絶望は人が思うほど少なくは無い。
だが、希望もまた人が諦めるほどには希少ではない。
オズラー=B=ヘンドリック
『Mission3:Wild Fang/First battle』
「で、どうしたんスか?」
頭を振っただけでは消えそうも無い嫌な考え、其れを出来る限り考えないように別の事を考えながら隠し武器庫を出て、研究室へ戻って来た涼二の目の前では。ディスプレイ前に座ったアジスが何かを叫び、後ろに立つカルロスの顔が見る見る険しくなっていた。
「実はな・・・」
涼二の呼びかけに反応し、振り返ったカルロスの台詞はドズン、と腹に響く凄まじい音で遮られる。音のした方へすかさず視線を向ける二人、其処にはこの部屋へのドアがありその用途上、強度や厚さ共に頑強に出来ている筈の其れ、中央部分が目に見えて凹んでいる。微妙にその凹みが指の並んだ、つまりは拳を打ち付けた跡に酷似しているのに気付いた涼二は凄まじく嫌な予感に捕らわれながら黙り込んだカルロスの横へ駆け寄る。視線をカルロスと同じ方向へ合わせると画面に防犯カメラからの映像のような、あまり良く無い画質の其れが映し出されていた。
背景を見る限りではどうやら涼二達のいる部屋の前、廊下の画像らしい。問題はその中心に映っている者の正体だ、一応カラーではあるのである程度の判別は付く。緑がかった、赤味も入った肌の色、黒目の見えない禿頭の男らしき顔は表情が動く事は無い。身長はおそらく2メートルを超え、その体を肌の色よりは明るい緑色のコートで包んでいる。と、テレビのK−1選手の動作よりは緩慢な動きで拳を引き、腰の入った一撃を扉へ再び見舞う。同時に涼二の背中のほうにある扉で先程よりも大きな音、恐る恐る振り返った彼の眼に映った物は先程より深くなった拳の跡だ。冗談抜きで拳でこのドアを破る気らしい事に涼二は気付く、そして其れは無茶でもなんでも無くその化け物には可能だと言う事。
此方の気配を察したのか、それとも他の理由か。二撃目をドアへ入れた後、化け物は視線を上げカメラの方を見た。なんら表情も無く、感情も表さないまま其れは三度目の拳をカメラへと放った。近付く拳、其れを最後とし画面にはザーッと白黒の砂嵐が映し出される。誰も喋らない中、涼二がその沈黙を絞り出すような声でその化け物の名を呼んだ。
「タイ、ラント・・・」
鈍い音がドアの方からまた聞こえる、其れが涼二への返事だと言わんばかりのタイミングで。
タイラント、人間ベースのBOWの完成系の一つと言われているウィルス兵器。先程のBOWリストにも危険度はかなりのレベルにあるとあった、下手に攻撃するとリミッター解除によるスーパー化を果たすと。何処の戦闘民族だよと涼二は心の中で毒づく。
ゴンッ
「おそらくは数十分前に投下されたタイラント部隊だ! 企業秘密を守るために研究所へ進入、データや機材の破壊、及び・・・」
アジスが操作を続けながら叫ぶ、其処で一旦切り振り返ったアジスは笑おうと努力はしたのだろうが、どう見ても引き攣っている表情のままで先を続ける。
「・・・目撃者の排除・・・」
排除、押し退けて其処から除く事。目撃者、物事をその場付近で確認した人の事。この場合の目撃者とはどう捻くって考えても自分達の事であり、排除の方法などドアをノックもせずにぶち破ろうとする筋肉バカな行動から予想するまでも無い。このままだとそのバカと鉢合わせだ。
ゴンッ
「ど、どうする!?」
慌てるアジスを捨て置き、同じく焦っては何にもなら無いといった顔を浮かべているカルロスと策を練る事にする涼二。
「ドアを開け、ある程度中に入った所でスタングレネードで怯ませた所で逃げ出すってのは如何だ」
「却下、何秒間戦闘不能にする事が出来るか不明な上に、放って置いたらあいつはこの部屋壊すだろ。血清作成に必要な遠心分離機なんかを壊されたら一巻の終わりだ。それに目撃者の排除と証拠隠滅の優先度も分からないし・・・追ってこられたら犬と同時に相手にしないといけないなんて、ぞっとしないぜカルロス。銃撃による殲滅は?」
「Non、データが正しければ蜂の巣にしてもおっつかねぇ。下手に突付けば更にごつくなって襲って来るんだろ? しかも戦う場所はどうしても此処だ、どちらにしろ機材が危ねぇよ」
ゴンッ
「・・・つまりこういう事かい? 隙を付いて逃げる事も出来ないから倒さないといけない、其れも一撃の元に。タイラント相手に!? そんなの無理だよ!!」
二人の話し合いを聞いていたアジスの悲鳴、実際にはその通りなのだ、なのだが。
「やらなきゃいけないんだアジス、他に道は無い」
強く言い切る涼二、駄目だと思った瞬間に尊い命が失われる事が決定するのだ、退く訳には、行かない。そう考えている内にもドアを殴る音は止む事無く続き、凹みもまた更に巨大化して行く。後、数分の後には開いた穴を広げながらあいつが入って来るのだろう、人の外見だけを保った化け物が。そんな事を考えながらも、涼二の思考は冷静に、迅速に次の手を編み出そうと目まぐるしく回転する。爆発、銃撃、その全ては相手のリミッターを外すだけかもしれないし、部屋の危機を破壊する可能性があるので却下。
ゴンッ
(じゃあ俺の得意技、斬撃。頭から唐竹割りに一刀両断・・・出来たら良いよなぁ、無理だ。おそらくあのコートも防弾防刃仕様だろうしそんなモンを着込んだ化け物を両断するなんてのは夢物語だ。腕は駄目でも武器の質によっては話は違うんじゃないか? マシェット・・・やっぱ勿体無いから隅っこに入れといたけど絶対に無理、あれは重さで叩き切る武器だからな。刀・・・師匠なら可能だろうが、俺は無理。じゃあどうすれ・・・)
ゴンッ
其処で途切れる思考、涼二は無言で武器運搬車【GETSUEI】の傍へより、カルロスへ手を差し出し無言のままリモコンを要求する。カルロスは銃を構えたまま、油断無く視線を歪な外見に変わりつつある扉から外す事無く其れを涼二へと投げた。其れを片手で受け取った涼二は直ぐにマイクへ音声入力を行う。
「Open」
音声入力、其れも登録した声紋のみに反応するようになっている【GETSUEI】は涼二の音声を確認し、油圧を利用したその上扉を開ける。目的の物は結構上の方にあった、其れだけ涼二の戦闘能力が評価され、即座に使えるような状態にすべきだと思われているのだろう。其れを涼二は手に取る、かなりの重量で両手で扱うのがやっとと言った按配だ。【TOTUKANOTURUGI】、そう銘打たれたと説明にあった振動ブレードを涼二は両手に構え、軽く振り回してみる。
ゴンッ
大丈夫、抜き打ち抜刀までは出来なくとも相手の攻撃を受け、そして切り裂く事は出来る。剣と言っても外見は如何見ても剣ではない、柄の部分はまだ剣の体裁を保ってはいるが其処から上、鍔の部分からもう常軌を逸していた。其処には太い円柱状の塊が鍔の代わりとばかりに鎮座している、更にその上に生えている刃に至っては薄い直方体なのだ。斬る為の刃とも言える物は一応、直方体の一つの面に付いてはいるが、刀はおろかマシェットと比べても使い勝手は悪い。少し線が入って見えるその箱で叩き切れという事なのだろうか?
