頭部を痛打され、其々の吸血鬼は完全に意識を手放す、人離れした其の存在も、人型を取っている以上は其の制約もある程度受けると言う事だ。
「ヘッケラー、流石にやり過ぎでは?」
「マスター? 怪我人に対する仕打ちにしては一寸・・・」
残った者達の避難も受け流し、2人は互いに先ほどの提案は了承し、了承されたと確認する。少女は一つ頷き、青年に目線でマウザーを担げと指示する、其れに大人しく従う。
「でもマスター、行かせて良いんですか? ある程度戦力を削れるチャンスですが・・・」
如何に目の前の敵が強かろうと碇シンジの敵ではない、マユミはそう考え進言する、其れは妄想でも願望でもない、正しい理論に基づいた事実だから。それにシンジは首を振りながら応える。
「うん、そうだな、倒せない事も、其の、無いだろう。だが、其の、何だ、この「哀」の心は哀しみに、そう、弱いんだ。だから・・・うむ、だからこそだよ、此処で、そう、戦い、二人を、其の、失う訳には、嗚呼、行かない」
つまり、被害を考えなければこの場で三名をまとめて葬れる、そう言う事だろう。しかし其の被害の中に自分とマナが含まれてしまう、確かにダメージを受けているマナに攻撃手段発動までタイムラグがあり過ぎる自分。間違いなく瞬殺されるだろう、容易に其の瞬間が予想された。
俯くマユミ、結局自分達がシンジの枷となってしまい、チャンスを一つ逃してしまう事となる。其れは酷く悲しい事だ、シンジは許すだろう、そう言う性格だし、其れは疑い様のない事実。だからこそ、其れだからこそ許せない、己に寛容になれない。
「では此れにて暇とするかの。おおそうじゃ、折角だから我等も名乗っておくとするか、此方はお主等の名を知り、其方は知らぬは不公平だからの。三騎士・・・は聞いたであろ、妾もその一振り
ヘッケラー=K=ブリュンヒルデ
主等の心の臓に杭を突き立てる者の名よ、覚えて置くが良いぞ」
少女が名乗り。
「私もですね、ロイテ=クム=ワルサー。三騎士最後の一振りとなります・・・以後是非ともお見知り置きを」
青年も名乗る、あくまで丁寧に、嫌味なく腰を折って。
次の瞬間、ブリュンヒルデの横に浮く球が激しく発光し、辺りを凄まじい閃光が包む。其れが去った後に、彼等三騎士の姿はなかった。
「フム、行った、のか、うん。さて、マユミ、何だ、其の、帰るぞ本部へ。マナは、其の、寄越せ、私がそう、担ごう。それに何だ、そう、聞きたい事もあるからな、そう、急ぐとしよう、そうだな」
其の様子を振り返る事もなくシンジはマユミへ手を差し出す、マユミも頷きマナを渡す、そのまま歩き出すシンジ達。それから数分後、破壊音に驚いた通行人が通報し、呼んだ警官がシンジ等の戦闘跡を見て、絶句したのはまた、小さな事だろう。
「フム、兎も角ご苦労だった、取り合えず座れ、報告は其の後で良い」
珍しくアズサが優しい言葉を吐くのはシンジが「喜」ではないからか、マナが未だズタボロだからか。それとも・・・
「其れは良いですけど・・・アズサ陸将補?」
「ん、なんだ? マユミ三等陸佐。言いたい事があったらハッキリ言うが良い」
「いえ、大した事じゃないんですが・・・何かこう、嬉しそうに見えます」
少々歯切れの悪いマユミの質問にもアズサは得に叱咤する事なく、話を続けようとする。普段の彼女の対応からすると考えられない事、少しでも言い澱んだり、ハッキリしないと其れだけで減俸対象にすらなる事があると言うのに、正直言って不気味でしかない。
「なに、前々から計画していたとある作戦が最終段階に入ってな。上手く行きそうなのでつい、気持ちも緩んでしまうと言う訳だ、まだ実行もして無い事で浮かれるのは良くないとは分かっていてもつい、な」
