「ブラックナイト02、此方ミラーワールド、ブラックナイト02、応答せよ」

薄暗い大型テントの中。

『ミラーワールド、此方ブラックナイト02。感度良好』

並ぶディスプレイの前に通信機を耳に付けた者達が並び。

「ブラックナイト02、タイラント2からタイラント6の投下を命ずる。投下位置はコード23を参照の事」

各自、命令を告げて行く。

『ブラックナイト02了解、此れより投下開始する』

それに答える兵士達の群。

「少佐、タイラント投下、開始しました」

問いかける先には1人の男。

「良し、ネメシスはどうだ」

その表情は自信に満ち溢れ、不遜そのもの。

「データに異常無し、低意識レベル維持」

故に彼は自信持て告げる。

「ネメシス起動開始」

だから部下もまた其れを信じて動く。

「了解、点滴、鎮静剤、筋弛緩剤、投与停止」

其れを間違いだと思わずに。

「意識レベル、急速に上昇・・・ネメシス、起動しました」

間違いだと思えずに。

「ホワイトビショップ01へ指令、ネメシス専用火器、第一ラクーン病院へ投下せよ」

彼等は手足、故に考える事は必要なく。

「了解。ホワイトビショップ01、此方ミラーワールド、ホワイトビショップ01応答せよ」

忠実に悪夢を塗り替えて行く。

『此方ホワイトビショップ01、ミラーワールド、どうぞ』

また一つ悪夢を解き放ち。

「ホワイトビショップ01、ネメシス専用火器の投下を命ずる、場所は第一ラクーン病院ロビー」

また一つ災厄を送り出す。

『ホワイトビショップ01、了解』

手を止める事無く確実に。

「ネメシスへ指令、火器を入手し、アリス探索へ移らせろ」

悪夢も動き始める、彼等の愚行を嘲笑いながら。

「了解・・・指示完了、ネメシスの移動を確認」

全てを無に帰す為に。

「ほう、始まりましたか少佐、我々のプロジェクトが遂に・・・」

指揮者に声をかけるのは不粋な事だが、かけた方は気にする事無く言葉を続ける。

「そうだ、全ては此処から始まる・・・其方のヒュプノスの調子は如何だね」

指揮者もまた話し掛けた相手を咎める事無く話を進める。

「良好のようですよ、ちゃんとターゲットを追い続けています、そろそろ接触する頃だとね・・・」

そう言って男は長髪を弄ぶ、本当に嬉しそうに。

「其れは何よりだ、しかし君の会社の副社長も恐ろしい事を考え付くものだ。我々でも流石に・・・」

顔を歪めて言い募るも。

「そうですか? 証拠も残らない、理論的な方法だと思いますが?」

長髪の男は顔色一つ変える事無く賞賛し。

「其れはそうだ、だが其れを実行に移すのと机上の空論で済ますのは大いに違う、いや、大した物だよ。で、ターゲットの彼も消せばキサラギは完全に彼女の物になる、そう言う訳か」

其れを当然と取る。

「彼女の息子の物、と言うほうが正しいですな、彼女の愛情には畏怖すら感じるほどですから」

実際其の盲愛は止まる事を知らない。

「少佐、ブラックポーン03より入電。パンドラの箱の強度限界が近いとの事です」

其の証拠がこの町を蝕む悪夢なのだから。

「ほう、場所は?」

また一つ。

「アークレイ陸橋です」

新たな悪夢が。

「あそこか・・・アレの移動は遅い、解き放っても良かろう。ブラックポーン03へ指令。箱を置いて撤退するよう伝えろ」

解き放たれ。

「了解。ブラックポーン03、応答せよブラックポーン03・・・応答せよ・・・少佐、ブラックポーン03よりの連絡、途絶えました」

動き始める。

「遅かったか・・・まあ良い。パンドラの箱は解き放たれた、尤も? 中に希望は入ってないのだがね」

失われた命、されど指揮者は其れを顧みる事無く。

「其れは手厳しい・・・では遂に?」

進み続ける。

「ああ・・・諸君!! 此れより我々のプロジェクト『ALONE』が本格始動する! 諸君等には今一層の努力を希望する!」

前にあるのは栄光だと信じて。



Program...running...

Project『ALONE』,start

Godbless with you



『Mission1:Gospel in the Hell』



「其れでですね、何処に向かってるんでしょ」

「レイベンズ・ゲート。6ある内、其処が最後の出口。他は既に閉鎖されたわ」

「其のゲートも閉鎖されてるって可能性は?」

「否定出来ないけど、先ずは其処へ向かうのが近道。それでこっちも聞いて良い?」

「え? 勿論、美人からの質問は大歓迎ですが」

「何、やってるの?」

美人はスルーか。涼二はそう心の中で呟きながら答える。

「見ての通り、ハーブを採取、加工してるんですが」

「・・・貴方って意外と生活力あるのね」

「ええ、まあ一人暮らしに近いですからね〜」

ならさっきまでは如何いう目で見ていたのだろうと思いながら涼二は道端に、たまに生えているハーブを摘み取り、加工しては武器ショップの店主の趣味だったのか山ほどあったフィルムケースに詰めて行った。

ハーブの葉は摘んで揉めばボロボロと細かい欠片になる特性を持っているらしく、涼二は回りに油断する事無く左手に持ったケースの中に右手で揉んだハーブの葉を詰める作業を飽く事無く続けて行った。其の甲斐もあってかかなりの量が集まっている、当分は怪我しても心配は無さそうだ。

(怪我しないのが一番なんすけどね〜・・・)

とは言えこの町で其れは望める事ではないだろう。ならば其れに対する手段を増やす事、安心は出来ないが少しは心休まる。世の中とはそう言う物だ。

「止まって」

アリスが手を上げ、涼二の進行を制する。何事かと進行方向に目を向けた涼二の視界に3名ほどが、此方に向かって逃亡して来ているのが見えた。1人は兵士なのか手にマシンガンを構え、後ろに気を配りながら後衛をしている男。真ん中は女性で手に小型カメラを持ちながらビクビクしつつ歩いている、ジャーナリストか何かだろうか?

前衛を務めてるのは青いタンクトップにミニスカートの女性だ、それでも足の運びに無駄は無く、相当な訓練を積んでいるように見受けられる。

其の彼等を追い立てるのはゾンビの群れ、40体はいる其れが遅い歩みではあるが、確実に彼等を追い詰めている。彼等も弾は貴重だと分かっているらしく、近付くゾンビ以外には発砲せずに歩を進める、其の様子から見ると此方にはまだ気付いていないようだ。


やがて彼等は涼二達、二人の手前30メートル辺りにある教会へ一時的に立て篭もる事にしたようだ。教会の扉へたむろするゾンビ数体を退け、彼等は中へ入って行った。

「ん〜と、どうします?」

涼二は建物の陰に隠れながら隣で其の様子を見ていたアリスへ話し掛ける。

「そうね・・・」

恐らく此れから如何するかの判断をしているのだろうと涼二は推測する。ゲートへの道は教会へ逃げ込んだ一団を追って来たゾンビの群れで溢れている。迂回すれば良いのだろうが路地もまたゾンビの群れに囲まれたらどうなるか考えると恐ろしい、それに何処から現れるか、現れた時に相手との距離が離れていない等の問題点が上げられる。

何より、逃げてばかりでは前へ進めない、ある程度の消費と戦闘は覚悟しなければならないだろう。逃避と戦闘、其の割合を今彼女は考えているのだ。だから涼二はそんな彼女を邪魔しないように其の横でじっと待機していた、ハーブを加工しながら。

地味な作業で少々情け無く感じるかもしれないが、此れがあるとないでは大違いなのだ、殺菌作用もあるのだから少しはウィルスにも効果が望めるだろうし、何より辺りは瓦礫だらけで、其れから突き出した鉄骨が牙を向いている事も多い、そうした物で受ける裂傷も馬鹿にならないのだから。

フィルムケースに入っている、少し揉んで細かくなったハーブを更に棒で突き崩し、粉末状にする。飲み易く、そして傷口に塗り易く、涼二はこういった細かい作業が意外と好きだし、嫌だとも思わなかった。