「一休さんのトンチ話じゃないんだからさぁ・・・」
多少ガックリしながら涼二は更に剣をひっくり返し、裏返し、観察を続ける。なんせ携帯端末には先程の説明程度しかなく、取り扱いについてまでは言及していなかったのだ、取扱説明書が無い以上は本体を弄って如何にかするしかあるまい。機密保持のため、下手な操作をすると自爆するんじゃないか等とビクつきながら続けていると鍔の部分に当たる円柱に小さな開閉式の扉が付いているのに気付く。
ゴンッ
爪を端にかけ、開く。簡単にパカリと開いたその中にはボタンが一つ、緑色に点滅しながら収まっていた。更にひっくり返してみたが他に見るべき所は無い、スーファミのソフト差込口のような部分もあったが、差し込む物が良く分からないのでどうにもなら無い。他に手はなし、涼二は覚悟を決めてボタンを押した、効果は迅速に現れる。
【安全カバー、排除】
合成された抑揚の無い音声、同時に直方体の部分、申し訳程度の刃が付いている面の反対側にある、先程確認していた線で割れてカバーと思しき部分がカランと音を立てて床に落ちる。其処はほぼ中空となっており、コの字型となっているその中に一本の菱形の形をした棒が通っていた。いや棒じゃない、涼二は確信した。この糸鋸の刃の部分に見える部分がおそらく振動する刃なのだろう、後は其れを振動させる方法は。そう考える涼二の耳に、次の音声が届く。
【マガジンを装填して下さい】
マガジン、当然カルロスが使用しているアサルトライフルの物では無いだろうと想像する。確かこの剣とペアになっていた薄い箱があった・・・【GETSUEI】を漁ると剣が入っていた場所の下に其れを見つける。良く見たら剣本体にある差込口と幅が同じ、何より弾丸のような物が中に詰まっているのが覘けるからまさに此れだろう。涼二は其れを剣の差込口にはめ込んだ、其れはぴったりと収まる。
ゴンッ
【バッテリー・カートリッジを装填して下さい】
中ほどまで鍔にマガジンを押し込むと、次の指示が出る。涼二はマガジン下にあるコッキングレバーらしき物を引き、放す。カチリ、と音を立てて束からトリガーらしき物がせり出して来た。
【振動を起こす際はトリガーを引いてください、5秒間継続します。トリガーを引いてから残り時間をカウントする機能も備わっています。音声ガイダンスは以上です、今後も音声指示による操作を希望する場合は起動ボタンを一回。手動操作への切り替えを希望される場合は連続で二回、押してください】
涼二は迷わず二回押す、この程度の操作なら一瞬で覚えられるし、実際覚えた。後はこの無骨な金属の塊の刃部分、振動する刃をタイラントに当てる事が出来れば此方の勝利だ。流石にチタンをぶった切る攻撃を受けて、痛痒すら感じないなんて事はあるまい。
ゴンッ
「何とかなりそうか、涼二」
先程から此方にも注意を払いつつ、ドアを見張っていたカルロスの呼びかけに涼二は頷きを返す。
「ああ、使えそうだ。問題はどうやって奴を此れで三枚卸にすれば良いかって事だけどな」
ゴンッ
涼二が一瞬、考えたのは扉を此方から開けてタイラントが対応できない内に頭からスライス、という物だったが如何せん無理だ。如何振っても剣の先が扉の上に引っかかる、全てが振動するブレードならば問題ないだろうがこの剣の一番先は振動刃を押さえている支柱部分だ。其処が引っかかっている間に金属扉すら凹ませる拳を受け、此方の胴体がドアと同じ運命を辿ってしまいそうだ。
「素直に部屋に侵入されたら面倒だ、ドアの所でケリを付けてぇな」
流石に頭部を真っ二つにされてまで再生するのは不可能だろうしな、とカルロスは続ける。考える事は同じだが問題点は涼二が考えている通りだ。そのことを指摘するとカルロスは自分に任せろ、とばかりに頷いた。
ゴンッ
「俺が奴を跪かせるからよ、そしたらその物騒なバターナイフで真っ二つにしてやれよ。時間も無いからやるぜ、用意は良いか?」
そう言ってカルロスは胸から吊り下げていたスタングレネードを取るとドアから数歩下がり、距離を取る。顔には紫外線放射装置横に転がっていたゴーグルをはめて閃光対策を行っている。涼二も其れに習い、ゴーグルをはめてドアから距離を取った。其れを確認し、カルロスは未だオロオロしている様子のアジスに指示を飛ばす。
「良いか、俺が合図したらドアを開けろ、良いな?」
「い、いやでも・・・」
ゴンッ
「良、い、な?」
口篭るもカルロスに念押しされ、アジスは助けを請うように涼二を見る。しかしその涼二からも頷きという、その通りにしろとの意味の意思表示をされガクリ、と頭を落とし小さく一言「分かった・・・」と諦めがちの返答を返した。カルロスはアジスの態度を既に気にする事無く、頭を振っている、タイミングを計っているのだ。ドアからは先程から単調なタイミングで打撃音が響いている。一撃、一撃、また一撃。その一撃を受けるたびに凹みは大きくなり、そろそろ限界である事を視覚に訴える。
ガン、また一撃、凹みが更に広がり割れ目すら入り始め
「Go!!」
短くカルロスの指示が飛ぶ。弾かれたようにアジスの指がキーボードのEnterキーに半ば叩きつけられる形で接触した。呼応して開く扉、しかし中心部はタイラントの度重なる打撃のせいで歪んでおり半分程度が開くか開かないかの状態で止まってしまう。その隙間から開くとほぼ同時に突き入れられる太い腕、言うまでも無くタイラントの物だ。つまりは殴ろうと構え、拳を突き出した瞬間にドアが開いた為、体勢を保つ事が出来ずバランスを崩したのだ。相当に力を込めていたのだろう、ドアが全て開いていたら部屋の中にバランスを崩しながら侵入して来たであろうタイラント。しかしドアに引っかかり、上半身の半分と右手だけを隙間に挟んだ状態で止まっている。
表情は変えず、上半身を引き抜き体勢を整えようとするタイラント、その顔の前に何か投げつけられる。
閃光、大音響。
タイミングを計って投げたカルロスのスタングレネードが、タイラントの顔面近くで炸裂した。流石に強力なBOWと言えども此れはきつかったらしい、体を抜くのを止め思わず右手で顔を覆って唸っている、気絶しないのは流石という所か。そのタイラントのコメカミにゴツと重い音を立てて銃口が押し付けられる。
「ノックを忘れたお仕置きだぜ、SNOW BALL(禿頭)」
軽口と共に引かれる引き金、普段よりは小さな銃声を伴って飛び出した弾丸が側頭部に減り込みその勢いに負け、タイラントが吹き飛ぶ。壁に打ち付けられ、未だ閃光で回復しない眼と撃たれた側頭部を両手でかばい、よろけながら片膝を付き、動けないでいる。
「今だ!」
カルロスに言われるまでも無く、涼二は銃声を合図に飛び出していた。扉をすり抜け、唸り声を上げるタイラントの手前、数歩の所で制動をかけ止まる。其れとほぼ同時、タイラントの視力もどうやら回復したのか顔から手を退ける。辺りをさ迷う視線が目の前の剣を構える涼二を捉えたのだろう、見開かれた両眼を睨み返し涼二は剣のトリガーを引いた。同時に耳朶を叩く鈍く何かが振動する音、手にも其れが伝わって来る。
【4】
カウントは既に開始されている、止まっている暇は無い。涼二はゴルフクラブを振る要領で下に構えていた剣を振り上げる、刃はタイラントの着込むコート裾へと接触し、それをまるで紙か何かのようにアッサリと両断を開始する。
【3】
次のカウントで刃は完全に振り切られ、タイラントの頭頂部から姿を現す。まるで手応えが無いため、本当に斬れたのかという不安がチラリとよぎったが一瞬で消える。振り上げ切った剣を下に降ろしながらその勢いを使い、涼二は体全体を独楽のように回転させる。
【2】
半回転、背中をタイラントに見せた辺りで完全に下がった剣を今度はバッターのように構え直し回転を続行する。
【1】
片足を上げ、回転の力をその上げた足が着地する瞬間に踏み込みの力に変え、フルスイングされた【TOTUKANOTURUGI】、今度はタイラントの側頭部に吸い込まれるように叩き込まれ、反対側へ抜ける。
「イチロー打法斬りぃぃ!!」【0・・・終了。後、9回の攻撃が可能です】
涼二の叫びと攻撃終了のカウントは同時だった。振り切った体勢で硬直する涼二、タイラントの方は先程の片膝を付き、両手を下ろした体勢から全く動いていない。まさか、本当に効いてない? その無駄に溢れる生命力で斬った端からくっ付いて治った? ゾッとする思考が頭をよぎった涼二の手にある【TOTUKANOTURUGI】が、使いきったバッテリーを銃の薬莢と同じ仕組みで排出する。
ガチン、と通常の薬莢が落ちる物よりは大きい音を立てる。同時、やっととでも言うべきかタイラントに変化が訪れた。先ずはガクリと首が傾き、その勢いでズルリと頭の上半分がずれ、床に落ちる。ベチャリと音を立て、落下した其れは更に二つに分かれる、断面から脳髄が覘くがもうその程度で吐き気を覚えるほどの繊細さは麻痺していた。続けてユックリと、本当に呆れるくらいユックリと残された体が左右へと分かれて行く。其れが多少呆気ないとすら感じたタイラントとの戦闘の終焉だった。