少々の苦笑を滲ませながらそう語る上司を前に、マユミは何かこう、違和感のような物を拭えずにいた、同時にアズサにも人間味らしい所を見つけて安心したと言う感情もあるにはあるのだが。
「で? 高々チンピラ退治と、新米組織のお相手をしてやって来た報告なんかの為に、態々戻って来る等と言う事は有り得ない、寧ろ有り得させないがな。さて、素早く語って貰おうか、お前達にも先程言った作戦へ参加して貰うからな」
若干の脅しを含めた其の発言に、最初に反応したのは意外にもシンジだった。首を傾げ、口を開く。
「フム、其の、何だ? 我々も参加、と? 嗚呼、アレだ、そう、ネルフでの仕事はどうなるのか、ウム、其処は、其の、如何する」
「ほって置け」
「了承した」
質問への解答は簡略で、其の解答に対する返答もまたシンプルだった。僕の2人も口を挟まない、この場でネルフを重視する者などいないと言う事実を浮き彫りにする結果だ。
「間が長くなったな、そろそろ報告して貰おうかマユミ三等陸佐。何があった? いや、何を知った?」
核心を直ぐ突く発言、其れこそが彼女の真骨頂。故にマユミもまた其れを理解した上で口を開く、少しの躊躇いを見せながらも。
「『少佐』が未だ存在している可能性があります」
初めての事だった。そう、アズサが部下からの報告に、即座に反応しなかったのは。組んだ手の上に乗せた顔もポカンと軽く開けた口も、泳ぐ視線も、全てが新鮮だった、マユミもまたその結果に幾許かの達成感を感じるほどに。
「マユミ、陸、佐? 其れは冗談ではないのだな? だとしたら例え今日がエイプリルフールでも肉体はおろか、前世にまで遡って消し去るぞ!?」
「もっと酷い目に会う事は分かってます! 確かに見たんです! マスターと私を襲った人造吸血鬼達、最後の一人の血を吸って其の一部を取り込んだんですが、そいつの記憶、其の中に確かに少佐の姿が! 映像って訳でもありませんし、動いていましたから絵でもない、記憶もごく新しく、つい最近の物です!」
疑われたからか、仕置きが怖いゆえか。マユミの張り上げる声の前に少し引き、代わりに冷静さを取り戻すアズサ。目を瞑り思考する、冗談の可能性は零、マユミの事実誤認の可能性は限りなく低い、結論としては最悪、影武者が生きていると考えられる。最悪? 其れが最悪? 違う、本当の最悪は『本物』が生きている事、それに相違は無い。
「・・・兎に角、この件は本部へ、最高司令へ伝えて置く・・・。お前達は今から与える新しい任務の事だけ考えていれば良い、まあ、無理に近いと言う事は言っている私も分かってはいるがな」
苦笑交じりに伝えるアズサに対し、シンジは一つ頷き後ろへ下がり壁に寄り掛かり目を閉じる。元より「哀」は思考に類する物は苦手なのだ、この手の報告はマユミが受け、その後シンジに報告するのが常だ。御多分に漏れず、マユミが代わりに前へ出てアズサの次の言葉を待つ。
「まあやる事は同じ。ウィルス性吸血鬼が某所にて麻薬等の取引をしている事が判明した。此れを殲滅しろ、細かい作戦は既に某所へ向かっている船に乗っているレッドユニット第二中隊隊長、A・Jから聞くと良い、船まではヘリで送る」
「船と言う事は島、ですか。何処の島です?」
マユミの其の問いに、アズサは最初に浮かべていた笑みを再び見せながら答えた。
「今現在、最も面倒な場所だよ・・・作戦名は『Never Loneliness』、成功するのは当たり前だが無事くらい祈っていてやるぞ。そう言えば、だ」
「・・・何でしょう」
涙が出るほどに部下想いな上司の言葉を、溜め息混じりに飲み込みながら受ける。
「いや、先程からマナ三等陸佐が一言も発してない、珍しいと言うか如何いう事かと思ってな」
言われてみれば、先程から一切何も喋っていない、彼女に有るまじき状況だ、如何した物かと新しく置かれているソファーの上に大の字になって伸びているマナを見やる、大の字?