「・・・突入するわ」

数分後、アリスは結論を出した。

「教会にですか? んじゃあ裏口でも」

そう言って裏口へ回ろうと立ち上がる涼二をアリスが手を上げて制する。何事かと視線を向ける涼二にアリスは言った。

「あの教会の中にも敵がいる、普通にドアから入ったのでは狙われるわ」

「そう言う物ですか?・・・って何で中にいるって分かるんです?」

涼二の疑問も尤もだ、中から銃声は聞こえて来ないのだから交戦はない、つまり敵もいない筈なのだ。それでも今、彼の目の前にいる彼女は敵がいると断言する、其れは一体如何言う事か。

「分かるの・・・何となく、それだけよ」

そう言うが早いか、アリスは踵を返し、隠れていた建物の中に入る、良く見たら少し横道に入った所に其の建物への裏口があり、其処から彼女は入って行ったのだ。

「いや・・・何となくって言われても・・・」

如何言って良いか言葉に苦しみ、頬をポリポリと書く涼二、しかし其の耳が驚くべき音を拾う事になる。

「銃声!?」

慌てて振り向く涼二の眼に教会の窓が飛び込んで来る、其の中で一瞬またたく光は銃のマズルフラッシュだろう、それに少しの誤差を置いて聞こえて来る銃声は酷く乾いて聞こえた。

「本当になんかいたのか!? 此れはヤバイか〜〜?」

銃声は鳴り止まない、敵を殲滅出来てないのだ。外はゾンビの群れ、最悪彼等が全滅と言う事も有り得る。

「で、彼女は一体何を・・・」

其処まで言った涼二の耳に、次に入って来た音は低く響くエンジン音。何事かと音のするほうを見る涼二、現在彼が隠れている建物のメインストリート側、其のショーウィンドウが割れ其処からアリスの跨ったバイクが飛び出して来た。

呆然とする涼二の前で軽くターンをして止まり、テールライトを赤く灯し其の光を受けた涼二の顔もまた赤く染まる。其の彼にアリスが振り向く事無く言った。

「乗って」

「は、はぁ・・・わかったっすけど」

テレビで見た二人乗りってこう言うモンだったっけなどと考えながら涼二はバイクに跨り、彼女に軽く密接して手を軽く回す感じでバイク本体をホールドする。軽くコート越しに感じたアリスの体温に少しドキッとしたのは秘密だ。

(あ〜、女性の体って本当に柔らけ〜、匂いも悪くないって言うか・・・って何考えてんだ俺は、平常心平常心・・・ん?)

顔を別の意味で再び赤く染めながら、ある事に気付いた涼二、彼女は一体、このバイクで何をする気なんだ?

教会に突入すると言うなら走って行って裏口から進入すれば良いのだ。ゾンビは数が多いとは言え、基本的に動きは鈍い、幾らでもかわす方法はある筈だ。ナノに何でわざわざバイク?

此処まで考えた涼二に、ある恐ろしい考えが雷鳴の如く閃いた。まさか? このバイクで? 教会へ? 

慌てて涼二はアリスに其の体勢のまま声をかける。

「あの〜、アリス、さん?」

「黙ってて、舌を噛むわよ」

だがアッサリと無視され、へこみ気味になるが其れでも続けて声をかける。

「まさかとは思うんですが・・・このバイクで教会に突っ込む、何てこと、はないですよ、ね・・・」

最後の方は尻すぼみ、さもあらん、やっと振り向いたアリスの顔はある種の悪戯が成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべていたからだ。

「頭は低く、私より上に上げないで、手を離したら落ちるわよ。教会に突入して、最初のブレーキで貴方は飛び降りて、行くわよ!!」

一気に高鳴るエンジン、鋼鉄の馬は其の音をいななきの代わりとして突進を開始した。

「せめて、せめてヘルメットは欲しかったああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

涼二の悲鳴にも似た台詞をドップラー効果で響かせながら。




「ジル、危ねぇ!!」

カルロスの悲鳴にも似た警告に咄嗟にジルは体を前へ投げ出す。其れとほぼ同時に彼女の体があった空間を何かが高速で通り過ぎて行った、其の影に向かってカルロスが発砲したようだが掠る事もなかったようだ。

「チクショウ! 何だってんだよこいつらは!!」

空になったマガジンを投げ捨て、最後らしいマガジンを乱暴気味に叩きこむカルロス、既にメインアームズのアサルトライフルの弾丸は使い果たしている。ジルもカルロスが射撃可能な内にと自身にとっても最後のマガジンをサムライエッジへと装填する、バリーの友人で銃改造の名手であるケンドの手掛けた其れでも今、彼等を襲っている相手にとっては意味のない物だと言うのか。

「あそこよ!」

半ば叫ぶように壁の方を指差すテリ―――ゲート前で出会ったジャーナリストの女性―――の忠告に従って其方へと懐中電灯を添えて銃を向けるが敵は既に其処を移動した後、爪跡だけが残る壁に虚しく、ジルとカルロスが放った弾丸は吸い込まれた。

「クッ! 動きは速えぇし、コッチの動きでも読んでるみたいに避けやがる!! 如何しろってんだ!」

「諦めないで! 方法は何かある筈よ!」

そう叫ぶジルの後方に何かが着地する音。焦っては駄目、ユックリと・・・カルロスが其れに気付いて銃口を向けてくれているのを確認し、其の射線を遮らないよう慎重に振り向く。振り向き切った視線の先、ジルの持つ懐中電灯の丸い光の輪に照らされて1体の異形が舌なめずりするかのように此方を見ているのが見えた。

筋肉剥き出しの全身、異常に発達した爪、1メートルはあろうかと言う肉くらい貫きそうな舌、其れも十分異常だがそれ以上に異常なのは頭部だ。脳すらも剥き出しなのだ、皺のよった其れが頭部を覆い、更に眼があるべき所に眼が無い、一体どうやって此方の動きを補足しているのだろう、音か? 熱か?

口元を押さえたテリがヒッと小さく悲鳴を上げる。目の前の化物にも注意を払いつつ彼女の視線の先へ目を向ける、いた、同じような奴が四つん這いでジル達の方を見ながらユックリと「天井」を移動している。其の余りの非常識さに舌打ちをしたジルにカルロスが軽く舌を鳴らして合図、ジルが其れに気付いたのを見るとユックリと銃に添えたままの左手の人差し指でジルの左側を指差す。

指された方を見る、いた3匹目、教会の長椅子の向こうの床からジルの方を向き、虎視眈々と其の隙を狙っているのだ。つまり前方、上方、左方、ほぼ完全に囲まれた訳だ、しかも悪い事に此方の攻撃要員は2人、同時に攻撃されたら耐えられそうも無い。

(如何する? 外はゾンビの群れ、さっきの神父達と言い未だ中に敵がいる可能性も否定出来ない)

さっきの異常な兄妹愛を思い出し、気後れしそうになるのを抑え対抗策を考える。さっきの発砲で残弾数はジル、カルロス共に12発、とても多いとは言えない。二人ともナイフを所持している事はしているがそれだけで勝ち抜けるほどこの状況は甘くないだろう。

(こんな事ならもっと武器の用意をしておくんだった!! 状況を甘く見たわ)

悔やんでも仕方ない、何とかする方法を考えなければ、更に考えるジルの脳裏に一つの案が浮かぶ。先ず左側、此れを倒す、そうすれば天井と前方にいる2体と此方2人、何とかイーブンに持ち籠めそうだ。ではどうやって倒す? そう考える彼女の眼に映った物は左側の奴と自分を隔てている長椅子だ、どんな化物とは言え一度何かを避けようとジャンプしたら空中では方向転換は不可能だろう。

ならば奴に向かって長椅子を蹴り出したら如何か? 間違いなく飛び上がって避けるだろう、其処に弾丸を叩き込めば・・・そう考え、ジルはカルロスに目配せし、此方を向いた彼の前でブーツを履いた足で長椅子を指す。それでカルロスは飲み込めたようで他の奴にも注意を払いつつ左側の奴へと銃弾を浴びせるべく銃口をそっと向けた。

息を吸い、吐く、心を落ち着け右足に力を溜め。一気に長椅子へ其の足を叩き付ける。爆音に似た音を立てて拭き飛ぶ長椅子、このままいると其の椅子にぶつかると判断した奴はジルの読み通り、真上へ飛び上がり後ろの壁へ張り付こうとする、チャンスは今!