ホッとしながら涼二は剣を確かめ、全身を確認する。あまりに切れ味が良すぎたせいだろう、断面からの出血は少なく、涼二も全く返り血を浴びていない。念の為、二撃目をすぐに放てるよう、剣のコッキングレバーにかけたまま確認するがタイラントは復活する気配は無い。回復能力はいくら凄まじくても、其れを指示する神経系統に此処まで甚大なダメージを受ければ其れも当然だろう。
「やったな涼二、見事にバラバラじゃねぇか」
左手でゴーグルを外し、右手には未だショットガンらしき銃を構えながらカルロスがドアをくぐる。
「おぅよ、流石に回復して来ないようだけど・・・其れよりカルロス、何なんだその銃?」
涼二の視線はカルロスの右手の中にある物に釘付けだ。外見は確かにショットガンっぽいが微妙に違う。通販サイトで見かけた角張った銃に似ているが、引き金付近にターミネーター2でシュワちゃんが使っていたショットガンと似た機構が貼り付いている。その気になればスピン・ローディングさせてコッキングが出来るのか? そんな疑問も湧いたが涼二がその銃をショットガンなのかと思う理由は別の所にある、其れは本体の事ではない、弾丸の方にあるのだ。
弾丸は今、バラバラになったタイラントの横に落ちているのをカルロスが拾っている、再利用する積りなのだろう。通常、銃とは火薬を爆発させその爆風で弾丸を押し出す、此れが原則と言って良い仕組みだ。よって、一度撃ちだすと薬莢からは火薬と弾頭が失われリロードツールと言った道具で詰めなおさないと再利用は出来ない。それにショットガンならば薬莢本体は紙かプラスチック、使用後は先端が破れてどうにもならない筈、其れは素人の涼二にも分かる。
カルロスの手の中にある弾丸、其れはなんとゴルフボールだったのだ。冗談でもなんでもなく、其れは何の変哲も無いゴルフボール、其れがカルロスの銃から発射された弾丸なのだ。
「コイツは旧マックスウェルズ社製シルヴァーハンマーって銃さ。詳しい説明は省くが銃のネック、弾切れの危険性を少しでも無くそうとした結果生まれたトンデモ銃ってとこだな。旧ってのはもう潰れちまって別会社に吸収されちまったからさ、発想は笑えて結構気に入ってたんだけどよ。弾はこの通り、冗談でもなんでもなくゴルフボールさ。そいつを下から装填、後はコッキングで空気を溜めてその圧力で撃鉄、ピストンを押し、ゴルフボールを弾き出す、仕組みは単純だが色々工夫はされてんだよ。その辺は時間が無いからその内な、専用シェルもあるらしいが反動きついだろうなぁ・・・」
マニアなのか、銃の説明となると嬉々とするカルロスを、半ば呆然と眺めながら涼二は一応の納得を見る。確かにゴルフボールはチタンの棒でぶっ叩かれても潰れないし数百ヤードを飛んでもケロッとしている。そう言う意味では敵に当たっても壊れない、再利用も可能だしある程度は入手も容易、少なくとも弾丸がロッカーなんかに入っている可能性よりは高いだろう。
「毎年、死者も出てるっぽいしな・・・其れが当たって」
「らしいな、中々お前の世話役も渋いチョイスしてくれるぜ。機会があったらバーで一杯やりながら語り合いたい所だ・・・じゃあ片付いた所でさっさと行くぜ、アジス!!」
「もう用意出来てるよ、君がドアから退いてくれたら直ぐに出るさ」
「お、悪い悪い」
軽口を叩きつつ、避けたカルロスの横を通って部屋から出たアジスはバラバラのタイラント、剣を未だ構える涼二を交互に眺め感嘆とも呆れとも付かない溜め息をついて廊下を歩き出した。おそらくは地下三階への扉を開けに向かったのだろう、それにカルロスが続く。涼二も其れに習おうとし、右手の剣の重さを思い出して移動式の武器庫はどうなったのかと振り返った。
「ありゃ」
見事に扉に引っかかり、前進後退を繰り返しているのを見て思わず口が開く。開いた隙間より横幅が僅かだが広かったらしい、本体自体は大丈夫だが横に突き出したタイヤとスプリング部分が何度もドアにぶつかり前進を阻まれる。
「さて、どうしたモンかねこりゃ」
ぼやく涼二の気持ちも分かる、ドアはこれ以上開くにはナマスになったタイラントクラスの腕力が必要だし、横にするのも似たような力がいるだろう。横にすれば幅的に通るだろうが本体の重さに詰め込んだ武器弾薬の重さ、数百kg.には相当するだろう其れを横にする自信は涼二には無い。例え二人を呼んで三人がかりでも難しいだろう。頭を掻き、軽く絶望を覚える涼二の前で【GETSUEI】は無理を悟ったのか、前進を止める。
「・・・まさかロケットランチャー内蔵で障害物を難なく排除、なんてスペック表に書いて無いだろうな」
冷たい物が背中を伝い落ちるのを感じた涼二の前、【GETSUEI】は四輪とも90°直角に回転させる。次にタイヤは本体の下へ向けて前進を開始する、つまりタイヤ自身とタイヤと本体を繋ぐ支柱部分、共に本体下に潜り込んだ形となった。
「へぇ」
思わず感嘆の声を上げる涼二、【GETSUEI】はタイヤをまた進行方向へと戻し前進を再開した。今度はタイヤは引っ掛かる事無く、無事、全体が扉の外へと出た。そのままの姿で前進を続け、涼二の目の前1m.ほどで止まる。その姿が何処か誇らしげで涼二に「如何だ」と言わんばかりだったので、涼二は噴き出すのを止められなかった。
「見事だポーター、じゃあ荷物を部屋まで運んで貰えますかね?」
軽口を叩きつつ、踵を返してカルロスたちを追いかける涼二の後ろ数m.を。【GETSUEI】は一度使用した振動ブレードを収納する為に開けた蓋を閉じつつ、タイヤを定位置に戻しつつ静かに追従を開始した。
「・・・ん?」
と、涼二は何かの気配を感じて振り向く。注意深く辺りを見渡すがタイラントの死体、そして彼に付いて来ている【GETSUEI】の姿しか映らない。
「気、のせいか?・・・確かに・・・」
何か、何処かで感じたような気配を再び今。感じたんだがと考える涼二の思考はカルロスの呼ぶ声で中断された、気のせいだろうと思いつつ頭を振りその嫌な予感を追い出す。これ以上の悪化は起きないように、と願いながら。
「何だ、こりゃ」
其れが地下3階、案内されたスペースに辿り着き、其れを見たカルロスの感想だった。涼二の其れもその一言と大差は無いが。アジスはヤレヤレ、と言った感じで頭を掻きつつキーを叩き続けている。
此処に来るまでの道程には、そう問題はなかった。地下三階への扉を開け、メインの出入り口はアジスが脱出の際に非常閉鎖を行ったため、使用不可になっていたので梯子を伝って降りる。心配していた敵の襲撃も強化犬の其れもなく、一行は緩やかに内側へとカーブしている通路を進んだ。涼二の空間把握能力を信じるなら其れは真円を描いて奔っているように感じられたが、おそらく正解だろう。
数十m.進んだ所、その円の中心側の方に扉が出現しアジスは躊躇無くカードキーを使用し、開ける。中は先程の研究室と同じ位の広さだろうか? 機材が置いていないせいか此方の方が広く感じられる。ドアのある壁とは反対側にある其れには、窓になっておりガラスがはまっている、おそらくは厚さが数cm.はある強化ガラスだろう。その手前に並ぶコンソール、ディスプレイには何も映ってはいないが点滅するランプがある所から死んではいないらしい。
部屋の中央には数m.四方に切れ目があり、その内側には高さ1.5m.程の鋼鉄製の柵がギリギリの所に四辺の上に立っている、おそらくは貨物エレベーターのような物で物資を乗せて下に降りるのだろう。コンソールに近付きアジスが操作を始める、次々に点るディスプレイ類、アジスの安堵する表情を見る限りでは其方の方では問題は無いらしい。
まだ何か調べ続けるアジスの横に、何の気は無しに二人は近寄る。単なる好奇心だ、窓がはまっているという事は向こう側が見えるという事。ならば何があるのか、気になるのが人の性だ。今、二人の立っている位置からは光の反射の関係、はまっているガラスの角度か何かのせいで良く見えない。ユックリと近付き、窓の外を眺めた所で出た言葉が先程、カルロスが漏らした其れだ。
「だからよ、何なんだ此れは」
何の反応も見せないアジスに再度、尋ねる。質問されたアジスはディスプレイからは顔を上げる事も、操作を止める事も無く返事だけを返した。
「強化犬の飼育スペース、かつ模擬戦闘スペースさ。自然の環境に置く方が動物の持つ生命力を発揮し易い、そんな考えから作られたスペースだよ。とは言っても最初から其れ専用に出来た訳じゃない、流石に数日じゃ無理だからね。元は表に出る時間が取れないアンブレラ社員のリラクゼーション施設だったのさ、其処に檻を設置したり、飲料及び食料自動供給装置も作った。此処の設備類も元は環境整備の為にあった物を無理矢理増設した物だからね」