「・・・そう言えばマスターから此処まで抱えられ、超高速移動で振り回されながら来たんですよね・・・更にマスターの魔術も喰らってましたし・・・。復活、出来るでしょうか?」
「知らんな、如何しても駄目なら海にでも叩き込め、嫌でも目覚める」
「いえ、普通に消滅します」
不安な部下にこんな温かい言葉をくれるとは、就職先を間違えたのかしらと溜め息混じりに部屋を後にするマユミに、マナを再び担ぎ上げたシンジ。彼等の背中へ向けられたアズサの視線に思いやりが含まれていたかは・・・彼女自身のみが知っている。
「あ〜、良い天気だ、間違いねえ、良い天気だ」
「隊長は平気みたいっすね、数名、船酔いを訴えてますけど」
「アン、鍛え方がたんねえからだろ。ま、日本海のこの荒波だからしゃーねーかな」
そうぼやいて、俺は首をコキコキ左右に倒して鳴らす、うん、悪くねえ、良い音がしたぜ。元々がこうした用途に、戦闘用に造られた船じゃねえから仕方ねえよな、それに寝床も急ごしらえで良いモンじゃねえし。
フンと鼻を鳴らしてポケットからヨレヨレになったタバコの箱、当然中の其れも曲がっているか、ま、吸えない事も無い訳だが。
「ンだよ、もう最後の一本か。か〜! 戻るまで貰いタバコか買えってか? なあハジメ」
「何すか隊長」
「目的地にもモク、あるかね?」
「密輸品があるかもしれないっすね、証拠品として没収でしょうけど」
成る程、其の可能性があったか。着いたらかっぱらっちまおう。
「今、良く無い事考えたっしょ」
何気に鋭いなコイツは。
「気のせいだ」
「そうっすか?」
「そうだ」
「ふ〜ん・・・」
何だ其の態度、もっと隊長を敬えよ、マジで。
「ま、良いです、きっちり見張りますからね。にしても日本政府も、今回は随分思い切ったもんっすね。保険に入って無いからって拿捕、そのまま使い捨て作戦に使わせてくれるなんて」
「ま、それだけヘルシングの腕が伸びてるってこったろ。拿捕するってだけでもスゲエのにぶっ壊してかまわねえなんてな」
そう言って手摺をポンと叩く。片側だけ、言うなれば大衆の目に晒される側だけまともに塗って、反対側は荒れ放題っちゅう歪な船。
セカンドインパクト前からその疑惑を取沙汰されていたこの船、送金、麻薬密輸、果ては拉致。あらゆる犯罪に染まっていたこの船、名は万景峰 九二号、北朝鮮との数少ないラインの一つだったが、ま、数ヶ月前に保険未加入っちゅう訳でついに日本政府が拿捕したって訳よ。
「でもこの数年、警告のみで入港拒否もして無いんだから日本政府もへたれっちゅうか、根性なしっちゅうか・・・。まともな対応しただけなんだがな、何か国内外で凄まじく人権侵害だと抗日デモが発生していたが・・・なんで中国や韓国でも起こってたんだ? あいつ等の船じゃないし、国際法に則った行為なのによ」
「さあ? 兎に角あいつ等、日本を悪者にしてないと国もまとめきれない連中っすから。なんにせよ日本がする事なす事、全部気に入らないんじゃないっすか」
「そだな」
「ええ」
変えようもない事はほっとくしかねえよな。セカンドインパクトの混乱期に在韓米軍も殆ど兵を退いた韓国、北朝鮮からの工作員でも入ったかこの数年で酷かった共産化が更に酷くなったしな。後少ししたら統一朝鮮になるんじゃねえかね? 共産主義主導でな。
「船よりも今回の目的地ですよ、散々、問題になってたあの島に堂々と上陸、破壊活動をするんすからね・・・よく了解取り付けたもんすよ」
フィルターギリギリ、最後の一吸いを・・・吸殻は海へと思ったがハジメの冷たい視線を受け、渋々携帯灰皿へ、最近喫煙者への扱いが酷くなってる気がするぞ、うん。
「何言ってんだハジメ。俺達は何だ? 泣く子も悪魔も吸血鬼も黙るヘルシング、レッド・ユニットだぞ? 俺達が吸血鬼を殲滅する事に誰が疑問をもつってんだよ、それにな」
「なんすか?」
「もう既に韓国には某要人経由であの島がウィルス性吸血鬼達のブラックマーケットになってるって事は、連絡済なんだよ。其れをこの数ヶ月、何の手も打たないんだ、俺達が出張らないで誰が出張るんだよ。あ?」
「あ、警告済みっすか」
「おうよ、後は其れを信じようが信じまいが、其れは韓国の責任っつう訳だ。で、信じなかったんだからしゃーねーわなー」
ククッと笑いが止まらねえよな、これから起こる事を思うとさ。お? 何か聞こえるねえ。あれかい? 此れが戦争の葬送曲って奴か。
『隊長、「チーム・アクルクス」、到着まで後数分です』
「あいよぉ、甲板へ降りるように言っときな」
『了解』
無線に軽く答えて俺は行く、後ろからはハジメも付いて来てるだろ、優秀な副官だからな。先程から大きくなって来たヘリのローター回転音に心躍らせる俺がいるよ、さぁて? 今回は何匹殺せるかねぇ?