「オラァ!」

叫び声を上げながら撃つカルロスに合わせ、ジルも空中の化物に向かって発砲する、撃ちだされた弾は空を裂き、空中の化物に叩き・・・こまれなかった。

「マジかよ!?」「嘘でしょ!?」

叫びこそしなかったがジルも同意見だ、何処まで常識を無視するのだこの化物は、空中で舌を伸ばし、他の長椅子に巻きつけ其れを軸に自分の体を振り回し、射線から無理矢理其の体をずらしたのだ。

「ジル!!」

其の空白が命取りだった。化物の予想以上の賢さに固まったジル、その右足、長椅子を蹴り出した足がずれて来た長椅子に挟まってしまう、化物が自身の空中移動に使った長椅子が振り回され、他の椅子を巻き込む事によってジルの足を挟む結果になったのだ。慌てて引き抜こうとしたが変な風に絡まった上に複数の長椅子がジルの足を挟んでいる椅子を押さえている形になっているので、力尽くでも引き抜けない!

何か肉質的な物が落ちる音がジルの前で、慌てて其方を向く彼女の眼に天井から落下して来た化物が映る。カルロスが数発撃ったお陰で即座に攻撃はして来なかったが其れも時間の問題だ。

ハッとかすかに自分の後ろから聞こえて来た、何かが這いずる音に向かって勘を頼りにぶっ放すジル、椅子を使って移動した奴がユックリと近付いていたのだ、前方にいた奴にも視線を向けると矢張り此方もゆっくりとだが確実に近付いて来ている。椅子が揺さ振られる気配、足の方を見ると震えながらだがテリがジルを捕えて放さない椅子を何とかずらそうと躍起になってくれている、だが其れもあいつ等の一斉攻撃に間に合うかどうか、だが其の前に恐れていた事が起こってしまう。

ほぼ同時に響くハンマーが叩く音、遂に2人の銃が弾切れを迎えてしまったのだ。其れを分かっているのかは分からないが、確実に3体は彼等に向かって距離を詰めて来た、もう助からないかもしれない、ならばせめて一太刀、何処かの国の古い考え方かもしれないが其の考え自体は嫌いじゃない、ナイフを引き抜き構える、カルロスも同じように構えたようだ。

だが其れも恐らく無駄だろう、彼等に近接戦闘を仕掛けられるほど強くはない、せめてテリだけでも逃がそうと思うが其れも叶わないだろう。此処が自分の死に場所なのか、其れが教会と言うのも何かの縁だろう、半ば諦めかけたジル。

(御免なさいクリス、バリー、皆・・・私は此処までみたい・・・)

悔しさに唇から血が滴り落ちるほど噛み締めるジル、しかし其の耳に微かに聞こえて来た音、何か乗り物のエンジン音? 気のせいかとも思ったが自分達より音に敏感な化物達も辺りを見まわしている所を見ると幻聴と言う事でも無いらしい、しかし何処から? 誰かが未だ健在で逃げているのだろうか。

それだけでもジルは良かったと思う、誰かが未だ生きていると、この地獄で戦っていると分かっただけで少し心が楽になった気がしたから。だが待て、この音は・・・段々大きくなってないか? まるで此方に近付いているかのように。

化物達が一斉にステンドグラスの方を向く、其れに釣られて3人も其方へと視線を向ける。聖母を画いたと思われる其れ、其の絵に後光のように光が丸く射す、其の光は段々と小さくなり、一点へ収束し。

轟音と共にグラスは砕け散った、中から飛び出して来たのは2人乗りのバイク、其れは驚きに固まるジル達と化物達の間を通り、壁の一歩手前まで行った所でターンして停止した。


運転しているのは若い女性、そして後ろに乗っていたのは停まると同時に飛び降りた黒髪、東洋系の少年だ。女性の方は少年の方に親指で彼女の後ろを指す、其処にはジルの後方にいた化物が新たな獲物の登場に歓喜の声を上げているのが見える。つまり、彼女はその化物を少年1人に倒させようとしているのだ、自慢ではないがS.T.A.R.S隊員の自分とU.B.C.Sのカルロス2人がかりで擦り傷一つ負わせられなかった化物を。

「退いて!」

無理だと怒鳴ろうと思ったジルだが女性の強い口調に圧され、素直に何とか引き抜いた足を引き摺りながら呆然としているテリを引っ張り、壁際まで退避する。その時に見たが残り2体は天井から落ちて来た方が中央通路、祭壇のほぼ手前に、ジルが仕留め損ねた舌を使って空中移動を行った奴は祭壇右端まで飛んでいた。

其の右端にいる方へ向かって女性の銃のMP5KA4、2挺が火を噴いた。其の銃弾を避け、余裕を持って化物は祭壇中央へ移動して行く。元々、女性が今使ってるサブマシンガンは精密射撃には向いていないのだ、それに加えて化物の俊敏さ、倒せる要素は無いとジルは思ったが其れは大きく外れていた。

女性にとっては化物が避ける事さえ計算の内だったのだろう、其の銃弾は化物を追い込みながらも確実に役目を果たしていた。祭壇にある巨大な十字架、其れを繋ぎ止めている2本の鎖の内、右側の留め金が其の銃弾によって周りのコンクリートごと剥離する、それに伴い発生する巨大な騒音、それに驚き、音源を振り向く化物。

其の行為が命取りだった、すぐさま女性の射撃は左側の留め金も破壊し、十字架はユックリ、だが確実に化物の上へと倒れ込んで行った。避けようと跳躍するが既に遅く、其の空中で十字架から圧し掛かられ、其のまま床へ叩き付けられて悲鳴を上げる、余りの衝撃に直ぐには抜け出せずもがく化物、其の様子に流石のもう1体、祭壇前に最初からいた奴も振り返り、同胞の方を向いてしまう。

其の隙を見逃すような女性ではなかったらしい、先程からエンジンを切らずにアイドリングを続けさせていたバイクをアクセル全開にしたまま急発進する。運転している本人はスタート後、数秒もせずにバイクから飛び降り、宙返りを決め床に降り立つ。主を失ったバイクは直進し、振り向いている化物へと一直線に。其の音に気付き、避けようとしたが時、既に遅し。

逃げようとしている其の横っ腹にバイクが衝突する。耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げ、化物はバイクと共に吹っ飛び、十字架に磔になっている同類にぶつかり、止まる。何とか起き上がろうと身を起こした所へバイクが再度飛来、其れもバイクの下敷きとなり、再び悲鳴を上げる事となった。

其の機会を女性は見逃さなかった。MP5を腰の位置へ戻し、代わりにハンドガンを引き抜き、撃つ。弾丸は真っ直ぐ、バイクの燃料タンクを撃ち抜き、そして。

大爆発。

耳をつんざく破壊音に化物2体分の悲鳴、悲鳴はか細くなり炎の中へ消えた。ホッと一息つき、其処で少年の事が全く頭の中から消えていた事に気付き、舌打ちする。少年の方を振り向こうとした時だった、ジルの耳に何者かの悲鳴が聞こえる、だがこの悲鳴は人間の物ではない、どちらかと言うと先程、化物が上げた悲鳴に酷似してないか? 否、酷似などではない、その物ではないのか?

自分と違い、少年の手助けをしようとしていたカルロスだが飛び出そうとしたままの体勢で固まっている、テリもまた驚きに固まっている、カメラを回し続けているのは流石ジャーナリストと褒めるべきなのだろうか。覚悟を決め、振り向く。其処には彼女の予想を良い意味で裏切っている結果が待っていた、即ち、少年が生き、化物が死んでいる光景。全身を切り傷から流れ出た血で染め、舌も切り飛ばされている化物の横で少年は返り血一つ浴びる事なく、荒い息を付きながらも生きていた。

其の手には剣にしては握りが長く、槍にしては短い、そんな中途半端な武器を握っている姿、そして其の東洋人の出立ちを見たジル、意識せずに彼女の口から一つの単語をポツリと漏らした。

「サムライボーイ?」

少年は其の言葉に反応したかのように、彼女の方を振り向いた。






ぐんぐん近くなるステンドグラス。腹を決め、頭をアリスの背中に押し付け、衝撃に備える。ガラスの割れる甲高い音、降り注ぐ欠片、何とかコートのお陰で体を傷付ける事無く床に降り立てたようだ。

ターンを決め、バイクは停まる。ならば最初の取り決め通りとバイクから飛び降り、リュックに引っ掛けていた槍を引き抜き、構える。

アリスが顔を見ながら俺の横を指で指す。眼を向けてみると俺を威嚇している何やら訳の分からない筋肉丸出しの化物が凄まじく長い舌をゆらゆらと揺らしている。成る程、コイツが店の中でアリスが言っていたリッカーとか言う化け物か?