言われてみれば、コンソールの下にデスクトップが数個、LAN回線で繋がれ静かに稼動している。他にも涼二には判別が付かない機器が、コードでコンソールに複数繋がって存在している。
「下へ降りる道は三つ。一つはこの部屋真ん中にある人員用エレベーター。一つは此処から反対側にある貨物エレベーター、植える木なんかを運んだり土を運んだりした大型の奴、ただ僕が此処から脱出した際に閉鎖したから使用不可能だね。三つ目は非常用の梯子、念の為に箇所を後で教えるから覚えておくと良いよ」
「だからって、こんなジャングルを作らなくてもな・・・」
アジスの説明に、カルロスが呻くように感想を漏らす。視線はそのジャングルとやらから離す事は無い。涼二も釣られるように再度、眼を向けてみた。当然、その程度で現実が覆る事は無く其れは其処にある。窓の外は直ぐに切り立った壁になっており、高さは数m.は裕にある、もしかしたら十m.を超えるかもしれない。その壁が終わる所に当然、床がある、いや、正しくはある「筈」としか言いようが無いのだが。
何故そんな面倒な言い回しをするのか。簡単だ、見えないのだから。床があるであろう場所から、涼二達のいる部屋の天井と同じ高さにある犬飼育スペースの天井まで、その間の空間は殆ど植物で覆い隠されていた。円形のスペースなら見える筈である向こう側の壁すらもほぼ見えない、テレビで見かける熱帯雨林の映像で見る事が出来る植物に似た其れが所狭しと生えているのだ。
天井から注ぐ光は電気なのか、それとも光ファイバーか何かで日光を取り込むのか・・・今が夜である事を考えれば前者か。そんな事を呆れつつも考えていた涼二の耳にアジスの呟きが届いた。
「此方としても作った覚えは無いんだけどね・・・」
「・・・どういう事だ」
アジスの言葉の端に計算外、といった物を感じ、自然に語気が荒くなるカルロス。其れにアジスは苦々しそうな表情を浮かべた。
「言葉通りだよ、半分は芝生、確かに林も作ったけど精々が一寸大きめの庭先位の広さしかなかった筈さ。其れがこんな短時間にジャングルを形成するまで、通常なら成長するはず無いよ。此れは・・・」
「BIOHAZARD、か・・・」
「うん、おそらくはゾンビ化した社員や、実験用に運び込んだ各種BOWの血や死体から土壌汚染が広がったんだろう。普通の植物っぽいけど、良く見たら通常の生態系には無いものが混ざってる」
重々しく口を開いたカルロスの台詞にアジスが頷く。言葉も無く涼二は窓へ近付いた、言われてみるとこんな植物は存在しないだろう。少なくとも涼二は蔦を目に見えるスピードで動かしたり、牙らしき物が生えた、縦になった口を開閉する植物にお目にかかった事は無い。つまりはこの視界に広がる全てがT-ウィルスに汚染されており、最悪、いや確実に何らかの攻撃を仕掛けてくると言うのか。
そんな中でネメシスに匹敵するかもしれない強化犬と戦闘、血を採取する。最悪、此れまでのどんな強敵との戦闘より困難に思えた、戦闘なら逃げると言う選択肢がある。勝利が必須条件では無い限りはその選択肢は消える事は無いし、生き残るためには相手に背中を見せる事程度、何でもないだろう。
だが今回は違う、確実に敵を押さえ、逃亡は許されないなか勝利に近い事を成し遂げねばならないのだ。だがこのままでは此方に不利な条件が多過ぎる、ハッキリ言って勝てはしないだろう。諦めかける涼二とコンソールを殴りつけるカルロス、だが今回はアジスが救いの手を伸ばした。
「大丈夫、何とかなるよ」
「本当っスか!?」
興奮する涼二にアジスは強く頷く、更に操作を続けると今いる部屋に一角にある扉のロックが解除され、開く音がした。
「先ずは此れを耳に付けてくれ、小型レシーバーでこの建物内なら電源が切れる事は無いよ。先ずは犬よりも何よりもあの植物を如何にかしないとならない、幸いな事に洋館事件の際、T-ウィルスに汚染された植物を駆除する効果を持つ薬物が発見されたんだ。【V-JOLT】って言うんだが其れを薬品庫で合成し、散水用のパイプに混入後に散水。此れで全滅とは行かないまでもかなりの時間、戦闘不能状態に陥らせる事が出来る筈だ。人体に害は無いから即座に行動に移れるよ。
後、散水の操作があるからそっちをカルロスに頼むよ。涼二には【V-JOLT】の合成を、薬品庫とポンプ室は隣同士だからドアのプレートを見て進んでくれ、急いで!」
弾かれたようにロック解除されたドアへと走りより、廊下を進む。先にあったのはポンプ室の扉でカルロスが飛び込む、其れを見送り涼二も薬品庫と書かれた扉を勢いよく開ける。
「薬品庫に着いた!!」
【良し、先ずは換気扇を付けて、混ぜる際には換気が重要だ。次に空き容器を探してくれ。10もあれば足りると思う、ただ混ぜればかなりの量になるから全体的に大きめの奴を、最後の一つは取っ手が付いてるとなお良いよ】
アジスの指示を受け、換気扇のスイッチを入れた後、鈍くファンの回転する音をバックミュージックに棚の下に転がっているビンや、ダンボールの中を漁りガラス瓶、最後に室内によく置いてあるミネラルウォーター給水装置専用のタンクを見付ける。中には水がまだ半分ほど入ったままだ。取っ手は付いていないが蓋もある事だし、此れなら運び易いだろう。
「プラスチックでも?」
【構わない、容器は揃ったかい? じゃあ次は薬品だ、棚の所へ行ったらまた教えてくれ】
ガラス瓶でなくても良いと言われ、ならばとタンクをひっくり返し水を全て零し空にする。その際に空になっていた自分の持ち歩いているペットボトルを一杯にする、さっきから喉も渇いていたので丁度良い。一度汲んで飲み干し、もう一度汲み直し残りをぶちまける。念の為に他の空きペットボトルに数本、水を詰めて薬品の詰まっている棚へと歩み寄った。
ガラスのはまった扉には鍵がかかっていたので刀を抜き、峰を返してスナップを効かせガラスへと叩き付ける。中に衝撃を与えないよう力を加減したので、薬壜は揺れるだけで済んだ。カチカチ、とぶつかる音が響く。
「開けた!」
【じゃあ今から言う薬品を探してくれ、色と振ってある数字を言うから其れを。アルファベットは気にしなくても良いよ、数字の重複は無いからね、良いかい?】
「ああ、頼む」
涼二はアジスの指示通りに薬壜を探し出し、落とさないように近くにあった金属パレットの上へ並べていく。必要なのはどうやら二瓶だけのようで色は赤と黄色になる、数字はそれぞれ3と6が振られていた。双方ともかなりの大きさで小型のポリタンクほどはあった、5Lはあるんじゃないかと目算する涼二。
【集まったね、じゃあ先ずは・・・】
とアジスが作成を指示し始めて、あっと言葉を詰まらせる。何か致命的なトラブルか、涼二は焦る。
「な、なんだよアジス。今になって出来ないなんて・・・」
【い、いやできるけど水が必要なんだ。隣のポンプ室から汲んで来ないと・・・】
申し訳なさそうに言うアジスに、涼二は苦笑しながら大丈夫だと告げる。手には先程汲んでいたペットボトル入りの水、全く自分の貧乏性がこういう時に役に立つとは。
【そりゃあ良かった、じゃあ始めるよ。簡単だからミスは無いと思うけど、決して間違わないでくれ。手順を間違うと毒ガスが発生する、即死性の物じゃ無いけど吸い続けたら死んでしまうからね。大丈夫かい? 涼二】
深呼吸を一つ、吸って、吐く。
「OK、頼む」
【最初に先ず赤の3、此れを二つの壜に分けてくれ。一つは仕上げに使うからね】
半分ほどを空いている壜に移す。
「分けた」
【良し、じゃあ次は水と赤の3、赤の3を混ぜてくれ】
言われたとおり水と赤い薬品を混ぜる、液体は混ざり合いながら目まぐるしく、其れも大丈夫かと思うほどに変わったが最後に紫色に落ち着く。
「混ぜた、紫色になったぞ」
【良し、第一段階成功だ。次に行くよ、準備は良いかい?】
ああ、と返事をして次を待つ。
【じゃあ次だ、黄色の6を此れも二つの壜に分ける。片方には水を、もう片方には紫を入れてくれ。成功したら水を入れたほうが緑、紫を入れたほうがオレンジ色になる筈だ。ならなかったら即座に逃げるんだ】
その台詞を受け、微かに震える手で慎重に、間違えないよう指示通りに混合する。数秒後、何とか指示通りの色に変わったのを確認し涼二は溜め息をついた。
「今のところ順調だ、次は?」
【緑色とオレンジ色を混ぜる。混ざったら青になる筈だ、そうなったら仕上げに使うと言っていた最初の赤の3の分けた分を入れてくれ。それで完成だ、上手く行けば茶褐色の液体になるよ】
ゴクリ、生唾を飲み込み涼二は緑とオレンジを見付けて置いたミネラルウォーター・タンクに静かに注ぎ込む。一瞬、ボコリと泡立ったり煙が出て焦ったが何とか青色へと変化した、成功したらしい。では最後の仕上げ、と最初に取り分けておいた赤色の液体を混ぜる。祈りの瞬間、涼二は目を瞑り口の中で呟き覚悟を決めて瞼を上げる。タンクの中の液体の色は・・・茶褐色。
「成・・・功、だ!!」