「此れが今回の市の目玉だよ、パク君。戦乱期にロシアで行方不明になった核弾頭の一つ、実に其の破壊力50万メガトン! もはや水爆の域に達する威力だ、N2? ハッ、子供の玩具だよ」
「は、はぁ凄いですねえはい。さぞや高い値がつく事でしょうな」
「無論だ、高く買って貰わないといけないよ。ま、使うかどうかは別としてね・・・」
窓一つ無いとは言え、柔らかな光で満たされた一室。床には踝まで埋もれてしまいそうな赤絨毯、黒檀の調度類に其の上に置かれたデカンター、其れを満たすワイン。先程話に出た核弾頭を写した写真も無造作に投げ出されている。此処が実は、本来は日本領である島、竹島の地下に作られた一室だと言われて、信じられる者はいるだろうか?
其の机を挟んで座っているのは二人の男、一人はパクと呼ばれた、如何にも政治家と言った強気に媚びて弱気を詰ると言った風情の小太り。禿げ上がった頭部を先程からしきりにハンカチで拭っている、空調はちょうど良いのだから暑い訳ではない、恐らくは目の前の人物に会う事が、話す事が彼を緊張させるのだろう。
それに対峙するのは痩躯を黒いガウンで包んだ男、パクと同じ朝鮮系だが溢れる威圧感は隠せない物であり、そして酒を口元に運ぶ度に開く其れから見え隠れする牙、間違いなく吸血鬼、其れも恐らくはウィルス感染性の存在だろう。
吸血鬼は立ち上がり、机の後ろにある巨大なディスプレイの前で机の上から取ったリモコンのスイッチを押す。それに反応してディスプレイには分割されたいくつかの画像が映し出される。一つは竹島上部の映像であり、今も忙しく何名かの韓国兵と吸血鬼の部下である信奉者達が忙しく荷物の搬入を行っている。
別の画像には他に作られている地下室が映し出され、先程話題に上った核弾頭が一番奥に、念の為に鉛ガラスで囲まれて其の中に鎮座している、周りにはその他、各国の新兵器が、様様なルートで吸血鬼が横流しさせたそれらが並び、買い手が来るのを待ち構えているようだ。
他の画像には、各地下施設の現状が映し出されている。既に来ている客や其れをもてなす女達、無礼講とすら言える酷い状況にも吸血鬼は顔色一つ変える事無く、いや、強いて言うなら侮蔑の視線を向ける。
「ところでパク君、先程から何か言いたい事があるようだね? 我々は同じ血を引く者同士じゃないか、気兼ねなく話したまえ」
顔を半分向けるだけの状態で、口を開く。それにビクッと反応したパクは景気付けか、グラスに残ったワインを飲み干し、幾許かの迷いの後。
「はっ、そ、それでは・・・実は数ヶ月前、日本のとある要人から電話がありまして・・・御存知でしょうか? 石原伸太郎東京都知事です」
「ああ、彼か。未だ消滅した東京の都知事を臨時で務め上げてる廃墟の王じゃないか、彼が何と?」
「はぁ・・・『竹島で吸血鬼主催のブラックマーケットが開かれていると言う情報が入った、早急に調査されたし』と言った内容の物が・・・」
「ほぅ?」
此れには吸血鬼も正直に驚きを示す、タカ派の急先鋒とは言え精々が都知事と言う地位にある為、大した障害にならないだろうと放って置いた男が其処まで情報を掴んだのだ、其の事は評価せねばなるまい。
「で、君は何と答えたのかね? パク君」
「はっはい。その様な事実はある訳が無いし、竹島では無く独島である、貴君は韓国領を侵す積もりかと、そう・・・」
「マニュアルだな、で? 彼は何と答えた」
「其れが・・・其れならば良い、ただ懸念があっただけだ、と。其れだけで直ぐに切ったのですが」
「ふむ・・・」
目を瞑り、思考する。彼は、石原なんの為に電話をかけて来たのか、態々其の事を知らせたのか。知っていると言う事を示して後々、何らかのアクションを起こす気だろうか? 愚かな、その時はその時、即座に潰せば良いだけの事。