そう納得した俺の顔目掛けて其のリッカーが舌を真っ直ぐに伸ばし、貫かんと襲いかかって来た。紙一重、よりはマシなタイミングで軽く頭を捻り、避ける。確かに速い、速いがさっきの彼女の裏拳よりかは幾分か遅い、大丈夫、避けられる。

とは言えこんな物、何度も喰らいそうになりたくない。俺は戻ろうとしている舌を中程から、手の中でずらして槍の石突近くを握るようにして間合いを長くした其れを振り下ろす。

絶叫。

舌を半分ほど失ったリッカーは狂ったように四肢をバタつかせ、痛みを表現する。そんな暇があるなら俺に攻撃するべきだったな、そう思いながら左手で握っていた槍を引き戻し、右手も添え、突きの体勢のままリッカーへ肉薄する。

リッカーも俺の接近に気付いたようだ、憎々しげに一声高く鳴き、地面を這うようにして間合いを詰めて来た。元々無かった距離は俺とリッカー双方の移動によって零距離となり、奴は完全に俺の間合いに取り込まれた。

だが其れは俺も同じか。リッカーの鋭い爪の生えた足払いを片足上げ、避ける。其れと同時に此方も槍を繰り出し、払う手の動きを支えるべく力を籠めて地に付いてるであろう奴の左手のど真ん中を貫く。

再び悲鳴。耳障りだ、余り聞きたくないな。もっと興奮するかと思っていたが俺の心の中は氷のように冷め切っている、そんな自分に驚きながらも手は勝手に動いていた。

体重をかけていた軸足を貫かれ、バランスをモロに崩したリッカーの体など、俺にとってはただの的同然。先ず足を払って来た右手、右前腕、右肘、右上腕、右肩、ほぼ連続で貫いてやる。

左手貫いてやった所を右足で踏みにじる。痛覚はあるようで悲鳴は酷くなった、其れも気にせずに俺は胴体への攻撃を敢行する。人であったなら急所と思われる背中の部位を刺し貫き続ける。出血は其の余りに強力な筋力のせいで傷口が抜くと同時に塞がるのか、殆ど無い。返り血を浴びなくて何よりだな。

気付くとリッカーは虫の息だった。其れでも俺に食い付こうと傷だらけの両手で体を前へ送り、俺の足に食い付こうと口を開く。もうお終いにしようじゃないか。俺はそう思いながら両の手で逆手に握った槍を振り上げ、溜め、全力で振り下ろす。

最大級の絶叫が耳朶を叩いた。剥き出しの脳を貫かれても尚、暴れるリッカー、其の生命力に感嘆しながらも両手は其の全てを刈り取るために槍を捻り、回す。悲鳴は直ぐに小さくなり、止んだ。

槍を引き抜き、血糊を掃い、残心を忘れずにリッカーからそっと離れる。大丈夫、もう襲って来る事は無い、そう思った瞬間に全身を疲労感がどっと包む、矢張り強く緊張していたようだ。それを自制心で抑え込んでいたのだろう、自分にまた驚く。

「サムライボーイ?」

其の言葉の中に懐かしい単語を聞きつけ、声の主の方へ荒い呼吸のまま振り向く。其処にいたのは3人、南米系か肌の浅黒い青年にカメラを構えた黒髪の女性。そして其の単語を呟いた青いタンクトップの女性。彼女は幾分かマシではあったが。

3人とも揃いも揃ってポカンと驚きに固まっていた。







涼二とアリスの共闘により全てのリッカーを倒してから十数分後。彼等は未だ教会の椅子に座りながら現状の把握、と情報交換に務めていた。

「つまり何? ゲートからは出られないの?」

「無理ね。あいつら逃げなかったら本気で撃つ気だった。装甲車もあったし、突破は無理ね」

アリスの質問にジルが紫煙を吐き出しながら答える。

「でもまあ逃げる手段がない訳でもないぜ。時計塔あるだろ? 町のほぼど真ん中にある大きい奴さ、アレの天辺のデカイ鐘、アレを打ちならしゃあ救援のヘリが馳せ参じるって訳さ」

「其れは間違い無い?」

「ああ、俺が派遣される前に小耳に挟んだ情報だ、間違いねえよ」

ゲートからの脱出は不可能と知って考え込むアリスに、カルロスが他のプランを伝える。聞き返す彼女に自信たっぷりに答える所から見ると間違いは無い情報なのだろう。

「其れで今の今まで、その時計塔まで一直線に行ける様に路面電車を動かすのに必要なパーツを探してたの、此れがその最後のパーツ」

そう言って腰のウェストポーチからプラスチックのボトルを取り出すジル。栓はきっちり閉まっているがつんと機械油の匂いが漏れ出て来る。

「オイル?」

「そう、潤滑用機械油。ヒューズと電線は入手済み、後は此れを取り付けて発車・・・って段取りだったんだけどゾンビの団体に追いかけられちゃってね・・・。此処に逃げ込んだって訳、何にせよ礼を言ってなかったわね、有難う、助かったわ」

「良いの、気にしないで、助かるのに最良の道を選択しただけだから」

素っ気無く言うアリスだが、その表情に少しの照れをジルは見逃さなかった。見た目の取っ付き難さよりも彼女は優しい人物なのだろうと踏んでフッと微笑む。

「で? 話はまとまったと見て良かったんだよな? これからどう脱出する? 裏口もゾンビで固められてたぞ」

女性陣、上手く打ち解けたのを見てカルロスが今、最も問題にされてる事を議題に挙げる。確かに其れが一番の問題だ、アリスが持っていた弾薬の類ではジル達の銃器に合わない、事実上、戦闘能力は皆無に等しいのだ。

「問題ない」

それだけ、短く答えたアリスは何か丸い物を取り出しカルロスへ投げる。それを軽い気持ちで受け取った彼、手の中に収まった其れを見てギョッとする、手榴弾だったのだ、どう考えても軽く投げて寄越す物じゃない。

「お、おい・・・」

「貴方のお仲間『だった』人から貰った。其れを使って一気に吹き飛ばし、その隙に離脱する。もう少し休憩したら出るわよ」

その台詞に押し黙るカルロス、きっと何処かれか彼の同僚の亡骸から持って来たのだろう。その亡骸の特徴を聞くのが怖かった、親友の物だと知るのが怖かった、軽い様子を装ってはいるがカルロス自身、意外に繊細で打たれ弱い所があるから。

「で、よ。あんたの連れ、あいつは何してんだ?」

だから話の流れを変えようとアリスがぶち破って入って来た窓の前に椅子を積み重ね、其れを針金で縛り上げてその外にも何か細工をしている人物を指差す、つまり、涼二を。

「見ての通り、安全を確保する為の当然の行為よ。恐らくトラップを仕掛けてるんじゃないかしら? 日本人と聞いたから戦力にならないと思ったけど・・・生半可な訓練を受けてないわ、相当腕が立つわよ」

その事に対してカルロスは異論を挟む気はない、先程のあの涼二の戦闘、銃器無しの近接戦闘を挑めば彼ですら勝てる自信は全く無いと思った位だ。その事に対して一寸ばかり知りたいと思っても問題はないだろう、話も付いたようだしカルロスは涼二の元へと近付いて行った。

「何か用すか?」

此れでも足音をさせずに近付いたんだが・・・簡単に気配を読まれ、舌を巻くカルロス。其れを表に出さないように軽く声をかけた。

「いや、用って程でも無いがアレさ。男同士でも友好を深めとこうかと思ってな・・・にしてもお前さん。強いな〜、ああまで鮮やかに俺等が苦戦してた化物を倒されると、はは、方無しって感じだな」