【やったね!! じゃあ其れを持って隣のポンプ室へ行ってくれ、カルロスの方はもう準備出来たらしいよ】
了解とばかりに涼二はかなりの重さになったタンクを抱え、薬品庫を飛び出す。ドアは万が一の事を考えて完全に閉めていなかったので、蹴り飛ばすだけで勢い良く開く。其れと同時に開くポンプ室のドア、おそらくはアジスがカルロスに連絡を送ったのだろう。
「やったか!」
「おぅ!!」
其れだけ交わすと、涼二はドアを押さえているカルロスの横を抜けポンプ室へと入る。換気扇の稼動音で気付かなかったが既にポンプは作動し、散水する準備は整っているようだった。既に開けてあったパイプ、床に平行な其れに付いている蓋から【V-JOLT】を流し込む。慎重を期して慎重に入れた為、一分ほどかかったが数滴しか零す事無くその作業を終了した。
「良し、入れた!!」
【了解、じゃあ直ぐに戻ってくれ!】
涼二は少し考えて空になったタンクを辺りへ投げ捨てる、ポイ捨ては良くないがどうせ時間が経てば此処も塵に還るのだ。少しは目を瞑って貰おうと既に飛び出したカルロスの後に続く。最初に入った部屋に戻ると、アジスが操作を続けていた。画面には先程のポンプ室にあったパイプの配列がワイヤーで3D表示されている、散水の管理プログラムだろうか。その横のウィンドウにはELEVATORとの表示がある。
カチリ、再びロックが解除される音が響き同時に部屋中央エレベーターの柵に付いている扉がキィと音を立て、開く。横幅はかなりあるので今回は【GETSUEI】も引っかかる事はあるまい。涼二はすかさず【GETSUEI】に蓋を開けるよう指示し、装備する武器の選定に入る、カルロスも横にしゃがみ込んで同じく漁り始めた。振動ブレードはあの重さと稼働時間の短さから、ある程度動きの遅い相手には有効だが強化犬のような相手には効果は期待できないので却下。
今の装備は胸に下げている投げナイフと腰の刀、背中の折り畳み洋弓だ。これ以上の装備増加は逆に枷だ、涼二はそう考え矢筒を背負い中に数種の矢を選び差し込む。後は緊急時に直ぐ取り出せるよう、【GETSUEI】の上の方に刀や矢の予備、そういった類を並べて終わりとした。カルロスの方はと視線を移すと先程から使用していたM4を脇に置いたまま、其れに使用するためのマガジンを用意している所だった。今まで使っていたマガジンから全ての弾を抜き取り、武器庫から出した紙箱から別の種類であろう弾を詰めている。
おそらくは今の弾丸では対抗できない、しかし換えれば対抗できる、そういう事なのだろう。そうボンヤリと思う涼二の目の前でカルロスが最後の弾丸をマガジン内部のスプリングに負けないよう、強く押し込んだ。全てのマガジンの弾丸を変換し終えたらしく、其れを先程のようにベストのポーチへと押し込み、終了した所で立ち上がる。
「準備、出来たみたいだね」
操作を終え、ディスプレイから視線を二人の方へ移したアジスに頷く。其れを見てじゃあ、と言ってアジスは再び操作を開始した。
【此れより散水を開始します、地下庭園にいる関係者は速やかに退室するか、屋根のあるスペースへ移動してください。繰り返します、此れより散水を・・・】
サイレンと共に散水を警報する放送がジャングルに鳴り響く。だがアジスが細工をしたのか、警報が鳴り止む前に散水が開始された。天井に設置されたスプリンクラーから、【V-JOLT】入りの水がほとばしる。水は三人の目の前にもはまっているガラスにもかかり、斑点を作っていたがやがて全体が濡れ、向こうが見え難くなる。それを見て、アジスが別のディスプレイ前にあるボタンの一つを押す。
作動を始めるワイパー、窓ガラスに付いた水滴が上下するそれによって取れて行った。再び見えるようになった視界、【V-JOLT】の効果は劇的だった。蔦はのたうちながら色褪せ痩せ細り、口らしき器官からは泡が吐き出され、断末魔にも似た叫びを辺りにぶちまけるかのように大きく開かれる。だが其れも治まり、ジャングルは沈黙した。幹や、枝と言った太い部分は流石に残ったようだが葉や蔦、と言った部分は完全に枯れ、辺りに枯葉のように降り積もっている。其れも散水される水の勢いで直ぐに止み、土が吸い込むのに間に合わず辺りに作り出した濁った水溜りへ沈んでいった。
「う〜ん、洋館の時はほぼ完全に枯死したらしいんだけど世代が進んだせいかな?」
「なに言ってんだ、此処まで枯らせれば御の字だぜ。じゃあ涼二、そろそろ往くか」
「だ、な。ちゃっちゃとワンちゃんとっ捕まえて貰うもん貰ってくるぜアジス」
目の前の結果と、数字の上での結果の相違に首を傾げるアジスに、安心しろとばかりに笑顔を向けた二人はエレベーターへと歩を進めた。そんな二人を少し慌てたようなアジスの声が止める。
「あ、忘れる所だった! 此れ!!」
椅子から立ち上がり、足元にあった小型のアタッシュケースを二人に差し出す。ロックを外して差し出した所を見るとケースごと渡す気は無いらしい。そう踏み、確かにケースは邪魔だと結論付けた涼二は蓋を開ける。中には巨大な針の付いたピストンの無い注射器が三つ、そして日本では映画の中でしかお目にかからない、信号弾を撃つ信号銃とでも言うべき物がウレタンをくり貫いた上に鎮座していた。
「通常の注射器の針じゃあBD(BOOSTED DOGの略)の皮膚に通用しないからね。この炸薬式注射銃を使うと良い、引き金の上にあるセレクターはLで安全装置が、Iで注射弾頭を発射するようになってるよ。相手に刺さったら自動的に血を吸い取るようになってるから・・・」
アジスの説明に涼二は頷き、弾頭と銃本体を受け取る。その場で一本を本体に装着し残りの二本は【GETSUEI】へと収納した、採血できる状況になっていれば即座に連射する必要は無いとの判断からだ。そして既にエレベーターへ乗り込んだカルロスの横へ行き、エレベーターの扉を閉める。
「じゃあ・・・幸運を」
アジスの呟きと同時に扉にロックがかかり、エレベーターが下降を始めた。遂に魔狼とでも言うべき物との戦闘が始まる、気が付いたら涼二とカルロスは親指を上げ、アジスにサムズアップを見せていた。
見送る仲間を、そして何より己自身を奮い立たせる為に。
ズシン、と重い音を立てエレベーターは数m.を下降して停止する。再びロックが外れる音と共に扉がキィ、とかしいで外側へと開いた。アジスの説明では目の前にはガラスのはまった普通の自動扉が間に数m.のスペースを置いて二枚、あるとの事だった。庭園の中の空気や、植物の種等が研究スペースへ流れ込むのを防ぐ為だろう、主な理由は犬の逃走を防ぐ為だろうが。
今は非常事態による封じ込め動作が行われている為、其の自動ドアの間には数枚の特殊合金製非常扉が下りているらしい。降りてからBDに襲われる危険を減らす為、到着後にアジスへ連絡し、其の非常扉を上げて貰う手筈になっているのだが涼二もカルロスも、二人とも其の連絡をしようとしない、否、出来ずに固まっている。
【どうしたんだい?着いたら連絡してくれって言ったじゃないか・・・上げるよ?】
業を煮やしたか、自分から連絡してきたアジスに涼二は見えもしない頭を振る。
「いや、良いやアジス。何とかなりそうだから」
【ハァ? 何を言ってるんだい涼二、いくら君がサムライマスターの卵だからって厚さ2cm.はある特殊合金の扉を斬り飛ばせるとでも言うのかい? 大泥棒の三世の相棒じゃあるまいし、無理に決まってるだろ。弾薬や爆発物だって無尽蔵じゃないんだから】
きっと十三代目の事だ、ジャパニメーションの浸透振りには本当に恐れ入る、ある意味T−ウィルスの感染力など凌駕していそうだ。馬鹿な思考に沈みそうになった意識を無理矢理引っ張り上げ、アジスの台詞を否定する。
「いや、違うんだアジス。流石の俺も【つまらない物を斬ってしまった】なんて台詞、使う気は無いって」
じゃあなんで・・・と追及の手を緩めないアジスに二人は困惑を覚える。この事態を口で伝えるのはある意味容易いのだが、其れを理解されるまでには相当の時間を要するであろう事は容易に想像可能だ。言うなれば口頭のみで目の前にいるエイリアンの存在を電話相手に信じさせる、其の類。どうした物かと悩む涼二の横、カルロスは辺りを見回し天井近くに視線を向けた。
「あったあった、アジス、この部屋の監視カメラを点けてみな」
【え?其れってどういう・・・】
「良いから、点けろって」
答える事無く、ただ点けろとの一点張りにアジスは追求を諦めたようで沈黙が降りる。正直、涼二には其れはとても重い物だったが。
【えっと、管理室階下エレベーター室・・・な、なんなんだい此れ!!】
「俺らが口で伝え切れなかった事実、さ」
カルロスが軽い口調で答えるが、其れが震えている事から緊張、畏怖を覚えているのは手に取るように分かる。涼二は其れをたしなめる事も、笑う事も出来ない、自分自身、力を抜けばガチガチと鳴り出す事が目に見えている歯と、へたり込みそうになる手足の震えを抑えるのがやっとなのだから。