結論は直ぐに出た、吸血鬼には其れを行うだけの力もあり、権力もある。そう、何も、問題は、無い。
「とても我々の障害になるとは思えないよパク君。其れは君も分かっているだろう? 何を恐れると言うのだね」
「い、いえ・・・ただ、何時かヘルシングが攻めて来そうで・・・それで・・・」
嗚呼、何と小心者の思考だ。目の前で細かく震える肉の塊に、吸血鬼は侮蔑の視線を強め前を向き、画面を見つめる。
「パク君、君が用心深いのは良い事だと思うよ。でも考えてもみたまえ、この独島の周りには韓国軍海軍所属の水上戦闘艦、駆逐艦一隻、コルベット三隻が常時周回している。更にスクランブルでF-15Kが直ぐに飛んで来る。そんな場所へのこのこと現れると思うかね? 如何なヘルシングとは言えそれは無理だよ。吸血鬼は海に堕ちたら滅びるし、一般兵は所詮一般兵だ、現実的ではないよ。
それにだよ? もし仮にこの島を日本に所属する機関が攻撃してみたまえ、どうなると思う? 韓国は愚か、北朝鮮、中国、その他の国々もこぞって日本を責め立てるだろう。更には在日朝鮮人、我々に味方する御人好しの日本人市民団体が黙っていないよ。そんな愚を日本の政治家が許可するとは思えないね、いや、そんな度胸ある訳が無いよ。
彼等が最も大事とするのは金と地位と票だ、其れが真理だよ他には何も無い。国民の利益? はっ、そんな物考える者が政治家になる訳が無いよ。おっとパク君、君も政治家だったね、いやすまなかった」
全くすまないと思っていない口調、パクも其れを感じ取ったろうが何も言わない。吸血鬼を恐れるから、そして彼もまた自分の地位が大事だからだろう。今の彼の地位があるのは目の前の吸血鬼からの資金提供や、その他の支援があったこそだ、其れを今更止められたら全てが終わりだ、それだけは避けたいのだろう。
吸血鬼・・・クォン=ヨンジュン、朝鮮系列の純粋なウィルス性吸血鬼である彼が現在に至るには血族の力を持ってしても容易な物ではなかった。
其れでも彼は諦めず、今の地位を築いた。多くの物を捨て、其れでも振り返る事なく全てを手に入れた。何の為? 正に何の為? ただ力が欲しかった、其れだけ。
元々、ウィルス性の吸血種と言うものは最下位と言う事もあり、他の種から見下しの目で見られる事が殆どであった。いや、相手にされていないと言った方が正しいのだろう。彼、クォンの血族も其れを良しとしていた、それはそうだ彼等上位種に目を付けられると言う事は消滅と同義なのだから。
だから謙虚に、だから静粛に。そうやって永い時を生きて来た彼等の中にあって、クォンの存在はある意味異端だった。仲間内からも邪魔者扱いされながらも、クォンの野望の火は消える事なく更に燃え猛った。
そして今の彼がある。この竹島を本拠地としたのも日本が憎いからではない、ただ己の存在の誇示の為、其れだけだ。困難であればあるほど、己の存在を高く見せられる、ただ其れだけの単純な発想。
単純な思考による単純な願望、其れのみが彼、クォンを動かす全て。今、彼は満たされていた。
『クォン様』
「如何しました、イン駐在司令」
突如、彼の前にあったディスプレイの一つに制服に身を包んだ男が映る、クォンの話から判断するにこの竹島に常時駐在している、韓国軍のトップであろう。彼は少々慌てた様子で報告を始めた。
『実は数十分前よりこの海域が濃い霧に包まれまして・・・』
「知っていますよ、確認だけは怠っていませんからね、其れだけですか?」
『いえ、其れだけなら良いのですが数分前、独島沖数キロの地点にマンギョンボン号が現れました!』