そう少し自嘲気味になるカルロスに涼二は、手を休める事無く返事をする。

「まだまだ無駄が多いですよ、師匠に見られたらきっと殺されますね、俺」

「その師匠ってアレか? サムライマスターみたいな感じか?」

その外国人らしい言い方に、苦笑を浮かべながら涼二は師匠を思い描き、答える。

「そうですね・・・なんつ〜か、世捨て人? そんな感じですね。山の中に藁葺き屋根の家持って若い女囲って悠々自適の毎日ですよ、たまに息子さんがお子さん連れて遊びに来てましたし」

「ちょいまち、その師匠って幾つよ」

来ると思ってた質問にニヤリと笑いながら答える。

「師匠70、女性26」

カルロスが絶句したのを見て、してやったりと思う涼二。マア偉そうに言うが初めてその女性に会った時は、師匠に「お孫さんですか?」と本気で聞いて二人に笑われたのを思い出す、未だあっちの方も現役と言うのだから同じ男として頭の下がる思いだ。

「は、はぁ・・・すげえな日本のその、サムライってのは・・・。で? その人にこうした事も教えて貰ったのか?」

手元の針金で作った輪に視線を向けられながら問われた事に、涼二は何か思い出したのか苦い顔になる。

「まあそうですね・・・、此れしないと飯、食えなかったっすから・・・」

「へ?」

「自給自足、山の中のサバイバル訓練、一ヶ月、最低限の知識のみで生き抜けって・・・本気で死を覚悟したのはあの時位かな?」

今しているのもウサギを獲る罠を大きくし、人がはまっても効果があるようにした物だ、此処に来て役に立つとは流石の涼二も思わなかったが。

「そっかぁ・・・お前もそういうのしたのか・・・道理でなんかな、言葉で言い表し難いんだけどな? こう、一般人よりも俺達の部類に近い空気っての? そう言うのを感じたわけよ、俺としては」

「カルロスさんもやっぱ、訓練とかきつかったとか?」

「きついっつうか何つうか・・・お前さんと同じよ、死を覚悟しなかった時はなかったって感じかな」

チラッと盗み見たカルロスの横顔は複雑な顔色を浮かべていた、きっと彼にもこうなるまでに幾つもの出会いと別れを重ねて来たのだろう。此方を向く時にはもう、何時もの笑顔に戻っていたカルロスを横に感じながら、涼二はふと思った。

「で、まあ銃は不得手な訳ねお前さん。ま、こっちとしても何か得意分野なければ落ち込んじまうからな、良いんだけどよ」

矢張り振られる話題に涼二は苦笑する。

「ま、和則さん・・・あ、俺の世話してくれてる人ですけど、この人から射撃も楽しいですよとか、クレー射撃なんかの練習しないかと誘われたんですけどね? 飛び道具ってなんか性に合わないんすよ。弓道は少し齧ったんですけどね、後はナイフ投げ位かな?」

「ほ〜、やろうと思えばやれたわけか・・・って世話役とかいんの? お前さんって実は良いとこの坊ちゃん?」

ふと気付いたかのように言われ、涼二はあんまり触れたくないんだがなあと思いながらも素直に話す、別に嫌だが後ろめたい事がある訳でも無いし。

「どうなんでしょ? 殆ど勘当同然なんですけどね。親父の新しい奥さんの息子が跡取りになるらしいし、此れって飼い殺しって奴じゃないのかな? あ、俺って正直な所、凄い家庭環境じゃないっすか? 大体小学校の頃から親父の顔、テレビの中でしか見た事ありませんし?」

「はぁ? 何だそれ?」

ポカンと大口を開けるカルロス。其れはそうだろう、此処まで重い家庭の話を、其れも気軽に明日の天気を語るようにされては。だが、涼二はあくまで普通に会話しているのだ、何の暗い所も見せずに。其れが却ってカルロスにとっては少々、不気味に思えた。

「ん〜、まあ面白い話でも無いんですが隠す事でもありませんしね。俺の爺さんが一代で巨大企業を築き上げた企業家なんですよ、もう死んじゃったけど。其れがキサラギって言うんですけどね、日本でも最大手の薬剤開発会社、他にも手広くやってるみたいです、まああんま興味ないんですけど」

手を休める事無く、言葉を続ける、キサラギと聞いてカルロスの顔が一瞬歪んだが此処は気付かなかった事にしよう、そう思い、涼二は続けた。

「俺のオヤジ、元々その道の才能無かったみたいでしてね、経営とかの。で、企業の屋台骨が揺らぐ位の危機に陥ったらしいです。その時に、幹部連中が妻・・・ま、俺の母さんですけどが死別しちゃってたのでオヤジにとある有名な大名家の血を受け継ぐ家柄の女性との再婚を強引にさせたんです。その女性も一度結婚して子供も設けたけど性格きつ過ぎて離婚、バツイチの女性だったんですけどね、彼女が今の俺の義理の母です」

罠を仕掛け終わる、良し、ゾンビか何かが罠にかかると其れに繋いである椅子なんかがお互いにぶつかり合い、凄まじい音を出す仕組みだ。残った針金、ニッパーの類をバッグに直しながら涼二の独白は続く。

「義母さん、父さん以上に、というか並の経営者以上の能力持ってましてね、そこら辺が前の夫との軋轢生む結果になったとか何とか。あっと言う間にキサラギを立て直した上に、更に成長を遂げさせたんです。そうなるともう会社は彼女の物ですね、幹部連中は黙らされ、オヤジも何も言えない状態、俺も本宅から追い出され、一戸建てに1人住まいって訳です、中学の頃からかな? 13歳からだから・・・4年になりますか。で、流石に世間体が悪いから住み込みで世話してくれてるのがさっき言った和則さんって人です、良い人ですよ? 寡黙で何考えてるかわから無い笑み浮かべる時がありますけど」

苦笑交じりの涼二、まるで他人の話をしてるような淡白な話口に流石のカルロスも声を荒げる。

「ってなんだよそりゃ!! 涼二! お前それで良いのかよ!!」

しかし。

「ええ」

返って来た答えは簡潔そのものだった。

「ええって・・・おい・・・」

「元々、そういった事に興味持ってませんし、自分の好きな事にしか力出せないタイプですしね俺。結構、大人しくしてれば好き勝手できるんですよ? 此れ以上望めませんって」

本当に、本当になんとも思ってない、心に一切の歪みを持っていない者の笑顔にカルロスは黙るしかなかった、目の前の少年は本気で今の状況を不幸とも何とも思っていないのだ。ならば其れで良いのだろう、ならば此れ以上の追求はすまい、涼二の為に、そう思い、視線を涼二が片付けているリュックに落とすカルロス。

「ん? 涼二、その箱?」

何処かで、否、良く見るものだった、戦場に身を置く者として、それだけは確実だった。

「あ、此れか? いや、アリスさんの銃の弾の予備にと適当に放り込んだんだけど、合わないみたいなんだな〜、ははっ、所詮は素人なので・・・。でま、捨てるのも勿体無くて何となく突っ込んだままなんだが・・・どうかしたか?」

嗚呼、どうかしたさ。そう心で呟くカルロス。その箱を掴み出し、確かめる、間違い無い思った通りの物だ。

「おいジル!! 取り合えず時計塔までは俺達も戦力外通告、されずに済みそうだぜ!!」

そう、少し誇らしげに上げられた手には9mm.パラベルム弾と5.56mm.NATO弾が握られていた。









それから数分後、涼二のポカのお陰で弾薬を補給出来たジル、カルロスとジャーナリストのテリを加えた一行は裏口のゾンビを手榴弾で吹き飛ばし、一路、路面電車電停まで一気に走っていた。その間、どうしても倒さないと先に進めない状況にあるゾンビは弾の節約の為に殆ど涼二が切り倒した、よって涼二の疲労感はその一行の中でもトップクラスであろう。

「で、アレがそうか?」

「そう、中でカルロスと同じ部隊に所属してる傭兵が待ってる筈よ」

荒い息の下、何とか言葉を紡ぐ涼二にジルが返す、成る程、彼等の行く先に一台の路面電車が止まっていた。赤を基本色にレトロな感じを醸し出したそれは、確かに見た目頑丈で、街中を突破するには十分なだけの雰囲気を醸し出している。