実際の視界と画面越しの視界、其の二つに映った物は自動扉の間にある筈だった合金製扉。その数枚、全てが巨大な鉤爪で切り裂かれたかのようにズタズタになっていた。欠片は涼二達がいる側へと吹き飛んだようで、自動扉のガラスを突き破り辺り一面に散らばっている。其れが指す事実は一つ。
「これを・・・BDがやったってのか?」
「らしい、な」
乾いた声を漏らした涼二にカルロスが油断無く銃を構え、エレベーターから降りてしゃがみながら答える。何かを摘み上げ、其れを涼二に突きつけた。
「・・・毛?」
白銀とも、白とも灰色とも、光の加減で微妙に色を変える動物の毛がカルロスの指に摘まれていた。長さは10cm.あるかないか、カルロスが摘んだままもう片方の手でナイフを抜き取り軽く振りかぶる、試しに斬ってみる積りらしい。其れを汲んだ涼二はカルロスが握るのと反対の方を握り、斬り易くする。振り下ろされるナイフ、完全に振り抜かれるが其れは斬れたせいではなく、ナイフの勢いに負けて二人が毛を放したからだ。つまり、毛は少なくともナイフでは容易に切断できないほどの防刃能力を備えているという事になる。
「どんな仕組みだ?」
唸るカルロスの肩にポン、と手を置き首を振る涼二。
「別に斬って撃ってボロボロにしないと採血出来ない、って訳でも無いだろ? 倒す必要はなく、チッと動きを止めるだけでも良いんだからさ。今はほら、兎に角前に進むしかないっしょ」
自分で言っていて可笑しくなる、如何考えても気休め以外の何物でも無い台詞だ。カルロスも其れは分かっているのだろう、無言で頷いた後にナイフを鞘へ戻し銃を構えた。そのまま割れたガラス片を踏み、音を立てないように切り裂かれた金属扉へと歩み寄る。涼二は安全確認をカルロスに任せ、自分は急ぎ移動武器庫の扉を開け、装備を変更する。まずは刀を外しマシェットを替わりに、此れはさっきのBDの物と思われる毛を確認したからだ。あれ程の強度を持つ毛に覆われたBDに効果的な角度で斬りつけるのは困難だろうし、試みる内に刃が潰れてしまう。マシェットならば叩き付けて斬る類なので、もし刃が潰れたとしても打撃によるダメージは与えられると考えてのチョイスだ。
そして腰の後ろにベルトへ平行になるように折り畳み式警棒を少し大型化したようなものを数本、専用ケースごと固定した。グリップはラバーグリップ、折り畳んだときの長さは約30cm.で三段になっており伸ばすと80cm.程度まで伸びる。此方も打撃によるダメージを狙っての選択だがもう一つ、理由があった。グリップの底にボタンがあり、其れを押す事によって強い衝撃を警棒本体に与えた時、打撃部分に電流が流れるようになっている、つまりはスタン警棒なのだ。
(防刃はおろか、絶縁能力まで備えてたらもう手に負えないよな)
嫌な想像だけが付きまとう中、涼二は既に三枚ある内の一枚目を破れ目からくぐり二枚目の前まで達しているカルロスの背中を追いかけた。迫る決戦の時に恐怖とも、武者震いともつかない震えに身を任せながら。
入り口付近で襲われる事無く、二人は地下庭園、今はBDの住処となっているジャングルへと足を踏み込んだ。上から見ると良く分からなかったが、ジャングルを構成する木々は枝葉が軽く落ちただけで、大まかな部分は残っており視界は余り開けてるとは言えない。流石に足元に生えている雑草の類は全滅したらしく、土と其の残骸が入り混じり踏むとジワリ、と散水した水が滲み二人のブーツを濡らす。
所々の窪みには水がまだ溜まっており、其処にもウィルス汚染を受け変異した植物の残骸が沈んでいるせいか濁った色を湛えていた。そんな中を二人は前後左右、そして先程のリーチマンの教訓を生かし上方にも注意を払いながら進む。其の二人の後ろを【GETSUEI】が静かに追随している、この程度の高低や水溜りは難なく走破し、相変わらずの高性能を見せ付けているが其れを確認するだけの余裕は、残念ながら二人には無い。
元々社員が使っていただけあって、獣道同然とはなっているが其れなりに道らしき物は残っている、下生えの雑草の類が無くなった事もありそれは確認し易くなっている。其処を二人はアジスが脱出に使い閉鎖した貨物用エレベーターへ通じる扉へと、自分達が使用したエレベーターと反対側に存在する場所へと向かっている。アジスの説明によると其の近辺に自動で水や食料を供給する装置を設置したらしいのだ、そして彼が逃亡する前と今、其の残量を調べると確実に減っているらしい、其れもかなりの量が。
つまりは其の辺りをねぐら、テリトリーとしている可能性が高いとの予想を立てたのだ。そんな二人だが広さとしては直径50m.もないこの庭園、道が通り難いせいと襲撃に備えてそっと進んでいる為にそろそろ中心に到達するか、といった所までしか進んでいない。距離はあるが安全策をとる、と言う意味での壁沿いに円周を進む案もあったのだが、付近の木から強固な蔦が伸び壁に貼り付いている箇所を確認したため却下された。軽く触ってみても相当な強度ではあるし、焼き払うにも火力が足りない。こんな場所が他に数箇所あるとするなら迂回が面倒、と言う事になり結果として正面突破を選択した経緯がある。
無言のまま、中心と思われる場所へ到達した時だった。ヌチャリ、ともまた違うがそうとしか形容できない、雨の日に柔らかい濡れた土を踏んだ時に聞こえる、いや足から響く、そんな類の音が二人の耳に届いた。咄嗟にカルロスは銃口を向け、涼二は素早く開いた弓に矢をつがえて狙いを定める。先程の点を考えると効くかどうかは定かではないが、牽制にはなるだろう。
銃を構えるカルロスの右、其方に体をずらす涼二。ついにBDとの邂逅か、恐怖とも歓喜ともつかない感情が吹き上がり、矢を握る指にも力が入る。既に敵の接近は音だけではなく、揺れる細い枝の動きから此方に接近しつつあるのは確認している。其の接近が後数m.となった所でカルロスが挨拶代わりとばかりに、アサルトライフルの点射をいるであろう場所へ撃ち込んだ。弾丸を受け吹き飛ぶ枝の音と共に獣の低い唸り声が聞こえる、何発かは命中したらしい。更に数発、撃ち込んだ所でカルロスはその場を飛びのく。それに合わせて涼二もカルロスとは反対方向へと飛び退った。
其れとほぼ同時、弾丸を撃ち込んだ場所から黄色い色の塊が飛び出し、カルロスが先程までいた地点へ着地した。間違いなくカルロスを狙った跳躍であり、其の標的が飛び退いたせいで勢い余り濡れた地面の上を滑るように涼二とカルロスの間を吹き飛ぶかのように抜ける。両足の爪を出して地面に食い込ませ、ようやく止まりバランスを取ろうとした所に涼二の矢が放たれた。先が二股に分かれた俗に言う鏑矢、其れが空気を裂き黄色い獣へと飛来し、運悪くとも言うべきか其の気配を読んで顔を向けたところに命中した。
涼二の運の方が良かったのだろう、目の辺りに当たったらしく獣は悲鳴を上げ、頭を振りながら見えぬ敵である涼二とカルロスを探すかのように体を左右に入れ替える。カルロスは油断なく獣へと照準を合わせ続け、涼二もまた其の射線から体をずらしつつ二本目の矢をつがえて狙いをつける。そして二人は同時に気付いた、いや、飛び出してきたときから其の毛色を見る限りそうでは無いかとは思っていたが其の予想は当たっていたようだ。
「BDじゃないじゃね〜か・・・」
カルロスの呟きの通り、飛び出してきた獣はBDではなかった。イヌ科でもなく、ネコ科の方に所属する獣であり其の雄々しき鬣から百獣の王と呼ばれる・・・実際は寝て過ごしているので名前負けしている、そうとしか思えないのだが・・・ライオン、其れが正体であった。無論、通常の其れではなくT-ウィルスに侵されその身はゾンビ化しており、涼二が命中させたのと反対側の目は腐り落ち眼窩、そして骨が見えている。体の各部の皮膚も同じように剥け、筋肉組織や場所によっては内臓すら露出している箇所すらあるのを確認し、涼二は軽い吐き気を覚えた。
そんな部位から軽く血が滲んでいるのは当然だが、別の箇所、カルロスの弾丸が命中した場所からも今新たな血が流れている。良く見えない相手への射撃でこの命中率、そう考えると矢張り優秀な戦士なのだと涼二は納得し、頼もしさを再認識した。そのカルロスだが、少々不機嫌な顔を隠す事無く、耳に装着している無線機を押さえ、口を開こうとしていた。
「おいアジス、こんな隠し玉が残っているなら前もって教えとけよ」
無線機越しに不平をぶつけて来るカルロスに、アジスはすまなそうに答えたのが涼二にも聞こえた。
【ご、ごめん。もう既にBDから狩られてしまったと思っていたから・・・実験用固体として捕獲していたゾンビ化ライオン、オスは其の一匹だけで残りはメス。でもまだ残っているなんて、本当に何でだろう?】