文字通り、泡を飛ばして叫ぶ司令にクォンは眉を寄せた、其の船は確か数ヶ月前に日本政府が保険未加入と言う事で拿捕した筈、あの時はクォンも通じている在日や市民団体を動かし、日本内部でも大規模デモを起こさせた。よって此れ以上、日本政府が何らかのアクションを起こすとは思えないのだが? 余り刺激し過ぎると自分達に火の粉がかかるのだから。
「ふむ、船を返すと言う事でしょうかねえ、なら此方に来ると言う理由が分からない。司令、警告はしたのですか?」
あくまで冷静に優雅に、そう務めるクォンに司令は対称的に喚く。
『しました、しかし帰って来た答えが『此方は国連機関HELLSING日本支部所属、レッド・ユニット第二中隊。其方にて吸血鬼が活動しているとの確証あり、此れより国際法吸血鬼条項『THE TEN COMMANDMENTS』に則り強制捜査を行う』との事です!!』
今度はクォンが慌てる番だった。目を見開き、開いた手からは今まで持っていたグラスが酒を満たしたまま落ちる。絨毯のお陰で音もなく、割れる事もなく着地した其れは中身をぶちまけるとクォンの足にぶつかり、落ち着いた。
だが今の彼に其れを気にする余裕は無い、有り得ない、絶対に有り得ない事が起こってしまった。日本が、如何な国際機関HELLSINGとは言え所属は日本、其れが此処、独島へ戦力を送って来る? 馬鹿な、彼の国にそんな度胸はもう無い筈だ、否、我々が奪い去ってやったではないか!!! あらゆる手段を持って。
だがそう頭の中で叫んだ所で司令に言われ、映し出した其の船の姿は今やハッキリと視認でき、いくら睨もうとも消える事はない。如何する、如何するんだクォン、此処が頭の使い所だ。
「・・・今直ぐマンギョンボンへの攻撃を開始しなさい、そして確実に沈めなさい、速く!!」
『し、しかし・・・』
顔を上げ、眼光鋭く言い放つクォンに圧されながらも司令は言いよどむ。何が言いたいのか、其れはクォンにも分かっていた。今この世でHELLSINGを敵に回すと言う事は、死と同義だと言う事くらいは。だが其れでも他に方法が無いのだ、大丈夫、後で如何とでも誤魔化しようはある。クォンは初めて希望的観測と言う物を抱こうとしている事に、全く気付いていない。
「殺してしまいさいすれば、後は如何とでもなります! 韓国領へ軍事力を送り込もうとした犯罪人とでも仕立て上げ、我々同胞の声を世界へ発すれば。しかし其れをするには完全に殲滅しなければなりません、分かりますね?」
其の問いに司令は冷や汗を流しながら、壊れた首振り人形のように首を振る。画面越しのプレッシャーのせいか、少し其れを緩めクォンは優しく声をかける。
「なに、要は船さえ沈めれば相手は死滅してしまうと言う事です。吸血鬼クラスの戦力も乗っているでしょうが所詮は客船、戦闘艦の敵ではない筈です、韓国海軍の力を見せ付けてやりなさい」
『はっ、了解しました!』
勢いを取り戻し、力強く敬礼する司令に満足気に頷くクォン。
「念の為、本土へ戦闘機のスクランブルを要請して置きなさい。何事も万全に・・・」
其れに司令が頷く事で了解したのを見、クォンはディスプレイを消し、体ごと振り向く。その時やっと足元に自分が持っていたワイングラスが落ち、今彼の足の下で砕け散っている様子に気付いた。屈み込み、何気ない様子でグラスの脚を拾う、既にグラス部分は砕け落ち、残っているのは脚と台、そして脚のグラスとの接合部分は鋭く、ただ鋭く尖っていた。
「あ、あの・・・私は如何すれば・・・」
其の欠片を捨てる事なく撫で摩っているクォンに痺れを切らし、パクが汗を拭きながら不安げに問いかける。しかし汗は拭いた端から湧いて来る、まるでカエルの油の様だ。其のパクにクォンは一瞥を与えただけで何も喋らず、ゆったりと近づいて行く、未だグラスは手の中だ。
「パク君、君との付き合いは何年になるかね?」
「は? はぁ、今年で10年ほどになりますか」