「とは言え・・・襲われて無いと良いけどね」

そう呟きながらジルは電車の後部ドアを一定のリズムで叩く、恐らく暗号のように決めてあるのだろう、少しするとゆっくりとドアが開き、中から帽子を被り銃を構えた若い男が身を乗り出して来た。

「よぅ、カルロス!! 無事だったみたいだな!」

「お前もな、マーフィー。隊長の様子は如何だ?」

「良くねえな、意識が中々戻らねえ・・・ゾンビ共にやられた傷じゃないだけマシだがな・・・」

その話からするとどうやら重傷者がいるらしい、其々の自己紹介もそこそこに涼二達も電車に乗り込む。ジルは早速、ヒューズ等の取り付けを開始し、間も無く電車は起動可能状態となった。涼二はカルロス達と共に腹に傷を負った彼等の隊長ミハイルの傷の様子を見ていた。

「どうよ涼二、包帯で傷押さえるのが精一杯の状態だったんだが・・・」

「ん〜、俺も医者って訳じゃないしな〜、まあ何度か同じような傷は見た事あるけど。それで考えると傷は皮膚と筋肉で止まってる、内臓には達して無いと思う。傷口縫うからさ、麻酔も無いし舌噛み切らないように猿轡はめてくれる?」

医療キットを取り出しながら涼二はカルロス達にテキパキと指示をする、実際、こうした外傷には飽きるほどお眼にかかっている、何でと聞かれればそう言う生活をしていたからとしか答えようが無いが。

近くで汲んで来た水道の水に消毒用にとハーブ粉末を混ぜ、それで傷口を洗浄する。本来ならミネラルウォーターでも使いたい所だが飲み水は貴重だ、それにアリスの話ではT―ウィルスはあくまで生物を媒介として感染するとの事、水などでは感染する恐れは今の所は無いそうだ。とは言えあくまで其れは仮定の話、余り進んで飲みたい物ではない。

肉に針を通す度に呻き声を上げるミハイル、なら未だ大丈夫だ、本当に駄目なら呻き声すら上げる事は無い。そう思いながら傷口を縫い合わせる涼二、縫い終わった所で念の為にと解毒効果のあるブルー・ハーブを混ぜたグリーン・ハーブを患部に刷り込み、新たに綺麗な布で包帯をする。最後に三種混合ハーブをミハイルの口に押し込み、ミネラルウォーターで無理矢理流し込んだ。

「う、うぅ・・・。此処は・・・君は、誰だ?」

其処でミハイルの意識が戻る。

「ど〜も。俺は寛和 涼二、こんな場所に放り込まれた哀れな留学生。あっちはジル、S.T.A.R.Sとか言う特殊部隊の生き残り、テリはマスコミ関係者、アリスは・・・まあ強い人、すいませんがそれ以上の言葉が思い浮かびません・・・。此処は路面電車の中で今から時計塔へ鐘を鳴らしに行く予定、ってとこですか。あ、腹の傷、縫っときましたけど違和感とか無いですよね」

ジルに関してはもう自己紹介していたかもしれないが、意識が無かったと言う事も考慮して付け加えて置く。アリスに関しては他に言う事が本当に無いのと言う事に、紹介していて気付く、聞いた所で素直に話してくれるとは思えないし・・・。

「そうか、君が治療を・・・。感謝する、私はミハイル=ヴィクトール、彼等の隊長を務めている・・・しかし何もこの時期に来る事も無かったのにな、運の悪い事だ」

「いや、全くっすよね、泣くに泣けませんよ」

乾いた笑いを浮かべる涼二、否定するにもそうする材料が無い、此処まで運が悪いのもある意味才能なのかもしれなかった。

(・・・出発前の占いランキング、乙女座は1位だったんだけどな〜? あ〜、占いって矢張り当てになんね〜の)

「え〜と、傷自体は内臓に達して無いから派手に動かない限りは命に別状は無いと思い「寛和、涼二?」ですけど何か?」

ミハイルに傷の状態を説明している所に、後ろから声をかけられる。説明を続けながら振り向き、ついでに返事もすると余り作法に適わないやり方を取ったが、人が話している所に横合いから口を挟むような輩には十分だろう、そう思いながら振り向く。

銀髪の鬼。其れが涼二が相手に持った所感だった、カルロスよりもがっしりとした体格、無駄の無い足運び、まさに戦う為に作り上げられたといった体、その肉体の所持者が電車の前の車両のドアを引き開け、静かに涼二へと近付いて来た。

「如何した、ニコライ」

隊長である筈のミハイルの問い掛けにも答えない男―――ニコライと言うらしいが―――はもう一度口を開き。

「寛和涼二、間違い無いな」

ああ、と簡単に答えながら頷いた涼二に向かって何時の間に引き抜いたか分からないハンドガンを向け、額にポイントし。

「死んで貰う」

引き金を引いた。










「何故邪魔をする、カルロス」

「何故ってあるかオイ!! なに、行き成りぶっ殺そうとしてるんだよ!」

寸前で飛び付くようにニコライの右手をカルロスが払ってくれたお陰で、弾は其れ、窓ガラスを破るだけで済んだ。

「フン、お前は気付いてるんじゃ無いのか? 俺に来た指令書を盗み見ていたろう? ならばどれだけこの少年と行動する事が危険か、分かるはずだと思ったんだがな」

「分からないでも無いけどな、だからって殺す事は無いだろう! もう少しで脱出出来るんだぞ!」

「だから何だ、未だ脱出出来て無いと言う事だぞ。憂いは断つのが当然だと思うがな」

「テメエは!・・・」

いつ果てるとも無い2人の言い合いを止めたのは傷を負ったミハイルの静かな声だった。

「止めろ2人とも」

「隊長・・・」

「・・・」

「カルロス、気持ちは分かるが戦場では常に冷静でいろと教えた筈だぞ。ニコライ、お前が私の指揮下にありながら上からの命令を秘密裏にこなしている事は知っている、其れについてとやかく言う気は無い。だが涼二は我々の守るべき一般民間人であり何より私の命の恩人だ、どんな命令があろうと彼を殺す事は許さん、私の指揮下にある以上命令には従って貰うぞ、分かったな」

「了解・・・」

「分かりました」

ニコライが表情を変えぬまま、銃をホルスターに戻すのを確認し、ホッと息をつく一同、約一名を除いて。

「一寸待てよオッサン」

涼二だ、当然と言えば当然、唐突に名前を呼ばれたと思ったら発砲されたのだ。カルロスがいなかったら今頃はあの世で祖父にからかわれている所、カルロスが組み付いて止めなかったらニコライに殴りかかっていて当然だろう。

そんな涼二に一瞥を与え、反応する事無く前車両へ移ろうとするニコライの背中に怒鳴る。

「待てっつってるだろうがコラ!! なに無視こいてんだオラ!! 人殺しかけといて平然と去って行くんじゃねえよ!! 説明しろ説明!! って放せカルロス!! あのオヤジの顔面に一発かましてやらねえと俺の腹が収まらねぇ! 殿中だってかオイ!!」

「落ち着け涼二! 気持ちは分かるが兎に角静まれ! どっち道、幾らお前が強いからってアイツに殴りかかっても一発もあたらねえよ! だから止めとけ、な!!」

「そんな事は如何でも良いんだよ! 俺の意地の問題だ意地!!・・・そう言えばカルロス」

「何だ」

ひとしきり喚き、暴れた所で落ち着いた涼二にホッと胸を撫で下ろしているカルロスに涼二の質問が飛ぶ。

「あんたも知ってるんだろ、俺が殺されそうになる理由・・・教えてくれないか?」

其れに黙り込むカルロス、その沈黙に涼二は押さえられている手を外しながらカルロスに振り向く、その眼を真正面から見つめ、更に問い詰める。

「何故だ? 俺が生きていると危険? ただの一般民間人だぞ? 何故だカルロス!」

「すまねぇ涼二、俺には答えられねえ、余りに、余りに重すぎるんだよ・・・」

涼二の視線を真っ直ぐに見られず、目を逸らしながら苦しげに話す。とても教えられるわけが無い、こんな気の良い少年だって言うのに、そんな彼にこんな現実を突き付けるなどと・・・カルロスには無理な話だった。