確かに状況としては微妙な疑問が残る、アジスが脱出してから既にかなりの時間が経過しており、ウィルスのせいで凶暴化しているライオンが自分の住処の周りをうろつく事を想像するとBDが何もしないのは可笑しいのだ。おそらく、其の事を考えてアジスは此方に余計な心配はかけまい、と話さなかったのだろうがどちらかと言えば其れが裏目に出た感じだ。
「ま、良いさ。丁度良い予行練習だ、涼二、さっさと片付けてBD探索に戻るぜ」
其れに気付いているのか追求を止め、呼びかけてくるカルロスに涼二は頷いて返事とし、そろそろダメージから復帰するであろうゾンビライオンへ意識を集中させる。このBOWもタイラントほどではないが強力な個体である事には間違いない、気を抜けばこいつの糞に成り果てる。目を擦るのを止め、本格的に回復したらしいゾンビライオンを睨み据えた。
擦っていた前足を地面に下ろし、自分を挟む形になっている人間二人に視線を奔らせるゾンビライオン、どちらから飛び掛るかの算段をしているのか、そう思った涼二だが其れが違う事に気付いた。視線を向け、其の後に飛び掛ってくると思っていたが、ゾンビライオンはまるで此方に興味をなくしたかのように自分が飛び出してきた茂みへと視線を向けて低く唸りだした。
まるで自分達なぞいない、そう言われているかのようなゾンビライオンの行動に、プライドが傷つく前に違和感を覚える涼二。この獣を侵しているウィルスの性質を考えれば、其れは有り得ない事態なのだから当然だ。
(T-ウィルスに感染し、発症した生物は理性を失い凶暴化、そして何より食欲に支配され肉に齧り付く筈。肉、もろに俺とカルロスの事だよな。なのに、目の前に生肉があるって言うのにしかも攻撃されたって言うのになんだ? なんで無視する? 男の肉は好みじゃない? そうじゃないだろ。じゃあ他に考えられる事は食事を、攻撃された敵を無視する理由は・・・)
敵。ふと何とはなしに自分達をゾンビライオンの敵と呼称した時、閃く物が涼二にあった。そう、生物は食欲、性欲、睡眠欲からは逃れる事は出来ない。このゾンビライオンとて一部はどうか分からないが、食欲が強化されているのだから外れてはいないだろう。そしてこれら三つの欲は何処から来るのか。
(生きたいと思う願い・・・そんな生き汚さが原因だ)
食欲、肉体を崩壊させないため。
性欲、自分の種を絶やさないため。
睡眠欲、脳の崩壊を防ぐため。
全ては生きる為の思い、生き物を縛る鎖、其の大元に繋がっているのが生存欲とでも言うべき物。其れがゾンビライオンに囁いているのだ、食欲を置いても、攻撃に晒されているとしても、それでも。
(其れを置いても立ち向かうべき物が付近にいる、即ち、敵!!)
自然と体はゾンビライオンが睨む先へと向いていた、鏃の先も同様だ。この空間、仮にも百獣の王が警戒する敵が存在するとすれば其れはおそらく唯一つ。唯一絶対の存在、其れは。
「警戒しろカルロス! 来るぞ!! 本命が!!」
涼二が怒鳴らなくても、薄々は気付いていたであろうカルロスも既に銃口はゾンビライオンへは向けていない、涼二とゾンビライオンと同じ先へと向けていた。涼二の叫びに軽く頷き、腰に構えていたライフルを上に上げ、ストックに頬を当て立射の射撃体勢を取る。とは言え、いると言う予感だけで其の姿は捉えられず、気配すら未だ読めない。
「アジス、そっちから何か見えないか」
【上からは枝が複雑に絡み合って無理だよ、葉は消えたけど此れじゃあ・・・今、監視カメラで捜索している、真ん中辺りだよね】
「そうだ、どうしても分からなかったら赤外線でも熱センサーでも何でも良い、切り替えて確認頼む!」
【了解、分かり次第連絡するよ】
カルロスに【サーモグラフィーなんかは精度が落ちるし、遅くなるけどね】等とアジスが返しているのを、何とはなしに耳を傾けながらも涼二はゾンビライオンと茂みから目を放さない。茂みは当然だが、隣にいる腐り落ちた百獣の王を無視するなど、其れは唾棄すべき愚考だ。敵の敵は味方、等と楽観的な思考は無意味、敵の敵も敵、此れで普通なのだ此処は。
(あ〜師匠なら「其処っ!」とか言って小柄を投げつけるんだろうけど、つか師匠アニメ見過ぎ。しかしこうなると俺も気配読む修行くらい、つんどけ)
【良くある話だけど、良い情報と悪い情報だ! 良い方、君達を見つけた!! 悪い方、其方に高速で接近中の生物が一体!!】
緊張の余り、ずれ始めた思考はアジスの叫びによって中断を見た。思わず、手に力が入り危なく矢を放してしまう所でギリギリ、一度矢を下ろし再度構える。
「どっちから来るんだよアジス!!」
思わず叫んだ涼二の台詞にアジスも半ば怒鳴って返す。
【分からないよ! 熱源が三つ並んでる方が君達とゾンビライオンを入れた方だろう! ぼやっとした塊が並んでるだけでどれが誰だか・・・ええと、ただ真っ直ぐBDがいると思われる貨物エレベーター付近へ直進してたなら、正面から接近してるよ!】
「了解!まさに正面だよ!!」
アジスの返事にある程度の安心を覚え、注意深く意識を茂みに7、ライオンに3程度に割いて集中させる。
【敵との距離は目測だけど10メートル!】
アジスのカウントが始まった、そのカウントが0になった瞬間に首が飛んでいても可笑しくないその空気に涼二の意識は狂いそうになる。それと同時に覚えるのは闘いへの興奮、歓喜。それは既に狂っている事の証なのか、脳の生み出す虚構なのか、はたまた・・・。
【8!】
アジスも興奮気味なのかカウントの声は上ずって聞こえる、だが涼二はその事よりもカウントにかかった時間に疑問を持った。相手のポテンシャルを考えると移動に余りに時間がかかり過ぎているように感じたのだ。
(聞いた限りじゃあ化け物みたいなスペックなのに、アジスのカウントを信じるなら移動速度が大人の早足程度だ。此方に警戒? なのかね・・・)
微妙に心に引っ掛かる違和感に涼二は顔をしかめるが、だからと言ってそれでどうなる訳でもなし。それに刻一刻と邂逅の時は近付いているのだ。
【6!】
【5!】
弦に添えているだけだった矢をギリギリまで引き寄せ、弓を引き絞る。矢の指す先は茂み、もう何時、BDが飛び出してきても可笑しくない状況だ。意識を視界前方の木々の中に固定、枝の揺れ、地面を踏みしめる音、何か無いかと限界まで集中する。だが涼二の耳と集中力をもってしても何も拾えない、そう息遣いの一つさえも。
【4!】
だが敵がそんな涼二が覚え始めた危機感を考慮してくれる筈も無く、カウントは進行し。
【2!】
遂に互いに息遣いが聞こえる距離へと接近した事を教えるかウント、しかし。
「見えないぞアジス!!」
カルロスの怒鳴り声、そう全く見えないのだ。確かに距離から言って未だ藪の中辺りにいる事は間違いない、だがその点を除いても全く視界に捉えられないという事は余りに不自然だ。さっきの除草剤散布の影響で葉が完全に落ちた枝では完全なカモフラージュになる可能性はゼロと言って良いのだから。
【で、でも確かに熱源はもう近くまで!】
アジスの悲鳴にも似た叫びに涼二も焦りを覚え始める、横のゾンビライオンが此方に無い感覚で何か掴んでないか、視線を横で唸り続けるそれに向ける。
その瞬間、何が起こったか涼二は一瞬理解できなかった。
木が砕ける音
ゾンビライオンの上に斑点のように浮かび上がった黒い何かの影
その影が見る見るうちに大きくなり
ゾンビライオンを完全に覆い尽くし
ズン、と重い音ともに軽く足から感じた振動
ビチャリ、と生温かい液体が頬に付き、拭ってみると血であった事
そして・・・プレスマシンで潰されたかのようにグチャグチャに潰れた、腐り堕ちた百獣の王の肉片の真ん中。その四肢を返り血と言うにはあまりにどす黒い粘ついた血液で濡らし、その獣は佇んでいた。
混乱しがちの思考で涼二は慌ててその相手を観察する。全体的な見た目は犬というよりも狼、つまりは先祖に当たる存在に近い。毛の色は光の反射加減で銀とも灰色ともつかない、くすんでいるのか煌いているのかも良く分からない。眼は青いのか、緑か? 此方も光の加減で如何とでも取れる。外見的には色が多少、通常の犬とは違うくらいの相違点しか見れなかった。だが最大の違いが涼二を絶叫させる。
「デカ、過ぎだろこれ!!」
その叫びにBDが反応する、とは言っても警戒と言うよりかは喧しい虫に向ける鬱陶しいという感情を秘めたその視線。だがその視線は涼二の下から注がれている物ではない、ほぼ同じ高さの目線から注がれているのだ。涼二も弓を構え、多少は腰を落としているとは言え其れでも1.5メートルは超す、其れと目線が同等という事はその巨体ぶりが分かるというものだ。
アジスの話では子牛サイズとの事だったが、これは其れを遥かに超えている。と、BDが此方が何も行動に移らない事に興味を無くしたか、自身の足元に転がる百獣の王であった物に視線を移し、頭を下げた。何をするのかと思ったが肉片の臭いを嗅ぎ、口に銜えて咀嚼音が聞こえてきた所から見ると、単に食べているという事が分かった。
(狩り、だったのか?)