「そうだ、そんなになるね無名の君を拾い上げ、それなりの地位まで押し上げるのに其れだけかかったか・・・惜しいなあ、本当に惜しい」
「は?」
この場で一体何が惜しいのか? パクには一向に理解する事はできない、今必要なのは自分の身の安全だ、彼は其れを保障してくれるのか? 一心に見詰めるクォンはまた黙り込み、今パクの目の前まで来ている。
「おそらく我々は勝つ、HELLSINGを海底へ横たわらせ、永遠の安息を与える事が出来るだろう。だが其れは勝利ではない、其の後の政治の場で勝利しなければ真の勝利とは言えないのだよ」
「は、はぁ・・・」
「日本政府程度なら買い込んでいる議員を使えば如何とでもなる、でも国際機関となるとねえ・・・そう簡単には行かないのだよ、そう、彼等に非があると世間に思わせなくてはいけない」
分らない、何を言っているのか未だに理解できない。そう首を振るパクにクォンはただ静かに、優しく語りかける。
「なら何が必要なのか? 簡単だ、被害者だよパク君。其れがあるだけで正義も悪へと転がり落ち、世間は非難の視線を向ける・・・大衆なぞ操るのは簡単なのだよ、そう、『可哀想』と思わせる其れだけで良いのだ」
おぼろげながらパクにもクォンの言わんとする事は分って来た、しかしまさか、まさかまさかまさかまさかまさか・・・
「必要なのは武器でも金でもない、同情を誘う要素だ。だからパク君、君に最後の仕事を託そうと思う」
其の目には憐憫も罪悪感何もなく、ただ必要な作業をこなそうとする意志が宿っているのを見て、パクはようやく気付く、彼は本気だと。
「な、何をするのですか!? 冗談でしょう? 私が死んだら誰が政府との交渉役になるというのです同志クォン!! 其れに貴方は言ったでは無いですか!! 我々には同じ血が流れている仲間だと!!」
叫ぶ、だがパクの体はもはや椅子から浮き上がって逃げる準備をしている。もう彼は己の運命を嗅ぎ取っている、言った事も自分で信じていない、其れでも彼は逃げようとする。
「ああ、そう言う事も言ったかね?」
うんうんと頷きながら近付くクォン、もうパクは目の前だ。
「だがパク君」
そして吸血鬼の力をもって、半ば浮いた彼の体を突き飛ばし、ソファーへと尻もちをつかせ。
「アレは嘘だ」
割れたグラスの台を握り、先の尖った足を掌に垂直に立て、其れを思い切り振り下ろす。
「ぐぇへ」
其の切っ先は軽くパクの眼球を貫通し、脳へと達する。其れをクォンは何度も何度も掻き回し完全に脳を破壊しようとする、まわす度に陸に上がった魚のようにビクンビクンと体を不規則に痙攣させ、口の端から泡を、目からは血の涙を流すパク、だがやがて其れも全て止まる。
「有難うパク君、君の最後にして最大の大仕事だ。君はHELLSINGによって一般人であるのに無残にも哀れに殺されるのだよ。其の非難をもって我々は打倒する、我々は勝つ、我々は掴み取るのだ。だからそう、其れがすんだら・・・」
ドアへと向かい、開いた扉から体を半分出しながら振り返り、最後の言葉をもう動かないパクへとかける。
「君にも少しは感謝してあげるよ、今度こそ、ね」
ドアは、音も無く閉まった。
『第参夜夜明け、次の夜へ』
読んだ後は是非感想を!! 貴方の一言が作者を育て、また奮起させます
後書いてみる
この数日、色々な事があったと思うよ、まあ今更だけど人間の汚いところも見せて貰ったしね
でも其れをばねに、またはネタにしてでも生きて行くって決めたので此れからも宜しく
さて、今回は敵の末端と大事の前の小事、小さい戦争をやってみようかと、でもその内リアルで起きそうで楽しみ(オイ
勝敗は目に見えてるしね、あ、寒国? 数日であらゆる弾薬物資が切れる軍隊持ちが何か?(ソース)
と、言う訳で後編はシンジ達、吸血鬼の能力一部開放という訳で、お楽しみに