「如何しても、か?」

「本当に、すまないと思ってる・・・とても俺の口から話せるような事じゃねえんだ、勝手かも知れないが頼む、聞かないでくれ・・・」

「そっか・・・なら仕方ない、な」

涼二としても此れ以上、カルロスを苦しめるのは本意ではない、彼は良い奴だ、だからこそその事実の重さに苦しんでいるのだろう。命の恩人でもある彼を追い詰めるのは此れで止めようと思った。

(でも・・・俺がいると危険ってのはなんなんだろう・・・俺が何かを呼び寄せるとかか? 分からない、不確定な要素が多過ぎる・・・)

その場の視線を一身に受けながら考え込む涼二、その思考はカルロスが電車を動かし始めるまで続いた。

「未だ悩んでる?」

涼二は溜まっていたハーブを粉末にする手を止め、声の主へ視線を向ける。其処で予備マガジンに弾を込めながら同じく此方に視線を向けていたジルと目が合う。

「それはまあ、ねえ? 命まで狙われたんだから当然の権利だと思いますよ」

「其れは分かるわね、私もさっき初対面で殺されかけたから」

「へ? ジルさんも?」

「ええ、私も危険なんですって、お仲間ね私達」

驚愕の声を上げる涼二にジルは器用にウィンクして答える。其れに少しどぎまぎしながら涼二は聞いてみた。

「え〜と、ジルさんにも説明無しで?」

「そうね、まあ私の方は何となく予想ついてるけど、嫌と言うほどね」

「と、言うと?」

「化物に追跡されてるの、黒い防弾コートに身を包んだ奴にね。人型なのに動きは素早いし、武器まで扱う知恵がある。おまけに幾ら弾丸撃ちこんでも屁でも無いって感じ、倒れはするんだけどその度に起き上がって来る、『STAAAAAAAAAAAARRSSSS』なんて呻き声上げながらね」

その口真似に吹き出しながら涼二は思考を巡らせる。つまり自分にもそんな追跡の手が伸びるとでも言うのか? しかし今の自分の立場を考えると、幾ら悩んでも殺される理由は思い浮かばない、如何に特殊な環境に育ったとは言えど、今の彼を殺してまで消そうと考える人間はいそうにない。

(大体がアレですよ? 俺が死んだ所で喜ぶ人間は・・・あ、義母さんか。でも俺が会社を取り返そうとか何とか考えてないのは嫌と言うほど、分かってる筈だし・・・慎二? いやいや、アイツは嫌味で人を直ぐ見下す人間だけど人を殺そうとか、間接的にだって考える度胸はねえよ。んじゃあなんだってんだい全く・・・)

ざぐり。気が付けば、ハーブを突き崩しているフィルムケースに思い切り棒を突き立てていた涼二、慌てて見下ろすと既にハーブは完全に粉末状になっていた。そんな事にも気付いて無いとは自分も相当に落ち込んでいたのかと溜め息をつきながらケースに蓋をする、如何やらこの数時間で行く道のついでに摘んだ分は、全て粉末化したようだ。

数にしてグリーンが13、ブルー5、レッド3。それらを袋に詰め、リュックに直そうとした所で其れを眺めているジルに気付く。

「え〜っと、少しお分けしましょ〜か?」

「え? あ、そ、そうね、御免なさいね良かったら・・・ハーブに回復効果があるって言う事は体験から気付いてたけど、ゴタゴタですっかり忘れてて・・・うっかりしてたわ」

そう照れくさそうに笑うジルに涼二は其々、半分ほど渡す、流石に全て奇数なので此方が多くなるように、その位はしかるべきだろう。ジルは嬉しそうに受け取り、ポーチに入れていたがやがて直し終わったのか引き抜いた手に一本のナイフを握っていた。

「貰ってばかりじゃ悪いから此れあげるわ、スペツナズナイフ、日本でも有名でしょ?」

そう言って投げて寄越したナイフを涼二は空中で受け取る。確かに映画でたまに登場している刃をスプリングの力で飛ばす事の出来るロシア特殊部隊が使用しているナイフ。此処まで有名になってしまっては不意討ち、奇襲には余り効果が無い其れもゾンビ等、化物相手には十分通用するだろう。

「最後の手段って感じですよね、どうも有り難う御座います・・・ってどうかしました? アリスさん」

涼二がそう呼びかけるのを聞いてジルも彼女の方を見る。アリスは何もするで無く車両の真ん中より前寄りに立って後ろを何かを探すように見回していた、其れに倣って涼二等も後方に眼を凝らしてみるが何も見えはしない。

「・・・逃げて」

如何したのかと更に聞き募ろうとした涼二の出鼻を挫くようにアリスは振り向く事無く、そう言い切った。その真剣なまでの迫力に彼女に色々と質問していたテリも脅えながら涼二達、車両前の方へと移動して来た。

「逃げろって・・・如何したって言うんすか? 得に何も見えませんけど」

「見えなくても私には分かる、敵が、来る」

端的に言われ、戸惑う一同、更に涼二が言い募ろうとした瞬間。

車体を凄まじい衝撃と轟音が立て続けに襲う、車体は誰1人立てないほどに揺れ、ミハイルも寝かされていた椅子から転げ落ち呻き声を上げる。その中でもアリス1人、微動だにせず揺れる車体の後部を鋭く見つめている。

煙も揺れも収まり、やっと立てるようになった全員の目に車体中央天井部に開いた大穴が映った、そして気付く、その下に何かが蹲っているのが。

蹲っていた者がユックリと立ち上がる、其れを見て悲鳴を上げたのはテリだろうか? 確かめ様は無いがそうだろう、涼二は驚きの余り一言も発せ無かったのだから。

「何か音がしたか大丈夫か涼・・・二!? な、何だよこいつぁ!!」

其れは俺の台詞だと心で毒づく涼二、気が付くと手には槍を構えていた、だが分かる、こんな物今目の前に立っている奴には通用しないだろうと、そう彼の本能が囁いているのが感じられる、槍の穂先が震えているのが分かるから。

其れは絶対的な恐怖を纏っていた、その巨体を黒いコートに包み、その姿はさながら黒衣の死神のよう。背には重火器、醜い隻眼の顔についている口に唇は無く、其処から地獄と繋がったかのように聞こえる不気味な音。おもむろにそいつは口を開き、叫ぶ。

「STTAAAAAAAAAAAAAARRRRRRRRRRRRRSSSSSSSSSSS・・・・・・AAAAAAAAAAALLIIIIIIIIIIICCCCCCEEEEEEEEEEEEEEEEEE」

その叫びに呪縛を解かれたかのようにジルは銃を構え、カルロスもミハイルを抱え上げながら、また抱え上げられたミハイルもその体勢のまま照準を合わせ、涼二も槍を低く構える。だがその彼等の前にアリスが立ち塞がり、射線を塞ぐ。

「何やってんだアリス! 退け!」

「車両の連結を外して逃げなさい、死にたくなければ早く!!!」

反論を許さないその迫力、怯むカルロス達の目の前で黒い獣がアリスに突如襲いかかった、重火器を使えば自分にもダメージが来ると分かっているのか使用しない。其れは幸運か? いや違うと涼二は考える。其れ即ち、この化物に知能があると言う事、しかも目標を搾れるだけの識別能力まで、今までの本能に付き従って襲って来た化物と一線を画すのだ、今彼の目の前で襲いかかって来ている黒い奴は。

だがその驚愕を大きく上回る出来事が起こる、アリスを粉砕せんと振り下ろされた黒獣の拳、アリスは其れを頭上で交差させた両手で受け止めたのだ。その足は床に軽く減り込み、その一撃が消して軽い物ではないと教えている。

「逃げて・・・早く!!」

振り返る事無く、搾り出すように叫ぶアリス、其れは攻撃が苦しいからか、それとも・・・彼等、涼二の前で自身の特異性を見せ付けたからか? どちらだろうと考える間も無く化物の第二撃がアリスを襲う、それも受けるが長くは続くまい、後ろに守るべき者がいるなら尚更だ。

其れに気付いた彼等の行動は早かった、自分達が彼女の枷にしかならないのなら去るのが最善だ。カルロスはミハイルを抱えたまま前車両へ後退し、ジルは連結を外すべき作業を始める。

だが涼二は決めあぐねていた、このまま逃げて良いのかと、彼女を1人にして良いのかと。確かに彼女は強い、其れは認める間違いなく自分なんかより。でも其れはあくまで力としての強さ、心までは分からない。

「何してるんだ涼二! お前も早くこっちへ来い!!」

カルロスの叫びに答える事無く佇む涼二の頭の中を高熱に苦しむ彼女の姿が過ぎる、その後、自分を助けた時に過ぎった寂しげな横顔も。

(さあ如何する涼二! 此処が決め所だ、残るか退くか、彼女と戦うか他の皆と逃げるか!! さあ、お前はどっちだ!?)