一度にゾンビ化した獣を殺さなかった理由を涼二はうっすらと理解した、この狭い世界に閉じ込められたBDの娯楽のような物ではないのか? と。逃げる敵を狩り立て、倒し、そして食う。腐りかけとは言え、生肉ではある事には間違いはない。
(何にせよ、今がチャンスか?)
此方を敵視、というか相手にしていないのは却って好都合と言えよう。涼二は息を潜め、弦を引き絞り・・・一瞬置いて矢を放つ。鏑矢は真っ直ぐにBDへと向かい、空気を裂いて直進する。が、此処で涼二達になんら関心を払っていなかったBDがノンビリとした動作から急に動きを速める。ただ緩慢な動きで肉を食んでいた顎がクワっと開き、残像すら残す動きを見せる。
同時に矢に向かって飛来した物体が一つ。其れは涼二が撃ち出した矢をアッサリと弾き飛ばし、更に涼二へと向かって来た。残心を心がけていた涼二は、それに何とか反応し体を後ろに反らしつつ、右手で其れを払う。相当な威力を持っていたらしく、軽く右手に痺れが奔ったのを感じしかめっ面をした涼二、何が飛んできたのかと払い落とした物体の方、後方へと視線を向けようとした彼の左頬に生温かく、そして生臭い風が当たる。風? 違う、これは!!
視線を向ける間もなかった、慌てて向きかけた視界の端に銀光が奔ったと思った瞬間に涼二の体は後方へ文字通り、吹き飛んだ。そのまま数メートルは軽く吹き飛ばされ、木の幹にぶつかりやっと止まる。体に砕けた木の欠片や、落ちて来た枝が体にぶつかり、付着したが其れを気にする余裕は涼二には無い。
「ゲ・・・カハッ・・・キヒィ・・・ゲヒュゲヒャ・・・アアアアアアアアアアガガアアア・・・・」
地面に倒れ付し、コートを剥ぐように胸を露出させ両の手で掻き毟る。其れをする事で少しでも空気を取り込めるかとでも言うように、ガリガリと。なんだか分からないが兎に角胸部へ強烈な打撃を受けたらしい。空気を吐き出す事無く、構える事無く受けたせいで肺の空気が絞り出され瞬間的に呼吸困難を起こしたのだ。
ゴロゴロと転がりまわり、ゼヒゼヒと細かい呼吸を繰り返すが未だ筋肉が痙攣し、肺の収縮がままならず殆ど空気は送り込まれてこない。転がりまわった時にだらしなく開け、空気を貪ろうとする口に泥や木の欠片、ゴミが入るがそんな事を気にする間も無くただ空気を求める。
(死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 嫌・・・ダ!)
そんな意識が混濁した涼二の転げる視界、其処にボンヤリと黄色い塊が映る。混乱した者特有の意味を成さない行動で涼二は悶えながらそれにピントを合わせた。
「ヒィッ、グッ」
呼吸困難と同時に吐き気も襲ってくる。無理にでも空気を送り込もうとする動作と、胃の内容物を吐き戻そうとする行動がせめぎ合い、更なる苦痛を涼二に与える。頬を濡らし始めた涙は苦しさか、生への渇望か。
涼二の目に映った黄色い物体、其れはゾンビライオンの頭部だった、つまりは生首。未だ無事であった上半身から、生きたまま・・・とゾンビへの表現として合っているかは分からないが、活動していたその肉体から生きたまま肉を貪っていたBDが涼二の攻撃を察知し、一瞬で首を引き千切り投げつけたのか。
その顔には、眼球が眼窩よりはみ出し視神経でぶら下がっているそれに涼二は痛みへの苦痛と恐怖、そして慙愧の念を感じ取った気がした。
「ゼ、ゼィ・・・ハァアアアアア・・・ゼフェ・・・ヒュウウウウ・・・ガ・・・アアアハアアアアアア・・・」
浅い呼吸を何とか深呼吸へと切り替え、吐き気を抑え込み、混濁していた意識、思考が少しずつクリアになって来る。遥か遠くから聞こえていた音が身近に戻って来た、其れと同時に射撃音が涼二の耳に入る。視線を移す、カルロスが涼二の方へ怒鳴りながら、呼びかけながら行なっているようだ。涼二は何とか上半身を起こし、震える右手を上げて生きている事を知らせる。立ち上がり、何とか加勢に行こうとするが未だ震える下半身が其れは不可能だと知らせていた。
涎と涙、付着したゴミでぐちゃぐちゃになった顔を拭う涼二の前でBDは射撃を続けるカルロスへと悠々と接近して行く、ほぼ全てが着弾している訳だが意に介していない。あと数歩で、という所でBDは上半身を持ち上げ、後ろ足で立った状態となる。犬が飼い主に甘えて飛び掛る仕草に見えなくも無いが、絶対的な差がある。相手の大きさは歴史上類を見ない最大のイヌ科動物であるという事と、その筋力は悪夢そのものである事。
此処まで響いてきた打撃音、おそらく涼二が食らった時にも其れは鳴ったのだろう。後ろ足で立ち上がったBDの右前足がカルロスの胸部へと食い込みかける。体と、BDの前足の間にアサルトライフルを滑り込ませてブロックできたのは、素直に涼二とカルロス、場数の差だろう。そのせいか、吹き飛ぶ距離も、その後の復活までにかかった時間は涼二よりも少ないようだ、現に既に立ち上がりかけている。が、戦闘が可能なまでの回復は程遠い、其れは涼二も含めての話だ。
(このまま、じゃあ、全、滅? 冗談、じゃ・・・)
「ねぇ!!!」
自身を奮い立たせるかのように叫び、腰に装着していた刀を鞘ごと引き抜き、杖代わりに体を支えつつ立ち上がる。カルロスも使えなくなったライフルを放り捨て、ハンドガンを構える。だが火力的にも体力的にも、全ての要素が彼らに囁く未来は敗北だ。未だ呼吸も整っていない涼二に最大火力を失ったカルロス。これは絶望でしかないのではないか。
半ば諦めが支配する涼二の前、BDは二人のほぼ中間に悠然と佇み、カルロスと涼二に均等に視線を注いでいる。と、視線は涼二の方へと接近して来る【GETSUEI】へ向いた。静かに接近し、その横腹を軽く叩くBD、其れだけで重量数百キロは超える筈の武器運搬ユニットはその車体をずらす。
それで気が済んだのか、それ以上【GETSUEI】へ注意を払う事も無く。BDは自身の前足、カルロスを吹き飛ばした足を見下ろし何度か足踏みする。そしてそのままゾンビライオンの残った部分、砕けた後ろ足と引き千切った頭部を除いた部分を銜え。そのまま踵を返し元来た道を引き返し出した。
「っな!? 完全無視かオイ!! 舐めんじゃねえぞ!!」
痛みと、成す術なく蹂躙された事実から正常な判断がつかなくなっているのか。カルロスが激昂と共にハンドガンを連射する、涼二も止めたい所ではあるが如何せん未だ声も出て叫び声だ、静止など出来る筈も無い。だが、攻撃に反応し反撃してくるかと思われたBDだが意外にも此方を振り向こうともせず、更にカルロスの銃撃を避ける事すらもせずに悠々と、そして堂々と去って行く。小さくなっていく後姿、良く見れば尻尾を左右に振るほどの余裕ぶりだ、それに向かってカルロスがポツリと漏らした。
「嘘だろ・・・まるで銃撃が効いてねぇ・・・」
マガジンを空にしたのか、スライドが後ろに下がったままのハンドガンを手に、ガクリと膝を付く。涼二も何とか動くようになった足で必死に進み、カルロスの元へと辿り着き、その視線の先へと自身もまた目を凝らす。とは言え、もうBDの姿は其処には無く既に視界の外へと去ったようだ、おそらくはねぐらへ戻ったのであろう。
「本当に・・・あいつから採血できるのか?」
涼二の口から何度目かの弱音がポツリと漏れる、しかし今回の難儀は本当に彼等を飲み込み、噛み砕くかもしれない。巨大な絶望が膨らんで行くのを、涼二は止める事が出来ずにいる・・・。
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取り合えず、初邂逅と初戦闘終了。歯牙にもかけられないとはこの事か!
これより策を練っての戦闘へと入ります、因みに戦闘中にライブセクションを一つ、間違ったら即死しますのでお覚悟を
涼二、初のDEAD ENDを迎えるか否かは皆さんの選択次第です
じゃ、バイト行ってきますので続きは夜半に書くかもしれない、出来れば感想よろしくです