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Selection is selected.

残り、アリスと共に戦う

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「・・・分かったアリス、死ぬなよ!」

涼二はそう言い残し、前車両へと移動し、出入り口からアリスの戦闘を見守る。手数ではアリスが押しているように見えるが、ダメージを与え切れて無い観がある。また敵の攻撃もアリスが俊敏に避けている為、決定打は受けていない、しかしこの狭い車両内で何時まで避け続けられるか・・・。

「外れた! 離れて!」

連結器を弄っていたジルが叫ぶ、その場を飛び退く全員の前でアリスと化物を乗せたままの車両が、少しずつ離れて行く。じりじりと離れて行き、その距離が1メートルに達しようかとしていた。

「やべぇ!!」

カルロスの叫び声に離れつつある車両を見る一同、その目前で遂に化物のアッパー気味の拳がアリスの腹に減り込んでしまった。苦悶に顔を歪め其の場に屈み込んでしまう、更に追撃をかけようと両手を組み、頭上へ振り上げる化物、其れをアリスに振り下ろす積もりなのだろう。

「クソッ! させっか!!」

舌打ちしつつカルロスはM4を構え、膝撃の体勢を取り、せめてもの援護射撃をと化物の頭部に照準を合わせる。だが効くのだろうか? ついさっき、嫌になるほど弾丸を叩き込んだのに、今こうして平然と攻撃を続けている化物に。そう無力感を噛み潰しながら、引き金を引かんとする彼の横を影が走り抜け。

「え?」

誰かが発した気の抜けた声をバックに車両ステップに足をかけ、一気に跳躍する、その影の主は。

「「涼二!?」」

最後に前車両へ乗り移った涼二だった、他の人間の視界に入らないようにしていた彼は槍を構え、その時が来るのをじっと待っていたのだ、そして、時は来た。無事に後部車両ステップに着地し、そのまま勢いを殺さず屈み込むアリスの横を飛び越え、逆手に構えた槍を走って来た勢いのまま全力を持って化物のコートから唯一剥き出しの頭部、其れも首の辺りへと。

「オラアアァァァァ!!!!!!!」

力の限り叩き付ける! 拳を叩き付けようと上半身を後ろへ逸らしていた所への一撃、流石の化物も踏鞴を踏んで数歩後ろへ下がる。その手には既にマシェットが握られていた。

「な・・・何で戻って来たの! 今からでも遅くない、飛び降りて逃げなさい!」

アリスの言う通り、向こうに走る車両からも戻って来い、飛び降りろと叫んでいるのが聞こえる、窓からでも飛び降りればもうそう速いスピードで走っている訳ではない、怪我無く飛び降りる事が出来るだろう、しかし。

「嫌だね」

涼二はきっぱりと其れを拒絶した、戦うと宣言した。

「な!?・・・、何馬鹿な事を言ってるの、今直ぐ逃げなさい!」

「だから嫌だって」

「好い加減にしなさい、子供の駄々に付き合ってる暇は無いの!」

叫ぶアリスに涼二は無言で近付き。

「な、何を・・・」

彼女を横に抱え、そうこうしている内にほぼ停まり掛けた車両から飛び降り、線路から外れた道端まで走る。其処でアリスを降ろし、両手にマシェットを構えて未だ鈍足で走り続ける車両へ視線を向けたまま口を開く。

「そう責めないで下さいよ、此れでも考えて行動してんですから」

「如何いう風に?」

「あのままあのグループで行動してたら俺は死にます、いや、殺されるって言うほうが正しいですねあのニコライって野郎に。さっきの俺に対する殺気は本物でしたし、少しでも隙を見せたら殺すでしょう、でもこっちは殺すわけにも行きませんよね、勝てるかどうかも分からないし」

涼二の独白をアリスは黙って聞く、更に続ける涼二。

「でもコイツと戦う分には其れは気にしなくて良いです、明確な殺意、正面からの猛攻。ただ此方を攻撃する事しか考えて無い奴を相手にする方が、何時襲って来るか分からない奴と行動し、背中も見せられない状況で神経磨り減らすよりかはマシって事です」

終わる涼二の告白、其れを待っていたかのように止まった車両の涼二達がいる側の壁が轟音と共に粉々に砕け散り、その欠片と共に黒衣の巨体が重い音を立てて着地する。

「AAAAAAAAAAAALLLLLLLIIIIIIIICCCCCCCCCEEEEEEEEEEEEEE」

「それに・・・」

「それに?」

その叫びにかき消されるか否かと言った小さな声、しかし強化されているアリスの耳には届き、聞き返す。その問いに涼二は振り返る事無く口を開き。

「幾ら俺より強いって言っても・・・女の人を独り残して自分は逃げられるほど、アッサリした性格じゃないんで。はは、こんなんだから長生き出来ないとか言われるんですかね」

苦笑と照れの混じった涼二にアリスは呆れた風に口を開く。

「そうね、貴方の行動には無駄があり過ぎる、如何考えても理論的じゃないし神経すり減らしてでも大人数で行動した方が、生存率は上がる筈、其れを蹴って自ら死地に趣くなんて・・・何を考えているのか・・・」

「うぅ・・・自覚あるんだからも少し優しく言ってくれても・・・」

捨てられた子犬のような目で振り向く涼二に、はぁっと息を吐いて顔を上げ。

「でも・・・そう言ってくれるのは素直に嬉しい、有難う」

そう呟き、軽く微笑む。其れを見た涼二は慌てて前を向き、化物を睨む、きっとその顔は真っ赤に染まっているのだろう。其れを想像したアリスは更に微笑みながら立ち上がる、何とか先程のダメージは抜けたよう、ならば自分もこの少々頼りないナイトと共に戦い、眼前の敵を駆逐せねばなるまい。

「覚悟は良い、行くわよ」

両手にハンドガンを握り、重心を軽く落とし何時でも飛び出せるよう構える。涼二も其れに答えて右半身を前に、左半身を後ろに、化物に右脇を見せるように、そして的を小さくするように構え、立つ。

「応」

短くそれだけ答える。両目に敵意と殺意を籠め、思う事はただ目の前の敵の排除。その敵は此方が戦闘体勢に入ったと見るや両手を広げ、上半身を逸らし天高く。

「WWWWWWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

吼える。其れは凍て付く空気を震わせ、大気に恐怖を纏わせ、涼二達を圧し包む。其れを振り切るかのように走り出す2人、迎え撃つ巨体。今此処に、人知を超えた戦いが始まる。



mission clear! go to next mission!


後書いてみる


選択され、共闘ルートと相成りました、前回よりは投票を待たずに続きを書けて嬉しいです、でも19票から後1票が入らずに・・・焦らしなの!? 御免、なんか変な事言った。

うん、後半は少しラブコメ入ったかなって感じ、書いてて背筋が痒く・・・この程度なるって少し悲しいね。

しかし両手に少し短い剣、双剣、某エロゲの主人公? 「行くぞネメシス、生命力の貯蔵は十分か」とか言うのかな、う〜んこの世界にあって涼二がプレイしてたら言うかもね、てかあるのかと言う疑問w


次回予告

黒衣の死神、追跡者、ネメシス。それに立ち向かうアリスと涼二。

其れを辛くも退け、歩き出す二人の耳に鐘のなる音が聞こえる。

遂に差し伸べられた救いの手、急行する二人の前に広がるのは地獄絵図その物、何たる事、未だ運命は彼等を翻弄するのか。

そしてウィルスの顎に囚われたジル、彼等は彼女を救うべく病院へ突入するが其処で新たな敵に出会う事となる。

彼等はジルを救う事が出来るか?

次回「Mission2:Kiss to sleeping beauty」

お楽しみに

ノシ

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